上海センターブラウンバッグランチ(BBL)セミナー 第4

中国経済の行方・再考

 日時  2005518日(木)12:15-13:45

 会場  法経総合研究棟1107教室

 報告者  上原 一慶教授 京都大学経済研究所 

 

 講演概要

  反日デモの背景に貧富の格差など内政上の不満があることが指摘されているが、こうした見方は反日デモが投げかけているシグナルを見落とすことにならないだろうか。また、内政上の問題は政権基盤を揺るがすような暴動に向かう可能性があるのだろうか。

 上記の問題意識から、報告の目的は以下の3点におかれた。

  @内政上の矛盾の実態を確認すること(但し、所得格差と失業問題に限定)。

  A内政上の矛盾が爆発する可能性はあるのか考察すること。

  B中間層が増大し、貧困人口が中間層に収斂され、中間層の主動のもとに民主化が進展、

 市民社会が形成されるという中国が期待する道は展望できるのかを検討すること。

1.内政上の矛盾の実態

1)所得格差拡大の実態

 a)ジニ係数ではかった所得格差拡大状況

 80年には約0.3880.382と基本的に合理的範囲内にあったジニ係数は、市場経済化が本格化した90年代半ば以降、0.45代に突入し、格差拡大が持続的に続いている。精華大学社会学系課題組の03年のサンプル調査では、低く見積もっても0.5の水準(国際的経験では両極分化の危険がある水準とされる)を超えているという。課題組の結論は「ジニ係数から見て、中国はすでに急速に世界上、貧富の格差が最大の国家の一つとなった」というものであった(「中国:経済与社会的協調発展」『中国経済時報』040323

  b)その他の尺度からみた所得格差拡大状況

 ァ)都市と農村住民の所得格差の拡大

  都市と農村住民一人平均所得の比は85年の1.85:1と縮小されたが、その後、特に90年代半ば以降拡大している。最近の状況は[表]をみてほしい。国際的経験では、一人当たりGDPが8001000j段階では、1.7:1前後とのことであるから、中国の格差拡大は非常に激しいといわざるを得ない。

  

)階層間所得格差の拡大

  都市住民の所得最高位10%の一人当たり可処分所得と最低位10%のそれとの比は、04年第1〜第3・四半期の場合9.1:1、農家の最高位20%の一人平均所得と最低20%のそれとの比は、03年の場合7.3:1であり、いずれも拡大傾向にある。

 ゥ)地域の所得格差拡大

  一人当たり省住民所得格差は、03年の最高と最低は上海と甘粛であり、その比は9..3:1であった。ちなみに日本の場合、東京と沖縄であり、その比は1.9:1である。

  東−中−西、一人当たりGDP格差も、拡大している。

2)失業問題の現状

  a)失業率の実態

  都市部登録失業率では4%代前半に留まっているが(034.3%、044.2%)、西側基準で計算すると実質8〜10%程度とみられる。もっと高い推計をあげる中国の研究者もいる(周天勇は0310.99%、0411.45%という数字を挙げている<『中国経済時報』041209>)。                                            

 但し04年には新規増加就業980万人(03年比130万人増)もあり、失業問題は若干緩和したとみられる。資本・技術集約型産業とハイテク産業に傾斜した成長モデルから、労働集約型産業発展にも配慮した成長モデルへの転換や非正規就業の奨励が背景にある。

  b)失業後の現実

  最低生活保障金受領者が増大している。032235万人、042201万人と都市部住民の約4.3%を占めている。遼寧省では、00年末の71.5万人から03年9月末の152万人に増大している。これは全省の非農業人口の7.8%である(『経済日報』03・9・28)。都市部で以前より所得水準が低下するという意味での絶対的貧困化が進展してきている。失業問題は緩和傾向にあるとはいえ不安定要因は持続しているといえよう。

  c)労働条件の劣悪化

  都市部では農民工を中心に非正規就業が増大しているが(上原の推計では、都市部就業者統計で挙げられている私営・個人企業従業者を含めれば、都市部就業者の約4割)、その労働条件は劣悪である。中華全国総工会法律工作部の報告(0412月)(『人民網』041210)によれば、以下の通りである。

