上海センターブラウンバッグランチ(BBL)セミナー 第5回

「中国における都市・農村間の教育格差」

 日時  2005年6月7日(火) 12:15~13:45

 会場  京都大学法経総合研究棟1階演習室107

 報告者  沈 金虎(京都大学大学院農学研究科講師)


 講演概要
1985年以来の教育改革政策を問う
―中国における都市・農村教育格差拡大の原因と対策―
京都大学農学研究科生物資源経済学専攻 沈 金虎
1.問題の提起

 近年好調な経済成長を背景に、中国の教育も順調な発展を見せている。2002年現在小学校適齢児童の入学率はほぼ百パーセント、小学校卒業生の進学率は1982年の66.2%から97.0%、中学卒業生の高校進学率は同32.3%から58.3%に増加し、また人口1万人当たり大学在学生数も1978年の8.9人から、2002年現在に66.1人へと飛躍的に拡大した。しかし、順風満帆に見える中国の教育も実は様々な問題を抱えている。特に「義務教育法」を実施してからすでに十数年、いまなお数百万人規模の農村少年、少女が経済的な理由で小中学校に通えず、農村小中学校教職員給与の長期未給問題も全国各地で発生している。農村教育投資の著しい不足と都市・農村間の教育条件・教育水準の不均衡はすでに現代中国の最重要な社会問題の一つになっている。

2.従来の教育管理体制と1985年の教育改革

 周知のように、戦前の中国教育は全体として非常に遅れていた。1949年に新政権が誕生後、しばらくは旧政権下の教育体制をそのまま継承したが1953年に戦後復興が完了すると、中国は社会主義の道と中央集権型の計画経済体制をとり始め、それ以降社会主義の政治・経済体制に合わせて、中国の学校教育システムにも独特なものが形成された。

 2.1 文化大革命時期以降の教育管理体制

  まず、大学や高等専門学校は全て国有化され、中央政府か、省・市・自治区政
 府の管理下に置かれた。大学の必要な教育経費は全部中央或いは省レベルの
 地方財政から優先的に配分されたが、その反面、大学の組織、教職員の定員、
 給与水準から重要な人事任免権まですべて政府が掌握し、大学に残された権限
 といえば、学校教育の日常運営・管理ぐらいであった。一方、学生に対しては、授
 業料から宿舎料まで全額免除し、貧しい家庭出身の学生には生活費をも支給し
 ていた。その見返りに学生が卒業する際の就職選びは、学生と学校側とが自主
  調整のうえ、最後は政府の「畢業分配」計画に従わなければならなかった。

  一方 、初等・中等学校は、主に地方政府(都市の場合)、人民公社(農村の場
 合)によって設立されたが、都市と農村との間は、基本生産組織の所有形態の違
 いにより、必要な教育経費に対する政府財政投資のカバー率は、全く異なってい
 た。つまり、都市部では、小中高校の運営に必要な教育経費は全部政府の財政
 予算から支出され、全部の教員も「公弁教師」の資格を有していた。それに対して
 農村の小中高校は「人民公社が主体となって運営し、政府がそれを助成する」意
 味での「民弁公助」学校に位置づけられ、その教育経費は県レベル地方政府が
 一部(主に「公弁教師」の給料と「民弁教師」助成で、後者の年間定額は小学教
 師170元/人、中学教師210元/人であった)
助成するのみ、残りは人民公社の集
 団組織が責任をもって負担していた。特に農村の小中学校において、政府財政
 から給与を支給するいわゆる「公弁教師」は少数派であり、より多くの教員は人
 民公社の集団組織から給与を貰う「民弁教師」であった。政府はこれを「農村の
 教育は農民自身が行う」といい、農民らの「主人公」意識を利用して、彼らの力を
 借りて農村教育の発展を図ろうとしていた。


  けれども、当時の就学環境は、教育を受ける大多数の人にとって比較的公平
 であった。学校の教育費負担が低く、地域間や社会階層間に貧富の格差も比較
 的小さかった。その上、文化大革命の時期を除けば、進学の入試選抜は基本的
 に試験によって公正に行なわれたので、普通の労働者階級出身の人でも、能力
 さえあれば、より高いレベルの学校に行けた。

