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京大上海センターニュースレター
109号 2006517
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

   中国・上海ニュース 5.8-5.14

   上海・武漢訪問記 ---「国際交流科目」と3つの工場見学()

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中国・上海ニュース .8−5.14

ヘッドライン

           中国:1−4月期貿易額5千億ドル突破

           中国人民銀行:4月の銀行貸出急増、3172億元で過去最高   

     中国:第1四半期の発電能力が1200万キロワット増

     中国:外資系企業の事務所、会社登録が不要に

     西安:日中大学校長フォーラム開催

     中国:高校生1100人が日本へ : 第116日出発

     上海:タクシー運賃値上げ、初乗り11元に

     北京:50年来最悪の干ばつに見舞われる

     江蘇:田湾原発が稼動、ユニット容量が国内最大 

     北京、4月の自動車販売台数、前年比17%増の66千台

 

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上海・武漢訪問記 ---「国際交流科目」と3つの工場見学()

京都大学大学院経済学研究科助教授 黒澤隆文

3.東風本田汽車有限公司(Dongfeng Honda Automobile Co. Ltd.)

 第二の訪問先は,本田技研と東風汽車が折半出資する東風本田汽車有限公司である。訪問の前の週には日本経済新聞の一面で同工場の12万台体制への拡張が報じられており,事務所等の引っ越しなどで多忙な中,見学を許可いただいた。

 この工場の場合,生産システムは日本と世界のホンダ・グループの技術体系をそのまま持ち込んだといってもよく,表面的な観察では特に「意外な」印象はあるはずもない。そこで,技術面について解説いただいた点については,訪問の調整にもあたった京都大学経済学研究科の塩地洋教授の分析に委ねるものとして,ここでは,ヨーロッパの製造業を主に研究してきた者としての,ごく一般的な印象を列挙するにとどめる。

@     人事政策と合弁形態・・・管理部門では全て中国人スタッフと日本人スタッフが11でペアを組む。この点は,この合弁事業が,日本の生産システム・技術・製品モデルの「移植」を核とすること,同時に相手側の主体性も大きいことを反映していよう。これについて,同じく合弁企業を傘下に持ち見学に同行した小島衣料株式会社の村山氏が,「印象的」と感想を漏らしておられたのが,逆に我々にとっては興味深かった。

A     製品の移植・・・世界で売れている最新モデルをそのまま,環境性能まで含めて一片の妥協なく持ち込むという姿勢は印象的であった。また中国の消費者はアメリカ合衆国市場での評判をもとに判断する傾向があり,同市場での高いシェアが例えば中国市場での「アコード」の好調を支えるといった連関があるという。遠隔市場間の消費様式の均質化が,消費者の評価の伝播を介して発生しているともいえ,商品史的な検討に値するかもしれない。中国の「アコード」需要の主軸が黒塗りの公用車・社用車で,「均質化」に要約しきれない要素があるにせよである。

B     生産システムの移植・・・生産システムにおいても「完全移植」の要素が強く,かつ,それを吸収する十分な能力が現地側にある(工場のフロアには日本側管理要員は1名のみ)。またこれに関して,韓国現代自動車との合弁の南通汽車時代(工場を継承している)に経験を積んだ作業員の存在が,負債ではなく資産として効かされているとのことであり,東アジア共通の労務管理システム類型の存在を裏づけるものともいえよう。また,水性塗装の導入に関しては,自国で導入しながら中国では実践していない「環境先進国」ヨーロッパのメーカーよりも先行しているという解説も耳に残った。

C     多国籍的生産ネットワーク・・・現地化されていない部品の調達先では,日本の他,アセアン諸国の本田技研現地法人が多いという。中国=アセアン自由貿易圏を構成する製造業の実態が存在しているといえようか。

D     物流インフラストラクチャー・・・長江の河川舟運は特に部品・材料の供給で有効に機能しているとのこと。対して鉄道は,基礎物資輸送で能力限界にあり運賃も高く,「使えない」とのことであった。

 

4.湖北美島服装有限公司(Meidao Garment (Group) Co., Ltd.)

