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京大上海センターニュースレター
132号 20061026
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

      京都大学上海センター中国自動車シンポジウムのご案内

      中国・上海ニュース 10.16-10.22

「市場経済化」でインフレの続く北朝鮮

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京都大学上海センター中国自動車シンポジウムのご案内

■日程  20061111()12時開始 17時終了

■場所  京都大学経済学部大会議室(時計台キャンパス総合研究棟2)

■主催  京都大学上海センター、■後援 京都大学上海センター協力会

■シンポジウム・テーマ

中国民族系自動車メーカーの競争力を探る――奇瑞汽車と吉利汽車に焦点を定めて――

■報告

京都大学経済学部 教授           塩地 洋   自動車産業の発展戦略と制約条件

                                             ――民族系メーカーを中心に――

元本田技研工業中国業務室 主幹       山口安彦  産業政策と五カ年計画の指向するところ

                                             ――「自主創新」への流れをたどる――

京都大学大学院経済学研究科博士課程    李 澤建   奇瑞と吉利の車種開発戦略

現代文化研究所中国研究室 主任研究員   廖 静南   外資合弁系・民族系乗用車メーカーの競争力比較分析                                ――補完関係から競合関係になるか――

J.D.パワー・アジアパシフィック      木本 卓   VOC視点から見る車両品質の現状

部長 J.D.パワーシンガポール事務所        ――IQS(初期品質調査)からのインプリケーション――

東京大学社会科学研究所 教授 丸川知雄  サプライヤー関係から見た民族系メーカーの競争力

大阪商業大学総合経営学部 助教授       孫飛舟    奇瑞と吉利の流通ネットワーク戦略

[終了後懇親会]

■連絡先  京都大学経済学部塩地研究室 ☎075-753-3428  shioji@econ.kyoto-u.ac.jp

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中国・上海ニュース 10.1610.22

ヘッドライン

                     中国:1−9月GDP実質10.7%増

                     中国:国家統計局局長、紀律違反の疑いで解任

          中・台:国共農業協力フォーラム開催

          中国:水力発電の設備容量は開発可能量の25%

          中国:原油輸入量、19月で1億トン突破

          自動車:1−9月自動車販売が25%増、乗用車31.4%増

          中国:1−9月の鉄道輸送旅客数8.5%増の9億6200万人

          中国:世界第5位の特許出願国に

          中国:北京−上海間高速鉄道、年内着工へ

          浙江:出稼ぎ労働者の最も住みやすい所

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「市場経済化」でインフレの続く北朝鮮

経済学研究科教授 大西 広

国立大学が法人化される前、私は公務員だったために北朝鮮への渡航は外務省、文部科学省および大学のそれぞれに許可を取らねばならなかったが、法人化されたために幸いにもその制約はなくなった。といっても、今でもこの渡航は出張扱いできない。大学を通じて聞かされた外務省の説明は「国交のない国を研究する必要はない」とのことであった。戦前戦中、アメリカは日本情報の取得に一生懸命であったが、わが国外務省にはそうした考えはない。が、このベールに包まれた国家の実態に迫ろうと夏休みの8月19-23日に休暇をとって渡航。驚くべき多くの情報を得た。この概括的な報告は別の機会にするとして、ここでは知りえた諸物価のデータについての分析を行いたい。

 ところで、日本人の北朝鮮訪問には必ずガイドがつくが、我々の場合にもそれがついて一般住民が売買をしている価格を知ることができなくなっているように思われる。知人で訪問したことのある複数の人に尋ねても、すべてが外貨のままで購入できることなどにより市民の購入価格は分からないと言われる。これは彼らが物価をよく知りたいと思って入国したわけでないのが原因である可能性もあるが、少なくとも今回の私の渡航についてはそうであった。ガイドが市場で今買ってきたバナナについてその価格を聞いても「忘れた」と言われ、自分のお金でアイスクリームを路上で買おうとすると阻止され、自由市場では値段を聞く余裕をもらえなかった。が、それでも同行した日本人に助けてもらったり、両替した北朝鮮ウォンを使って自由市場ですばやく買ったりしていくつかの価格は知ることができた。極めて限られた情報であるが、最新の価格情報が日本に紹介されていない下では十分参考になると思う。