2.2 1985年の「決定」に定められた3つの教育改革方向

  しかしこの低費用で大多数の国民にとって平等な学校教育システムは効率性 
 に問題があるうえ、
旧来人民公社が設立運営してきた農村小中高校は生産責
 任制が普及するにつれ、その教育経費の調達は段々難しくなっていた。

  そこで、農村経済改革の初期にはまず教育の質の悪さを理由に、農村小中学
 校、特に高校を対象に大々的な整理・合併が行われた。その結果、1977年に13
 万1265校、5916校あった農村中学校と高校は1984年にそれぞれ65000
 と6691校に縮小された。


  さらに1984年に人民公社が解散すると、農村の小中高校を運営し、教育経費 
 を負担するものはいなくなった。その苦境に対処するため、政府はまず84年の暮
 れに『農村学校教育経費の調達に関する通知』を出し、次の2つの改革を実施し
 た。即ち、1つは今後政府財政から支出する教育予算はこれまでの実績に基づ 
 き、省、市レベル政府から県レベル政府へ、県レベル政府から郷()政府へと総
 額請負制を実施すること、もう1つは教育財源の不足を補うため、今後農民、郷 
 鎮企業を対象に「教育附加費」を徴収することである。


  しかしそれは応急措置に過ぎず、より安定した農村教育システムを構築し、ま 
 た他の教育問題にも対処するため、19855月に共産党中央が『教育体制改革
 に関する決定』(以下、「決定」と略す)を下した。


  同「決定」では、次の3つの改革方向を提言した。すなわち、1つ目は基礎教育 
 の責任を地方政府に委譲し、段階的に9年制義務教育を実施していくこと、2つ目
 は中等教育の構造を調整し、職業技術教育を大々的に発展させること、そして 
 3つ目は大学の学生募集と卒業生就業配分制度を改革し、大学の自主権限を拡
 大することである。これらは、中国の教育改革の基本方向として、今日でも効力を
 発揮し続けている。


3.「基礎教育地方責任制」改革の内容とその根拠

 さて、一国の教育方針はこういう形で簡単に決められてしまったが、その中身、理論的な根拠、中国社会への適性等に問題はないのだろうか。以下、基礎教育地方責任制の改革を中心に、その問題について検討していく。

3.1 政策の内容と中央政府の思惑

  まず「決定」では、基礎教育に関する改革をこう位置づけた。「9年制義務教育
 を遂行することと、基礎教育の地方責任制と分級管理の原則を実施することは、
 我が国の教育事業を発展させ、教育体制を改革するための基本制度である」と。
  また基礎教育の地方責任制と分級管理の方法に関して、「基礎教育の管理権
 は地方政府に属する。全体の教育方針とマクロ的な教育発展計画の制定は引き
 続き中央政府が行うが、他の具体的な政策、制度、計画の制定と実施、並びに
 学校への管理、監督等に関する責任と権限は地方政府に委譲する。省、市、県
 、郷各レベル地方政府間の管理責任と権限をどう配分するかは、各省、自治区、
 直轄市政府が决定する」と規定した。


  このように、新中国が成立してから36年、初めて義務教育の実施を宣言したの
 は遅すぎる感じもするが、それ自体はやはり評価すべきである。また基礎教育の
 実施・管理の責任を地方政府に委譲しながら、適切な「分級管理」を行うのも、基
 礎教育サービス提供の地方分散の特質と中国の地域多様性、それに諸外国の 
 経験等を考慮に入れれば、正しい方向だと思う。しかし問題は、基礎教育の実施
 ・管理責任を地方政府に委譲した後、その公共教育投資について誰が責任を負
 うのかである。


  その問題について、「決定」では次のように規定した。「今後一定期間内に、中
 央と地方政府の教育予算は経常財政収入の増加速度以上に拡大し、また在校 
 生1人当たりの教育経費を増やしていかなければならない
」。「地方教育事業の
 発展を保証するため、国の教育予算以外に、
地方政府の機動財力も一定の割
 合を教育投資に割り当てる必要があり、郷の財政収入は主に教育事業に使用す
 べきである
。地方政府は教育附加費を徴収して良い。その収入はまず基礎教育
 施設条件の改善に使うべきで、教育以外に使ってはならない」。


