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京大上海センターニュースレター
106号 2006年426
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

   中国・上海ニュース 4.17-4.23

○中国は労働法で世界を制す

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中国・上海ニュース 4.174.23

 

ヘッドライン

           中国:1-3月消費者物価上昇率1.2%

           中国国家統計局:外貨準備高が増えすぎ、抑える措置を  

     中国:綿花輸入が5年間で46倍に

     中国:QDII正式認可、海外の有価証券への投資を解禁

     中国:今後5年間、高速鉄道路線の建設距離を5457キロメートルに 

     中国:万里の長城、8割が保護不十分

     自動車:VW、第1四半期中国での売上が大幅増 

     青海-チベット鉄道:乗客に2方式で酸素供給へ 

     湖北:三峡ダム、まもなく全面完成

     上海:日立金属、新たに統括会社を設立

 

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中国は労働法で世界を制す  

                                      2006年4月10日

                                   中小企業家同友会上海倶楽部 副代表

                                         株式会社小島衣料 小島正憲

@中国の労働法は、有期雇用契約の反復適用を認めている。したがって経営者は労務上のリスクを恐れないで、優秀な労働者の確保にチャレンジできる。労働者は雇用機会がきわめて多い労働環境で、自分にあった職場をつぎつぎと探すことができる。これが中国の労働法の国際的優位性である。

A日本の労働基準法は有期雇用契約を認めているが、その反復適用については許可されにくい。したがって経営者は労働者との契約解除が容易ではないため、人材の雇用にきわめて慎重に対応しなければならない。労働者にとっては労働市場に流動性がないため、雇用機会が狭められる結果となっている。

B豪州、タイ、韓国、ミャンマー、ヨルダン、インド、フィリピン、マダガスカルと比較しても、中国の労働法と労働環境は、労使双方にとってきわめて有利である。この労働法の知恵が、中国の経済発展に大きく寄与していると考えられる。                                                                                             

フランスではドピルパン首相の打ち出した新しい雇用促進策をめぐって、全国スト騒動が持ち上がっている。

この新法では、「新規雇用契約(CPE)」といって、26才未満の若者を企業が雇った場合、試用期間の当初2年間は理由の通知なく解雇できることになっている。労働者の権利が強いフランスの労働法では、一度採用した従業員はなかなか解雇できない。経営者は解雇が容易ではないため、採用を控える。企業が採用を控えるため、ますます失業率が高くなり、移民労働者の職場はなくなり暴動にまで発展する。フランス政府はこの悪循環を断ち切るため、逆転の発想で、経営者が解雇をしやすくすれば、企業も採用を増やし、その結果、失業率も低くなるだろうと考え、この新法を成立させたのである。

私は多くの国々で工場を展開し、その現場で労働者と接してきた。その私の実践体験から判断して、この新法は画期的ですばらしく、十分にその効果を発揮できるものであると考えている。しかしながらフランスの大学生や労働者は、この新法で解雇が乱発され、雇用が不安定になるのを心配して、激しい抗議行動に打って出ている。この結果は予断をゆるさないが、もし新法が骨抜きになるようなことにでもなれば、フランスが国際経済競争に大きく遅れをとることは必定である。

  中国の労働法では、期限を定めた雇用契約が認められているため、通常の採用の場合はまず半年とか1年の雇用契約を結ぶ。そして経営者側は労働者の資質を見ながら、よければ次の契約の時には、その期間を少し長くする。期間の定めは自由であるし、それを何度繰り返してもよい。経営者にとってこの制度の都合のよいところは、再契約をしなければ自動的に契約は解除され、結果として解雇と同様になるという点である。つまり契約期間中に問題が起きた場合などでも、解雇という手段をとらないで、契約期間満了日まで我慢していれば、円満退社という形態がとれるということである。もちろん契約満了日の1カ月前には、必ず再契約をしない旨を本人に告げておくことが必要であるし、場合によっては満了後1カ月分の給与を余分に支払っておくことがのぞましいことは言うまでもない。この労働法のもと、中国の経営者は安心して、旺盛に労働者採用活動に邁進している。

