講演概要
中国の農業発展と農業貿易戦略
山本裕美(京大)
1.WTO加盟後の中国の譲許の実績
中国は2004年にWTO譲許実施期を基本的に終了している。2005年には過渡期に入っており、既に譲許以上の成績を上げていると自己評価している。市場アクセスからみると一括関税の引き下げを実施すると共に一部の農産物に対しては関税割当管理を実施している。農産品関税率は22.1%から17%へ低下している。2004年には977品目の関税率の単純平均は15%である。大豆は輸入額の1/3を占め、関税率は3%である。穀物・綿花は輸入額の10%を占め、割当内関税率は1%である。2003年の加重平均関税率は8%であった。関税割当の主要農産品は食糧穀物、綿花、食用油、砂糖、羊毛である。2005年から小麦、とうもろこしの関税割当は国内生産量の10.7%、6%を占めており、これらはWTO基準の国内消費量の5%の最低市場アクセスをはるかに超えている。
中国はWTO加盟後五年間の経過措置の評価を受けることになっている。貿易と投資に関する障壁はかなりの程度減少しているが、国内の供給を考慮して管理貿易で介入し続けていると批判している。他方、米国貿易代表部は、中国が五年間の過渡期の約束を十分果たしたと評価している。
2.WTO譲許に対する国内の農業支持政策の展開
2004年1月「両減免、三補貼」の実施を謳っている。「両減免」は農業税及びタバコ以外の農業特産税の廃止である。「三補貼」とは食糧生産農家への直接補助、農民に対する優良品種の補助と農業機械購入補助である。補助金政策はWTO許諾にしたがって実施されている。2006年には各地の食糧生産農家への直接補助は食糧リスク基金の50%以上を占めるに至っている。また、2004年10月に農産物輸出戦略として、『農産物輸出拡大に向けての指導意見』を公布した。農産品の安全性と品質を高めることを主張している。
3.中国の香港会議における主張
中国の市場開放度はすでに非常に高く、関税は発展途上国の立場から言うと唯一の手段であり、もし中国の農産物関税をさらに継続して引き下げ、農産物市場を開放することは巨大な影をもたらす可能性があるので、中国は再度の関税引き下げはできないと主張している。
香港会議で農業交渉による成果は以下のとおりである。
(1)輸出競争―すべての輸出補助金は2013年末までに廃止する。
(2)国内支持―中国の8.5%のデ・ミニミスの削減を免れ、青の政策の使用を保留し、緑の政策の範囲をあるところは拡大し、農業を補助し、都市が農村を支持することは比較的大きな支持空間を保有することになった。
(3)市場アクセス−これは中国が関心ある国家民生の大宗農産物に保護空間を与えるものである。
(4)新加入メンバー問題―これは今後の交渉に比較的大きな旋回余地と主導権を奪取することに役立つものである。
4.WTO中国のFTA戦略
中国はWTO加盟以来農業交渉においては「攻守を結合して攻を以って守を保つ」という立場に立っている。他方中国はFTA戦略も周到に打って出ているのである。中国はASEAN諸国と2001年11月に「ASEANと中国の包括的経済協力に関する枠組合意」を締結して2010年の貿易自由化を目指すことになった。そしてASEAN+1から日本、韓国を組み入れたASEAN+3を提唱してさらには東アジアの共通通貨問題をも提起するに至っている。さらに中国はオーストラリアと2003年10月に「中国とオーストラリアとの経済貿易枠組合意」を締結した。これを基礎にさらにはニュージーランドとのFTAを考慮している。チリと2005年11月にFTAを締結した。
中国のFTA戦略は中日韓のFTAの形成が最も重要であり、中日韓+ASEAN5のFTA形成がそれに次ぐ戦略であるといえよう。
5.FTAの政治経済学から見た中国のFTA戦略の妥当性
(1)FTAの政治経済の理論分析
Baldwinのドミノ理論によれば、一つの地域において大国と小国を区別して大国同士がFTAを締結すれば、その市場から排除される小国は雪崩を打ってこの大国間のFTAに参加しようとする性向を持つために最速で経済共同体が形成されるという理論モデルである。この理論に基づけば、ASEAN+3の3国のほうが重要である。加えて日中韓3国の組合せが東アジア経済共同体の形成にはまず日本と韓国のFTAの締結が最適であると主張している。
(2)日本のFTAの動向
WTO農業交渉方針は、「多様な農業の共存」を基本理念とし、食糧輸入国と輸出国のバランスの取れた貿易ルールの確立を目指すことであった。日本は既にシンガポール、メキシコ、マレーシア、チリ、タイ、フィリピン、ブルネイ、インドネシアFTAを締結した。
(3)韓国のFTAの動向
韓国は既にチリ、シンガポール、EFTA、ASEANFTAを締結した。東アジアに衝撃を与えたのは韓国・米国FTAの交渉妥結である。韓日FTA交渉については交渉再開の条件は日本の農水産品の市場開放レベルの引き上げにあると主張している。韓中FTAについては2007年3月から共同研究が開始されている。
(4)中国のFTAの動向
2007年4月から韓国とのFTA締結に積極的に出ている。
結論
日本がBaldwinの言う英国の役割を日本が果たせるかどうかがFTAを結成出来るかどうかに決定的であるといえる。また、中国はBaldwinの言うフランスの役割を果たすことが出来るのである。
日本の農業貿易収支は、日中韓FTA、日中FTA、日韓FTA、中韓FTAの順に赤字が祖増大する韓国の農業貿易収支は韓日FTAでは黒字が大幅に増加するが、韓中FTA、韓日中FTA、日中FTAの順に赤字分が大きくなる。そうしたら、中国は、中日韓FTA、中韓FTA、の順に選択する。日本は日韓FTA、日中FTA、日中韓FTAの順に選択する。韓国は韓日FTAを一番に選択するのである。
寧夏自治区東部貧困県の平均的回族家庭の生活状況について
-呉忠市塩池県のヒアリング調査から-
大西 広(京大)
T 調査に先立つ問題意識
新疆貧困地区の状況との異同が今回調査の目的となった。さらにもうひとつ、統計的に知られる寧夏自治区の状況から予想される他地域との異同についても確認したいという目的があった。