  また「決定」の発表を受け、19864月に『義務教育法』、19923月に『義務教
 育法実施細則』、19932月に『中国教育改革と発展綱要』、さらに19953月に
 『教育法』などがたてつづけに制定された。しかし、それらの法律、実施細則と発
 展綱要も、義務教育の実施主体である末端政府の責任をより詳細に規定したも
 のの、実施主体でない省、市、そして中央政府の教育投資の責任は、曖昧なまま
 にして置かれた。


  要するに、中央政府は基礎教育の実施運営責任だけではなく、それに必要な 
 公財政投資の責任をも全部地方政府に丸投げし、中央財政が必要に応じて適切
 に助成すればいいという立場に引き込もうとし、その姿勢だけははっきりしている

3.2 当初から無理な政策決定

  さて、政府は上記の基礎教育地方責任制を打ち出したことについて、一応次の
 2つの理由を挙げている。つまり、国家の教育財政投資は経済発展水準の制約 
 を受け、すぐには増せないことと、限られた財力条件下で教育をより速く発展させ
 るためには、地方政府や民間団体の教育投資のインセンティブを引き出されなけ
 ればならないことであった。


  しかし、どれも説得力に欠けている。第1に経済発展水準の制約を受け、教育 
 財政投資が限られた時こそ、有限の財源を公益性のより高い基礎教育に投入す
 べきだが、中国の優先順序は全く逆で、中央財政の教育投資は高等教育に優先
 投入している。
第2に、教育を早く発展させるため、地方政府や民間団体の力を 
 借りるのは良いとしても、中央と省レベル政府が義務教育に投資責任を持たなく
 ていいということにはならない。世界各国の状況を見ても、義務教育投資の責任
 が市町村レベルの末端政府によって担われているのは、英国などごく少数の国 
 に限られ、多くの国と地域では中央政府の単独か、中央と上位地方政府、或いは
 中央政府と上位、末端地方政府の3者共同で負担している。
第3に、中国では経
 済発展の地域格差が大きい。経済発展の地域格差は当然地方財政力の格差を
 もたらす。特に中国の地方財政体は省、市、県、郷()の四段階に細分化し過ぎ
 ており、下位の県、郷()レベルになると、商工業が未発達の純農村、或いはそ
 れに近い農村地域が多い。これらの農村地域は商工関係の税源が乏しく、地方
 財政の農業関係税収への依存度は非常に高いが、当の農業関係税は最大税種
 の「農業税」が政府の軽税政策により、1958年からずっと固定されており、税収 
 の増加はあまり望めない状態にある。かかる状況下で、中央と上位の地方政府 
 から地方財政力の格差を是正する財政移転交付制度があれば、見かけ上基礎
 教育投資の地方責任制を実施できるかもしれないが、実際の中国ではそのよう 
 な移転交付制度は存在しなかった。


  特に、1980年代以降実施してきた財政請負制度は、主に地方政府のインセン
 ティブを引き出し、地方経済の発展を促進するためのものである。かかる財政請
 負制は元々経済立地条件に恵まれ、商工業の発展が早い地域に有利、そうでな
 い地域に不利の性格を有し、改革・開放後、地域経済がダイナミックに変化して 
 いる中国では、経済発展と税収基盤の地域格差に対して拡大効果があっても、 
 縮小機能は全くないと言える。1980年代半ば以降中国の地域間、都市・農村間 
 の所得格差が拡大し続けているのが、なによりの証拠である。
にもかかわらず、
 1985年の「決定」では教育投資責任を含む「基礎教育地方責任制」が採択され、
 今なお中国の「教育事業を発展させ、教育体制を改革するための基本制度」とし
 て実施され続けている。


4.「基礎教育地方責任制」実施後の諸問題と中央政府の対応

 実際に、基礎教育の地方責任制を実施した後、農村教育投資の不足と教育資源配分の地域不均衡の拡大など様々な問題が生じている。

4.1 変わらない「農村の教育は農民が行う」現状

  まず、1986年以降、国全体の教育予算配分には何の変化も起きなかった(表 
 2を参照)。中央政府の教育投資の責任範囲は却って縮小し、その教育予算もこ
 れまでと同様、国立大学などの高等教育機関に重点投入され続けている。

