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京大上海センターニュースレター
152号 2007315
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

      中国・上海ニュース 3.5-3.11

○労働契約法改正へ−「中国は世界の工場」への晩鐘−

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中国・上海ニュース 3.5−3.11

ヘッドライン

■ 中国:2010年までに37新空港を西部に建設

■ 中国:労働教養制度廃止の動き

■ 中国:外貨投資会社設立へ

■ 中国人民銀行:1400億元の1年物、600億元の3年物手形発行

■ 中国:中期宇宙計画発表、2012年の月探査などを目標

■ 中国:海外の機関と個人、国土測量と製図は不可

■ 鉄道:北京-上海高速鉄道、年内着工、8割は高架を利用

■ 鉄道:ラサシガツェ(日喀則)支線建設に110億元投資

■ 上海:溶剤工場塩素漏れ、59人中毒

■ 河北:首都鋼鉄新工場、曹妃甸で建設開始

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労働契約法改正へ

−「中国は世界の工場」への晩鐘−

小島衣料社長  小島正憲

現在、中国政府内において、労働契約法の改正の準備が着々と進められている。それは2006年3月に第1次草案が公布され、一般意見を聴取したのち改善を加えられ、12月に第2次草案が再公布された。これに基づき、さらに審議が加えられた後、全人代で決定、実施という方向になる。このように労働契約法の改正は政府内でも重要案件との認識が強く、きわめて慎重に検討されている。しかしその内容は基本的に労働者側に有利な改正ばかりであり、当然のことながら、経営者側からの反対論も強く提出されていると予測される。それでもこの改正案は実施の運びとなるであろう。なぜならば一般社会の現場は、すでに大きくその方向に動いており、今回の法律改正はそれを追認するような形となっているからである。

現行法においても労務紛争訴訟の場合、すでにその80%は労働者の勝訴で終わっている。さらに裁判にはいたらず、紛争が地域の労働局や公安、あるいは当該政府機関に持ち込まれた場合、関係当局はまず経営者側を抑える方に回る。とにかく経営者側に、労働者側の要求を飲むように圧力をかける。労働者側によほどの暴力行為がないかぎり、当局の役人たちはその紛争に直接介入しない。ストライキや工場占拠などが行われていても、労働者側を実力で排除するような暴挙は行わない。とにかくまず経営者側を妥協させようとする。どうも中央政府からそのような内示が出ているようである。大騒動になってしまうと、当該政府役人の出世に影響するからか、多くの地域でこのような対処方法が一般的現象になってきている。

それに加えて、中国全土で人手不足が進行しているので、経営者側はかなり苦境に立たされている。最もその現象がひどい広東省では、旧正月明けの求人倍率が1.75となり、初任給が1000元を超えたという。

人手不足は、今や華中でも一般的な現象となっており、工場労働者のみならず、販売員や飲食店の接客員などまで不足している。この現状に、めざとい工業開発区では、求人担当を田舎に派遣し人材を確保しておき、豊富な人手を企業誘致の目玉にしているほどである。このような事態の中では、経営者は利益を度外視して、労働者募集のため労働条件を改善せざるを得ないし、労働者側は大手を振って大幅賃金アップなどを要求し、実力行使も辞さない。まさに経営者側は完全に劣勢に立たされたといって過言ではないだろう。

過去の中国においては、低賃金労働者が大量に存在し、労働法も経営者側に有利であった。だから外資も安心して進出し、操業ができた。その結果、中国は短期間で、世界の工場と呼ばれるまでに急成長した。無尽蔵の低賃金労働者と経営者側に有利な労働法が中国急成長の原動力であったのである。ところがこの二つの条件がともに失われた現在の中国では、外資はかなり苦戦を余儀なくされ、やがては撤退せざるを得なくなるであろう。

韓国の労働法の厳しさと労働組合の強さは、世界的に有名である。もともと韓国は外資の進出にきわめて閉鎖的であったが、進出していた外資も、盧泰愚政権時代から急速に過激となった労働争議を嫌って、韓国を脱出した。最近にいたっても、激しい労働争議にたまりかねた現代自動車が中国に逃げ出すような始末である。盧泰愚政権以後の韓国は、その工業基盤が脆弱化し、漢江の奇跡と呼ばれた経済急成長が頓挫してしまった。中国は韓国に見習って、労働法を経営者側に不利に改正して、韓国の轍を踏むつもりなのだろうか。それとも政府が合法的に外資を追い出し、その跡地を民営工場に明け渡そうとする作戦なのだろうか。仮にそうであったとしても、民営工場も改正労働法の縛りを受けるわけだから、結局は世界の工場としての中国の最大の強みはなくなる。

しかしながら、労働者の賃金が急上昇すれば、個人消費が大幅に上昇する。その結果、中国は世界の市場としての強みを発揮するようになる。また労働者が権利意識に目覚めれば、人権が重視される社会も実現可能となり、この面での国際社会からの批判は当たらなくなる。中国政府にとっては、北京五輪や上海万博を控えてこれも大事な改革である。中国政府は、この機に名実ともに先進国に仲間入りしようと考えているからである。その意味では、労働契約法の改正は中国政府の2010年までの妥協の産物なのかもしれない。またこれが資本主義社会へ完全に脱皮するための必然的流れなのかもしれない。

いずれにせよ「中国は世界の工場」という太陽は、労働契約法の改正という晩鐘とともに沈む。