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京大上海センターニュースレター
202号 2008228
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

      中国・上海ニュース 2.18-2.24

○上海でも「うつ病」患者が多発

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中国・上海ニュース 2.18−2.24

ヘッドライン

■ 中国:大寒波による死者129人、財産損失1千億元以上

■ 中国:第2次農業センサス、農村労働力人口5.3億人 

■ 中国:液晶テレビ売上高、世界第3位に 

■ 交通:上海−南京都市間鉄道、今年上半期にも建設へ

■ 河北:世界最大の石炭輸送港湾群を建設

■ 雲南:アセアン諸国への高速道路が全線開通

■ 北京:新婚者不動産購入を断念、賃貸住宅を新居に

■ 上海、08年にオリンピックベイビー17万人が誕生

■ 上海:先週の分譲マンション平均価格が1万元/平米割れ

■ 北京:五輪期間中、外国人ホームステイ大量受け入れ

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上海でも「うつ病」患者が多発

05.FEB.08

株式会社小島衣料代表取締役社長 小島正憲

(※本稿ではストレスなどで発症する精神疾患をうつ病と総称する。)

 

昨年春、日本のジャーナリストの方から、「日本人駐在者の自殺が、中国の中では上海がいちばん多いと聞いたのですが、それは本当ですか」と質問されたことがあった。そのときは上海の友人たちから情報を収集したが、その真偽を確認できず、「やはり自殺者が多いようだ」と返事をしておいた。ところが昨年秋に、わが社の上海駐在の25歳の日本人男子社員が突然、宿舎の自室に引きこもって数日間出社しなくなってしまった。欠勤の理由がわからなかったので、とにかく彼の部屋をたずねてみると、頭が痛いので出社しないのだという。管理人のおばさんに事情を聞いてみると、彼は1日中部屋から出ず、食事もあまり取っていないという。私はあのジャーナリストの質問を思い出し、彼が自殺するのではないかと心配し、病院に引っ張っていった。そこでは仕事上のストレスからくる軽いうつ病ではないかという診断だった。私はさっそく彼を気分転換のため日本に帰国させた。

そのとき病院では、40歳ぐらいの日本語の上手な中国人の内科の女性医師が対応してくれた。先生は彼を部屋の外に出しておいて、私に病状を説明しながら、ついでに上海のうつ病事情について話してくれた。最近、この病院に来る患者にうつ病が多く、おおげさに言えば、現在上海にいる日本人の半分ほどがうつ病になっているのではないかというのである。去年、日系機器製造会社の日本人総経理が飛び降り自殺をした。彼もうつ病で通院中だった。彼のように激務をこなしている駐在員の中にもうつ病が多いが、その奥さんたちにもけっこう蔓延しているらしい。そのような人の中に、日本に帰国しても日本のうつ病の病院が満杯で3か月後の診察しかしてもらえないということで、再び上海に薬をもらいに戻って来た人がいたという笑えない話までしてくれた。日本人留学生などの中にもけっこう多いという。その病院では、日本人のうつ病患者が増えるので、近々、日本人の精神科専門医師を採用する予定だという。さらにその先生は、うつ病は決して日本人だけでなく、中国人にもけっこう多くなっていると話してくれた。

昨年暮れ、私の上海の金山の工場で騒ぎが起きた。ある中国人女性従業員が、他人が悪口を言っているとか、他人が意地悪をするなどと、見境なくわめきちらすようになったのである。電話で親族にも泣き喚くので、とうとう兄が工場に怒鳴り込んできて、妹をしばらく休ませるといって引き取って行った。一週間後、その兄と妹が静かに工場にやってきて、辞表を提出した。兄がしばらくいっしょに生活してみて、妹の精神状態がおかしいと判断したようだ。私たちは彼らの落ち着いた対応に胸をなでおろした。この状態が長期化すれば解雇は難しく、工場にとっては大きな負担になるからである。工場では3か月分の給与を余分に支払い、辞表を受け付けた。