  一方、小学校から高校までの学校管理と教育投資は地方政府の責任とされた
 が、省、市、県、郷
()四段階の地方政府間の責任配分、或いは上位省、市レ 
 ベル政府の教育投資責任については、1986年の義務教育法とその後の教育諸
 法には何の具体的な規定もなかった。そのため、実施過程に移されると、①省、
 市レベル政府は義務教育に対する責任感も投資インセンティブもあまりないこと、
 ②上位政府からしてみれば、下位政府への財政支援はすでに財政の請負制度 
 に組み込まれていることにより、結局、小中高校の運営管理と教育投資の責任 
 はもっぱら市(都市部)、県(農村部)以下の末端地方政府に押しつけられた。


  ただ、その場合でも、都市部では学校の運営管理権を区レベル政府に委譲す
 るが、学校教育への財政投資はこれまでの財政慣行もあって下位政府に委譲せ
 ず、市財政より統一配分し続けている。それに対して、農村地域では県自身の財
 政力が弱いこと、以前から郷、村集団組織が農村の学校教育費を負担してきた 
 こと、県・郷政府間にすでに財政請負制度を実施していることなどにより、県レベ
 ル政府は実質的に域内の高校教育のみに責任を持ち、小中学校の運営管理責
 任は更に下の郷政府と村民自治組織に転嫁し、いわゆる「3級弁学」、「2級管理」

 の教育体制を形成した。(「3級弁学」とは県が高校、郷(鎮)が中学校、村が小 
 学校を設立すること、「2級管理」とは県、郷両級政府が農村教育を管理すること
 を指す


  基礎教育の管理・投資責任を末端政府に押しつけた後、中央と省レベル政府 
 は一応教育専用補助金の形で貧困地域に対して助成を行ってきた。しかし、その
 規模は非常に少ない。

  結局、義務教育制になったけれども、「農村の教育は農民自身が行う」現状は
 全く変わっていない。幾つかの調査報告はそれを立証している。例えば、国務院
 発展研究センターが行った「県郷財政と農民負担状況」の調査によると、
1990
 2000年間に調査地の湖北省襄陽県に全学校教育費のうち、各種の財政投資は
 40.7%を占めたが、その財政投資の出先は、34.4%が郷政府、6.2%が県政府か
 らであり、中央と上位地方政府からの教育専用資金援助は僅か0.1%しかなかっ
 た(韓(2002b)104頁)。また1998年に国家教育発展研究センターが全国7省市
 26県で行ったサンプリング調査によると、対象地域内に義務教育総支出のうち、
 郷()財政と農民は78.2%をも負担し、県財政は9.8%、中央と省、市財政から 
 の専用教育助成金は12%しか負担していなかったという。(司・余(2003)、200頁)

4.2  分税制改革下で一層苦しくなった地方財政

  それでも、地元の経済発展と社会基盤整備、それに住民への公共サービス提
 供に回す予算を切り詰め、或いは農民から教育分担金を徴収して、何とか地方 
 財政を運営できれば、義務教育の負担問題はまだ水面下に抑えられる。しかし 
 その
「平穏な」状況も、1994年の分税制改革と学校教職員を含む公務員の給与
 改善計画等の実施によって打ち壊わされた。

  1994年の分税制改革は、請負財政制度に存在した不規範問題と中央財政の 
 弱小化問題を解決するために行われたもので、その内容は主に次の3つがある。
  第1に中央政府と地方政府の間で、行政業務、財政支出の責任範囲を画定す 
 る。具体的に国防・外交の関連経費、中央政府機関の運営経費
(人件費を含む)
 と、産業間、地域間の均衡発展を図るためのマクロ経済調整に必要な費用、そ 
 れに中央政府の直轄企業・事業の投資と運営経費などは中央財政の支出責任 
 範囲であり、地方政府の行政運営、地方の経済建設と文化・教育・衛生などの社
 会事業に必要な経費は地方財政の支出責任範囲とされた。
第2に税収も帰属先
 によって次の3種類に分ける。①中央税:関税、消費税、中央政府所属企業の企
 業所得税など;②地方税:営業税、個人所得税、地方企業の企業所得税など;③
 中央と地方の共有税:増値税、資源税など。但し、増値税収入は7525の比率で
 中央と地方財政の間に分け合う。
第3に1994年以前の財政分配関係の継続性を
 図りながら、縦方向の財政分配関係を改善するため、中央政府は地方政府に対
 して、
税収返還、旧制度補助、専用資金補助、決算補助、過渡期の移転交付
 金、の
5種類の財政移転交付を行う。