 なお、北朝鮮の価格情報について私の知る限り系統的に紹介をしているのは新潟にある環日本海経済研究所だけである。そして、幸いなことに、この「ERINA情報」の第303号(2003年10月)、第402号(2004年9月)、および『ERINA REPORT』vol.67, 2006年1月では、それぞれ03年9月の羅津自由市場の取引き価格と最高価格、04年8月の平壌統一通りの自由市場の取引き価格と最高価格、05年8月の平壌統一通りの自由市場の取引き価格と最高限度価格を商品毎に示してくれている。カテゴリーとしては同じ商品でも品質や大きさが異なる場合があるのでこれらと時系列比較するのは難しいが、それでも以下に示すように、この二年の間、インフレが続いているという結果を導くことはできる。その推計手続きを含めて紹介したい。

 

今回調査の価格一覧

 そこで、まず示すのが、環日本海経済研究所の03年と04年のデータと比較した今回調査の価格をまとめた第1表である。昨年における農作物の豊作による農産物配給の大幅増が自由市場(正確には「地域市場」と現在は名づけられている)での農産物取引きを基本的に解消している(ことになっている)ため、今回調査で農産物はなく、よってこの表には出てこない。また、03年、04年における「最高価格」とは、政府が設定している上限価格のことで今回も存在したが、記録の余裕がなく分からなかった。また、取引き価格として示してあるものも価格交渉をしてのものではない。価格交渉をすれば、3/4くらいには値切れるということは理解しておいていただきたい。

その上で、第1表を見ていただくと、環日本海経済研究所調査が農産物中心であったために比較可能な商品が限られているが、それでもその当時よりも相当価格が高くなっていることが想像される。今回調査では、「06年統一市場」と記した欄はバスや地下鉄の料金を除いて基本的に平壌統一通りの自由市場の価格を示しているが、唐揚げ菓子からアイスクリームまでは路上のキヨスクで売られていた価格である(アイスクリームについては開城の旅館前のものも含む)。また、基本的に市民が利用するものであるとの認識で同じ欄に記した。

1表 03,04年の環日本海経済研究所調査と比較した今回調査の諸物価

 

 

 

06年各種外貨店(円換算)

左のウォン換算

06年統一市場・路上キオスク

04年平壌統一市場

03年羅津自由市場

03年羅津最高価格

 

今回調査の数字

ERINA調査の数字

クッキー一袋

 

 

2300

 

 

 

歯ブラシ(国産)

 

 

 

 

 

40

歯ブラシ(中国製)

 

 

600

 

 

 

歯磨き粉(国産)

 

 

 

 

 

45

歯磨き粉(中国製)

 

 

4500

 

 

 

男性靴下(外国製)

 

 

1500

 

 

150

子供向きor女性靴下

 

 

2500

 

 

 

石鹸(高級)

 

 

1000

 

 

 

石鹸(国産)

 

 

500

 

120

50

唐揚菓子

 

 

100

 

 

 

蜂蜜菓子

 

 

100

 

 

 

菓子パン

 

 

100

 

 

 

油のお菓子

 

 

100

 

 

 

豆腐

 

 

90

 

 

 

食パン

 

 

2000

 

 

 

パン(種類不明)

 

 

1300

 

30

 

カステラ

 

 

2500

 

 

 

 

 

400

 

 

 

キムチ

 

 

600

 

 

 

アヒル肉の燻製

 

 

9000

 

 

 

ヨーグルト

 

 

500

 

 

 

アイスバー(開城)

 

 

50

50-80

 

 

アイスクリーム(平壌・開城)

 

 

250-300

 

 

 

地下鉄

 

 

15

 

 

 

バス

 

 

10

 

 

 

タバコ(国産最高級)

45-80yen

1000-2000

 

 

 

 

国産ビール

100yen

2500

 

 

 

 

POCAコーヒー

75-150yen

1900-3750

 

 

500

 

50yen

1250

 

 

 

 

タバコ(国産最高級)

80yen

2000

 

 

 

 

真鍮の箸・スプーン

300yen

7500

 

 

 

 

ロッテトッポチョコ

150yen

3750

 

 

 

 

チョコ菓子

 

 

 

50

 

 

歯ブラシ(外国製)

150yen

3750

600

 

 

 

歯磨き粉(外国製)

600yen

15000

 

 

 

 

石鹸(外国製)

150-300yen

3750-7500

 

 

 

 