  1>就業の権利が不平等で、就業に保障がない。

  2>労働契約の締結率が低くかつ規範的でない。

  3>賃金を受け取る権利がひどく侵されている。

  4>労働条件が劣悪で、労働安全問題が重大。

  5>社会保険が基本的に欠落。

  6>超過労働の現象が普遍的、かつ非常に重大。

  現状は雇う側の働かせる論理のみが一方的に貫徹する労働関係であるといえよう。

2.矛盾爆発の可能性

1)矛盾爆発の可能性?

 結論を先にいえば、近い将来に矛盾が爆発する可能性よりも、当面、矛盾をはらみつつも持続的に発展する可能性が大きい。その理由は以下の通りである。

 ァ)格差拡大が著しい。しかし格差をつけられた側の所得は、たとえば[表]にみられるように、上昇しており、彼らが前よりよくなったと感じる限り、直ちに暴動につながる可能性は小さい。

 ィ)失業問題も、上述したように、労働集約型産業発展にも配慮した成長モデルの実施から若干緩和してきている。

 ゥ)非正規就業等にみられる劣悪な労働条件に対しても改善の動きがみられる。

2)若干の留保

 但し、いくつかの保留をつけておきたい。

 第1に、農村住民内部の格差が拡大すると同時に、所得の最も低い20%農家世帯の平均実質所得が、9500の5年間の場合、年率−1.5%と、絶対的貧困化が進行したことである。01年以降、若干持ち直しているものの、依然として厳しい状況にある。

 また、すでに述べたように都市部でも「絶対的貧困化」が進行している。

  こうした状態が改善されなければ、不安定要因が増大するであろう。

  第2に、今後、労使矛盾が増大する可能性があるが、労働者の権益を維持・保護する組織に現行の労働組合(工会)を改変する必要があることである。現在の労働組合は党(党の助手)、企業(組合経費は賃金総額の2%が企業側から支給、経営陣も組合員)から自立しておらず、労働争議発生の場合には、争議を起こした労働者側と使用者側の間に立って調停する役割にとどまっている。労働組合を党、企業から自立させ、団体交渉権、ストライキ権をもたせて、矛盾を吸収するシステムをつくる必要があろう。

3.どのような社会の形成が展望されるか?−むすびにかえて−

1)中間層の拡大−民主化の道の可能性は? 

  この可能性は容易ではないであろう。これまでみてきたように格差が継続的に拡大していることが第1の理由である。

 第2に、格差拡大を背景とした階層分化が再生産、固定化される可能性がみられることである。たとえば、中国社会化が院の調査報告は、次のように指摘している。

 10の階層の底辺に位置付けられた農業労働者が現在なお44%(7867.41%、8855.84%、9153.01%、9944.0%に減少していた)にとどまっており、拡大すべき階層、たとえば中間層もなお約15%(784.8%、889.53%、919.51%、9914.1%)にとどまっている。またいくつかの優位な地位におかれた国家と社会管理者、経理人員、専門技術陣のうち、子女世代間の継承性が顕著に強まっており、同世代間の流動性が顕著に減少している。たとえば、経済的社会的地位が低い階層の子女が高い階層に入る垣根は明らかに高まっており、両者間の社会的流動性の障碍が強まっている。社会的経済的資源、組織資源と文化的資源は上層に蓄積される趨勢にある(「社科院報告:中国社会中心階層将有跳躍式拡大」『人民網』040729)。

 クズネッツの逆U字仮説から格差縮小を展望する議論もあるが、むしろ格差が高止まりする可能性もみておく必要があろう。

2)第三の道の可能性

  では中国経済の発展はどのように展望できるだろうか。私の結論は、格差拡大や労働者間の亀裂・対立の可能性を伴った発展、不安定要因を抱え込んだ発展、ということである。

(本稿は5月18日に開催された上海センター・ブラウン・バッグ・ランチでの報告を報告者本人にまとめていただいたものです。 事務局)