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京大上海センターニュースレター
238号 2008113
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

     京都大学・ソウル大学共同国際シンポジウムのご案内

     中国・上海ニュース 10.27-11.2

     牛乳へのメラニン混入騒動

     「東アジア共同体か、アジア共同体か」()

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京都大学・ソウル大学共同国際シンポジウム

テーマ「東アジア経済の競争力と持続可能性」

'Competitiveness & sustainability of East Asian economies.'

 

主催 京都大学上海センター

日時 1218日(木曜)・19日(金)午前

会場 経済学部2階大会議室

 

■第1セッション(1218日(木)9:00

Prof. Lee Jisoon - Some remarks on the long run prospects of Japanese, Chinese and S. Korean economies

植田和弘  東アジアの持続可能な発展――:環境ガバナンスと環境
経済の視点から

司会                   コメンテーター

 

■第2セッション (13:00

Prof. Pho Hak-kil - A comparative estimation of total factor productivity in Japan & Korea

遊喜一洋  地域経済統合動学のシミュレーション分析

司会                    コメンテーター 大西広

 

■第3セッション(15:15

Prof. Cho Dong-Sung - Designing a sustainable enterprise, and developing a guideline for sustainability report

塩地洋 東アジア優位産業の競争力――その要因と競争・分業構造――

司会 渡辺純子              コメンテーター

 

■レセプション  1218日(木曜)夜   会場 未定

 

■第4セッション1219日(金) 9:30

Prof. Lee Chonpyo - Global Financial Crises and Competitiveness of East Asian Economies

白須洋子(寄付講座准教授)  社債流通市場における社債スプレット変動要因の分析――日本金融危機からの教訓―        

司会 岩本武和 コメンテーター 山本信一(立命館大学経済学部教授)J.C.マスワナ

 

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中国・上海ニュース 10.27−11.2

ヘッドライン

■ 中国9月以降3回目の利下げ 

■ 中国:09年から欧米向け繊維輸出の輸出管理を廃止

■ 中国:内需拡大、鉄道建設に2兆元投入

■ 中国:1−9月外資銀行の利潤、2倍以上増加

■ 中国:1−9月の道路交通事故死5万人超える

■ 自動車:8月輸出台数が11%減

■ 産業:鉄鋼企業の赤字拡大

■ 湖北:「ミカンからウジ虫」、噂で15億元損失か

■ 海南:洪水後コレラ発生

■ 江西:暴動発生、環境破壊に農民憤激

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牛乳へのメラニン混入騒動  〜北京での生活から〜

                   協力会会員・北京在住 小林治平

 

 ご承知の通り牛乳の偽装、メラニン混入事件の発覚で、中国・北京では不安感が払拭されないまま日が経過しつつある。

 

 一時、オリンピック協賛ブランド「伊利」(棄権したハードルの劉翔選手がよくコマーシャルに出ていた)や「蒙牛」「光明」製の乳製品はほとんど撤去されて関係当局による全品検査となり、私がよく行く華堂商場(イトーヨーカドーのJV)の売り場の「なじみ」のあるヨーグルトや牛乳がかなり姿を消した。そして現在、検査が終了して徐々に「戻り」つつある状況である。これは販売店の選択・判断によるそれでは全くなく、政府主導による撤去と検査実施の結果、との事である。

 

 問題視された河北省の「三鹿」ブランドは、少しマイナーブランドであり、もとからあまり見かける事はなかった。値段は安めの製品だったようだ。

 

 TVでは上記のうち2社が「厳格な検査を経て市場に販売」「合格ブランド」「安心して購入ください」等のスポット広告を盛んに打っているが、消費者の不安感を払拭するのは当分難しいと思う。

 

報道によると、中国の需要家と消費者が、外国から中国製以外の牛乳・乳製品を購入しようとする動きが顕著に出ているようである。以下:

 @「「汚染」嫌気の中国人 乳製品求め・・・ベトナムへ」(日経9月30)

 A「欧州収到大量中国牛[女乃]訂単」(《環球時報》9月26日)

 B「メラニン対策 牛乳輸出が急増」(NHKTV・ラジオニュース、英語、  

   中国語ニュースでも報道 1023日)

 