  ちなみに、以上の分税制度は主に中央と省レベル政府との間で実施されたも 
 ので、省以下の地方政府間の財政分配制度については、中央政府からは統一 
 の政策規定が無く、各地が独自に決定できるとされた。よって、1994年以降省レ
 ベル以下の地方政府間の財政分配制度は地域によって異なり、上記分税制に類
 似した制度を採用する地域はあれば、従来の請負制度を実施し続けている地域
 もある。


  いずれにせよ、分税制を実施した後、まず総財政収入に占める中央財政の比
 重は
1993年の22%から、1994年に一気に55.7%に急上昇し、2000年現在も52.2
 %
の水準を維持している。その分、地方財政全体の収入比率は減少するが、地
 方政府のなか、財政配分の決定権を握る省レベル政府の割合はむしろ若干拡 
 大したので、結局、県、郷など末端地方財政の収入比率は最も減らされることに
 なった。


  普通なら、税収配分の変化に合わせて中央と各レベル地方政府間の財政支出
 の責任範囲も同時に調整すべきだが、実際はその調整は一切なかった
かえっ
 て、中央政府の様々な新政策により、地方財政の支出負担は急増した。
例えば、
 1995年以降中央政府の方針により、農村「民弁教師」の正規教員への置き換え
 は加速し、また公務員の給与改善も全国範囲で推進された。それらの改革自身
 は責められるものではないが、問題は政策実施に必要な資金は誰が負担すべき
 かである。現状では、これらの経費は基本的に地方政府が負担し、経済困難な 
 地域に対してのみ、中央と上位の地方政府が助成を行うという。しかしその助成
 は保障されるものではなく、助成を出す側の財政状況と恩情による処が大きい。

  結局、かかる財政分配制度下で、地域間の財政力格差だけでなく、上下政府 
 間の貧富差の拡大も余儀なくされてしまう。現に中国の中西部地域に行くと、財 
 政状況がバンク寸前にある県、郷地方行政体は数多く見られる。これらの末端地
 方政府では財政状況が厳しいため、緊急を要しない社会基盤整備関係の投資や
 住民への公共サービス提供の予算はまず大幅に削り取られている。その結果の
 一つは、農村での社会基盤整備が都会に比べて大幅に遅れていること、都市住
 民が普通に享受しているのに、農民だけはいまだ政府財政がサポートする社会 
 医療保健制度に恵まれていないこと、などに現れている。


  のみならず、制度内の予算収入は全ての公職員の人件費や日常的な行政経 
 費など、基本的な予算支出項目を賄いきれないから、結局、①他の予算項目や 
 予算外収入
(教育附加費収入等)、或いは下の村民自治組織の預かり金からの
 資金流用、②教育集資などの名目による農民への法外徴収、③銀行等の金融 
 組織や企業、個人からの高利貸し債務の増大、④学校教職員を含む地方公務 
 員給与の長期滞給、などの問題は全国各地で発生している。

4.3 著しく拡大した都市・農村間の教育格差

  かかる財政制度と財政状況の下、当然ながらすべての国民に公平に提供すべ
 き義務教育サービスでさえ、著しい地域格差が生じてしまった。


  まず、義務教育段階の小・中学校でも学校教育費の地域格差は年々拡大して
 いる。教育経費の格差は直接に学校の公用経費と、生徒・教員比や教職員の給
 与待遇の格差に現れる。特に就業の自由が認められ、人材の流動が進む今日、
 教員給与待遇の地域格差とその拡大傾向は、貧困な農村地域の学校教育に大
 きな打撃を与えている。なぜなら、これらの地域では、経験豊富の優秀な教員が
 流出する一方、新規教員の補充も困難なため、学校教員の質、ひいては学校教
 育水準の低下は避けられないからである。


  また学校公用経費の不足も大きな問題である。例えば、2000年に全国2031
 県レベル地方行政体について生徒1人当たり予算内学校公用経費について調べ
 てみた。その結果、小学生1人当たり10元未満の県は826、中学生1人当たり10
 元以下の県も553個を数えた。タクシーの初乗り料金に過ぎないこの10元で、学
 校の日常経費、実験・実習費のほか、教育設備の購入費まで賄う必要があるか
 ら、如何に不足しているかは想像がつく。


