上海センターセミナー

「中国の西部大開発について」

 日時  2004年4月23日(金) 午後

 会場  京都大学時計台記念館国際ホール

 報告者
    北野 尚宏(京都大学大学院経済学研究科助教授)
    「中国の西部大開発について」

    何 倫志(新疆大学経済管理学院学院長)
    「西部大開発と中央アジア自由貿易地帯の構想」


 概要報告
国の西部大開発における人材育成と日本の協
北野 尚宏 京都大学大学院経済学研究科助教授
 本報告では、中国における教育セクターの現状と課題を特に西部に焦点をあてて論じるとともに、日本の円借款を通じた協力について紹介し、今後の日中協力のあり方について若干の提案を行った。

1. 中国教育セクターの課題

 中国の教育セクターは広範な課題をかかえている。義務教育(小学校6年、中学校3年)は未だに普及しておらず、西部、農村地域を重点とした義務教育の完全実施が最重点課題である。高校については学齢人口と現在の就学人口の間には相当の開きがあり、規模の拡大が焦眉の急となっている。一方、高等教育については、引き続き国家戦略の最先端の役割を担うとともに、就学率が2003年には17%に達するなど大衆化の入り口にさしかかっており、貧困家庭の子女に対する奨学貸与金制度の整備や就職促進の取り組みなどが新たな課題となっている。

2. 西部大開発における人材育成

 西部大開発は、西部と東部・中部との格差を是正することにひとつの主眼がある。教育セクターにおいても格差の是正が最大のポイントとなっている。中国政府は2000年に公表された「西部大開発実施の若干の政策措置に関する国務院通知」にて、西部における9年制義務教育の実現、高等教育機関建設の充実等を方針として打ち出した。このような政府の政策努力もあり、西部の教育レベルにも短期間で目立った改善が見られるが、東部との格差は依然として大きく、さらなる人材育成に向けての取り組みが必要とされているといえる。

3.日本の円借款を通じた協力

 日本政府は、技術協力、無償資金協力、有償資金協力(円借款)等を用いて西部を含む中国内陸部人材育成に協力してきた。うち対中円借款は1979年度に開始され、20年余りにわたって合計約3兆円の円借款供与を通じて中国の改革開放を支援し大きな成果を挙げてきた。第4ラウンドが終了する2000年には、中国の著しい経済成長と日本の不況等を背景に対中ODAのあり方が議論され、外務省は2001年10月に「対中国経済協力計画」を公表し、2001年度以降、中国に対する援助は、限定的、選択的に行っていくことになった。同計画においては、
 @環境問題など地球的規模の問題に対処するための協力
 A改革・開放支援
 B相互理解の増進
 C貧困克服のための支援
 D民間活動への支援
 E多国間協力の推進
といった分野が重点とされている。

 内陸部人材育成事業は、同計画に合致した新たな支援分野として、2001年度より実施されることになった。日本政府は国際協力銀行(JBIC)をつうじて、これまで3年間で内陸部18省・市・自治区162大学に、合計837億円にのぼる円借款供与をおこなった。これだけの規模で、中国の人材育成を日本として支援するは、初めてのことである。
 内陸部人材育成事業の重点は、対中国経済協力計画の観点から
 @地域活性化
 A市場ルール強化
 B環境保全分野での人材育成
におかれている。

 校舎、設備といったハード面の他に、対象大学から日本の大学・研究機関への研修といったソフト面も借款対象になっており、日中間の相互理解の増進に寄与することが期待されている。すでに講師レベルの若手教員を中心とした研修生の日本への派遣が始まっている。京都大学でも10名以上が各分野の日本側教員のもとで研修を行っている。

 対象大学のうち、日本との交流協定を結んでいる大学も多い。日本の私立大学協会が、円借款対象となっている新疆自治区並びに今後の候補である内蒙古自治区より1981年以来20年以上にわたり300名以上の大学教員、科学技術者を研究員として受け入れてきたことも特筆できる。本日のコメンテーターであるアブリキム・ハサン新疆大学経済管理学院副院長・教授もその一人である。講演者である何倫志新疆大学経済管理学院学院長も日本留学組でご自身の研究室から何人もの留学生を日本に送りだしている。

 本円借款事業は、これらの既存の取り組みをさらに推進するためにも活用できる。例えば、島根大学は円借款を活用して交流協定のある寧夏大学に両大学の共同研究センターを設立する予定である。岡山県や新潟県も、中国の活力を地域振興に生かそうと円借款事業の研修コンポーネントを日中産学連携に活用することを検討中である。

4. 今後の課題

 今後、円借款を活用するなどして、日本として取り組むべき課題を4点挙げる。

 (1)日中高等教育分野交流の情報共有
    日中の高等教育分野の交流は、円借款などの援助ベースのものだけでなく     文部科学省の21世紀COEプログラム、大学間での交流協定に基づく協力等    広範囲にわたっているが、それらの情 報は十分に共有されているとはいえ    ない。これらの両国間の交流が地方自治体や民間セクターを含めて関係者     間で共有されることにより、新たな交流の取り組みやビジネスチャンスが生ま    れる可能性がある。

 (2)内陸部のプラットフォームとしての大学の活用
    これまで、日本の大学・企業は、主に沿海部の大学と交流を行ってきたが、     今後10年のうちに内陸部が順調に発展してゆけば、内陸部との交流は日本    にとってもこれまで以上に重要となってくる。内陸部の円借款対象大学は活     用次第で交流の拠点となりうる可能性がある。

