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京大上海センターニュースレター
108号 2006510
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

   中国・上海ニュース 5.1-5.7

   上海・武漢訪問記 ---「国際交流科目」と3つの工場見学()

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中国・上海ニュース .1−5.

ヘッドライン

           中国:大型連休の消費が16%増の2780億元

           国際:東アジア三カ国財務相会談、協力・対話で関係強化  

     中国:政府が自主ブランド車の海外進出促進策を検討

     中国:2005年登録した外資系小売企業のうち、6割が外資独資会社

     国際:日中外務次官による「総合政策対話」開催

     自動車:第1四半期、自動車輸出が倍増

     上海:メーデー休暇7日間、観光客425万人

     北京:住宅6割売れ残りか

     上海:人材派遣のパソナ、上海に子会社

     広西:高速鉄道を年内着工、東南アジアへの重要ルートとなるか

 

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上海・武漢訪問記 ---「国際交流科目」と3つの工場見学()

京都大学大学院経済学研究科 黒澤隆文助教授

1.訪問目的と「国際交流科目」準備状況

 2006228日から34日,京都大学経済学研究科の今久保教授とともに上海と武漢を訪れた。訪問の目的は,第一に,京都大学の全学共通科目(国際交流科目)である「中国の社会・経済・文化」の研修旅行(9月に実施予定)準備のための打ち合わせであり,また第二には,この研修旅行の見学候補地を事前視察することであった。なおこの二点目に関しては,訪問者は学部教育においては「経済政策論」(今久保)および「工業経済論」(黒澤)を担当しており,中国の製造業の実態とそれに関する政策対応について認識を深めることも当然ながら意図していた。

この「国際交流科目」は,京都大学での講義に加えて学生を海外へ引率し研修旅行(2週間程度)を実施するという新機軸であり,総長の積極的な支援も得て,昨年,第1回の研修旅行が実施されている(実施教員:森純一教授・北野尚宏助教授。本ニュースレター77号に実施報告を掲載)。全学公募で研修企画を選抜するという異例の形態をとるが,その選考過程では,上海センターと復旦大学の交流実績と,それに基づく研修実施能力とが評価の対象とされたと仄聞しており,上海センターの本来業務と極めて密接な関係にあるといってよいだろう。また今久保・黒澤の両名とも,主たる研究フィールドをヨーロッパにおきつつも,東・東南アジアを中心に海外ゼミ旅行を例年実施してきた。今回はその経験を生かして上記の公募に応募した次第である。

いささか日記風となるが,「国際交流科目」の紹介を兼ねて準備活動の一端を記しておく。

228:上海住友商事(西山元一氏)訪問。日本企業の上海駐在員の方々による講演と懇話会開催への支援を依頼。昨年の例では,参加学生にはこの懇話会が非常に好評であったとのことで、今年も大きな教育効果が期待される。次いで復旦大学日本研究中心を訪問(沈浩国際交流室主任)。打ち合わせの結果,研修中に行う小旅行は温州・義烏(Yiwu)方面で実施の方針となった。

31日。上海華普汽車訪問(後述)。その後長距離列車に短区間(松江站-上海站)乗車。所得水準の低い内陸地方等との関係を知るうえでは,出稼労働者等も利用する長距離列車は格好の素材で,これも昨年の例に倣った。

32日。「上海都市計画展示館」訪問。日本人学生にとっての最初の衝撃は,おそらくは巨大都市上海の偉容であろう。都市自体について体系的に学ぶ機会を組み込むことは,都市計画という対象の総合学習的な性格からしても有益と思われる。

33日。武漢で工場見学(後述)。研修時の訪問先は予算制約のために上海から陸路で往復可能な地域に限定せざるをえないことが判明したが,いずれにせよ見学先選定のための判断材料を得ることができた。

 この国際交流科目については,9月の研修実施後,この場で改めて報告したい。

以下では,工場見学について所感をまとめてみたい。訪問先は,@「上海華普汽車有限公司」(Shanghai Maple Automobile Co., Ltd.)[上海市金山区経済工業園区],A「東風本田汽車有限公司」(Dongfeng Honda Automobile Co., Ltd.)[湖北省武漢市経済技術開発区],B「湖北美島服装有限公司」(Meidao Garment (Group) Co., Ltd.)[ 湖北省黄石市]である。

 

2.「上海華普汽車有限公司」(Shanghai Maple Automobile Co., Ltd.)

 第一の訪問先である「上海華普汽車」は,上海市中心部から杭州方面に60kmほどの距離に位置する工業団地に拠点をおく「民族系」(外資との合弁関係を有さない)自動車メーカーである。その前身は,吉利汽車の創業者の弟,李書通が20008月に設立した「上海杰之達有限公司」であるが,20028月,吉利汽車によって買収され,「上海華普」と改称して四輪車の生産を開始した。低価格車イメージの強い「吉利」との差別化を図るために独自ブランドで販売を行い,スポーツタイプを中心に,1.0から1.8リットルの4タイプのセダン・ハッチバック車を生産している。

民族系メーカーの場合,外資系企業との知的財産権をめぐる係争を抱えているところが多く,日本人の見学に対してはガードが極めて固いとされている。しかし今回,京都大学上海センター支所特約研究員である曽憲明氏の格別の尽力で,工場訪問が実現した。親会社である吉利汽車は,奇瑞汽車と並び民族系自動車メーカーの雄ともいえる存在であり,その傘下にあって親会社より上位のブランドを擁する企業ともなれば,生産能力や品質・開発力をみるうえで格好の素材といえ,興味深い訪問となった。