U 寧夏自治区呉忠市塩池県での貧困調査の概要
それで、本題の調査の内容に入るが、ここでは調査対象の呉忠市塩池県冫馬記溝郷の5つの村の「標準的」な家庭を選択し、ヒアリングをするという形式でおこなった。この地区の2006年における一人当たりの年間純収入は平均で2200元である。そのため「標準的」とは、ほぼこの程度の所得を得ている家庭を意味している。少数のヒアリングしかできなかったため、このような方法をとった。また、塩池県自体は少数民族比率が少ないが、訪問した5つの村は大多数が回族の村を選択している。
V 調査結果が示唆するもの
したがって、以上の調査結果から我々が当初に設定した問題関心についてどのようなことが言えるかを整理すると次のようになるのではないだろうか。
まず、その最初の関心=@砂漠の緑化と農牧業との関係については、「禁牧」も「退耕還草」もが共に成功裏に進んでいることが分かる。実際、元々砂漠であった土地で草地化されたところを見せてもらったし、寧夏や内モンゴルで緑化が進んでいるとの話も聞く。たとえば、現在、07年から08年にかけて日本で公開された中国映画の「白い馬の季節」は内モンゴルの砂漠化と禁牧による「還草」の下での人間模様をテーマとしていたが、その脚本ができた数年前には厳しかった砂漠化もこの施策によって終結し、実は砂漠化が進んでいる撮影現場を探すのに非常に困ったという話が残されている。これもまた、その傍証である。
そして、第二に、Aの関心に関わっては、上記の緑化事業の手段としての禁牧や「退耕還草」による牧地・農地の縮小が家計収入にマイナスの影響を与えていないことも確認される。禁牧も「退耕還草」もそれによる農業・牧畜業収入の減少をカバーする政府補助金が十分に補償されており、このことは2)や5)の家庭の発言によって十分裏付けられている。2)の家計の発言では家族が多いほど「退耕」面積を拡大できて嬉しいというニュアンスが込められており、これにはこの補助金が冫馬記溝郷の一人当たり平均所得の6分の1がカバーするほどの金額であるということがある。禁牧自体にもまた別の補助金があるから、結局はこうした補助金が緑化事業を根本的には支えていることになる。そして、もし、この国家補助金が沿海部の経済発展のおかげによるものであるというところにまで考えを及ぼすなら、要するにこうした緑化に関心を向けられるようになったのは中国が沿海部を中心に大きな経済成長を成し遂げた結果、あるいはその成果を中央政府がうまく配分した結果ということになる。
また、第三に、Bの労働力の過剰状況・副業・労務輸出の状況については、禁牧や退耕還草による農牧業生産の余地の縮小があるので、ここでは一層重要であるが、それをまず可能としているのが、付近での高速道路の建設や石炭生産の拡大であるから、結局のところ、これもまた経済成長の成果の分配ということになる。ただし、漢族に比べればその「積極性」は強くなく、その理由を党書記に言わせると7)のように、回族の一戸当たり土地面積が大きいために出稼ぎの必要性が漢族より少ない、また3)の回族住民に言わせるとムスリムとしての食習慣/生活習慣の違いが他地域に出にくくしているということであった。このことは、出稼ぎ先として新疆があることにも反映されている。ただ、もっと本質的な積極性の問題である可能性もある。
さらに第四に、この問題とも関わるのはCの教育問題である。これは、確かに1)の息子ふたりが高校に行ってないことから「教育軽視」というタクシー運転手の評価に納得しないわけでもないが、他方で娘が清華大学に行っていたり、5)の家庭のような態度もあり、本調査では必ずしも「軽視」と言えないということだろうか。この点は今後の調査がさらに必要になる。
最後にDの都市と農村の問題はBの対外的積極性の問題と関わる。それは、当初には農村に住んでいても、事業家として都市に移り住むというような者がいるからである。たとえば、Bの建築材料商人は事業拡大で郷の中心に進出を希望し、また塩池出身の回族には油田開発やカシミヤ、ウールなどの取引きをする有限会社を設立した者もいると紹介してくれた。この郷に属する6つの回族村で他にこうした商売をしている者は羊皮商人[4)の商人]と漢方薬商人ということであるが、そうした商人は皆事業拡大を望んでいるということであったので、そうした志向性を持つ住民が一定数存在するということになる。回族は全国にいて民族的ネットワークを形成していることにも3)の建築商は言及したが、そのネットワークが都市を主に拠点としていることはほぼ間違いなかろう。したがって、農村のみに限定すると他の少数民族集住地区に劣る回族住民たちの生活水準も、こうした「都市への進出」の流れの中で都市・農村を含む全体としては改善の方向性がさし示されている。
このことは新疆自治区のウイグル族との対比において大きな特徴となっている。というのは、ウイグル族は北部などで個人商業などをおこす者も多いが、総じてその事業を拡大し、資本家に上昇する者が非常に少ないからである。たとえば、新疆自治区の首都ウルムチ市でウイグル族の企業家がいるかと聞くと、誰々がそうだとの回答が来る。これは企業家に上昇した者が圧倒的に少ないこと、つまり彼らの経済的ステイタスの低さを示しており、さらに言うとこれが漢族への経済上の従属、引いては「民族問題」をもたらしている。この意味で、少数民族によって何よりも重要なのは企業家を層として形成することであり、当地の回族はこの課題をある程度遂行していることになる。
「寧夏南部山区における農業生産と雇用創出」
中林吉幸(島根大学)
1.この報告の課題
3回(1990年、1998年、2005年)の調査結果から、3つの地域(同心県小山村集落で28世帯、海原県白河集落で26世帯、固原県上堡集落で29世帯)において、農業生産が自給的なものから商品作物に移行する過程を分析する。農業生産物のうち、どれほどが出荷されているのかを調べ、家計費の内訳の分析を通して、南部山区における世帯の商品経済化の進展を跡付ける。同時にこの地における目下の課題が農業以外の雇用の場の創出であることを確認し、それにはいかなる可能性が考えられるのかを検討する。
