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京大上海センターニュースレター
163号 2007530
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

○上海センターシンポジウム「内陸部に拡がる中国の経済発展」のご案内

      中国・上海ニュース 5.21-5.27

○経済発展が可能にする各種規制政策の解消

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上海センターシンポジウム「内陸部に拡がる中国の経済発展

のご案内

 中国の経済成長が内陸部に向かって広がっています。2003-5年の三年間、もっとも成長率の高かった省(自治区・直轄市)は内モンゴル自治区で、たとえば2005年の場合、23.8%の成長を実現しています。この流れは、沿海部の労働力不足と賃金上昇、電力や土地不足などによる企業立地のシフト、それに西部大開発のような大規模な開発政策の推進によって加速されています。今回のシンポジウムでは、この傾向を@内陸部開発への日本企業による貢献、A政府開発援助による日本の貢献、B西部開発の現状と課題、C省別成長率の分析のそれぞれの角度から解明する予定です。

開催日時 200772()2:00-5:30 時計台記念館2F国際交流ホール

主催 京都大学経済学研究科上海センター

共催 京都大学上海センター協力会   後援 環日本海アカデミック・フォーラム(予定)

あいさつ 森棟公夫 京都大学経済学研究科長

コーディネーター 山本裕美 上海センター長

報告者 1)藤井重樹 積水(青島)塑膠総経理 「積水化学の中国事業と内陸部開発」

2)宮崎 卓 京都大学准教授 「内陸部開発への日本の経済協力について」

3)朱 正威 西安交通大学西部開発中心教授 「中国西部大開発の進展と今後の課題」

4)大西 広 京都大学教授 「沿海部から内陸部に向かう高成長地域」

シンポジウムに先立ち、13:00-13:45の間(前号ではこの時刻を書き間違っていました。申し訳ございません)経済学部2F大会議室におきまして、上海センター協力会総会を開催、またシンポジウムの後には同会議室で懇親会を開催します。懇親会は協力会のご支援で無料で開催しますので、非会員の皆様も是非ご参加ください。

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中国・上海ニュース 5.21−5.27

ヘッドライン

■ 中国:証券取引印紙税、0.1%から0.3%に引き上げ

■ 中国:人民元5−10%上昇で、350万人失業か

■ 中国:1−4月宿泊・飲食業小売が17.6%増、伸び拡大

■ 中国:日本向け農産品輸出が増加傾向

■ 日本:中国公務員の日本留学に5.85億円を無償援助

■ 中国:06年中国への留学者数16万人以上に

■ 中国:都市人口は5.7億人に 

■ 中国:海外からの印刷物持込に数量制限 

■ エネルギー:新彊、四川で大型天然ガス田を発見

■ 北京:水道水、五輪までに飲める水に

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経済発展が可能にする各種規制政策の解消

京都大学教授 大西広

 324-29日の間、協力会の大森副会長などと香港・広東省地域の企業調査に入った。センターに協力いただいている諸企業へのサービスの一環としての「対中進出企業報告書」でその詳細は報告するが、ここではその調査の周辺的な発見として、ひとつ気づいたことを述べておきたい。それは、急速に進む中国の経済発展が、中国における各種の規制政策の解消を可能とするということである。以下では、この問題をみっつの点から述べてみたい。

 

戸籍政策について

 その第一は、戸籍政策についてであるが、現地企業からこの廃止を求める強い要望をお聞きし、その廃止も目前ではないかと感じた。この戸籍政策は、無制限な人口の都市への流入で都市にスラムが出来、そのことで都市の財政負担が急増することを阻止するために維持されてきた。都市・農村間の格差が大きくとも、マニラのスモーキー・マウンテンのようなものが無いのはこのおかげである。が、もちろん、これは都市に行きたい農民たちの行動への制限としてあるのだから、農民たちにとっては評判が悪かった。私は1998年の夏、重慶で重い荷物を運ぶ農民工がその条件の悪さに苦情を言ったとき、「それじゃ、君の戸籍はどこだね」と脅かされているのを見たことがある。地区政府間の協定による労働力移動でない場合、以前にはこうしたハンデも彼らは負わされていた。戸籍政策が彼らの労働条件の引き下げをもたらしていたことが分かる。

 が、今回のこの不満は沿海部企業からのものであり、その本質において変化を強く感じさせる。広東省ではとりわけ、現在は「労働力不足」の状態に突入しており、我々が調査したある2000人規模の日系企業でも、今年は春節後工場に帰ってこない女工が55人も出てびっくりしたということであった。この企業の話によると、田舎でも働き口が増えつつあり、また戸籍のある地では社会保障も受けられるので田舎にとどまるメリットが大きくなってきているということである。これでは、こちらの賃金をどんどん上げねばならなくなる。これはかなわんので戸籍制度をなくして欲しいということであった。経済発展によって労働力不足が生じるまでになると、人口移動の制限政策は無用のものになる。「転換点」を超えた中国経済の発展の帰結としてこの変化を歓迎したい。

