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京大上海センターニュースレター
246号 20081229
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

     上海センター学術セミナー「中国農業:持続的発展への諸課題」のご案内

     中国・上海ニュース 12.22-12.28

     OMAインド・ネパール視察旅行の報告(つづき)

     温家宝首相と汪洋広東省書記との軋み

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上海センター学術セミナー

「中国農業:持続的発展への諸課題」のご案内

 

 京都大学上海センターでは昨年度に続き、中国の農業問題についての以下のような学術セミナーを計画しました。「三農問題」といわれる現代の農業問題とともに、中国農業史の長い歴史を振り返る部分も含んだものとなっています。我々と学術協定を結ぶ中国人民大学と西安交通大学から2名ずつの専門家をお呼びして開催するものです。参加費は無料ですので、多くの参加を期待します。また、上海センター協力会の後援もいただきます。記して感謝いたします。

 

■第1セッション 2009216() 午前 10:00-12:00

山本裕美(京都大学教授) 日中農業政策の比較

高徳歩(中国人民大学教授) 農村自治:古代と現代の比較

 

■第2セッション 2009216() 午後 1:30-6:00

張思鋒(西安交通大学教授) 農村人口都市移住の問題について

(西安交通大学准教授) 農民生産技術を革新する新しい農村金融メカニズムの構想

(中国人民大学准教授) 中国農業成長段階の変化と発展方向

沈金虎(京都大学講師)    家族経営体制、経済発展と草原地域の砂漠化

−中国草原地域の砂漠化の原因と今後の対策について−

 

レセプション 2009216() 午後 6:00 於 カンフォーラ(京大正門横)

 

■第3セッション 2009217() 午前 10:00-12:30

大西広(京都大学教授) 中国農業史研究におけるチベット農奴制研究の意義について

安部治平(青海民族学院講師) アムド=チベットの土地家畜所有について

宮崎卓(京都大学准講師)  中国農業に対する日本の支援問題について

 

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中国・上海ニュース 12.22-12.28

ヘッドライン

 

■ 中国:外貨準備残高5年ぶり減少

■ 中国人民銀行:23日から0.27%の利下げ

■ 中国:輸出拡大を狙い、人民元建て貿易決済の試行

■ 中国:国家発改委、「経済衰退のリスクは予想上回る」

■ 中国:台湾から20億ドル分の液晶パネル購入へ

■ 中国:2007年都市化率44.9%に

■ 中国:外資系企業の「夜逃げ」に対して、国境越え追及へ

■ 北京:金融危機の打撃か、外国人旅行者が急減

■ 上海:6階建てマンションでガス爆発、10人死傷

■ 香港:70歳以上老人に医療診察の無料券を試験配布へ、

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OMAインド・ネパール視察旅行の報告(つづき)

                  2008年11月11

(社)大阪能率協会 副会長 アジア・中国事業支援室最高顧問

                  京都大学上海センター協力会 副会長 大森經コ

 

新生のネパール連邦民主共和国

 

ネパールの概況

 面積14,7万㎢(北海道の約1,8倍)。人口2,589万人ヒンズー教徒80,6%、仏教徒10,7%、イスラム教徒3,6%他。識字率53,7%(文盲約46%)GDP約80億ドル、一人当りGDP294ドル、GDP実質成長率1,8%、物価上昇率7,7%(いづれも2006年度)、貧困人口2002年度38%、2004年度31%に減少。主要産業:農業(GDPの約4割、就業人口の約7割)、観光業(10%以下)、繊維加工業が主。主要輸出品:カーペットと既製服。主要輸入品:石油製品、糸、化学肥料、輸送用機械等。ここでもスズキの車が多数走っていました。国際収支は、貿易赤字を出稼ぎ送金の増大でカバーし、2003年度以降は黒字。インドへの出稼ぎとグルカ兵が主。対日貿易額(2004年)輸出746万ドル(既製服、カーペット、)輸入3,617万ドル(主要輸入品と同じ)、わが国からの直接投資102件、約1,464万ドル(2005年度末まで)。現在日本はネパールに対する二国間援助の主要ドナーで、2006年迄の過去5年間の累計実績は、円借款638億円、無償資金協力1,724億円、技術協力529億円です。在留邦人数450人(2006年10月現在)、長野県松本市とカトマンズ市姉妹都市締結16周年。

 