  それよりも深刻なのは、多くの中・高学校が農村地域から姿を消し、子供の進
 学機会が奪われてしまったことである。
実際、表1に示すように、中国農村の中
 学校と高校の数は1980年代前半にすでに大幅に減少したが、「決定」が出された
 1985年以降はさらに減少し、2001年現在の中学校数は1977年に比べて7割減、
 普通高校数に至っては95.5%も減った。

表1 都市・農村別中高学校数の変化

年次

中学校数(個)

普通高校数(個)

都市

城鎮

農村

都市

城鎮

農村

1962

1971

1977

1980

1985

1990

1995

2000

2001

2346

4884

1883

2753

5130

6425

8283

8713

8812

 2718

3528

 3217

 3327

 7132

 8207

13120

14678

17987

10017

 72192

131265

 80997

 63641

 57321

 46626

 39313

 38726

1461

863

7610

6676

5458

5028

4991

5760

5656

2425

1479

6377

6149

5926

5828

5888

6175

6939

  548

  11819

50916

18475

 5934

 4822

 3112

 2629

 2312

変化率(%):

19771985

19852001

172.4

71.8

121.7

152.2

-51.5

-39.1

-28.3

3.6

-7.1

17.1

-88.3

-61.0

資料:中国教育年鑑編集委員会『中国教育年鑑 19491981』中国大百科全書出版社と国家統計局『中国統計年鑑』統計出版社、各年版による。

学校数の激減は、当然農村在住者の就学環境と進学機会に影響を及ぼす。募集定員が少なく、合格が難しいだけでなく、合格しても寄宿の経済負担が収入の少ない農民にとって大きな負担になるからである。

 図1は、1971年以降中国における都市・農村間の中学校及び普通高校への進学率の格差を示している。それをみると、義務教育段階の中学校への進学率に関して、都市部ではずっと100%前後の水準を維持しているが、農村部では197685年間に92%から64%に低下し、以降数年間はその水準に停滞し、近年ようやく91%を越えるようになった。一方、非義務教育の高校進学率に関して、都市、農村間の格差はもっと大きく、しかもその格差は年々拡大している。2001年現在、都市部では中学校卒業者の普通高校への進学率が70%に達したのに対して、農村部では僅か25.5%しかなかった。

図1 1970年代以降中学・高校進学率の都市・農村格差の推移

資料:国家統計局『中国統計年鑑』(中国統計出版社)の各年版による
 注:1) 中学進学率は中学入学者数/小学校卒業生数、高校進学率は普通高校入学者数/中学卒業者数
      で 計算

   
2) ここでいう農村とは、都市以外の純農村と城鎮地域を含む

4.4 近年における政府の農村教育強化策とその限界

  以上のように、基礎教育地方責任制を実施して十九年、それによって持たされ
 た県、郷財政の破綻状況と都市・農村間の教育資源配分の格差は目にあまるほ
 どとなったが、同制度を根本から改正する兆しは未だに見えてこない。


  近年、他の公務員の給与は大幅に引き上げられたのに、農村地域では財政難
 のため、小中学校教職員給与の長期未給問題は日増しに深刻化した。それを契
 機に中央政府はようやく20015月に『基礎教育の改革と発展に関する決定』、
 2003
9月に『農村教育事業の強化に関する决定』を下し、次
の両側面から農村
 教育の強化に乗り出した
1つ目は、中央政府が財政資金の移転交付を通じて、
 貧困地域と少数民族地域の義務教育に対する財政援助を強化し、省及び市レベ
 ル政府も下級政府への財政移転交付を実施する際、農村義務教育の需要を優
 先的に保証すること。
2つ目は農村義務教育に対する郷(鎮)政府の責任を学校
 教育条件と教師待遇の改善に限定し、他の学校の管理・運営や教職員給与の支
 払いなどに関する責任は主に県レベル政府が移譲することである。後者は、いわ
 ゆる「県が中心の基礎教育地方責任制」である。


  それ以降、中央政府の貧困地域に対する義務教育関係の財政支援は確かに
 増えている。例えば、
2001年から中央財政は中西部貧困地域の小中学校教職 
 員の給与支払い専用資金として毎年50億元、これら貧困地域の危険校舎の修 
 繕資金として20012002年の2年間に合計30億元を支出した。また2001年から
 実施する第2期「国家貧困地域義務教育プロジェックト」のためにも合計50億元 
 を拠出した(王・唐(2003)、164頁
)。しかし中央財政からの教育財政移転は規模
 が小さい上、
かなりの部分は農村の「費改税」改革に伴う末端県郷財政の収入
 減を埋め合わせるためのものであり、純増の「真水」部分はさらに少ない。また省
 、
市政府の義務教育投資も当該地域の財政力に左右され、出せる地域と出せな
 い地域があるから、結局、以上の二つの改革によって解決できるのは、せいぜい
 今問題になっている農村教職員給与の未給問題ぐらいで、農村教育投資の慢性
 的な不足と都市・農村間の教育格差の問題は根本から解決しないだろう。