@は国境貿易によるそれだが、持込量に制限枠があるとの事で量的にはそんなに大きくならないようである。 Aはドイツ紙 die Welt9月24日の記事他を引用してドイツ・スイス・オーストリアの乳製品のメーカーに中国からの引き合いが多く来ており、ドイツから中国向けの粉ミルクは本年上半期で3千5百トンで昨年同期比で2倍になっている、中国の実情に合わせた「中国幼児向け粉ミルク」の調製ができている、またアジア・アフリカの多くの国が中国製粉ミルクを輸入禁止にしたため、その補充用として市場が確保できる事を期待している、などを紹介している。

Bは熊本県酪連の「大阿蘇牛乳」という長持ちするロングライフ牛乳で、香港向けが10月は9月の10倍、10月からは台湾に、12月からは上海にも輸出開始が決まっていると報じている。「すごい事になりそうだ」という関係者の期待の言葉も伝えていた(ただし日本語放送のみ)。

 

 『危ない中国 点撃!』福島香織(産経新聞社)0710月刊、には今回のような「ニセ牛乳」の話が紹介されている。ただ、在留邦人の間で最も心配だとされていたのは、牛乳の中に牛に与えた抗生物質が混じって出る『有抗乳』の存在だった。中国でも無論許されない事だが、管理ができていない、或いは不十分なため、健康維持のために与えた抗生物質が高い濃度で出ている場合があるとされている。こちらは全く解明されていない。今回の事件で不安が不安を呼ぶ形となっている。

(福島氏は産経新聞在北京の記者。この夏日本に帰任した)

 

 いろいろ言われながら、上記のような所謂「一流ブランド」メーカ品に問題があるとはあまり考えられていなかったし、事が発覚した事は中国大衆の警戒感を呼ぶのに十分であった。要はメーカは「脇が甘い=管理が不十分」「だまされやすい」、そしてごまかしをやる者は「金のためならなんでもやる」という風潮が再確認されたような形になっている。

 

 この騒ぎを見越したわけでは全くなかったと思うが、予想はしていたのか、この9月中旬よりアサヒビールが伊藤忠商事・住友化学と合弁で中国で牛乳の販売を始めた。製品は1リットル21.5元(約322円に相当)で、日本で買うとしても高い、中国では「法外」と思われる値段だが、「安心を買う」のだと思えば安い、と考えて私は最近はこの製品のみを買っている。

 

該社は山東省莱陽市に牧場を建設、豪州とニュージーランドから(厳選した)乳牛650頭を輸入して搾乳を開始、将来的には2000頭まで増やす計画である、全て自前の牧場の牛から搾乳、よくあるように他の酪農家のそれを購入して加工販売する事はしないようであるから、品質管理はかなり徹底してする事が可能だし、それを期待する。

 

 凡そ中国社会が日本製品(この場合食品だが)に期待するのは「安全」で「安心」できる、即ち「にせものではない」事である。これが徹底でき、信任が得られれば少々高い製品でも客はつくのが現在の中国社会の現状である。「安全を買う」意識はますます高くなっている。即ちそれだけ食が「危険」な状況があり、一般大衆はそれをよく知っていて自己防衛をしている。

 

 「日系の商場(スーパー)は安心・安全で客を呼んでいるようなものです」と言うのが上記華堂商場の日本人店長の話であった。そのような製品に対する信頼が「人」の信頼にもつながるといいな、ここで暮らしていて変な事はできないな、と改めて思うこの頃である。    

 (081026日記)

 

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「東アジア共同体か、アジア共同体か」()

経済学博士 板 東  慧

社団法人国際経済労働研究所会長

 

シンポジウム「アジア共同体を京都から構想する」講演要旨

2008年6月30日 於 京都大学

 

目 次

 

1、21世紀に入って急浮上してきた「東アジア共同体」

2、アジアにおける共同体の重要性

3、「東アジア共同体」から「アジア共同体」への転化の可能性

4EUと比較してのアジアの多様性と共同体創設

5、アジア共同体創設と課題

                       

 

3、「東アジア共同体」から「アジア共同体」への転化の可能性

 

(1)現実に、ASEAN全般に中国の強引なビヘイヴィアに対する不安があるし、他方、わが国に対しても経済関係は緊密ではあるか、第2次大戦後遺症が完全に克服されていない側面もあり、ASEANにとっても日中が平和的・友好的にアジアに貢献する事が望まれていることは当然であろう。

 同時に、アジアは広く、北アジアから南アジア・中央アジア・西アジアという広域を含むので、新たな市場統合を構想するに当って、どのような構成と領域・サイズでどのような構造が有効かを広い視野にたって吟味すべきものといえる。

 