2.3地域の農業の水問題
小山村集落においては、1984年黄河からの灌漑用水路が建設され、3つの地域のかなでは一番条件がよい。白河集落は、3つの地域の中では灌漑用水の確保が一番遅れている。上堡集落では、90年代後半には黄河からの灌漑用水路が出来ており、水をかなり使えるようになった。
3.農家経済の動向
世帯員1人当たり農産物生産額は、白河集落においてはやや増加の趨勢が見せているが、小山村集落においてはやや横這いになっており、上堡集落においてはかえって下降している。また、世帯員あたり農業所得の動向から見ると、白河集落においてはやや増加する趨勢が見せているが、ほかの2地域においては減少している。自家消費・自給飼料の比率から見ると、小山村集落においてはほぼ横這いになっているが、ほかの2つの地域においては急落している。
4.農地面積と人口について
小山村集落、白河集落では、2004年には97年と比較して、人口が増えていた。上堡集落については若干人口が減少していた。前の2つの地域では、農地面積が減っており、且つ人口が増えている。したがって1人当たり農地面積は減少していることになる。多くの世帯では主に農業が主要な職業である。特に、灌漑面積にほとんど変化が見られない白河集落においては、貧困の克服という問題の解決が非常に困難であると推測される。
5.所得について
3地域において、世帯員あたりの兼業所得とそのほかの所得が増加してきたため、1あたりの農家所得には増加している趨勢が見せている。兼業業種には主に、小売業、建築業、運送業に集中している。
6.農家経済の商品経済化の進展
農家経済の商品経済化が進展していることは明確である。また、不安定雇用ではあるが、兼業が広まり、そこからの所得の割合も増加している。しかも家計費の中での購入食料費の比率も低下している。
7.新たな雇用の場創出の必要性
農業だけで貧困からの脱却を図ることは難しいため、農業以外の雇用の場、新たな産業の創出がどうしても必要になる。
寧夏回族自治区には地下資源が多いといわれているので、それを利用した産業の創出が考えられる。そのほかには、退耕還林・還草政策との関連で、果樹並びに林業の振興の可能性もある。さらには観光産業も考えられる。今すぐに可能な雇用の創出としては、都市部の学校の生徒による「農業就業体験」が上げられるのではないかということである。
最後に
南部山区における3つの地域での調査からは、所得の格差縮小そして貧困からの脱却は容易ではない。発展できるところから発展させ、その成果で西部地域の経済力を引き上げるという西部大開発政策は始まったばかりである。これがいわゆる「公共土木事業」を梃子にして行うのであれば、環境破壊を伴いかねない。環境と共存できる産業の創出が急がれる。
新疆ウイグル自治区における兵団農業と地方農業
張冬雪(京都大学経済学研究科博士後期課程)
吾買爾江・艾山(京都大学経済学研究科博士後期課程)
1978年に発足した改革開放は中国の農業部門で端緒を開き、80年代の前半までは農業において目覚しい成長が成し遂げられた。家庭聯産生産責任制の導入と普及がこの高成長の原因と考えられる。農業組織の変容に起因するこの組織的な原因のほかに、技術進歩による技術的投入財の多用も重要な原因としてとらえられる。本論文はこうした中国全体の農業発展を踏まえ、行政面積が一番大きい省(区)である新疆ウイグル自治区に焦点を絞り、1990年以降の農業発展に寄与する生産要素、組織と技術変化の要因を探る。新疆の生産主体が全国の他地域と異なる点は、区・県・郷・村の政府に統轄される“地方”(全国他地域と同じ)が存在するほか、この体制に匹敵する“兵団”という独立組織を擁することである。“兵団”は正式には“新疆生産建設兵団”といい、中国人民解放軍から独立に、 “党・政・軍・企”(中国共産党・政府・軍隊・企業)が果たす多種多様な役割を一身に集める軍隊組織で、開墾と辺境防衛を行う国家機関である。本研究は新疆の兵団と地方を独立した生産主体ととらえ、それぞれの農業生産要素の生産アウトプットへの弾力性を検討する。とりわけ、兵団の農業生産は中央管理層による統一の意思決定をするという計画経済時代の生産管理方法が色濃く残る。
この論文は中国に未だに存在する唯一の軍隊プラス農墾体制である新疆生産建設兵団における農業を、新疆地方の農業と比較しながら、定性的に組織の変容を検討する上で、定量的に双方の農業における投入産出関係、技術効率性・非効率性および全要素生産性を測定して、それぞれの技術効率特徴と組織特徴を分析した。結論は以下の通りにまとめられる。
- 新疆の地方も兵団もともに投入−産出の関係では、地方における土地と機械の生産弾力性が高く、地方農業の“人は多く、土地は少なく、技術投入量は比較的に少ない”という賦存状況が示される。一方、兵団では技術投入物は労働と土地といった資源投入物より弾力性が高く、労働力不足を機械と化学肥料の投入によって補われている。これを前提に大規模農業の存在が可能となる。両方ともに技術進歩は見られるが、兵団の方がやや高い。少数民族地域の農業生産効率格差が大きいことは明らかであり、これは民族構成の相違、地理的立地条件の差異が原因といえよう。
- 新疆兵団で1992年、1997年と2003年頃に相次いで行われた両費自理、賃貸経営、三費自理、土地使用権の譲渡・授権経営といった政策は、農業労働者に勤労意欲を与え、統一の組織枠組みを保ちながら、より多くの労働者を受け入れられる柔軟な農業生産組織体質に脱皮しつつある。これは兵団の技術効率を向上させる組織環境を整備させる。
- 地方と兵団の双方ともに技術非効率性が存在するが、技術効率変化では地方は年平均2.5%で、兵団は2.2%で増加している。地方のTFP成長率は兵団より低いが、ほとんどの期間においては両方とも成長している。兵団のTFP変化の大概が技術変化によって説明されるに対し、地方のTFP変化も技術変化に影響されるが、兵団ほどに顕著ではない。地方と比べ、兵団は組織的に統一な枠組み、政策、生産・経営・販売行動をとるため、技術効率変化を通して技術変化の達成が浸透しやすく、成長しやすいことが兵団の組織構成の優位性の原点にあるのではないか。兵団に習い、地方も農業労働力を農業生産・経営単位で協会に組織することで、労働力組織の問題を解決する一法であろう。