王制廃止と連邦民主共和国の成立

 ネパールでは、人のご縁で、折角の休日にも拘わらず土曜日の夕方、水野駐ネパール大使の公邸を訪問させて頂き、大使より直々にネパール情勢につきご説明頂き、一同大いに感激すると共に、大変良い思い出になりました。その他にも見聞したところを参考にして私なりにポイントをまとめますと、現在のネパールの話題は、何と言っても今年(2008年)4月10日の制憲議会選挙で過去10年以上に亘り武装闘争を続けて来たマオイスト(共産党毛沢東主義派)が大躍進し38%を獲得して第1党となり、5月28日の制憲議会初会合で240年続いた王制の廃止と連邦民主共和制への移行を平和裏に議決し、国王は首都カトマンズの王官から追放されたことであります。その後8月15日に、マオイスト議長のプシュパ・カマール・ダハール(通称プラチャンダ)氏が第1代首相に選出されました。このダハール新首相は、就任1週間後に、北京五輪閉会式出席の為の非公式訪問という名目でしたが、北京へ行きました。北京では胡錦濤国家主席、温家宝首相が面会し厚遇した、と伝えられています。

 ネパールはこれまで地理的な問題もあり、ガソリンをはじめ、各種工業製品、食料品、日用雑貨に至る迄全てインドに依存しており、首相交代時も最初の訪問国はインドと決まっていましたので、インドの受けた衝撃は大きかったと思われます。結局、翌月の9月中旬にダハール首相は国賓としてインドを訪問し、「両大国との等距離外交」を表明しつつも、対印関係の重視は従来と変らない、と強調した、と伝えられています。マオイスト(共産党毛沢東主義派)を名乗り革命運動を永年に亘り戦って来た党の議長ですから、心理的に中国寄りになるのは止むを得ない面もあると思います。

 事実を誤りなく伝える為に、一言付言しておきます。

マオイスト(共産党毛沢東主義派)と名乗って革命運動を続けて来たこのグループですが、実は中国共産党とは何の関係もありません。従って、中国共産党はこのマオイストの運動を陰で支えて来たとか、支援してきたこともありません。むしろマオイストと名乗られることを迷惑がってさえいた訳です。しかし、ここへ来て、結局平和的、民主的な国民の選挙により第一党となり、政権を取ったので、今や普通の国としてお付き合いし、新国家造りにも、依頼を受けたのでお手伝いしましょうということになったのです。

 ネパール政府にとっては、既にラサ迄開通した中国の青蔵鉄道をそのまゝカトマンズ迄延伸してもらうことが長年の悲願(工事費負担については未確認)なのですが、この要請に対し中国側は、次期5ヵ年計画で言及してはいるものの、まだ着工の目途は立てていないとのことです。他方中国側からは、ネパールに次のことを是非やって欲しい、との要望が来ているそうです。それは、カトマンズにも隣国ですからチベット人が多く住んでいます。450,000人位いると言われています。このチベット人がカトマンズの中国大使館などにチベット弾圧反対のデモなどをしています。中国側はこのデモなどの動きをしっかり取り締まって欲しい、と要請しているそうです。現共和国政府は、既にその方向でこのデモ取締り等をやっております。

この鉄道が開通しますと、ネパール国中に安い中国製品があふれ返ることも予想されますが、そうなるとインドからの輸入額が急減することも予想され、この面でも今後のインド・ネパール・中国の3カ国関係の推移は注視しておく必要があります。

 このほか、新生共和国の為、新政権は、張り切って国民の為になる新しい国造りのいい計画、青写真を数多く国民に提示しているそうです。何しろ武装闘争ばかりをやって来た集団なので、その成果は、やって見なければ分からない面もあると思いますが、日経や朝日の報道では、革命家が新しい国造りに穏健路線をアピールしながら汗を流して努力している、と報じられています。もう一つ新しい国造りの難問は、旧マオイスト軍と旧国王軍との統合問題があるそうです。というのもつい最近まで10年以上に亘り相対立し、戦ってきた相手同士の話ですから。

 この話には後日談があります。帰国後大阪府日中友好協会の理事会に出席したところ、現在空席となっている駐大阪中国総領事(大使級)に、現在の駐ネパール中国大使が2009年1月に着任されることと、更にその後の情報として、この新生共和国ネパールへの中国の初代ネパール大使として現中国外務省アジア局副局長の邱国洪氏(現在日本、韓国、北朝鮮、モンゴルの主担当副局長で、6カ国協議を裏で実質取り仕切っておられる、まだ50歳の実力外交官、元駐大阪総領事・大使級)が内定した、ということです。このチベット族も多く住んでいる新生ネパール共和国への中国政府の力の入れようが分かろうというものです。

 

エベレスト・マナスルほか8000m級のヒマラヤ連峰に感激

 このほかナガルコットでは3〜4時間しか睡眠時間がありませんでしたが、早朝6時前の日の出前に起き、ホテルの屋上に行ったところ、やゝ曇りがちでしたが、やがて7,0008,000m級のヒマラヤ連山が朝日に映えてきれいに見え、一同大感激でした。エベレストはこのホテルの北東にありますが遠すぎて見えないのですが、晴れて来たため左遠方(北西方面)の日本人が最初に登頂したヒマラヤの8,000m級の山として有名なマナスル(8,200m)もきれいに見えました。

