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京大上海センターニュースレター
117号 2006713
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

   中国・上海ニュース 7.3-7.9

「資本主義の先祖帰り」か「原始資本主義」か

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中国・上海ニュース 7.3−7.

ヘッドライン

           中国:1−6月、貿易黒字が600億米ドル突破

           中国国家統計局長:上半期のGDP成長率は10%以上

     中国:渤海に新たな石油・天然ガス田

     中国: 1−6月、交通事故による死者が4万人余り

     自動車:上半期、乗用車の売上、36%の急増

     自動車:05年自動車部品輸出額が89億ドル超、労働集約型製品を中心に

     大連:大連港自動車専用ターミナルが開業、大連港集団、日本郵船などで共同出資

     浙江:杭州市、銭塘江初のトンネルが着工 

     広東:国内初の輸入液化天然ガス事業が稼動

     上海:賢区の人工ビーチ、13日オープン

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「資本主義の先祖帰り」か

「原始資本主義」か

社団法人 大阪能率協会 常任理事

京都大学上海センター協力会 副会長大森經徳

 私は、中国の西安交通大学ヘ1年間語学留学した経験も含め、黄土高原の農家や極貧の農村地帯もいろいろ見て来ているので、今回は中国の格差解消努力についての報告から入ることとする。 ケ小平の改革開放政策の進展により中国では個人レベルの所得格差及び地域レベルの格差共拡大傾向が続いている。尤も、これだけ長期間高度成長が続いているので全体の底上げもされ、貧困人口も3,000万人を切るまでに急減したと言われている。

 これらの背景の下、胡・温新体制下初の5ヵ年計画である第115ヵ年規画(長期計画)では、 ケ小平の原点に帰り、「先富論」から「共同富裕論」へ考え方を根本的に変えた。三農問題を国家の最重要課題だ、と宣言し、農村貧困層の各種救済策(農業税の全廃、農村義務教育の完全無償化ほか)、環境汚染防止、省エネ・省資源型循環経済の推進等新華社電によれば、従来の成長至上主義を大きく修正し、5ヵ年計画策定理念に革命的発想の転換が行われている、と報じている。

 もう1つの実例を挙げると、若年サラリーマンに影響の大きい所得税の課税最低限度額800/月が今年11日から2倍の1,600/月まで引上げられた。これは昨年5月に京大上海センターと瀋陽日本総領事館共催で行ったセミナーで私が提言した25項目の中に入れていたが、実に25年振りの改定であったのは大いに問題と言わざるを得ない。この間GDPは年平均9.5%も成長していたのであるから。なお、私は貧富の格差解消の為“累進課税の大巾強化→最高税率を現行の45%から70%位にまで引上げるべし”と提言していたが、こちらは改定されていない模様であり、折角の貧富の格差を大巾に改善する絶好のチャンスを逸したという点で重大な問題を残したと言わざるを得ない。

 去る3月下旬に厦門大学で開催された日中マルクス経済学会に、縁があってマルクス主義者ではない私だが、出席した。その後北京では日本大使館で公使や一等書記官方と中国の政治・経済事情につき説明も受け意見交換もして来た。その全く肌合いの違う2つの会合の中で、期せずしてこの貧富の格差及びその解消策が話題になったので、その“さわり”部分をご紹介しておく。

 先ず厦門大学の学会では日本の学者先生から、今の資本主義の傾向は、日・米・中国共全て規制緩和、自由競争至上主義に走っており、言わば“資本主義の先祖帰り”の様な状況だ。その結果格差も拡がり、諸問題も再度出て来ているので、今こそマルクス主義の根本思想である弱者救済、公平社会の推進等の考え方が活かされるべきである、との話があって大いに盛り上がっていた。

 その直後、北京の日本大使館で堀之内公使(元外務省中国課長)から、今の中国のやっている市場経済は“原始資本主義”とでも言った方がよい様な、自由奔放にやりたい放題をやらせ、その結果貧富の大きな格差が出ており、更にそれが拡大傾向にある、と聞いた。

 この2つの言葉“資本主義の先祖帰りの様な状態”と“原始資本主義”とが、中国の南と北で、同時期に全く異った人達の口から語られていた、という事実は中国経済の現状を如実に示していると言えよう。

 最後に、この自由奔放な資本主義の先祖帰り、と言われる状況を見ていると、日本ではホリエモン事件、米国ではかの悪名高いエンロン事件を想い出す。資本主義も行きすぎると大きな禍根を残す事件発生の可能性を秘めており、決して万全の制度ではない。そこには高率の累進課税や相続税など政府による規制等公正・公平を期す制度的枠組みが必要と考える。と同時に“公益の為に”という高い倫理観が大切だと思う。 この意味で、格差是正、農民救済、環境汚染防止、省エネ・省資源型循環経済を目指し革命的発想の転換をしたと言われる中国の第115ヵ年規画の成否を注視したい。

(本稿は大阪能率協会「産業能率」20066月号に掲載されたものの再掲です)