内陸部に拡がる中国の経済発展

 日時  2007年7月2日(月)

 会場  時計台記念館2F国際交流ホール

 司会  山本裕美(京都大学経済学研究科教授)

 報告者


藤井重樹  (積水(青島)塑膠総経理)「積水化学の中国事業と内陸部開発」 

宮崎 卓  (京都大学助教授)「内陸部開発への日本の経済協力について」

朱 正威  (西安交通大学西部開発中心教授) 「中国西部大開発の進展

         と今後の課題」

大西 広  京都大学教授) 「沿海部から内陸部に向かう高成長地域」

 
 講演概要
積水化学の中国事業と内陸部開発

積水化学工業株式会社/ 積水(青島)塑膠有限公司  総経理 藤井重樹

 

72日のシンポジウムで小職が報告した概要は以下のとおりです。
積水化学は1947年に設立、今年で60周年を迎えた。プラスチックで豊かな生活づくりを目指しスタート、20073月末で従業員約18,000名、世界15カ国に147の子会社を擁するに到っている。
事業分野は主として住宅事業(高度工業化住宅)、高機能プラスチック事業及び環境・ライフライン事業である。高機能プラスチック事業においては世界トップシェア製品が多数あるほか、環境・ライフインフラ事業においても日本のトップシェアを誇っている商品が多い。
高機能プラスチック事業及び環境・ライフライン事業については、今後更なるグローバル化に成長チャンスがあるものと見ており、中国事業についても、その市場規模の大きさ及び高い成長率見込を踏まえ、2010年までに売上高500億円規模の事業確立を目指している。中国の事業ビジョンは、輸出を含めてすでに基盤の確立している中間膜、IT、機能材料の事業拡充に加え、潜在成長力の大きなRCP管、AGR/PEX、メディカルの3戦略事業の本格立ち上げに注力し中国社会のニーズに応えることにある。「科技之水 潤沢生活(積水化学の技術の水で、中国の皆様の生活を潤す)」が積水化学の中国での事業スローガンである。
中国では北部では干害、南部では水害と、水に関する災害が懸念される状況下で、水資源の有効活用を図っていくことが課題で、そのような状況下、積水化学の総合的な技術が中国の「水」問題の解決に貢献出来ると考えた。中国という大きな市場でのビジネスチャンスでもあるが、企業としての社会的役割でもある。
都市部では生活様式が変わり、水の需要が増大、建築管材に対する要求も高まってきている。積水青島塑膠有限公司を生産販売拠点とし、日本国内でNo.1実績のある高性能水道管材AGRを中国市場に展開し「安全と信頼」の快適な水環境創造事業を目指している。
又、慢性的な水不足から、農業用水、南水北調を含む大規模な導水管、更に急ピッチですすむ下水管など水インフラの整備が喫緊の課題であるが、従来の管材では耐腐食性、水密性に問題があり、強化プラスチック管の需要が増大している。
こうした状況下、新疆ウイグル自治区に新疆永昌積水複合材料有限公司をスタートさせた。同公司は西部大開発のほか、中近東や中央アジアなどへの輸出も視野に入れたものである。
この強化プラスチック複合管は耐久性、水密性で高品質であり総合コストも安く、都市の引水供水・汚水、農業灌漑・排水、工業用水・排水などに幅広く使われている。積水は製品のみならず配管設計技術、施工技術も提供することで、ユーザーの課題解決に貢献、中国国内のみならず中央アジア諸国にも広く事業を拡大している。

(今号以降4度にかけて、7/2の上海センター・シンポジウムの4報告を掲載します。・・・編集部)

 

内陸部開発への日本の経済協力について

京都大学准教授 宮崎 卓

    7月2日のシンポジウムで小生が報告した内容は日本の中国向け経済協力、特にその中でも大きな役割を占めてきた円借款の供与対象地域が中国の沿海部から内陸部に展開していく過程に焦点をあてたものである。

    日本の中国向け経済協力は、無償資金協力、技術協力および有償資金協力(円借款)から構成されるが、円借款については1979年の供与開始以降2000年度まで、5年分の供与計画につきまとめて合意するラウンド制という制度が導入された。通常他の途上国では単年度毎に合意されており、本制度導入は中国向け円借款特有のものと言える。これは中国国内における5ヵ年計画をはじめとする長期開発計画に呼応しうるものであった。