この騒ぎの結末を聞いたとき、私は中国の工場でも、日本同様、うつ病対策を行わねばならないと感じた。カウンセラーを置くとか、休憩室などを設置するとか。そんなことを考えていたとき、1月29日の時事速報に、「ほとんどの中国人が職場での悩み」という記事が掲載された。人材コンサルティング会社の調査によれば、中国の労働者はほぼ全員が職場でなんらかの悩みを感じており、9割強がカウンセリングなど心理面での支援サービスを望んでいるという。

翌日、同友会上海倶楽部の事務所で、副総経理の女性を相手にこの話をしていたら、彼女がおもしろいことを教えてくれた。今、上海では「成人玩具屋や泣きバー」ができ始めているというのである。聞きなれない言葉だったので詳しく聞くと、「成人玩具屋」とは、日本のいかがわしい「大人のおもちゃ屋」ではなくて、将棋などの正真正銘の成人向け玩具の専門店だそうである。すでに上海には10軒以上の店があるというので、そのうちの1軒に行ってみた。店は長楽路にあり広さは10坪ほどだったが、確かに大人が楽しみそうなチェスやルービックキューブ、頭の体操用のゲーム、組み立てパズル、大人用ぬいぐるみなどがところせましとならべてあった。その店の責任者によれば、お客さんも多く、子供の玩具より利幅も大きいので儲かるという。

「泣きバー」というのは一見普通の飲み屋だが、午後11時過ぎぐらいからホワイトカラーの女性が集まって飲み始め、正午過ぎから全員が大声で1時間ほど泣き続け、終わるとさっぱりした顔で帰っていくのだそうである。さっそくここには副総経理に実地調査に行ってもらった。当日は大雪でお客さんが少なく、大泣きの場面はみられなかったが、お店の責任者からはおもしろい話が聞けたという。その店では、昨年6月2日に「成人児童節」(中国では6月1日が児童節)を開催したところ、参加者が予想を超えて集まったという。ほとんどがホワイトカラーの男女で、子供のときの服装で集まり、小学校時代のように始業ベルの合図で算数や国語の勉強を始め、体育では腕相撲、音楽では児童唱歌、休み時間は子供のときの遊びをして、下校のベルが鳴るとみんなで大泣きをしたそうである。その店では今年も第2回を行うという。

副総経理の話によれば、現在、中国のホワイトカラーのストレス解消法として、週末に自宅で悲しい本を読んだりドラマを見て、一人で大泣きすることが流行っているらしい。「泣きバー」に行く人は、まだ解放的な人たちで、多くの人は自分の弱点や秘密を他人に知らせたくないので、情報交換などはメールなどで行い、一人で大泣きするのだそうである。女性だけでなく、男性もけっこう多いという。その他、ネット上では下記の様なストレス解消法が紹介されているという。

@アニメを見たり、玩具で遊ぶ。

A車を運転し、スリルを楽しむ。

B真冬にスイカを食べ、真夏にスケートを楽しむなど、非常識な行動をする。

C海外旅行をして、写真をたくさん撮って、他人にみせびらかす。

Dダンス場などで踊り狂う。

Eインターネットで自由に発言する。

F美味しいもの食べ、嗜好品をたしなむ。

G運動などで、自分を極限まで追い込む。

Hバーなどで、酒を飲んで憂さをはらし、大泣きをする。

 

日本でも近年、企業ではうつ病対策が大きな課題となってきている。バブル崩壊後、終身雇用や年功序列制度がなくなり、成果主義の導入とともに社員の身分が不安定になり、うつ病が増えているといわれている。しかし中国でもうつ病が多発している現状から判断して、これは日本特有の現象ではなく、もはや世界共通現象といわざるを得ないと思う。現代社会はあまりにも情勢の変化が早いので、企業は安定した経営ができず、方針も時々刻々と変化するので、社員も常時緊張していなければならず、気の休まるときがなく、夜も安心して眠られないというのが実状である。