- 地理的に混在する新疆の地方と兵団において農業生産投入要素は相互に補完性を持っているといえよう。中国の他地域と同様に、新疆農業の経済発展においても農村余剰労働力の解消と農業労働力の組織化は重要な課題である。他方、兵団においては農業労働力不足が問題視されている。地方と兵団の間において投入要素の自由流動が実現すれば、両組織間の資源の合理的活用と生産効率の向上に貢献するものであろう。
中国の環境戦争と農村社会
−山西省を中心として−
張玉林 (南京大学)
はじめに
−「危機」的戦争の超越−
本報告は、中国の環境戦争の最も激烈な戦場である山西省に焦点を当て、生態環境破壊の全体状況、それによって引き起こされている災難の実態と分布、そして農村社会への壊滅的影響について考察する。
1.富の拡大、分配と生態環境の代価
「煤老板」と政府の富の急速な拡大の背後では、山西の主要な汚染物の排出量が環境の負担能力をはるかにこえる状態となっている。工業排気物、粉塵、二酸化硫黄などの汚染物の一人当たりの負荷量は、全国平均水準の数倍ないし数十倍に達している。
山西の「鉱難」とは、鉱山労働者の坑内事故による死を指すだけでなく、鉱山が生態環境システムに対してもたらす破壊も表現する言葉である。
山西の主要都市の空気質量を長期にわたって「中度」あるいは「重度」の汚染状態に置いている。11の省直轄市と多くの県城の空気質量は、人体に対して「比較的大きい」あるいは「極めて大きい」危害を加えると判断される3級、4級ないしは5級以下の状態にある。
水汚染が普遍化していることである。20数の河川の100数ヶ所の定期検査によると、2001年から汚染受けている個所は80〜90%に及び、そのうち利用できないと判断される「劣五」の個所は60〜70%を占める。
2004年の検査によると、省内で汚染が「深刻」あるいは「比較的深刻」とされた耕地は1,120万畝以上(訳注:中国の1畝は6.667アール)に達し、その多くは太原、臨汾、運城など穀物と棉花を主要な産品とする地区である。
2.災難の分布
2.1災難の地域分布
山西の生態破壊と環境汚染は、大中都市よりも小さな町、小さな町よりも農村(当然あらゆる村々)へ行くほど深刻な状態に陥っているという傾向がみられる。
山西は環境汚染と密接な関係をもつ少なくとも3種類の疾病の発生率が全国でも高い省であり、なかには全国で最も高い発生率の疾病もある(癌、塵肺、新生児疾患)。
2.2災難の群体−階層分布−
(1)官僚と企業家−空間隔離による被害の軽減−
全体として空気汚染が都市内部で進行しているならば、官僚や企業家もそのような吸いたくない空気を吸わざるをえない。
(2)陥没地区の受難者
戦争廃墟の標本−陥没地区の大安頭村−
大安頭村は晋城市陽城県北東約20kmの可楽山に位置する。かつて「農業は大寨に学べ」と謳われた時代は、棉花の優れた産地として全国のモデルとなった。ある炭鉱会社が2003年春から村落地下の採掘をはじめると、これまで比較的豊かな村落は徐々に物理的、社会的な意味で落ちぶれていった。
3.制度の「空白」地帯
3.1各群体の転出
異なる群体あるいは社会階層内部の各構成員は、生態環境の危機に直面した時の対応能力、自己救済能力にそれぞれ差がある。被害圏の周辺に位置する人は容易に逃れることができるが、その中心地帯に位置する人はその中に陥落してしまう可能性が高い。
3.2陥没地区農民の救済
生態環境の普遍的悪化の現状に直面して、山西省政府は2006年に「碧水藍天工程」計画を推進した。しかし最も緊迫している生態環境難民の救済についての方策は、その中に含まれていないに等しい。
このように、全体的にみると、地下に空白地帯がある村落と農民は、同時に制度上の空白地帯にも置かれている。これは政権の基層、あるいは中層、高層全体の「統治能力の欠如(統治危機)」を十分に暴露するだけでなく、現地の社会と社会生活の分裂・分解の顛末をも明瞭に映し出している。
中国はまさに再度の革命、つまり環境問題を触発としてその帰結としての生存権を追及する社会革命を必要としていることだ。しかしながら、我々はこの必然的に持続がきかない戦争をどのように阻止するべきか知らない。無論、「革命」の可能性、方法、前途については、すべて未知数である。
中国西部の農村発展と生態環境の再編成--寧夏南部山区の事例を中心に
胡霞 (中国人民大学経済学院)
1.問題提起と研究課題
2000年前後中国農業は重大的な転換期を迎えた。食糧が連続的増加しているため、販売は困難に陥っている。価格も下がった。農民の農業による所得が減少している。その結果、都市と農村の格差はだんだん拡大している。中国農村貧困は農民収入の地域的格差として表されている。特に西部には貧困と環境問題相互作用の悪循環による絶望的な貧困である。
中国における社会主義新農村建設の背景下で、対策としては、1999年から「退耕還林(草)」政策を実施した。しかし、もし補助を中断すれば、環境の再破壊と「返貧」という現象が起こるかもしれない。したがって、生態移民は貧困と環境問題の悪循環を断ち切る有効的な政策であると考える。
研究課題としては、新しい農業発展段階の中での農民所得問題と生態環境問題が取り上げられている。研究方法は村落実地調査と農家個別へのアンケート調査である。
2.生態移民と「吊荘」は何か
生存条件が悪いところで居住する、自然環境が既に破壊された地域の人々を中央また地方政府の資金援助によって、計画的に集落単位で移動させるということである。それによって、生態環境保護と「扶貧救困」2つの問題を同時に解決することを求める。
3.調査地域の概況
調査地域対象は寧夏回族自治区における南部山区の同心県窯山郷である。寧夏回族自治区は中国西北地区の東部、黄河上中流域に位置する。南部山区は黄土高原地区に属し、全国的に有名な貧困地区である。
4.問題点としての天水農業経営の限界―移転元である旧五道嶺子村
