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京大上海センターニュースレター
201号 2008221
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

      中国・上海ニュース 2.11-2.17

○激変する中国工場の経営環境

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中国・上海ニュース 2.11−2.17

ヘッドライン

■ 中国:自動車部品輸入関税で初のWTO紛争敗訴

■ 中国:1月のCPI上昇率が7.1%

■ 中国:1月対外貿易額、前年比27%増の1998億ドル

■ 中国:春節連休中、銀聯カード、海外での利用金額16億元に 

■ 中国:今冬、21年ぶりの冷え込み

■ 物流:07年長江本流貨物量、世界一をキープ

■ 重慶:巫山で埋蔵量は1億トン以上の大型鉄鉱石鉱床を発見

■ 広州:07年GDP前年比14.5%増、1人当たり9302ドル

■ 福建:海上の島に原発建設を開始

■ 浙江:温州、台州両市で深刻な電力不足

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激変する中国工場の経営環境

21.JAN.08

株式会社小島衣料代表取締役社長  小島正憲

旧正月の休暇を前にして、中国の中小零細工場では奇妙な現象が起きている。例年、この時期になると、経営者は従業員が勝手にどんどん帰省してしまうので、その対策に頭を悩ましてきた。旧正月休みまでには、実際まだ2週間ほどあるのだが、気の早い従業員は帰省ラッシュで交通機関がなくなってしまうことを恐れて早めに無断で帰ってしまうからである。経営者は代替要員の確保が難しく、工場の稼動ができなくなるので、あの手この手で彼らの帰省をできるだけ延期させようとしてきた。ところが今年は、すんなり従業員の帰省を黙認し、早く返してしまう経営者が多いという。

これは今年から施行された労働契約法の影響が大きい。労働局はすべての公司に、1月末までに全従業員との間で新労働契約法に基づく労働契約を結ぶようにとの通達を出している。したがって経営者はその指示にしたがって、労働契約を結ばなければならない。多くの経営者はこの労働契約法の施行前までに、できれば不要な従業員を解雇し、スリムな体質にしようと考えていた。ところが昨年末までには、駆け込みリストラなどが禁じ手となったのでそれができなかった。だから旧正月を前にして、そのような従業員が無断で帰省してくれれば、とにかく手間や経費をかけずにリストラできるというのである。もちろん退社届けを出して帰省してくれるのがのぞましいが、無届で勝手に帰ってくれればそれを理由にして契約を断ることができる。いずれにしても、経営者たちはそれらの従業員が、旧正月明けにできるだけ帰ってきてくれないことを願っている。

今年に入って、全国各地の工場の労使関係は意外な形で展開している。経営者は政府の指示にしたがって、1月末までに契約を交わすために、労働法にのっとった正しい労働条件を労働者に示し契約をしようと行動を起こした。ところがそれに対して労働者はその新規契約よりも、まず過去の分について新規契約と同条件で精査し、差額があればさかのぼって支払えと主張してきたのである。ことに今まで労働局との関係を疎遠にしていた公司では、労働局が労働者側に立ってそれを追認するため、残業代の差額など、かなりの金額を臨時支出せざるをえなくなっている。実際に、その負担に耐え切れず、すでに廃業を決定した民営企業も少なくない。また私の同業者の日系公司も撤収を決めた。時事速報によれば、朱江デルタ地域に進出した台湾企業では、4000人の労働者が過去数年間分の残業手当の不足未払い分を要求して、デモを実施したという。関係者によると、労働契約法についてのマスコミ報道などで権利意識に目覚めた労働者が、台湾・香港企業の多くで争議を始めているという。

経営者がこのような苦境に立たされているとき、その肩に新たな難題がのしかかってきた。金融引き締めである。昨年末から、中国政府はインフレや不動産バブルを懸念して、銀行に企業への新たな貸し付けを凍結するように指示した。中国は1994年に朱k基がドラスティックな金融引き締めを行い、インフレ経済を収束させた経験を持つ。私は当時の金融引き締めを体験しているのでその対策にぬかりはなかったが、若い経営者たちは本格的な金融引き締めを経験していないため、今回の銀行の対応にびっくり仰天している。今回の金融引き締めはかつての日本の銀行の「貸しはがし」に近く、経営者は借り換えができなくなって通常の資金繰りにも事欠き、あわてふためいている。中国国有資産監督管理委員会の李栄融主任は、中国政府が経済引き締め政策を強化する中、事業の資金繰りを銀行貸し付けに過剰に頼っている企業は、圧迫され破綻のリスクに直面していると述べている。事態は中小企業も例外ではなく、かなりの苦境が報告されている。

さらに企業に対しては、昨年来、環境保護基準による締め付けが厳しくなり、その負担も経営を圧迫している。主要都市周辺では石炭ボイラーが使用禁止となり、石油のボイラーに買い替えを迫られた結果、石油代の値上がりも重なり燃料代が倍増している。廃水規制も強化され、当局から浄化槽の設置や更新、あるいは工場の強制移転を指示されている企業が多く、死活問題となっている。すでに公害を撒き散らしてきたセメント工場や化学系工場の中には操業停止をさせられた企業も多い。

しかも中国政府は昨年、沿海部の労働集約型産業を内陸部へ追い立てるために、加工貿易の制限を打ち出した。この政策を受けて内陸部へ移転した企業は、交通インフラや専用工業区の不足など、多くの難題に直面している。ことに内陸部での税関施設や職員の不足、対応の不慣れなど予想外の障害も加わり企業は立ち往生している。

時事速報によれば、1月12日、山東省の煙台市に進出していた韓国の繊維関連企業の韓国人経営者が従業員3000人を残したまま夜逃げした。同公司の負債は、賃金の未払い分を含めて4億5千万円にも及び、その他に多額の税金滞納もあるという。山東省では青島市などでも韓国企業経営者の夜逃げがあり、中韓両国政府は通商問題にも発展しかねないと危惧している。このような派手な夜逃げではないが、私の周辺の民営企業でも、労働契約法で労働者からいじめられ、金融引き締めで銀行からは見放され、環境問題や加工貿易の制限で現地を追い出され、困り果てている経営者が多い。彼らと話していると、「いっそ、この際閉鎖してしまいたい」という言葉がよく聞かれる。きっと旧正月明け(2月20日前後)には、かなりの工場がなくなっていることだろう。しかしこれらの零細企業は、もともとモグリ営業が多く、今までも統計にはあらわれてきていないし、今後もあらわれてこないだろう。したがってこれらの事態に中国政府が驚愕するのは、かなりあとのことになるだろう。