 中国に進出している日本の企業家の中には、労働者の定着性の悪さを嘆く人が多い。実際、中国人労働者の多くは、よりよい待遇を求めてジョブホッピングを繰り返す。企業の幹部でも例外ではなく、ある日突然辞表の提出、そして数日後、ライバル企業に就職ということもある。もちろん一般労働者も同様で、勤務中に他社の採用面接に行くことなどもざらである。したがって経営者はつねに優秀な労働者の確保に努めなければならず、それも定員オーバーを承知の上で雇用しておかなければ、突然の退社には対応できない。ところが採用時点では、その労働者の資質などを判断することが困難であり、やみくもに採用すればよいというものでもない。そこで先述した有期雇用制度を活用し、とにかく短期契約で雇用し様子を見る。そして有能で誠実だと判断できたら、再契約時点で雇用期間を伸ばしていく。労働者側もそれでOKで、とにかく会社に就職し、会社側の実情を見ながら次の転職の機会も探る。

つまりここに雇用機会がきわめて多く、流動性の高い労働市場が成立しているのである。労働者はよりよい待遇を求めて流動し、経営者はより優秀な労働者の確保のため、賃金などの労働条件をどんどん改善していく。これが現在の中国の経済発展を支えている大きな要因である。

  日本の労働基準法でも、期間を定めた雇用契約は違法ではない。ところがこれを数回繰り返すと、それは期間を定めない雇用とみなされることになる。したがって雇用契約期間満了時点でも、正当な理由がないかぎり、雇用契約を終了することはできない。それを強引におこない、運悪く法廷闘争にでもなれば、会社側が敗訴することはほぼ確実である。だから有期雇用であっても、いったん雇用した労働者はほぼ無期雇用と考えた方が無難である。したがって日本では雇用について、経営者は慎重にならざるを得ない。経営者が雇用について慎重であるから、労働市場は活性化せず、いったん不景気ともなれば労働者は現会社にしがみつくこととなる。経営者は過剰労働力は必要がなく、同時に現労働者を解雇することもできないので、現状を維持せざるを得ず、新規労働者の採用には踏み切らない。その結果、労働市場はますます閉塞してしまう。つまり日本の労働慣行では、労働市場における悪循環に陥る可能性がきわめて高いのである。

  私は、10カ国あまりで縫製工場の現場に身を置き、経営者として労働者や管轄官庁と直に接してきた。その実践体験から判断して、中国の労働法と労働環境は国際的に優位性を持っていると考えている。私は労働法学者ではないので、法律上の精緻な比較はできないが、それが現場でどのように適用されており、労使双方がいかに対応しているかを語ることは可能である。以下に、簡単に各国の労働環境を紹介する。

 

・豪州では、18年前、ブリスベーンの縫製工場(500人規模)と業務提携をした。その工場内では26カ国の人間が同時に働いていたが、豪州の労働法のもと現場は整然としていた。労働密度はきわめて高かったが、労働時間などは厳格に守られており、労務紛争などは耳にしなかった。しかしこの工場は豪州全体の賃金高騰により、5年後に閉鎖され、フィジーにその生産拠点を移動した。

・タイでは、17年前、バンコク市内の3000人規模の大型工場の技術指導と検品を行った。そこでは労働力が豊富で、毎日、応募工員が会社の門前に列をなすほどであった。労働法の適用はゆるやかであり徹夜残業なども頻繁に行われていた。大きな労務紛争は目にしなかったが、その後、家電や自動車などの外資工場が進出し、タイ経済の浮上とともに、人手不足の状況があらわれてきた。8年後、この工場も労働者不足状態に陥り、ラオスに生産拠点を移動した。

・韓国では、16年前、ソウルで縫製工場(60人規模)を経営した。そのときすでに韓国では労働運動が活発化しており、労働者の内部告発なども盛んであり、労働法は厳格に守らなければならなかった。なかでも労働者の解雇が困難で、経営不振により会社を閉鎖したくても、労働者の説得が難しく、夜逃げ以外に道がみつからないほどだった。ちょうどそのころ、日本の四国の繊維会社がソウルの工場をたたむとき、争議となり、従業員が日本の本社の門前に座り込む状況がTVで報道された。それを見て、私も同様な目にあうかもしれないと、ソウルの下宿で首をすくめていたものである。幸い1年半後、私は工場を韓国人実業家に無償譲渡し、無事撤退することができた。今日でも、韓国の労働法が厳格なことと、労働組合活動が過激なことは世界有数である。