この村は厳しい自然条件に囲まれているため、農業経済の発展は遅れている。作物は主に小麦、そば、ヒエ、アワと馬鈴薯である。肥料は主に家畜の糞に依存する。収穫は天候次第である。農家の収入は主に畜産収入によるものであり、一部の収入は副業である竜骨と髪菜による。
5.生態移民における集約的農業経営の展開と問題点―移住先の新五道嶺子村
五道嶺子村の移住先である河西郷は優れる農業立地条件を恵まれている。作目と作付面積が増加し、農作業は部分的に機械化を実現した。労働投入は増加し、家畜の放牧方式も変化している。移転後、農業生産量は30KG/ムから317KG/ムに増加し、現金収入も300元/人に達した。一世帯あたり2-3匹の羊を飼っている。
移転後の問題点としては、人口と土地の矛盾、集約経営のコスト、農業先進技術普及の難しさ、自由市場の利用程度の低さ、伝統文化の影響などが上げられる。
6.今後の課題
12年後(2004年)の新五道嶺子村に対する再調査によると、人口は1192人から1735人に543人増加した。耕地面積も増加したが、平均的に下がった。また、天候の影響によって、平均生産量も変動する。
「退耕還林(草)」政策の実施により、補助金がもらっているが、いつまでつつけるかが問題である。
再移民はかなり困難なことである。しかし、人口の増加と土地面積の減少によって、生態環境破壊の要因は依然として存在している。
新五道嶺子村から見ると、自給自足の経済から半商業的農業への転換が実現した。しかし、人口の増加、集約経営による高コスト、羊の飼養方法などをめぐる問題の解決は今後の課題である。これらの問題の解決には政府の援助、労働力への教育と技術の向上、農民組織の設立、農業内部構造の調整、完全な社会保障制度の整備などが必要である。
『民工荒』現象の社会経済的背景
厳善平(桃山学院大学)
2004年の「民工荒」で二重経済論に関する転換点議論への関心が高まった。蔡さん(2007)は中国経済が既に転換点を過ぎたと指摘した。それをきっかけに転換点論争が盛んになっている。年齢層別農村労働力の潜在的供給可能性、産業別実質賃金水準の変化などについても考察した。大塚さん(2006)は実質賃金の上昇が労働力不足の最大の根拠と指摘した。厳は中国の労働力不足の主因が農民差別であると指摘し、二重経済の解消に否定的な考えを示した。
この問題点をめぐって、二重経済の解消または転換点の到来をどう捉えるかについて、ルイス流の二重経済論に基づいて、先行研究を加えて、議論を進めている。
まず、転換点理論に関するエッセンスを述べ、二重経済が転換したかを判断する基準を議論した。この理論に基づいて、中国の「民工荒」の現象に関する議論を展開する。
民工荒の背景について、供給サイドからみると、以下の要因が上げられる。人口ピラミッドにみる年齢構造が変化している。大学など進学率の向上に伴う労動力供給が減少し続けている。三農政策の実施により、農家の収入が増え、都市労働市場の賃金を押し上げる効果がある。一人子世代の就労意識が変化し、期待収入が高まっている。また、地方の経済が発展し、就業機会が拡大している。需要サイドから見ると、以下の要因があげられる。農民工政策が大きく転換し、都市住民を対象に作られた制度の多くは農民工にも適用される。最低賃金水準が引き上げられる。第三次産業の急成長に伴う労働配置の変化により、格差社会を背景にサービス業が肥大化しつつある。戸籍差別で低く抑えられていた民工の賃金は規制の緩和とともに上がるようになっている。また、使い捨て型雇用制度がもはや限界である。
結論としては、中国経済が二重経済の転換点を超えたという判断の根拠が十分とはいえない。賃金格差が拡大しつつけているからである。政策的課題としては、雇用、賃金、福祉などにおける戸籍差別をなくす努力をいっそう払う必要がある。使い捨て型の雇用慣行から脱却し人的資本の形成に力を入れる。需給のミスマッチを減らすことである。
「土地使用権買い上げと農民の社会保障問題」
徐林卉(立命館大学)
近年、都市化・工業化の進展により、道路建設や工場用地などの目的で、大量の農地が政府によって買い上げられ、農地を失った農民が増加している。農地を買収された農民の大半は、身分上都市住民に変わるが、都市部はこれらの人々を吸収しきれない状況にあり、また政府の農民に対する補償も十分でないため、農民の生活、就職及び社会保障問題が懸念される。
中国における農地買収農民の総数は、5100−5523万人に達する。分布は東部地域から、中・西部に広がっている。2006年末まで、福建省500万人、江蘇省・浙江省・上海合わせて500万人、広東省で400万人、四川省で480万人、河北省で40万人、寧夏自治区で12万人、安徽省で6万人の農民が農地を失った。中国労働・社会保障部の予測によると、2006年以降の5年間、農地買収農民は毎年300万人増加する。国土資源部の予測によると、2000−2030年に、363万haの耕地が減少し、農地を失う農民は7800万人となる。
農地買収のケース
インフラ整備などの目的で、農地は国に収用され、農民は農地の使用権を失い、戸籍が都市戸籍に変わる。
国あるいは地方政府が、都市計画・緑化などの目的で農地を転用する。農村戸籍を継続、農地の使用権は依然として、農民にあるが、実際には農業生産を継続することはできない。
郷、鎮政府が農地を非農業開発に転用する。農村戸籍を継続、農地使用権は依然として農民にあるが、農民は農業生産を継続できない。
農民への補償に関する規定
農民への補償は、土地補償金と移住補助金の二種類がある。補償金額は土地の生産高を基準に算出され、原則、二種類の補償金総額は土地の過去3年間の生産高の30倍を越えない。物権法(2007年)の規定によると、農地使用権も用益物権として、位置づけられ、土地収用の補償に対しては比較的具体的な規定を行っている。
農民への補償政策
インフラ整備などの目的で、農地は国に収用され、農民は農地の使用権を失い、戸籍が都市戸籍に変わる場合、住居の提供、職の提供というサービスを享受できる。自力で職を探すには補償金を与える。
