第5回京都大学−ソウル大学国際シンポジウム

東アジア経済の発展と課題

 日時  2005年12月14-15日(水、木)

 会場  芝蘭会館(606-8302京都市左京区吉田牛の宮11-1)

 司会・主旨説明  堀 和生(京都大学大学院経済学研究科教授)

 報告者
趙 成旭(ソウル大学経済研究科副教授
From Cherry Picking to Bottom Feeding-日本における銀行問題の起源

吉田 和男(く京都大学経済学研究科教授
日本の銀行の構造改革

金 載永(ソウル大学経済研究科副教授
東アジア経済における為替レート変動と政策に関する再考察―過去から未来へ」

岩本 武和(京都大学経済学研究科教授
国際資本移動研究に関する新動向

金 眞教(ソウル大学経済研究科副教授
ランダム効用関数フレームワークにおけるパラメータ進化のモデル化

依田 高典(く京都大学経済学研究科助教授
日本の携帯電話需要の離散選択モデル分析

李 根(ソウル大学経済研究科教授
長期経済成長における制度と政策――東アジアとラテンアメリカの比較

ジャン・クロ−ド・マスワナ(京都大学経済学研究科講師
アジアとアフリカ経済発展の類型比較

 
 講演概要
  1997年に始まった京都大学経済学研究科とソウル大学校経営大学・ ソウル大学校経済学部との共催による国際シンポジウムは、今年で第 5回をむかえた。今回は、京都大学経済学研究科上海センタ−の主催 、京都大学経済学研究科21世紀COEプロジェクトの共催で、2005年12月 14日と15日の2日間、京都大学芝蘭会館で開催された。メインテーマ は「東アジア経済の発展と課題」であり、ソウル大学から4名のゲス トをお招きしておこなわれた。

   初日第1セッションは、バブル崩壊後特に問題として取り上げられる ようになった日本の銀行システムについて扱った。

   趙成旭副教授の報告は、「刈取り型から底支え型へ:日本における銀行 問題の原因」と題する極めて実証的計量的なものであった。日本開発 銀行の集めた1956-2001年にわたる約60000の時系列貸出先企業のパネ ルデータを駆使した分析が導いた結論は、まず1956-1972年期間には利 益率の高い企業に効率的に貸し出しをできていた日本の民間銀行が、 その後より利益率の低い企業や中小企業に重心が移動する下で、土地 などへの過剰な投資に向かったこと、さらにその原因には信用評価能 力の高い政府系金融機関が優良な貸出先を民間銀行から奪ったことに あった、というものであった。

  吉田和男教授は、「日本の銀行システムにおける銀行改革」と題した 報告をおこなった。以前、大蔵省に在籍していた際の経験を下にした この報告では、バブルの発生からその後の銀行改革に至る過程を丁寧 に辿るということが行なわれた。米ドルの為替不安に対応した低金利 政策が資産価格を引き上げ、それが自己実現的にバブルを生み出した が、それは論理的に永続しなかったということ、また、その後のバブ ル崩壊によねる不良債権がいかに経済全体に悪影響を与えたかという こと、そして最後にその対策としての銀行の大型合併や政府政策の動 きが紹介された。

   第2セッションでは、国際通貨レートと資本移動に関するテーマが 論じられた。

   金載永副教授の「ウォン・円レートのカップリング(連動)またはデ カップリング(非連動)」は、日本と韓国の為替レ−ト変動における非 線形ビヘイビアに関する研究である。この研究では、ウォン-ドルと円 -ドルという2つのドル表示による為替レ−トにおける「変動幅に回帰 する行動」(band-reverting behavior)が存在すると仮定する。「変動 幅に回帰する行動」は、2つの経済の間の関係と同じように、それら 経済の為替レ−ト体制にも依存しよう。1998年の金融危機以後の韓国 では為替レ−ト政策において、韓国経済に重要な結果をもたらすかも しれない変化があった。まず、2つの通貨の関係において変化があっ たかどうかをテストする。そのテストの結果にもとづき、金融危機の 前と後の時期において、一対の為替レ−トの「変動幅に回帰する行動 」を分析する枠組みを打ち立てる。この分析の結果は、2つの通貨の 価値において、「変動幅に回帰する行動」の均衡関係が存在したこと 、およびその様な関係が東アジア金融危機の後に変化してきたことを 明らかにした。