  他方、左端の2欄は外国人が購入する際の価格を示していて、それらは基本的にユーロで価格が示されており、おおよそ1ユーロ=150換算で日本円でも買うことができる。ここでは単位の統一のため円表示し、さらにそれを実勢為替レート(1ドル=2900ウォン)で換算したものである。表出したもののうち、最後の歯ブラシ(外国製)、歯磨き粉(外国製)、石鹸(外国製)は私が宿泊した外国人専用ホテルの販売コーナーのもの、また真鋳の朝鮮式箸・スプーンのセットとロッテトッポチョコは開城への途中にあった外国人用販売所での価格、そしてさらにここでのPOCA缶コーヒー、ペットポトルの水、「金剛山」ブランドの国産最高級タバコはそれぞれ、100円、50円、80円であった。この3商品の他の表出価格と国産ビールの価格は、基本的に主体思想塔内の休憩室でのものである。この「外貨商品」のうち、ホテルの販売コーナーのものは日本での価格をも超えるように思われるが、それ以外の缶コーヒー、水などは基本的に国際価格となっている。ビールとタバコが安くなっているのは、ともに国内製品であることと、酒税やタバコ税がないことによるものと思われる。また、ロッテのトッポチョコレートについては、帰国後に調べたところまったく同じ150円であった。が、公務員賃金が3000ウォンしかないといわれる北朝鮮の一般住民にとってはとても手の届く商品でないことは間違いない。

 

環日本海経済研究所調査から見られる05年までの物価動向

 ただし、以上のように現在インフレが進行しているとは言っても、実はそれがいつ頃からのものなのかを第1表から想像することはできない。なぜなら、04年データのうち、直接に今回調査と比較できるのはアイスクリームのみであり、これも「アイスバー」との区別が曖昧で品質に差がある可能性が大きいからである。また、03年データは羅津でのものであるため、第1表の03年データとの差が地域差なのか年度差なのかを特定できない。そのため、まずは環日本海経済研究所の03年、04年および05年のデータを比較分析し、この三年間における状況の変化を理解しておきたい。そして、そのために作成したのが次の第2表である。ここでも農産物は対象からはずしたが、この調査データのうち、品目が二箇所でも重なっているものはすべて表出した。逆に言うと、そうまでしてもこれだけのデータしか取れないほど実態はベールに包まれている。

2表 03-05年環日本海経済研究所調査から推測される諸物価の動向

 

 

単位

05年平壌統一市場

04年平壌統一市場

04年平壌最高価格

03年羅津自由市場

03年羅津最高価格

化学調味料

ポンド

1400

450

850

 

 

単三乾電池

100

60-70

 

 

 

大同江ラーメン

 

500

 

 

 

中国製ラーメン

 

 

120

 

 

ポンハクビール

950

550

 

 

 

大同江ビール

850-950

660

 

 

 

運動靴

 

 

130

600-900

400-900

学習帳

 

 

15-35

50

 

人民学習帳

 

 

 

 

10

パンツ(男性用)

 

 

600

 

70-200

タオル

 

 

180

 

400

マッチ

 

 

15

 

 

電球

50

 

130

 

110

石鹸(国産)

 

 

 

120

50

 が、それでも、この表をよくよく観察することによって、以下のような3つの特徴を抽出することができる。

 その第一の点は、羅津、平壌ともに最高限度価格と市場価格の差がそれほどないことである。04年の平壌の化学調味料の実際の価格が表中の450ウォンよりさらに安いとしても最高価格と市場価格との最大格差は2倍強とみて差し支えないだろう。つまり、この差はあまり気にしなくてよい。03年の羅津の国産石鹸の格差は逆になっているが、それはその商品のブランドや品質の差によるものではないかと思われる。

 また第二に、03年羅津と04年平壌の差については、あるものは前者が高く、またあるものは後者が高くなっている。羅津の方が安くなっているのは中国からの安価な製品の流入によるものかも知れない。中国製品の流入は日本におけると同様、物価水準を下げたとの話もある。しかし、ともかく、03年羅津と04年平壌の差が地域差なのか年度差なのかが分からないとしても、両者が大局的には同水準(オーダーが変わらないという意味で)と見てよさそうである。

 さらに第三に、こうして03年と04年の数字が大局的に言って同水準であるにしても、それらと05年データとの間には明確な差を確認できることである。表中では電球のみが価格低下している(中国製品の流入か)が、それを除いてすべてが高くなっている。約2倍になっていると総括してもそう間違いはないのではないだろうか。

 

その上で今回調査の価格を振り返る

 前述のように05年の環日本海経済研究所データと我々の今回調査とは共通品目を持たないものの、こうした分析が正しければ、農産物を除く諸物価は03-04年の間はそれなりに安定していたものの(あるいは相対価格の変動で済んでいたものの)、04-05年の間には約二倍に上昇したことになる。そして、さらに、この認識を前提とすれば、第1表における04年平壌、03年羅津(市場価格および最高価格)のデータは一括して比較の対象とすることができ、その結果、やはり06年の価格は03-04年のそれより大幅に上昇したものとなっており、その上昇率は04-05年の期間よりずっと大きくなっているものと想像される。つまり、北朝鮮は現在インフレ状態にあることになる。以前は調べ易かったに思われる価格をなかなか調べさせてもらえなくなったのには、こうした事情があるのかも知れない。自由市場の撮影も実は二年前には可能であったものが(知人が実際に撮影)、今回はそれも禁止されてしまっていた。