    第1ラウンド(1979〜85年度)においては、中国国内のエネルギー需給問題の解決のための鉄道および港湾設備の整備に主眼がおかれていたが、続く第2ラウンド(1986〜90年度)、第3ラウンド(1991〜95年度)を通じ、対象セクターは拡大、社会・経済インフラの領域が広くカバーされるようになり、また対象地域も拡大した。第4ラウンドに到ると、それまで実例のなかった環境対策のための事業が現れ、その比率を急速に高めていく。2001年度以降は上記ラウンド制は廃止され単年度方式に変更となり、対象地域は原則内陸に限定、また対象分野も環境保全と人材育成にほぼ限定され、現在に到っている。

    中国向け円借款供与方針の策定に関して大きな影響を持ったのが、有識者により組織され、2回にわたって開催された国別援助供与研究会の報告である。1回目は大来佐武郎氏を座長とし1991年に開催、その報告書においては、中国の改革開放路線の支持、経済安定と物価安定化と並んで、インフラ・ボトルネックの解消が重点とされており、それは記述の第3ラウンドにおける供与方針と相応している。第2回目は渡辺利夫氏を座長として1998年に開催されており、報告書の内容も、貧困・地域間格差解消、環境保全、農業開発・食料供給および制度化された市場経済の構築、と第1回からは重点が変化してきており、特に地域間格差解消、環境保全の重視は第4ラウンド以降の中国向け円借款供与方針と呼応していると看做しうる。

    2001年度には対中国経済協力計画が策定されたが、同計画においては日本にとっての国益のより明確な追求、ラウンド制の単年度制への転換、対象セクターの絞込みおよび対象地域を原則内陸部に限定すること等が項目として盛り込まれ、現在にいたる。

    中国向け円借款の供与額に占める内陸部向け供与金額の比率を見ると、90年代前半、90年代後半、さらに2001年度以降に内陸部の比率の大きな増加が見られる。これらの比率増加原因は、90年代においては対象地域の拡大に伴うものであるが、2001年度以降のものは既述のとおり日本側の供与方針において供与対象地域を原則内陸部に限定したことに起因していると言えよう。

    2008年の北京オリンピック前に新規供与停止予定、すなわち今後新規の借款契約が締結されることはなくなる予定であるが、一般に円借款事業は契約締結後5〜10年の期間にわたり実施されていくものである。したがって今後10年程度はなお実施のプロセスは継続される。上記のとおり内陸部に展開した円借款事業の効果に対する評価も、まだ効果発現にいたる過渡的状況にあると言える。

 

中国西部大開発の進展と今後の課題

西安交通大学教授 朱正威

    7月2日のシンポジウムで朱教授が報告した内容は、西部大開発計画における陝西省の位置づけ、西部大開発に関連する同省の現在までの成果、直面する課題および西部大開発全体を見るに際して考察すべき点、からなる。

    中国の西部は陝西省を含む12の省、直轄市および自治区からなる。同じ西部とは言ってもこれらの地域間において相違がある。中でも陝西省は資源開発産業が強く、伝統的工業の基礎も有し、人材面でも優位であるなど、西部の他地域にくらべより強固な発展の基礎を有しており、西部大開発計画の実施において、他の西部諸地域に比べてもより重要な役割を持っていると考えられる。

    陝西省の西部大開発に関する成果に目を向けると、たとえばインフラ建設、退耕還林の急速な進展、産業構造における第二次産業の貢献度合の増大、貿易額の増加に見られる対外開放の進展、および科学技術の領域における多数の賞の獲得などに代表されるとおり、他地域に比してより良好なパフォーマンスを見せていると評価できる。

    しかしながら、同省は西部大開発の実施過程においていくつかの課題に直面している。まずは経済成長そのものについて、陝西省自体は西部大開発開始後に明らかに成長速度を増してきているが、本実施前後の、西部地域が全国に占める比率を比較してみると、ほとんど横ばいであり、他地域の経済成長速度は同省と同等、もしくはそれ以上であると考えられる。また資源開発産業が巨大な利潤を生み出しているにも関わらず、それが一般の市民を裨益するに到っておらず、都市と農民の間の格差感が強まってきている。