   岩本武和教授の「国際資本移動研究に関する新動向」は、ルーカス の逆説や順循環的資本移動のように、従来の新古典派経済学ではうま く説明できない国際資本移動における事実をおさえたうえで、それら の現実を説明する上で有益な別の2つの接近方法、オーバーボローイ ング・シンドローム・モデルと原罪仮説を検討した。オーバーボロー イング・シンドローム・モデルは、新興市場におけるオーバーボロー イングはもっぱら情報の非対称に由来するものであり、原罪仮説はマ クロ経済における成長は外国通貨建て債務の順循環的資本移動と相関 があることを示していると論じた。  銀行融資によるオーバーローンをもたらし、必要以上の米ドル建て 債務を軽減する手段として、地域通貨による債券市場をつくること、 そのためには債務担保証券のような証券化の手段が有効である。その 意味で日本政府と韓国政府が合意した、円建てで韓国が支援する形の 韓国CBOは、将来の東アジア地域金融システムの先駆的なモデルになる であろうと結論づけた。

   2日目の第3セッションは応用ミクロの報告であった。

  金真教助教授の「ランダム効用関数フレームワークにおけるパラメー タ進化のモデル化」は、離散選択モデルにおけるランダム効用関数の パラメータ値が時間とともに変化することを想定して、その変化過程 のモデルを組み込んだ形でパラメータを推定する方法について検討し た。洗剤のブランド選択に関するパネルデータを用いた実証分析の結 果、パラメータ・ダイナミックスが有意に存在することが確かめられ た。

   依田高典助教授の「日本の携帯電話需要の離散選択モデル分析」は 、ミックス・ロジットモデルを用いて,消費者の携帯電話タイプ選択行 動を分析した。選択肢は異なるブランドの第2世代および第3世代、そ してPHSである。分析の結果、同じブランド内で第2世代か第3世代かと いう選択肢間の代替性が大きいこと、そして電子メールやカメラ機能 などの諸機能に対する弾力性は低いことが明らかになった。

   第4セッションは、国際経済を取り扱った。

   李根教授の報告は、「制度と組織の両者は重要であるが、異なる所 得水準では異なる:長期の経済成長における東アジアとラテンアメリ カの比較」であった。この報告のテーマは近年長期の経済成長に関す る論争を引き起こしている。本報告の分析手法はクロスセクション分 析のみならずパネルデータによるシステムGMM推計であることが特 徴的である。その手法は、少数のサンプル、省略された変数、説明変 数の内生性の問題点等のようなクロスセクション分析に伴う偏りを回 避できるのである。本報告のファクト・ファインディングは、技術や 高等教育のような新しい政策変数の成長効果を確認したこと、中等教 育と制度がより低い所得水準の国には重要である一方、技術や高等教 育が中位の上位の所得国と上位の所得国の成長に有効であるが、下位 の中下位の所得国には有効でないこと、であった。

  ジャン・クロード・マスワナ講師は、「アジアとアフリカの経済発展 の類型比較」と題して報告した。1960年代以降のアジアの高度成長の 原因として輸出志向の諸政策、国際化、社会資本と同様に強い物的人 的資本蓄積も挙げている。それとは逆に、サブサハラ諸国は1970年代 中葉から経済停滞に陥り、生活水準も下降している。アジアとアフリ カの格差の拡大は農業生産性、工業部門の成長、輸出に見られる。本 報告はこれら2つの地域の発展のパターンについてアジアの高度成長 経済は「自己整合的発展モデル」と規定し、他方アフリカが東アジア の経済成長の経験を再現できるという推論は妥当性がないと結論付け た。

  以上の報告について、それぞれ活発な討論がおこなわれた。参加者は のべ140人に達し、議論では日本語、韓国語、英語が使われる国際色の あるシンポジウムになった。議論は後のレセプションまで持ち越され 、今後の継続的な開催と学術交流のさらなる発展が期待された(文責  堀和生)。