アジアの場合、ASESN10は未だ1人当りGDP500j前後あるいは以下のCMLV(カンボジア・ミャンマー・ラオス・ヴェトナム)を含むが、連帯と共同行動において緊密化がすすみ、共同体構想がすすんできたのであって、それが推進力となってきたことが重要である。    

これに加えて、以上に見るように、ASEAN諸国と経済的にも緊密な関係にある日中韓3国がサポートするという構想が近年持ち上がってきた。中国の場合は北東アジアに位置するが、華南・雲南経済圏は明らかに東南アジアの一翼を占める。また、香港・台湾もこの地域に属する。日韓は先進国レベルの経済で北東アジアに位置する。そして、日中韓3国は生産構造的にもASEAN諸国と一体化している意味からも重要といえよう。

 

(2)しかし、近年インドがITを中心に高成長段階に入った。インドもまた、1人当りGDP700jも程度であリ(2005,)10億の人口と同時に膨大な貧困経済を持つが、中国の場合、1人当たりGDP 90年には320jであったものが2000年には1000ドルに迫り、2005年には1700ドルに達したように、一旦離陸が開始されれば急速に成長する事例が示すように、インドは2010年に人口12億に達し、:経済成長率も高く、中国を後追いする状況にあり、2010年以降にはインドも1人当り1000j経済に到達するであろう。そのように考えるならば、ASEANが目標とする2015~2020年には、インドもASEAN 統合基準に十分到達しうるであろう>

 

共同体構成のバランスとしてみた場合、ASEANには先進国はシンガポールのみであり、しかもシンガポールは農業をほとんど有しない都市国家である。これに対して、+3が加わると、日韓という先進国が加わることになる。この場合、香港・台湾も先進経済地域として役割を果たす可能性は高い。

 

(3)2015年以降の東アジアおよびその周辺領域を考察するならば、地域的には当然アジアと見てよいオセアニアがあり、先進経済としてオーストラリア・ニュージーランドがあり、当然これらが加わることによって、より高度で重厚な共同体が成立しうる条件があり、インドを含む南アジアやポリネシア諸国にも可能性が出てくる。

 

この意味から2015年から20年を展望するジアの市場統合は、ASEAN共同体という先行部分を尊重しつつ+3がサポートし、さらに拡大してインド・オセアニア・ポリネシアを含む共同体―すなわち東アジア共同体からアジア共同体の成立へと進むことは容易に予測出来るのである。

 ただ、重要なことは、大国や先進国がこれを強引に進めるのでなく、いわば経済的小国のライフスタイルや小規模営業などの尊重にもとづく発展を保障しつつ共同体へと向かうプロセスが重要であり、その面から今まで積み重ねられたASEANの努力を尊重すべきであり、政治的・社会的条件を含めて経済的共同の条件を追及するための段階を踏む必要はあろうが、可能性の追求もまた視野にいれた模索が重視される。

 日本にとっては、日中韓が協調する必要があることはいうまでもないが、隣国間の不可避的な利害紛争にディスターヴされないためにも、より広い視野からのアジアの市場統合をすすめる上で、少なくともインド・オセアニアの参加を求めることが重要であろう。

 

(4)このような前提にたって、ASEAN3とインド・オーストラリア・ニュージーランドなど16ヶ国加盟を想定し、あるいはその周辺国の加盟を予測すると、その人口は318166万人・GDP91597億jとなる。これはEU の人口45940万人・GDP126906億j、NAFTA 人口4 3751万人・GDP136909j と比較すると興味深く、人口は現在地球上のほぼ2分の1で、GDPは近い将来他の2地域を上回ることは明らかであろう。

  これを実現していく過程で、他の諸国の参加も当然ありうるわけで、まさしく、「東アジア共同体」は「アジア共同体」に発展する契機を内臓しているのである。

 また、アメリカや太平洋諸国の加盟も想定される。西アジアや中央アジア・太平洋諸国など、アジア全体をまとめる事は容易ではないし、同一の共同体である必要は必ずしもないであろう。この意味では、ASEAN中軸で日中韓がサポートしつつ、オセアニア・インドを含む他のアジア太平洋諸国の加盟を構想するならば、重層的・段階的な加盟形態が考えられるし、協定内容も比較的緩やかな規制からより強いルールに至ることや、分野的に限定したところから出発することも考慮される。

 