    こうした陝西省の状況を踏まえ、以下、西部大開発全体を見渡した場合に、考察すべきいくつかの点を述べる。

    まずは計画目標を更に明確に定めることが必要である。目標を絶対的水準として策定するか、他地域との比較を配慮した相対的目標をするか。実現期間を明確かするか、それはどれくらいの期間であるべきか、といった点につき、十分に検討・明確化する必要がある。

    次に、目標実現の過程を正確に把握しておく必要がある。この過程として広く認識されているものは以下の諸類型に整理可能と考える。すなわち、平等な条件の下での競争や効率向上を重視する考え方、生態環境保証を重視する考え方、および一定の成長率実現を重視する考え方、である。しかしながらそれぞれの考え方につき検討してみると、平等な競争は、沿海部が優遇政策により発展してきた経緯に鑑みると、公平とは言いがたく、効率重視の考え方は、効率の高い沿海部への投資集中をもたらしうる。生態環境保証の重視は、三大河川の源泉の立地に代表されるとおり、要保護地域を多く擁する西部がより大きな負担を課せられうるし、成長率一定の政策は現時点で初期条件に大きな差異がある以上格差を拡大をもたらしうる。以上のように、広く議論されている目標実現過程は、残念ながらいずれも西部地域に対し不利な考え方である。

    また更に、以下の利益関係にも十分に留意する必要がある。すなわち西部開発による利益が西部に帰着することの確保(単なる西部の利益流失にならないこと)、都市と農村の関係、少数の富裕者と多種の一般民衆との再配分問題を解決すること、政府財政と民衆の社会保障を調整すること、及び中央政府が地域間格差是正・再配分の役割を果たすための財源確保に関連して地方政府との関係を整理する、といったように、これらの諸関係を十分認識しつつ、問題に取り組む必要がある。

 

沿海部から内陸部に向かう中国の高成長地域

京都大学教授 大西 広

 7月2日のシンポジウムで小生が報告した内容は中国ハルピンで開催された旧工業地帯開発に関するシンポジウムの報告として既に本ニュースレターに掲載をしている。ので、ここではそれと重複しないその前半部分の内容を中心に要約して紹介したい。

 それで、報告の冒頭で述べたことは、小生の報告が他の三報告と違って、@省別GRP成長率データを用いた統計的な分析であること、A「西部」ではなく「中部」への民間の企業立地に注目したものであることである。特に、Aについて注目しているのは、昨年秋に中国で発表された投資環境に関するランキングである。20の都市を選んだこのランキングの20位に初めて武漢が登場した。それ以外はすべて上海や北京、広州や杭州などの沿海部の都市であって、ここに武漢が登場したことは、企業の投資対象が当初の上海、その後の蘇州・無錫、さらに南京を経て武漢にまで届きだしたことを示している。上海などは賃金が上昇し、人手や電力などが不足するような状況となり、企業は長江を遡らざるをえなくなっている。こうした民間企業の立地の中心の変化によって経済の発展地域が拡張しつつあるというのがその趣旨である。

 報告では、そうした様子をよりイメージ的にも理解していただくために中国「中部」を含む四省の写真を示した。具体的には、武漢を含む湖北省、湖南省、貴州省、四川省の四章であるが、この写真のポイントは、@諸省を結びつける基幹的な高速道路網が急速に延焼されていること、A紅軍が逃げ回ったような奥地の寒村や少数民族地域でも新規の大規模な住宅建設が始まっていることである。特に、@の点は、武漢周辺からも上海への物資の輸送は長江航路ではなく高速道路を使っているという点でも重要であることを述べた。

 以上の概観報告に次いで紹介した省別GRP成長率の統計分析は前述の理由で紹介を省略するが、報告では、中国の地域間経済発展がクズネッツ・カーブ(ウィリアムソン・カーブ)を描いていることを述べ、その様子をいくつかの統計指標を開発して分析していると述べた。具体的には、@そのクズネッツ・カーブが有意に曲がっているかどうかを検討するためのp値の経年変化の系列の計算、Aクズネッツ・カーブのピークがどの位置にあるかに関する指標の計算、B貴州省から上海に到る一人当たり省別所得(正確には一人当たり省別GRP)の分布の密度の偏りを示す指標の計算(重心の位置の計算と分布の歪度の計算)である。