国あるいは地方政府は都市計画、緑化などの目的で、農地を転用し、農地の使用権は依然として農民に所有されるが、農民は農業生産を継続することができなく、戸籍も変わらない場合、土地補償金と移住補償金、青田補償費、地上付着物補償費を与える。
郷、鎮政府が農地を非農業開発に転用し、農地の使用権は依然として農民に所用されるが農民は農業生産が継続できなく、農村戸籍も変わらない場合、統一した補償基準がなく、各地方郷鎮政府の裁決による。
問題
- 農地の権利主体が不明確であること、「公共の利益」についての具体的説明がないことによる土地収用権の濫用
- 補償金の不十分:(1)土地補償金:最近3年間当該農地平均年度生産高の6−10倍;(2)移住補償金:最近3年間当該農地平均年度高の4−6倍
農民への補償例(2006年)
上海市:1ムーの平均生産高=2,302元;補償金+移転金=28,900元
河北省:1ムーの平均生産高=800元;補償金+移転金=8,000-20,000元;この補償額では2年半の基本生活しか維持できない。
3.社会保障問題
若年層の社会保障には、労災、失業、医療、年金などの社会保険にカバーされないこと;安定した職が得られないこと;低賃金と賃金不支払いなどが上げられる。
高齢者の社会保障には、都市・農村最低生活保障対象から排除される;医療、年金などの社会保険にカバーされない。
4.農地買収農民の生活と職業
自営業:雑貨販売、飲食店経営、内装業など;賃貸事業:家屋の賃貸;賃金労働者:低学歴、年長者は短期契約式作業に従事。
近年、中国政府は土地買収農民の職業訓練や就職斡旋を提唱しているが、多くのは低学歴、低技能のため、就職率は低迷している。一旦就職しても、リストラ対象者リストに載せられ、潜在的失業者となっている。
政策提案
「土地収用法」の制定:収用条件、「公共の利益」を明確に規定し、土地の所有、使用、収益と処分権を明確にする法律の制定。
補償金基準の見直し
農地買収農民を対象とする社会保障制度の確立
職業訓練と就業機会の提供
「中国・インドの植林実施体制比較」
宮崎卓(京大)
本稿では国際経済協力、具体的には国際協力銀行がその実施にあたる日本のODA円借款林業プロジェクトに関し、中国におけるそれの実施体制コンセプトの特徴を、インドにおけるそれと対比しつつ、特に実施体制におけるグルーピング導入の有無に着目、エンフォースメントコストモデルを用いてコストの負担帰着につき着目し分析を行うものである。
1.インド植林事業事例「アラバリ山地植林事業」
本事業は、住民参加による植林により、人口増加と家畜数増加を主要因とする貧困と環境破壊の悪循環メカニズムをたち切り、地域における持続的森林資源利用のメカニズムを創出することを目指したものである。インドにおけるこうした住民参加型森林資源管理は、1988年および1992年の森林保全法改正により、森林局と村人による共同森林管理(Joint Forest Management:JFM)スキームとして具体化されてきている。JFMのコンセプトは、林野行政担当部門を、森林保護のために農民の森林から得られる経済的利得へのアクセスを禁止する、言わば収奪者として農民に敵対する存在から、利得をもたらす存在に転換させることにより信頼関係を確立、この関係を踏まえ林野行政における効率性を高めるというものであると言える。
しかしながら多くの場合、森林自体それほど高い収益性を有しないことから、上記のように森林そのものに起因する便益が十分に大きくない場合もありうる。そのような場合に、林野行政側から、森林に直接起因するわけではない便益を併せてもたらすために、エントリーポイントアクティビティ(Entry Point Activity:EPA)という手段を用いるのが一般的である。即ち、森林局の担当者が、林業セクターには直接にかかわらない諸便益、すなわち、簡易井戸の建設、巡回医療の派遣、更には農業関連インフラの建設やマイクロ・ファイナンスなどの諸事業について、付近住民からニーズを吸い上げ、それをもたらすコーディネイター、行政へのアクセスのための窓口にその役割を転換するのである。
本事業にともなう植林活動などでは植林関連活動への雇用、木材・燃料の優先供給、地下水位の上昇による干ばつ被害の軽減などの便益があるので貧困層に対する経済効果があり、VFPMC活動を通じた社会開発的な効果も認められる。ただし、これらの効果はあくまでも付随的なものであり、貧困層の人々がこのプロジェクトの効果のみによって貧困から脱却できるとは考えにくい。
第三者評価によれば、円借款による最初のJFM支援として本事業は一定の成果を上げている。しかしながら、VFPMCの代表は森林局からの「インプットがないと(活動を)続けられない」とコメントしている。即ちEPA導入に見られがちなスポイル効果(住民が外部者に過度に依存するようになる事象)がみられ、村人の森林管理への継続的インセンティブを十分に提供出来ていないものと解される。言い換えれば、EPAはあくまでも事業導入時にしか効果はなく、その後の森林資源管理への持続的効果は小さいこと、また社会開発的な(森林局の管轄外のリソースを用いた)EPAを導入した場合は森林局にその維持モニタリングを期待することはできないこと、などが大きな課題である。
2.中国植林事業事例「甘粛省植林事業」
本事業は、甘粛省河西回廊地区で植林及び植草を行うことで地域の植生被覆の増加をはかり、同地域での砂漠化防止により生活環境及び自然環境の改善をはかるもの。また、日本のNGOであるオイスカが、本行の調査ミッションに同行したのを契機として、オイスカと中国側の間で、事業地にある小中学校での協力プログラム(「子供の森」計画)が検討されることになった。借款資金は苗木、種子、肥料、機材、土木工事等の調達資金に充当される。