 (3)日本留学経験者のサポート
    現在中国では日本で博士号を取得した約3,000名の人材が各所で活躍してい    る。円借款対象大学の中でも青海大学のように日本に留学した経験を持つ     教員が学長をつとめているケースもある。これらの人材に日本からさまざまな    情報を提供する、リピーターとして日本で博士号を取得する機会を提供する     等、引き続きサポートしていくことが重要である。

 (4)高水準の協力
    中国の経済水準が向上するにつれて中国側の知識水準も高まり、日本とし     ても中国側に政策面等でのインパクトをもたらす高水準の協力が重要となっ    ている。例えば、石川滋一橋大学名誉教授が、世界銀行が1985年に承諾し     たSecond University Development Projectの一環で、中国の大学の経済学     のカリキュラム改訂の責任者をつとめたことは改革開放初期における日本の    貢献として特筆できる。

西部大開発と中央アジア自由貿易地帯の構想
何 倫志 新疆大学経済管理学院学院長
 本報告は表題にあるように中央アジア諸国家との自由貿易協定の締結によって、中国、特にその西部地域の経済開発を推進しようという構想についてである。この構想は、新疆自治区を代表する新疆大学経済管理学院院長である報告者の何教授が提案し、今年の全国人民代表大会で正式に議論されている。この地区の代表が『国家に対する自由貿易区方式のランドブリッジ経済帯設立批准の請求に関する議案』と『阿拉山口辺境貿易区設立に関する議案』に共同で署名し、全国人民代表大会に提出したからである。このように現実を大きく動かしている何教授から直接その提案の趣旨を伺えたことは大きな収穫であった。

 何教授の本提案の前提には、中国と中央アジア諸国に関する以下のような認識に基づいている。それは、
 @中央アジア5ヶ国は経済的な一体性を持ち、現在急速に発展している。
 A中国側も対外開放を南から北へ、東から西へと全方位に拡大して来ている。
 B中央アジア諸国との交流はアジアとヨーロッパとの交流にとっても重要である。というものである。

 以上の認識の上に、何教授は、「中央アジア自由貿易区の現実的な基礎と条件」として、中国の新疆と中央アジア五カ国の地縁的近接性、中国新疆と中央アジア五ヶ国民族の相似性、中国新疆と中央アジア5カ国の経済相互補完性、中国の新疆と中央アジア五カ国の政策の開放性を挙げた。この中では特に、中央アジア諸国が経済を振興し、苦境から抜け出すために技術と資金を援助等の方法で強く望んでいることを強調された。

 何教授の報告は、さらにこの地域の開発が、「経済」「政治」および「文化」の面での安全の確保と深く関わっていることを主張された。言うまでもなく、イスラム教原理主義と分離主義の問題である。報告を受けたフロアーからの討論では、もっともこの点が議論され、ウイグル族などの少数民族と漢民族との人口比の変化、経済的なステイタスの差、アメリカの反イスラム政策との関係などが論点となった。しかし、何教授は現在の路線で、中長期的には安全性の状況の改善があるものとされた。 最後に何教授が提起されたのは、提案の「中央アジア自由貿易地域」の形成は、3つの段階を経てなされるべきというものであった。具体的には、

 第一段階:辺境貿易地域は各々自由区を設立して、国内外の人力、財力、物資
        等の経済資源を吸収し、国際市場に向けて協力開発を行い、開発区 
        の政策は協商を通して一定程度協調し、さらに実質的な経済協力を発
        展させ、緩やかな連合体を形成するという非公式の経済協力の段階。
 第二段階:さらに広汎な政策協商を実行し、二国間あるいは多国間協定を結び、
        互いに関税を引き下げ、貿易制限を撤廃するという「半緊密型」経済 
        協力段階。ここでは辺境地域において二国間か多国間で自由貿易区
        あるいは経済協力開発区を建設し、二国間ないし多国間の協調委員
        会を設立。交通運輸、資源、産業政策、通信、旅行、商業貿易、関税
        等の領域で比較的緊密に協力し、互恵貿易を発展させる。
 第三段階:主権を保証するという前提の下で、全地域の発展問題に対して緊密な
        協力を行い、自由貿易協定或いは関税同盟協定を結び、またさらに高
        次の地域経済集団−例えば共同市場や経済同盟−を確立するという
        自由貿易段階。ここでは首脳委員会を成立し、協議内容を執行し、集
        団内の関連貿易、技術協力、労働協力、資本流動、資源配置、関税 
        等の重大な問題を処理する。というものである。

 現在の経済協力はまだ第一段階から第二段階への過渡にあるが、すでに中央アジア諸国は初歩的な経済集団を形成し、互いに特恵を受けている。また、新疆自治区と中央アジア五カ国は辺境貿易と経済技術協力において大きく発展しており、イリ、ボロタラー、チェチェックに辺境経済協力開発区がすでに設立されている。何教授の提案に沿う形での今後の発展を期待する。

 なお、この何教授の報告・討論の後、同じく招聘外国人学者として京都大学に滞在するアブリキム・ハサン新疆大学経済管理学院副院長・教授から簡単にコメントをいただいた。が、ここでは省略する。
                                       (文責:大西 広)