 第三の訪問先は,上海センター協力会の会員でもある小島衣料株式会社傘下の合弁会社,湖北美島服装有限公司(湖北省黄石市)である。

 筆者は19世紀ヨーロッパの綿工業・絹工業を分析対象としたことはあるが,現代のアパレル産業についてはまったくの素人である。また小島衣料株式会社社長の小島正憲氏には,本「ニュースレター」にも度々御寄稿いただいている。通りすがりの訪問者の皮相な観察で屋上屋を重ねるのは無益と思われるので,ここでも,若干の雑感を記すに留めたい。

 武漢市内から黄石市の同社工場までは,交通量の少ない高速道路と一般道を乗り継いで約2時間である。黄石市は人口238万人を擁するが面積は東京都の二倍,ご多分にもれず行政区画の大きさが都市規模を実態以上にみせており,黄石市区のみでは人口63万人,面積からしても実際には京都と似た規模の都市といえよう。

工場は意外なことに市街地のただ中にあったが,何よりも労働力調達の点で都市立地が有利とのことであった。省を越えて拠点を設けずとも,市内の10kmほど離れたところで募集がずっと容易になるとの解説も,労働力市場の範囲と性格を考慮するうえで貴重な情報であった。

 工場での見学では,各フロア長に大きな裁量権を与える管理方式や,中卒女子を中心とする労働者たちの真剣な眼差し,中国にしっかり根付いて日々業務にあたっておられる日本人スタッフとの間の信頼関係の厚さが印象に残ったが,特に興味深かったのは,立地と労働者の質に関しての解説であった。「日本市場向け生産だと,物流と情報の点で武漢あたりが限界。日本人スタッフには頻繁に帰国するなどいろいろ手段があるが,一般オペレーターの目線・感性が障害になる,所得水準が低く粗末な服を着ているオペレーターがよい感性をもてる筈もなく,いくら教えても品質のいい物はつくれない」という。消費者としての目が生産者としての品質管理を支えるという現象は他にもあろうが,国内地域間格差としてこれほどまでに顕在化するのは中国ならではであろう。

 

 5. おわりに

以上,二つの自動車工場(民族系・外資合弁),二つの合弁企業(自動車・繊維)からなる3つの工場を見学したが,実に14年ぶり(3回目)の中国訪問となった筆者にとっては,いずれも示唆に富む経験であった。(もっとも,工場に限定せずに旅行全体の印象を記すならば,激変極まりないとされる中国であるが,意外なことに変化への驚きはそれほどでもなく,変化せず残っている点がむしろ目についた。「途方もない変貌ぶり」を強調する洪水のような中国報道で心構えが先行し,感覚が麻痺してしまったからなのか,発展類型が依然として初訪問時(1988)の延長上にあるからなのか,おそらくその両方のためであろうが)。いずれにせよ,筆者の専門領域であるヨーロッパの製造業の分析に際しても,もはや中国の現状を考慮に入れずには意味のある判断はできない。今後は努めてこうした訪問を継続的に行ってゆきたい。

 末尾になり恐縮であるが,今回の訪問では以下の方々の御厚意を得た(訪問順)。上海住友商事有限公司の西村元一氏,上海華普汽車商務部総経理の張英氏,同服務部市場助理の倪哲人氏。本田技研工業中国業務室の奥村志野夫氏,岡田梓氏。東風本田汽車有限公司総経理の尾崎満氏,副総経理の松岡勇氏,総務部副部長の山下穣太氏。株式会社小島衣料社長の小島正憲氏,同社総務の仲川雅子氏,同美島生産本部の大前隆司氏。上海韋馳諮詢有限公司の村山文夫氏(武漢での全日程で御世話になった)。上海センター支所特約研究員の曽憲明氏(工場訪問の他,「国際交流科目」の準備全般にわたって支援いただいた)。この場を借りて,篤く御礼申し上げる次第である。

(2006.3.