円借款植林事業において、「三定」の制度的基盤を踏まえつつ、参加者公募に自由意志により応じる農家が所要資金を具体的実施部門から借り入れ、植林、保育、林産物利用を一貫して自ら行う形態をとっている。その際個別農家に一世帯1ha程度を受け持つ場合が一般的であり、これは後述するプロセスにより適正な能力を有する農家が選定されることを前提とした場合、経験上は一世帯あたりの担当面積としてほぼ妥当な水準であると考えられる。参画する農民は植栽対象地に近く立地する世帯が受け持つこととされているため、こまめなケアが可能とされている。この体制は中国林野行政において「社会林業方式」と呼称されている。広く普及している社会林業、もしくはコミュニティ林業の概念との関係については後述する。
しかし、こうした自由意志による農家の参画インセンティブを左右する最大の要素は、やはり費用対効果である。費用に関しては、金利、返済期間、据え置き期間を主たる要素とする融資条件、一方便益に関しては植林により得られるメリットがあげられる。ここで注目すべきは、便益については、防砂等環境改善により得られるメリットと、各種林産物を処分することに得られるものとの両方に区分可能であるということである。前者に関しては外部経済としての性格が濃厚である。
3.中国・インドの植林事業におけるインセンティブシステムの相違
インドにおいてはコミュニティに対する権限と義務の以上が行われているのに対し、中国の場合は個々の農家に請け負わせる形の農家植林方式と、共同体に植林・林地管理を請け負わせる共有林における実施方式との差異である。
4.開発における効率性〜エンフォースメントコスト問題
エンフォースの強化とは定義上効率性の改善を意味する。具体的には、エンフォースに従事する人員(エンフォーサー)の数の増加、および/もしくは右人員に対する能力向上策が考えられるが、いずれの強化策も追加的なコストを要する。参加型モデルにつき考えてみると、参加型、即ち実施効率向上に伴いより大きな便益を得られるという認識をもつ受益者にとっては、実施効率向上に向けてのインセンティブが自ずから働く。こうした受益者に対し実施権限を委譲する、即ち受益者をエンフォーサーに任命する、ということが成立する場合を考える。
5.インド型、中国型植林事業における効率性の評価
インド型、中国型の最大の相違は、グルーピングという要素の有無から派生する諸要素であるものとして捉えられる。インド型にはグルーピングされた共同体が請け負う形である一方で、中国の場合はあくまで個別農家に対し直接請け負いがなされる、ということである。
中国のケースにおいては、事業実施に主体的に関わるのは、農民個人か、もしくは集団農場という形式である。上記に照らして考えた場合、相互選抜、相互監視というメカニズムは存在しておらず、選抜については行政(林業局)が、また関し部分も同じく行政(森林警察など)が行う形となっている。
インドにおける森林管理は既述のとおり森林局がその任にあたり、その効果に問題があったことからJFMのスキームが考案されたという経緯に照らしてみても、そのパフォーマンスにはかなり限界があったものと評価せざるを得ない。中国型の実施体制においては、まずエンフォーサーが林野行政部門および森林警察部門に完全に外部化されており、かつかなりのコストをかけてエンフォース体制を充実していると見なされうる。中国の場合は、このように森林管理に対する体制がインドにおける林野局の管理体制とは異なり、強力なものになっているということが言える。
以上のとおり、インド型、中国型を比較してみた場合、前者における森林およびEPAの両方からもたらされる便益の増加と、後者における強力なモニタリング体制の存在とが、同様に森林保護の効果をもたらしているものと考えられる。言い換えれば利得の引き上げとモニタリング強化の対称性が見られるわけであるが、この点につき、社会関係資本(Social Capital)の経済効率改善メカニズムのモデルを用いて考えてみたい。
6.社会関係資本の経済効率改善メカニズム
共同体は一般にその成員が長期間にわたり近接した地域において生活を継続していく、という性質を有する場合が多いと考えられ、上記モデルの繰り返し実施の場合に相当する。このような場合に長期的な利益最大化は協力政策を採ることであり、各成員が長期利益=協力関係の構築を支持していく可能性は考えられる。利得引上モデルによると、開発協力における持続可能性の観点から興味深い議論である。即ち、
@初期において開発援助により外生的に利得が引き上げられ、
A協力成立により信頼関係が醸成されることにより、協力成立のための利得閾値が低まり
B開発援助が完了した後には自発的に協力がなされる
という一種の持続可能なモデルの可能性を示唆していると考えられるからである。
利得の引き上げとペナルティの強化は、いずれも同様に協力を促進すると言える。これを既述のとおり植林事業の文脈に照らして考えた場合、受益者に実施権限を委譲する、即ち実施者における便益を高めることにより、事業実施効率が高まる、という可能性を表現したものと解釈可能である。
7.おわりに
中国式の植林事業に限らず、開発協力事業の計画〜実施〜評価段階においては、既述のこうした諸コストは既存の受入国行政部門がその任にあたる、として、サンクコスト、外部要因として捨象された上で費用便益分析が行われるが、本来はこうした外部要因としてのコスト、言い換えれば費用対便益を考える必要があろう。
さらに、このようなモニタリングコストのサンク状態については、最終的には財政がこれをカバーすることになるが、財政への負担とその持続可能性をも考える必要がある。
さらに、通常ガバナンスといわれている政府のパフォーマンスも、かりにこれを開発協力の文脈で外部要因としてみなせば、この部分に巨額のコストがサンクされていても、それにより「節約」が可能なモニタリングコストの存在のために、パフォーマンスが良好であり、効率が高いという評価につながりうるときである。しかしながら、この部分に生じ、最終的には財政に負担をもたらしているこうしたコストをも考慮に入れることなく、トータルの開発としてのコストの分析を行うことは難しいものと考えられる。
もう一つ忘れてはならない要素が長期利益についての認識強化である。林業の場合は、単に間伐材などの林産物から生じる便益に加え、長期的に環境保護からもたらされる農地保護などの便益も生じうる。これらは直接的・短期的な便益ではないことから、その認識は相対的には困難であるが、これらについても認識が共有されることにより、インセンティブが誘発される(上記社会関係資本モデルにおける期待利得の引き上げに相当)。したがって、受益者たる参画農民に対するこうした便益への理解の深化のための方策の実施が望ましいものと考えられる。