5.今後の改革方向

 上の分析から明らかなように、改革・開放政策を実施してから四半世紀、中国の教育資源配分と教育機会をめぐる不公平問題をここまで深刻化したのは、他でもない、1985の『教育体制改革に関する決定』に定めた丸投げ式の「基礎教育地方責任制」である。かかる「基礎教育地方責任制」は、「地域間に経済格差が大きいうえ、財政制度上、財政力の地域格差を是正する仕組みが欠如している」という中国の国情を考えれば、それを正当化できる理由は一つも見つけないが、それにもかかわらず、同政策は1985年に制定されてから十数年の間に、途中見直し作業は一回も行わずに今日まで実施されて続けてきた。その十数年間に、政府が農村教育で「節約」した財政投資はせいぜい毎年のGDPの1に過ぎないが、それが9億農民の生活と人生、そして中国経済の持続的な発展に及ぼしたマイナスの影響は計り知れないものがある。

 現行の基礎教育地方責任制と他の関連制度は問題だらけである以上、それを一刻も早く改変すべきである。具体的には、以下の4点を提案したい。①教育財政投資総額の対GDP比率を現状の3%台から5%以上に引き上げる。②高等教育重視、基礎教育軽視の教育予算配分方法を改め、教育投資の増加分を義務教育、普通高校教育に重点的に配分する。③財政力の地域格差を是正する財政移転公布制度の確立に先駆けて、まず小中高校在学年齢層の人口当たり教育財政投資が平準化するよう、義務教育と普通高校教育の専用地方交付金制度を先に設立し、④同時に基礎教育、中等教育の責任主体を県レベル政府から市レベル政府までに引き上げる。そのうえ、同一地域内の教育予算配分基準を統一すると共に、教員の一括採用と都市・農村間の定期的な配置換えを行うことによって、制度面から都市・農村間の教育格差の生成要因を無くしていく。

 引用文献:
 [1]張玉林(2003「中国の教育資源配分と都市・農村間の教育格差―分級弁学システムの問題―」祖田
    修監修『持続的農業農村の展望』大明堂、260275頁。
 [2]高如峰(2002)「義務教育投資的国際比較与政策建議」、中央教育科学研究所編『2001中国基礎教育
    発展研究報告』北京、教育科学出版社、
143150頁。

 [3]韓 俊(2002a)「県級財政勉強度日、郷鎮財政難以為継」、国務院発展研究センター『県郷財政
   与農民負担状況調査報告』(未発行稿)、8897頁。

 [4]韓 俊(2002b)「県郷財政危機是如何形成的」、同上、98106頁。
 [5]韓 俊(2002c)「県郷財政缺口是如何弥補的」、同上、107113頁。
 [6]韓 俊(2002d)「県郷財政危機的影響与治理」、同上、114122頁。
 [7]謝 揚・韓 俊(2002)「農村義務教育与投入体制改革」、同上、123133頁。
 [8]胡鞍鋼・王紹光・康暁光(1995)『中国地区差距報告』沈陽、遼寧人民出版社、18101
 [9]司洪昌・余海波(2003(「建立完善以県為主的農村義務教育管理体制」、国家教育行政学院編『基
   礎教育新視点』北京、教育科学出版社、193211頁。

 [10]王秀雲・唐淑芬(2003)「推進九年義務教育の持続健康発展」、前掲『基礎教育新視点』、151
   ~169頁。

 [11]項懐誠編(1994)『中国財政体制改革』北京、中国財政経済出版社、111頁。
 [12]袁連生・王善(2002)「義務教育財政移転支付制度研究」、前掲『2001中国基礎教育発展研究
   報告』、
119142頁。

(本稿は6月7日に開催された上海センターブラウンバッグランチ(BBL)セミナーでのご講演を沈講師にまとめていただいたものである。)