 なお、その後の情報によるとこの企業調査から帰ってきた329日に北京では中国公安省が全国治安管理会議を開催、そこで現在の戸籍制度を段階的に廃止する方向を打ち出している。すでに河北、遼寧、山東、重慶といった12の省市では農業と非農業に分かれた戸籍を統一させる動きを本格化している。これが全国化する背景に「土台」たる経済の質的転換があることを確認したい。

 

香港の特別扱いについて

 また第二に、今回の企業調査では香港を特別扱いする「来料加工」という特殊な制度もそろそろ賞味期限切れが近づいているように感じた。この「来料加工」とは、香港に登記された会社(といってもその大部分はペーパーカンパニー)が実質的に深圳などで工場を動かしても、それを「香港地区内の工場」とみなして、香港との設備・原材料の搬入、製品の搬出に増値税・関税をかけないという制度で、我々はその二種類のシステムを見学できた。そのひとつは、100%日本資本で設立された香港法人深圳テクノセンター(日技城)で、これに参加する日本企業が香港においたペーパー・カンパニーからこのテクノセンターに形式上製造委託を行なうというものである。が、実態はすべて深圳地域でことが動いている。形式は香港企業が香港企業に生産委託をしていることになっているが、実態としては深圳に投資した「テクノセンター」にこれら企業が参加=投資しているにすぎない。しかし、彼らはすべて香港企業として扱われることによって持ち込まれた設備・原材料には関税がかからず、また製品を全量輸出することによって増値税も免除されている。

 見学したもうひとつの例は、大阪に本社のある中堅企業で、これは実際に中国国内に会社を成立し、それと香港に設立したペーパーカンパニーとの取引きと言う形をとっているものである。中国国内に法人を設立しているので、上のテクノセンターよりは実態を反映したシステムとなっているが、それでも中国国内の法人が持つ設備は香港のペーパーカンパニーから借りたものということになっていて、中国法人の資本金は抑えられ、よってこの設備の関税を払わずに済ましている。日本などから持ってくる原材料もいうまでもなく無税である。ここまでして税金を払いたくないのか、と感心したが、それが広東省の考え方であるということである。

 が、以上のような特殊なシステムも、それを形成した本来の理由をふり返ると、その継続が政府にとってとくに必要ないものになりつつあるように思われる。なぜなら、このシステムが導入された本来の趣旨は、@「大陸」における安い労働力を武器に香港企業の工場を誘引する、A誘引された工場の製品が高い品質を武器に中国市場に入らないようにする、B同じことであるが、輸出を促進して外貨を稼ぐ、というものであったが、@労働力不足と賃金上昇が生じて来ている、A中国の国内企業の技術レベルも上昇し外国企業の進出にバリヤーを張る必要性が低下してきている、B対中進出企業の目的は中国国内での販売にシフトして来ている、からである。この評価は少々先走っているかも知れないが、少なくともこの傾向にあることだけは事実であろう。労働集約的な企業進出を歓迎しない方向への外資選別政策もそのことを傍証している。

なお、この政策の廃止は香港の地位をさらに下げるので、ここには中国政府の政策的政治的な配慮がありうるだろう。今年1月には、香港ドルのレートが人民元レートを下回るという歴史的な転換点を迎え、これによってお店が香港ドルでの支払いを拒否するような例も生じているという。香港にもまた責任を持たねばならない中国政府にとって、この状況への配慮は不可欠である。が、これはこれで香港の将来が中国政府の手のひらに乗っていることを示している。やはり将来的には「他国」扱いされ続けなければならない存在であり続けることはできないだろう。

 

外資優遇政策について

 このように考えてくると、そもそもの外資優遇政策自体もその必要性が中国政府にとって解消しつつあることが分かる。もちろん、個別の開発区、地方政府にとっては外国からの投資が直接的な利益になることに間違いはなく、我々が訪問した広東省仏山市の李子甫副市長もハイテク企業は優遇し続けると答えてくれた。が、副市長は同時にWTOが求めた外資の内国民待遇化(特別扱いしないこと)も厳格に守ると述べている。そして、実際、その方向に全中国が動いているのである。

 このことはハイテク企業と労働集約型企業の選別がルール化されるという意味でもよいことであるように思われる。なぜなら、こうした選別はすでに各地でなされつつあるが、「外資」一般が優遇される今まででは、同じ外資なのに一方が優遇され、他方が優遇されない理由を制度として説明できなかった。個々の地方政府の裁量として行なわれていたからである。が、WTO公約としての外資の特別扱いの解消は、外資/内資の区別を解消することによって、選別は業種によってなされるのだということを明確にする。選別が個別的な裁量によってではなく、ルールとしてなされるようになろうからである。

 いずれにしても、従来の各種の規制政策が中国の未発展に起因するものであったとすれば、その中国の発展はそうした各種の規制政策を不要にし、よってより透明度の高い経済を実現することになる。生産力の発展はそれに見合う新しい社会制度を実現する。