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京大上海センターニュースレター
169号 2007712
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

○国際コンファレンス「東アジア経済のガバナンス問題」のご案内

      中国・上海ニュース 7.2-7.8

○「野蛮」が実現した日本の工業化

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国際コンファレンス「東アジア経済のガバナンス問題」のご案内

前号でもお知らせしましたように、京都大学21世紀COE経済学プログラムは、上海センターと共催で、「東アジア経済のガバナンス問題」をテーマとした国際コンファレンスを9月18−19日に開催します。会場は、京都大学百周年時計台記念館の2階国際交流ホールです。

 コンファレンスの目的は、従来以上に緊密な相互依存関係をもつようになった東アジア諸国民のかかえる経済問題を「ガバナンス」の視角から検討することです。この目的で、地域空間経済学、国際通貨・金融、コーポレート・ガバナンス、地域・公共政策、環境保全などのさまざまな領域での研究の発展を統合するとともに、制度と組織の経済分析の成果を生かす必要があります。

コンファレンスにはこの地域の指導的研究者を招くとともに、提携関係にある大学に積極的な参加をよびかけています。また、経済学研究科と提携関係にある東アジア4大学からは、若手研究者も参加して、京都大学の若手研究者とともに、引き続く9月20−21日に開催されるヤング・スカラーズ・ワークショップで研究報告するとともに交流を拡大します。なお、使用言語はコンファレンス、ワークショップともに英語です。詳細は前号「ニュースレター」ないし、経済学研究科COE支援室(tel. 075-753-3452: coe-jimu@econ.kyoto-u.ac.jp)にお願いします。

(組織委員:八木紀一郎)

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中国・上海ニュース 7.2−7.8

ヘッドライン

■ 中国:淮河流域などで豪雨で3582万人被災

■ 中国:1−6月期の貿易黒字が過去最高

■ 中国:上半期の炭鉱事故死亡者は約1800人

■ 中国:1−6月原油輸入量、11%増の8154万トン

■ 国際:スイス、中国の市場経済地位を認める

■ 中国:1−6月鋼材輸出、98%増の3379万トン 

■ 自動車:1−6月自動車販売台数、23%増の437万台

■ 内蒙古:カシミヤ生産量、世界の4割に

■ 上海:上半期の外国人入国者は日本人が最多 

■ 北京:欧州旅行、高くても人気 

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「野蛮」が実現した日本の工業化

京都大学教授 大西 広

 東アジアにおいて当初は日本以外で工業化ができなかったことの原因として、東アジア史学では中国・朝鮮で日本やヨーロッパのような領主制ないし封建制が成立しなかったこと、代わって専制政治が支配的となったことが従来議論されてきた。足立啓二の理解(中村哲編『東アジア専制国家と社会・経済』青木書店,1993年所収論文)を借りれば、この概要は次のようになる。

すなわち、日本においては公的能力の国家的集中が不徹底であったために遅れて始まった小経営の形成が共同団体を生み、共同団体の規範能力を私物化する領主制が生み出されて封建社会へ発展していく。また、そうした領主と共同団体を末端の組織に組み込んで高い社会組織能力を持つ集中化した封建制=絶対主義が成立したが、中国(や朝鮮)では家族や共同体や同業者組合が弱体かもしくは存在せず、よってこれらが必要とする諸業務を中央政府が収奪・集中して専制国家が成立する。が、特に中国のような大きな国家で中央政府が権限を収奪・集中しても、それは公権力が末端まで支配し尽くすようなこと(=「領主と共同団体を末端の組織に組み込んで高い社会組織能力を持つ集中化した封建制=絶対主義」)にはならず、よって経済活動、資本蓄積に重大な支障がきたされることになる。たとえば、同業組合によって保証された取引業者が存在しないために取引きのリスクが高くなる。あるいは、同じ原因によって諸業者は「てっとりばやく儲かる」分野に常に業種移動し、それがそれぞれの業種内部の組織や機構の整備を遅らせる。あるいは取引きの投機化が生じる。そして、その結果として販売価格を「原価の三倍」とさせるような取引コストの上昇が生じ、その後の資本主義的発展を阻害したとなっているのである。現在にも引き継がれる中国商人の行動の投機性、業界組織の弱体性あるいは起業と廃業の速さを見ると、こうした歴史的規定性の大きさを無視することはできないだろう。興味深い。