見学は,@組立工場見学,Aエンジン工場見学,B会議室での質疑応答という形でおこなわれた。組立工場は口頭説明では年産3万台,配布されたパンフレットによれば設備能力年産5万台の生産規模を持ち(2005年前半期の生産台数は13213),予定されている二期工事で2007年までに30万台への拡張をはかるという。この組立工場では,塗装工程を出た地点からラインオフするまでの工程を見ることができた。なお見学時に案内してくださったのは海外営業担当の倪哲人氏であるが(他に生産管理担当者も同行),倪氏は,中等教育終了後シンガポールで短期間英語を学び,ニュージーランドで大学生活を送って帰国したという帰国組である。商務部の総経理(女性)とも挨拶を交わしたが,経営管理層が総じて非常に若く,日本企業との相違を感じない外資合弁企業とは対照的であった。

「外国からの視察はまずない」との説明であったが,逆にそのためか,アッセンブリー・ラインでも,またその後に訪れたエンジン工場(組立工場に隣接し,交通大学と共同で設立したという自動車研究所と敷地を同じくする)においても,気儘に工場内を歩き回り自由に機械や部品に触れさせてもらうなど,驚くほどの寛大に受け入れていただいた。

そうした厚意に遠慮せずに,率直に見学の印象を以下のように表現しては,言い過ぎであろうか。「品質,生産効率さえ度外視すれば,誰にも,またどのようにしても自動車が作れてしまう時代になった」。周到に計算された工場レイアウト,ラインバランスの精妙な調整,作業内容と手順の極限までの効率化など,あらゆる観点からの無駄のあぶり出しを徹底し,「乾いたタオルを絞りきった」日本の自動車工場を見慣れた目からすると,唖然とするような「おおらかさ」のもとで,自動車が作られている。例えば,作業ステーション間のラインタクトに合わせた作業量の調整がまったく不十分で,手待ち・部品まちの無駄が異様に多く,作業の合間に見学する我々を所在なげに眺める作業者が目についた。いつか見たのんびりした光景と思い記憶を辿ると,14年前に見学した北京汽車製造廠(クライスラー社との合弁)の製造ラインの姿に思い至った。改革開放下のその後の14年の飛躍的発展の成果としてみるには,違和感がありすぎた。また部品置場や工具の配置,作業姿勢等にも,素人にも気付くような要改善箇所が無数に見受けられた。聞けば,親会社の吉利からの生産指導はあるものの,指導にあたるのは中国国内の他の自動車工場の経験者が主で,日本あるいはその他外国の生産システムに精通した人材には特に依存していないとのことであった。また品質についても,ハンドルのがたつきやドア開閉部に残る大きな隙間など,素人目にも目につく「粗さ」が目についた。

上記のような状況であるにもかかわらず事業として成り立っているのは,それなりに見栄えのするデザインと低価格を何よりも評価する消費者が存在するという需要面での条件と,地場の部品メーカーが先に成長し,また三次元解析も容易になって,語弊を怖れず言えば「プラモデル組立」次元の技術で組立メーカーが存立しうるという,供給面での条件があるからであろう。前者に関しては,中国国内市場の他,早くも輸出市場を開拓中であるが,日系・韓国系メーカーとの競合を避け,ロシア・アフリカ市場に力点をおいているとのことであった。また後者についていえば,自動車産業においても中国のオートバイ産業のように「すり合わせ型」産業から「モジュール型」への再転換がおこるか否か,あるいはまた,逆に民族系メーカーも「すり合わせ型」の競争力を身につけつつあるのではないかといった議論があるが,こと今回の見学先に関しては,「モジュール型」の生産が可能である点に存立基盤があることは,少なくとも現時点では否定できないとの印象を持った。

とはいえ,こうした印象から,民族系メーカーの将来性に悲観的な結論へと短絡するのも誤りであろう。たしかに,外資合弁企業がひしめく中・高級車市場への進出を狙うならば品質の大幅な向上は不可欠である。またそもそも,価格優位を維持し合弁系企業の低価格車市場への浸透を阻止するためには,足下の生産効率を引き上げることは必須の条件であろう。品質の向上も急務である。例えば中国のコンバイン市場では,国産品の数倍の価格帯にある日本製が,耐久性への高い評価のために依然大きな占有率を占めていると報じられているように(『日経ビジネス』2006/3/20),道路条件もその他の社会基盤も悪い環境で酷使される場合にこそ,耐久性という品質の基本が問われるのである。

しかし,本ニュースレターの引用記事(66)にもあるように,すでに同じ民族系メーカーの奇瑞では日系メーカーの技術主管OBをスカウトして品質向上に取り組んでいる。上の印象は工場拡張を目前にした訪問によるものであり,電機でのキャッチアップ事例をみても,比較的短期間に生産現場の様子が一変する可能性がないとはいえない。創業わずか6年,二輪車からの転換後では3年ほどで輸出能力を持つに至った模倣・学習能力の高さと,生産技術面での改善余地---それも比較的実現容易な---の大きさを考え合わせると,現状の問題点はむしろ,今後の競争力改善の可能性の大きさを示唆するものといえるかもしれない。