うつ病の発病要因の一つに不眠があげられるが、株や為替の市場にいたっては、まさに24時間対応をしなければならず、トレーダーが寝ている間にも事態が激変していくので、彼らは夢の中で手を打たなければならないほどである。ロンドン・ニューヨーク・東京・香港・シンガポール・ムンバイ・バーレーンなどが時を追って地球を一周し順次開始されていくので、24時間、常時相場が開いており激変しているからである。しかも現代社会では、このような金融資本の動きが世界経済の趨勢を決めているのである。これではすべての人が不眠症となり、うつ病になって当たり前である。

思い出して見れば、私も40歳のとき、うつ病になったことがある。日本を出発して、業務提携をしていた豪州のブリスベンの工場で商談をして、翌日タイに飛びバンコクの縫製工場で技術指導や検品を行い、数日後ソウルの私の工場に入ったときのことである。工場内で生産計画や品質の点検をしていたとき、なぜか頭が痛くて仕方がなかった。それでも我慢して仕事を続けていたが、3日後とうとう事務所の机に倒れかかるほどの頭痛に襲われた。見かねた韓国人のパートナーが、すぐに帰国の手配をしてくれた。岐阜に帰り、心療内科をたずねたところ、うつ病と言われ、できるだけ時差や温度差がない環境で仕事をすることをすすめられた。考えてみればそのときはちょうど真夏から真冬へ温度差40度の世界を一気に移動し、3時間ほどの時差の中を往来した直後の発病であった。その後岐阜の地で、しばらく静養していたら症状がおさまったので、ふたたび海外へ出かけることにした。あれから20年、あいかわらず時差と温度差の激しい中を東奔西走しているが、今のところ再発はしていない。

しかし近頃、どことなく心が落ち着かない日々が続いている。なぜなら世界中どこにいても、いつでも携帯電話がなり、メールが追いかけてくるし、どこに行っても逃げ場がなく、心の休まる暇がないからである。メール依存症になっているからなのか、ついついメールをのぞいてしまい、間断なく仕事を続けてしまう悪癖も身についてしまった。このままではうつ病が再発しかねないと思うようになったので、私は夕方5時以降にはメールを見ないことに決めた。夕方メールで悪い報告を読むと、夜眠れなくなってしまうからである。そしてもし私が返信したとしても、それを受け取った人もまた夜中に対応しなければならず、結局、相手も眠れなくなって精神に異常をきたすようになると思うからである。だから私は朝早く起きて、爽快な気分と共にメールをチェックすることにしている。

そんな手段を取っても、最近、少し自分の頭がおかしいのではないかと思うときがある。幹部と日本の本社で打ち合わせをして、数日後中国の現地工場で再度顔をあわせ問題を検討し、また幾日もたたないうちに日本に帰って同じメンバーで協議をする。そんなことを繰り返しているうちに、ときどき自分がどこに居るのかがわからなくなることがある。社内の幹部が世界を股にかけて同時移動しているというと格好がよいが、とにかく自分が空中浮遊しているような奇妙な感じにとらわれるのである。最近では、グローバル企業などともてはやされて、わが社の活動範囲に時間や空間の境目がなくなってきている。このような環境で仕事を続けること自体が、人体の摂理に反しているのではないかと思う。今後、一般社会にこのようなことが常態化すれば、世界にうつ病が蔓延して当然だと思う。

しかしながら、一般的にはこれからの時代は、グローバル企業でなければ生き残れないと言われている。そして我々はその激変する環境の渦中を泳ぎきっていかなければならない。「竹林の七賢」や「鴨長明」のように傍観者になれば、たちまち生存できなくなる。だとするならば、まず自分自身がこの環境に勝ち抜いていけるだけの人間にならなければならない。さらに社員にも激務をこなせるだけの精神力をつけさせなければならない。同時に適宜、社員に息抜きを与え、本来の人間らしい生活に戻さなければならない。