が、この歴史観が興味深いのにはそれ以外の理由もある。というのは、ヨーロッパに代表される歴史発展のルートが「正常」であって、それとの距離のある発展パターンは「不正常」とされるという問題である。これは、従来、講座派や大塚史学が「なぜ日本は資本主義発展の典型たるイギリスのように発展できなかったのか」を解明せんとしたのに対し、ここではその「イギリス」が「ヨーロッパ」に置き換えられ、よって問題が「なぜ日本はヨーロッパのように発展できたのか」となっていることである。講座派や大塚史学が問題とした先進資本主義諸国内の「型」の差への関心が捨てられ、それらが同じ「先進資本主義国」であるという点に関心が移っている。今やイギリスが先進でドイツが後進であるなどといった問題は重要ではなく、それらがともに先進資本主義国であるということが関心となっている。そして、その文脈で、東アジアにおける先進資本主義としての日本と後進資本主義としての中国(ないし朝鮮半島)との違いが問題とされ、その相違の発生が開国以前にまで遡られているということになる。問題関心のシフトがその背景にあるのである。

しかし、もしそうだとすると、こうした問題関心は中国の猛烈な経済発展によってさらにシフトする可能性もあることになる。すなわち、「なぜ日中韓など東アジア諸国は成功し、なぜ他の非欧米諸国は成功できなかったか」と。そして、その際、場合によれば、日本の停滞と中国の発展が対比をされ、「なぜ中国は成長し続け、日本はそれができないのか」といった関心にまで発展する可能性もある。労使関係のあり方など、中国は日本によりアメリカに近い。それがより進んだシステムとして認識されるということはすでに始まっているからである。

したがって、もしここまで問題意識が移ろい行くのであれば、いっそ「なぜ問題関心は移ろい行くのか」、あるいはその問題関心の変化の背後にある「先進」自体がなぜ変動するのかまで我々の関心を拡張すべきように思われる。イギリスのみが「先進」だった時代、ドイツや日本もが「先進」と認識される時代を経て、中国こそが「先進」だと認識される時代に変動が繰り返されるのであれば、これはもう「後進」がなぜに次代に「先進」となるのか(なぜ資本主義は不均等発展するのか)が問われなければならないだろう。経済の離陸にとってある条件の成熟=ある程度の「先進性」が必要であることは言うまでもないが、それと同時にある種の「後進性」が決定的な役割を果たしているように思われるからである。

この問題は様々な事例をもって語ることができるが、たとえば冒頭で言及の足立論文を所収する中村哲編著の別の論文=李憲昶論文で見ると次のようになる。この論文では、開国以前の中国・朝鮮での農民経済の発展が局地的な市場圏を拡大してもそれが都市の発展に結びつかず、逆に「遠隔地交易」を三都と城下町間で推進した日本の方が「五公五民」ないし「四公六民」による農民搾取の高さ(中村哲編『近代東アジア経済の史的構造』日本評論社、2007年序論では19世紀の農民の貢租率は中国2.6%,朝鮮3.7%に対し、日本は21%とされている)による都市商工業の発展=資本蓄積を実現できたとしている。これは農業生産の発展が農民的蓄積と局地的市場圏発展の方向に向かった「下からの道」が、「遠隔地交易」による特別剰余や権力的蓄積=「上からの道」に劣ることを示唆していて大変興味深い。後進諸国が受けたような「外圧」がなく、ゆっくりと発展することのできた当時のイギリスのような条件がない場合、商工業の急速な発展には特別剰余や権力的蓄積が不可欠であり、実はこれはマルクス『資本論』の原始的蓄積章が強調した事柄であった。「遠隔地交易」を後進性の特徴ということはできないが、「五公五民」のような「野蛮」な搾取率は一種の「後進性」と言えなくもない。未曾有の工業化を成功させた明治政府も毛沢東期の中国も実はすべてが「野蛮」=「後進性」の典型たるものであった。資本主義的な経済発展は牧歌的な社会で牧歌的に実現されるものではない。イギリス自体でも実は牧歌的ではなかったのであるが、ともかく何が「正常」で何が「不正常」か、そのイメージも逆転されるべきだと私は考えている。