(5)0511月にハノイで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で、ブッシュ大統領が「APEC全域で自由貿易圏をつくろう」とよびかけるなど、アメリカは自由貿易提案について積極的な態度を示す一面、やはりアメリカとの関係抜きでのアジア共同体を牽制するともみられ、この点は日米間でのより深い政策調整が必要と見られる。プーチン・ロシア首相は20079月のシドニーにおけるAPEC首脳会議で、2012APEC首脳会議のウラジオストック開催を提案し、アジアへの積極的参加意欲を示している。このように、今後の過程において、ロシア・中央アジア・モンゴルなどを含むアジア各国との接触や調整は当然必要とされ、様々なダイナミズムが必要とされることはいうまでもないであろう。

 

この意味において、アジア共同体創設の可能性は、アジアという地域の状況の変化に対応しながら、さまざまな流動的な選択肢が出て紆余曲折をたどるだろが、将来の紛争を招くような政治的思惑を排して、諸国の経済発展に貢献するように可能な限り早急に進めることが必要であろう。

 

4EUと比較してのアジアの多様性と共同体創設

 

(1)アジアは多様である。ASEANの場合、地理的に半島と島嶼が大半であり、宗教的には上座部仏教・大乗仏教・道教・儒教イスラム教・ヒンドゥー教・その他土着宗教等多様であり、それによって死生観が異なり、ライフスタイルが異なる。そのことが経済活動に当然反映してくる。また、個と全体の関係の認識にも影響を与える。このようなことから、EUと比較してのアジアにおける市場統合の困難を指摘する見解もある。

 

確かにEUは、カトリック・プロテスタント・東方正教などのセクトの差はあるにしても、現加盟国はすべてキリスト教であり、もともとヨーロッパという共通のライフスタイルで均一化されている。さらに、原加盟国6ヶ国を始め先進経済国が基準となり、1人当りGDP1万jを加盟のほぼ最低基準としてきた。その意味では比較的均質的な国民の共同体といえる。それに比べるとアジアの場合にはそのような均質性を求めることは困難であろう。だからといってアジアの場合不可能といえるだろうか。ASEANのリ―ダー達は当初EUモデルへの志向が強かったが、検討を重ねるにしたがってかなり柔軟なプランが検討されている。

 

(2)既に50年の歴史を持つEUの場合の教訓は次の点に要約されるだろう。

1、  仏・独などの石炭・鉄鋼資源をめぐる反戦の誓からエネルギーを含む共同管理から

出発した。

2、国民国家を超える市場ルールについて、きめ細かく粘り強く基準を作り上げた。

2、  EU社会憲章という社会政策・労働基準を確立して労働移動・社会障を確立した。

4、ボーダレスと同時に、地域の独自性や伝統の維持に十分な配慮をしている。

5、各国間格差の解決のため、EUとして財政を含めて重点地域開発をすすめる。

6、別組織ではあるがNATO という安全保障体制が表裏一体の関係にある。

 

この点について学ぶならば、アジアにはアジアとしての多様性の中で求めていくべき基準も自ずから出てくる。

特に、大型プロジェクトが重要であり、エネルギーや環境問題について、従来の工業開発型と異なった、生業や伝統産業の保護や伝統技術を重視した開発や伝統的ライフスタイルやコミュニテイの保全を重視した開発など、エコロジカルな開発を徹底するといったシステムと事業が重要であり、エネルギー・エコロジー・防災及び危機管理などの共同化をすすめるべきであろう。

さらに重要なことは、これを保障する体制としての安全保障システムの確立である。

この意味において、アジアの多様性こそ、共同体形成の上での共通ルールをより精緻なものとしうるを持つ可能性がある。その根拠は、すでにASEANという30年余にわたる歴史が示しているともいえる。

 

5、日本に求められるアジア戦略の基本的再構築とアジア共同体

 

 さて、このように考えた場合、詰めていかねばならない問題点は多いが、少なくともアジア共同体をめざして、まずはASEANあるいはプラス3を中心に、その具体化が図られることになろうが、その内容として現実に重視されるのは2国間のFTAあるいはEPAの促進である。

FTA(自由貿易協定)は、もともとWTO(世界貿易機構)の成立以来多国間協定が原則とされてきたものであるが,現実には多国間協定は時間も手間もかかることから、近年は2国間が急速に増えている。特に中国の最近の動きは積極的で、アジアを中心に南米・アフリカ等と積極的な関係を締結しており、ASEAN諸国とは特に密接な経済協力を軸に積極的にFTAの締結をすすめている。