 ただ、この価格上昇についても、実はそれを単純に悪いことばかりと言えない事情も知っておいたほうがよさそうである。というのは、前述のように基本的には無料の食糧配給が大幅に増加しているため((『日本経済新聞』05年9月29日付けによると昨年当初250g/日であった一人当りの穀物配給量が500-700g/日程度にひきあげられている)、人々の購買力は他の諸財により集中するようになり、その結果としての工業品価格の上昇である可能性もあることである。たとえば、今、北朝鮮市民の市場での購買の8割が従来食糧によって占められていたと仮定しよう。その場合、所得水準は変わらず、かつ配給が無料であるとすると自由市場の工業製品の価額レベルの需要は5倍になるからそれらの価格も平均して5倍となる。これは想像上のことにすぎないが、北朝鮮の昨年における大幅な食糧増産が(今年の水害の影響もそう大きくはないとの推計もある)国民全体の物財としての消費総量を引き上げていることは間違いない。インフレの動向だけで実質消費の減少を推測することはできない。

 この理解については実はもうひとつの傍証もある。というのは、実勢の為替レートがこの二年間それほど変化していないからである。上述04年のデータを示した環日本海経済研究所の「ERINA情報」第402号では、1ドル=2300ウォンとされていたものが、今回は、1ドル=2700ウォンとなっていたが、この変動率は二年間のものとしてはかなり小さい。もし上に見たような価格上昇が全般的なものであれば、これは為替取引き業者がウォンを過大評価していることになるが、こういう事態は考えがたい。北朝鮮経済の対外貿易依存度は拡大中であり(GDPは1990年水準を回復できていないが貿易額はすでに回復)、実際に取引きされている為替レートは実勢を反映しているものと思われる。そして、この点では、2002年7月の「経済管理改善措置」以降、1ドル=350ウォンであったとされるので(これは坂田幹夫「転換を模索する北朝鮮の『新経済措置』」『世界経済評論』2003年1月号より)、貿易業者(為替取引き業者)から見たとき、本当のインフレ(貨幣価値の減価)は04年までの間に生じたことになる。

 

想像される相当規模の所得格差の拡大

 さらに、もうひとつ、この為替レートが実勢を反映していると思えるのは、たとえば第1表の06年自由市場価格の欄におけるクッキーが2300ウォンであるから約100円、中国製歯ブラシが600ウォンであるから約30円となって計算が合うからである。が、これは逆に言うと、公務員賃金が月3000ウォン=150円程度と言われる低所得の北朝鮮市民もまた国際価格で諸財を購入しなければならないことを意味しており、これは大変な生活苦でなければならないことになる。が、さらにもう一度このことを逆に表現すると、公称3000ウォンと言われる人々の所得も実はそうした規定の所得以外に相当の副収入があると見られることである。私が見た統一通りの自由市場は人にあふれ、多い時には一日10万人が訪れるという。そして、これが市内だけでも26箇所とか40箇所とかあると言われたりしており、そこで売られているクッキーは公称の公務員賃金の8割を占める価格となっている。これはどう見てもおかしな現象であり、副収入が相当の規模に広がっていなければならない。私は2004-5年の年末年始にキューバの調査をしたことがあるが、ここでも同様に副収入をどう得るかを競っていた。規定の賃金の数倍は通常、外国人相手の仕事などをしながら得ているというのが実情であった。

 したがって、実のところ、北朝鮮が「平等社会」であるかどうかはその副収入のあるなしに完全に依存する。名目の賃金水準が問題ではなく、副収入のある者とない者との格差が問題なのであって、それがどれ程のものかを推定することは非常に難しい。平壌市内には、日本からの帰国者(その多くは事業家であるらしい)が集住する地区があって、その地区の外貨ショップを一瞬見せてもらったが、そこには日本製など外国製の高級家電製品や家具などがずらりと並び、それは国際価格よりさらに少し高めの価格となっていた。つまり、これを買える階層が一方にあれば、他方には生活に困る階層もある。ついでに言うと、私の宿泊したホテルの販売コーナーにわざわざ高額商品を買いに来ているご婦人もいた。「建て前」を超えて市場経済化を突き進んでいる様子を垣間見ることができる。