・ミャンマーでは、8年前、ヤンゴンで縫製工場(600人規模)を経営した。軍事独裁政権下の国家であり、労働法はあったようだが、その適用はきわめてずさんであった。労働局は、全面的に労働者側であり、内部告発などがあった場合、会社側がすぐに呼び出された。そしてそこでは露骨に賄賂を要求された。もちろん多くのことが金銭で解決したが、労働者も日常的にささいなことで労働局に駆け込むため、その労働局との窓口を専門に担当する労務が必要であった。ところがそのうち、その労務担当と労働局が結託して、賄賂の分け前を取るというような現象さえあらわれた。この国では低賃金の魅力よりも、そのわずらわしさの方がたいへんだった。

 3年後、私は工場を香港華僑に売却し、撤退した。

・ヨルダンには、4年前、技術指導のため出張した。残念ながらイスラム労働法を勉強する機会はなかったが、いろいろなことを知ることができた。1日5回のイスラム教のお祈り時間を禁止するわけにもいかず、ミシンのベルトにヴェールを巻き込む危険性もわかっていたが、それも禁止できなかった。最終的には、生産性と技術をともに向上させるために、生産ラインを派遣されていた大陸中国人ばかり(約2000人)で結成し、清掃・梱包などの周辺作業をヨルダン人(1000人)で囲むという組織構成になった。それでも中国人・ヨルダン人間の紛争もなく、うまく機能した。ヨルダンには、華僑系をはじめとして、このような工場が、砂漠の真ん中に林立している。

・インドでは、8年前、ムンバイ近郊の工場に検品のため出張した。インドは中国に次ぐ成長を期待されている大国だが、労働法と労働環境から見る限り、中国とは大きな差がある。インドにはイギリス譲りの厳格な労働法が存在している。私が訪れた工場では、カースト制度などの影響はまったくなかったが、意外にも労働者意識が強く、経営者も福利厚生にかなり神経を使っていた。周辺の工場ではストライキなども頻発している様子であり、その影響を極力小さくするため、大規模工場を作らず、小規模工場を多地域に展開することが試みられていた。

・フィリピンでは、マニラ市内・セブ島などの工場を調査した。ここでは多くの経営者の口から、労働貴族対策の困難さが語られた。労働者は政府の労働管轄部門に相談を持ち込むのではなく、地域の労働組合組織に駆け込むそうである。すると労働組合幹部が工場に乗り込み、労働法を盾に、かなり強硬な交渉に臨むようである。最終的にはここでも金銭での決着がはかられるようだが、事後、経営者は「ヘビににらまれたカエル」のようになってしまい、労働組合幹部=労働貴族に貢物を続けなければならないという。ここでも大規模工場は少なく、小規模工場をたくさん作り、リスクヘッジしておくのが、経営の次善策のようであった。

・マダガスカルでは、3年前、首都アンタナナリボの華僑・印僑の工場を調査した。ここはフランスの旧植民地で、意外に労働者の権利意識が強く、労働法は厳格に守られ、労働者はそれをずるく活用していた。たとえば労働法では「日祝日は通常の2倍の給与を支払わねばならない」と規定されていたので、経営者は工場が多忙なときは、労働者に日曜出勤をさせ、通常の2倍の日給を支払っていた。すると労働者はちゃっかりそれを手に入れ、月曜日はそのほとんどが欠勤するという始末であった。このような労働者の芸当に経営者は、たいへん困っていたが、有効な解決策はないようだった。そのうちに政変が起こり、私の友人の香港華僑を始め多くの実業家がこの国から撤退した。

  ついでに付言すれば、労働者の賃金を上げ、失業率を下げ、労働条件を向上させるのに、もっとも効果的なのは、社会に人手不足状況をつくることである。この方法は、労働者がたばになってストライキを繰り返すよりも、はるかに有効である。日本で労働条件がもっともよかったときは、バブル期であることがそのことを証明している。超人手不足状態で、新入社員は入社前に車1台がもらえ、ホテル顔負けの豪華な寮住まいができたほどである。つまり人手不足状態になったとき、労働力をめぐる需要と供給の関係で、労働条件は大きく改善するのである。最近、中国でも人手不足となり、最低賃金がぐんぐん上がりはじめ、労働条件も改善されはじめている。これは中国の労働者がストライキを繰り返したからではない。

景気を良くし、人手不足状態を作り出すことが、失業者をなくし、労働条件を大幅に改善する最短の道なのである。そのために労働市場を流動化させ、経営者の雇用への不安を減らし、採用意欲を旺盛にさせることが大事なことなのである。フランスの若者たちには、なぜこの自明の理がわからないのであろうか。