中国南方集団林区における経営組織形態の発展
京都大学大学院経済研究科博士課程 劉春發
本論は、森林政策制定に関する法律と規定に基づいて、新中国成立後、その諸権利及び経営組織形態がどのように変遷してきたかについて、史的な考察を行った。また、シュルツ(Schultz)の経済組織に関する可能性と選好という理論に基づいて、中国南方集団林区における林業経営組織の形態が現れた要因を理論的に論じた。
1.森林資源及びそれを巡る諸権利
森林資源を巡る諸権利は主に森林資源財産権(森林産権)を指すので、一般的に森林産権は林地所有権、林地使用権と林木所有権に分けられている。所有権は財産に対する「占有、使用、収益、処分」の権利である。中国においては、注目すべきは、「林地」と「林木」の権利が分離されていることである。
林地所有権には国家・集団の2種類の主体が、林地使用権と林木所有権には国家・集団・個人の所有の3種類の主体が存在する。
2.南方集団林区における森林産権及び経営形態の変化
2.1自留山の由来
自留山が再び登場し、正統化されたのは改革・開放期の“三定”という政策の実施である。1981年3月に中共中央国務院が公布した「森林保護・林業発展に関する若干問題についての決定」は山林権を安定させ、林業生産責任制を実行するという政策を打ち出した。これはいわゆる林業の“三定”である。つまり、山林権の安定、自留山の確定と林業生産責任制の確定(責任山の確定)である。この時期に確定された自留山は主に農村世帯に分配した、造林の追いつかない山地と荒漠地である。目的は林木所有権を保障することによって積極性を喚起し、森林造成の効率性を高めることにある。権利上では前の自留山とは区別がない。
2.2集団林場の登場
建国初期に設立した国営林場 (1994年以降は国有林場)の下に、国有造林の規模を拡大するために、1958年中共中央・国務院が「全国規模の造林に関する指示」を公布した。この指示に従って、国有林場の設立がピークに入った。同時に1950年代後期から、南方各省にも国有林場が設立され、各人民公社・大隊・生産隊に集団林場(郷村林場)が設立された。全国に国有林場と郷村林場は盛んに発展していた。
3.林業経営組織形態についての理論分析
3.1経済組織における可能性と選好
シュルツ(1953)が、経済組織の分析において可能性と選好という2つの概念を明らかにした上で、一般的な問題を考えていた。これら2つの概念が持つ意味を明らかにするために、農業試験場の農業生産技術の「生産」と、農産物の生産という具体的な事態を考えた。農業生産技術の「生産」という事例に関しては、社会は、与えられた経費で研究した場合、研究成果が少ないよりは多い方を選び、またその研究組織はより分権的である方を選ぶと考えるのである。
農産物の生産に関しては、農業生産が直面している不確実性のもとで、社会は、農業生産に充当される投入量から得られる農産物が少ない方よりはその多い方を選び、また農業生産組織の分権化についてはその少ない方よりは多い方を選ぶ。
以下ではシュルツに基づいて、新中国設立から現在までの各段階に各林業経営形態が現れた理由、特に現段階において新しい経営形態が選択された理由を説明する。
3.2 林業経営組織の分権化と生産性
林業経営組織には、初級合作社から高級合作社への移行、さらに人民公社への移行は分権化を多少犠牲にしたことを意味する。人民公社は「監視コストがかかりすぎるために、監視コストのより低い農業生産責任制の導入へと農民は向かっていった」のである(山本、1999)。したがって、人民公社から林業生産責任制への移行は分権化の程度が増加することを意味する。さらに生産責任制から林業株式合作制への移行は分権化の方はこれを多少犠牲にしても現代企業制度により規模の経済を実現することを狙っているものだといえよう。私的経営の場合は、生産自主権も分配自主権も持っており、しかも林地の所有権以外の、林木の所有権と林地の使用権も持っており、分権化の程度が一番高いといえる。
この分析に基づいて、以下の結論を結ぶことができる。各段階において現れた経営形態は、政府が当時の各条件下で、政治的・社会的過程を通して選んだものである。人民公社、初級合作社と高級合作社が歴史の舞台から消え、そして、それぞれの下での国有林場と郷村林場の割合が減少してきた原因はそれらの分権化程度の低さと低い生産性にあるであろう。また、私的経営(自留山、責任山)と家庭請負責任制は、生産性において、林業株式合作制より低いが、それらの分権化が高いため、まだ残っている。
3.3 経済発展に関する選好
社会は、経済発展に帰せられる利益の一部を、もしそうしようと思えば、一層分権化した経済組織の型として転換できる。あるいは、一層分権化している過程に経済発展をも実現できる。そしてその場合、分権化した経済組織の型は、今対象としている社会の選好の性質からして、よりよい組織を意味している。この議論を踏まえて、南方集団林地域において、家庭生産責任制と林業株式合作制に基づいて、さらにさまざまな経営形態の出現の原因は各地の可能性と選好によると考える。
4.結論
経済の発展と地方の条件変化とに伴って、林業経営組織も、その変化に適するよう調整されていくだろう。したがって、林業経営組織の調整過程と経済条件の変化についての研究が非常に重要である。そのうち、さまざまな経営組織形態が存在するため、各経営組織がなぜ異なる地域に現れてきたか、なぜ違う経済効果を生んだのか、これらの問題を究明する必要がある。したがって、ミクロ的なデータを収集することは大切な研究活動である。これらのデータは各経営組織に関する比較研究と実証研究を可能にするからである。また、各種の経営形態に関わる森林産権においては、依然として、幾つかの問題があると指摘されている。以上の問題をめぐる研究はこれからの課題であると考えている。
|