これに対して、65年後半以降、積極的にアジアに進出し、ODAによる関係も含めてASEAN諸国と密接な経済協力を進めてきたわが国は、常に農産物輸入にかかわる障壁がマイナスとなって各国とのFTAの締結はその経済協力関係の度合いと比べて大幅に遅れており、特にASEAN諸国との関係が遅れている。従来シンガポールとのみであったが、近年要約各国での締結がすすめられてきたが、オセアニアや南米諸国との係も未だ遅れている。また、アジア通貨基金設立などに見られるように、アメリカがアジアへの参画について神経質なために、わが国独自の通貨政策もアメリカから抵抗されると、それを積極的に説得してでも貫くような迫力に欠け、それがASEAN諸国からの信頼度を薄める作用を持ってきた側面もある。アジアにおいては、積極的に貿易における円決済を拡大すべきであるのにアメリカに対する遠慮からドル決済から離れない傾向は、円自身の国際的信用度を高める上でマイナスに働いてきたことは明らかである。もとより、日米経済関係はわが国にとって最も重要であるが、その中で強力な交渉力ヲ維持することに共同する関係を追求することは可能であったが、わが国の歴代内閣はその点において腰が引けていたことは否めない。この点に関して言えば、批判される部分が多少あっても、小泉内閣は過去と比べて最も対米交渉力を維持してきた。しかし、外務省の伝統や慣習に引きずられて、FTAの拡大や円通貨圏確立など多くの分野で、わが国の経済力に比べて劣っている。

 戦後、敗戦の経過と冷戦体制の下で、わが国の外交力が必要以上に弱体で、それが世界第2のGDP・トップの外貨蓄積やトップクラスのODA支出などに見合っていないために経済力に相応せず、そのことが経済展開のいびつさとなって表れてきた。

植民地を肯定する意味でなくとも、戦前には日本海や東シナ海は往来自由なキャナルとも言えるものであったが、戦後冷戦体制はこれを危険な海に替えた結果として、大陸との距離感は大きく、アジアとの親近感は戦前よりも薄れてきた。60年代後半から70年代にかけて経済進出と共に旅行者としての往来も頻繁にはなってきたが、企業の進出の度合いに比して、国民の親近感は高まらなかった。この点に関しては,政府の政策の遅れが大きく作用している。もともと明治以来の近代化政策の中に脱亜入欧的色彩が強かったために、その影響も無視できない。しかし、今日ASEANとわが国の経済関係は、わが国の主導する協業と分業システムが生産構造としてがっちりと根を下ろしているのであって、中国・台湾もその枠内にあり、わが国が移転した技術および供給しつづける高度技術部品なくしてモノつくりそのものが成り立たない関係にある。その意味で,東アジア共同体を構想する上でわが国のイニシアティヴは欠かせないし、その意味で一定のシステム補強が不可欠としても、円決済圏の形成や通貨政策におけるわが国のヘゲモニーは欠くことのできないものである。中国は、このわが国のヘゲモニーに対して競争者として浮上しようとしているが、,未だ中国は外国資本投資と技術に支えられた高成長の域を脱しておらず、しかも巨大な内部格差とバブルを内包する脆弱性は無視できない。また、アメリカもアジアでの存在感を高めるために、わが国との競争関係の一面を持って抑制しようとするが、アジアにおいてはわが国とのパートナーシップが不可欠であることは自覚しており、その範囲の中で、わが国への牽制行動も伴うということである。

このような立場から、わが国の経済・外交政策の積極性が不可欠であり、当然,高度の政治性とそのアイデンティティが問われるべきである。

FTA交渉の遅れの面でも、従来主として農林水産業など生産性の低さを抱える産業がネックとなり、それを理由にして農水省や農協連の内圧によって阻害されてきた面がある。しかし今日アジアにおいても、中流層の形成と高級商品やブランド商品など高度消費を求める傾向が生まれており、新興産業社会への移行に伴う消費性向の高まりの中で、わが国の良質の農産物の市場が開発されてきており、それに対応してわが国の農業市場の自由化の条件も整ってきている。いつまでも保護政策と保守的政策に依拠すべきものでもないことが明らかとなりつある。守旧派官僚と守旧型農協政策に依存する限り、アジアとの良好な関係は築くことが困難であろう。

安部内閣は、少なくともこの点において何らかの新たな姿勢を打ち出そうとしている。それは安部内閣だからというよりは、戦後のわが国の外交を総括すれば、明らかに新たな戦略を再構築すべき時期に来ている事から来るものといえる。

アジア共同体こそは、わが国のヘゲモニーによって新たなアジアの構築に向かう試金石となろう。

以上