 更に、翌朝カトマンズ空港から晴天であればエベレストも見えるブッダ航空のヒマラヤ遊覧飛行(18人乗り)が出ていることが分かり、希望者10名で参加しました。これも晴天でなければ飛ばないのですが、こちらも運よく晴天で、同じく早朝6時過ぎから約1時間エベレスト(8,848m)を含むヒマラヤ連峰の雄大な景観を満喫し、今迄の人生で最高の瞬間だ!と参加者一同大興奮、大満足でした。後でよく聞きますと、ナガルコットもヒマラヤ遊覧飛行も前2日間は悪天候の為、見えず、飛ばずだったそうで、一同お互いの強運を喜び合った次第です。

 

まとめ

 最後になりましたが、インドもネパールも国を挙げての親日国と言ってもいい位親日国民が多いそうで、ご自宅で歓迎パーテイを開いてくださった最高裁弁護士ラケーシュさんご一族や、コネクターの工場を見せてくださったインド人社長さん等、皆様心から歓迎して下さり、インドと日本の間ではお釈迦様のご縁で2,000年以上の友人関係があり、ビジネスの前に先ず友人関係ありき、お互いの信頼関係ありきです。だから我々インドと取引して頂くと上手く行く筈です。という歓迎の辞を述べて下さり、本当に嬉しく思いました。実は、よく考えてみると、インド及びネパールとは日本は今迄戦争をした事がありません。これも大きな理由だと思いました。

今回の視察旅行では、私達OMAでは殆どコネがありませんので、私の友人のインドとのお付き合い歴30年以上という有名なインド学者で、大阪国際大学名誉教授の岡本幸治先生と岡本先生の研究のお仲間の愛媛大学教授の戸澤健一先生に大変お世話になりました。両先生にこの場をお借りし厚く御礼申し上げます。

ご一緒した中小企業社長のお一人は、ノイダ市内やアグラ迄の高速道路(?)沿いの小さなテント小屋、トタン屋根の小屋、泥屋根の泥小屋等の貧民窟に多くの親子が住んでいる模様を見て“この世の地獄を見た”と言われ、日本の子供や若者にこの姿を見せ、自分達が如何に恵まれているかを知らしめる必要がある、と仰いました。

実は、この岡本先生、戸澤先生方は、毎年、学生を連れて2週間位インドへ行き、その内10日間位は、2〜3人グループでインド国内の自由旅行をさせ、この体験旅行を永年にわたり実施しておられ、教育効果抜群だ、と仰っておられます。

 来年の視察旅行はベトナムになると思います。皆様引き続きご友人、知人方お誘い合わせの上奮ってご参加下さいます様お願い申し上げます。

                              以上

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温家宝首相と汪洋広東省書記との軋み

                               10.DEC.08 

 小島正憲

☆深圳・東莞・広州視察報告                                       

≪目次 : 1.上海証券マンの東莞視察報告。 2.小島正憲の深圳・東莞・広州視察報告。 3.河南省鄭州の一例と結論≫                                                       

現在、急落中の広東省経済の立て直しをめぐって、温家宝首相と汪洋広東省書記との間に軋みが生じていると伝えられている。

昨年来、汪洋広東省共産党書記は珠三角地域から労働集約型産業を追い出し、ハイテク・IT産業を誘致するために全力を尽くしてきた。そして労働契約法や金融引き締めなどの強化によって、労働集約型産業の追い出しには成功した。しかしおりからの金融恐慌に直面して、ハイテク・IT産業の誘致には頓挫してしまった。まさに鳥かごから古くて汚い鳥を追い出したが、新しくて奇麗な鳥は入ってこなかったわけである。彼はそのような状況に直面しても、倒産したり閉鎖したりする企業について、「それらは生産力が立ち遅れた不良企業であり、淘汰されて当然である」と豪語し、ハイテク・IT産業の誘致にこだわり続けている。

片や温家宝首相は、深圳や東莞に直接足を運び、地元中小企業の悲鳴を見聞した。そしてそこにただならぬ事態が生じていていることを見抜き、これ以上の企業の倒産や閉鎖を防ぐために、あらゆる手段を尽くすように地元政府に指示している。さらに労働集約型産業の重要性を再認識し、ハイテク・IT産業一辺倒への政策の見直しを提言している。

温家宝首相と汪洋書記の言動を反映して、マスコミなども両側面の情報を流している。民間情報では、実際に珠三角地域の経済は労働集約型中小零細企業の倒産や閉鎖が相次ぎ、かなり疲弊しているという。玩具・靴・繊維・時計・印刷などの産業が危機的状況に立たされており、さらにその影響を受け、ホテル・レストランなどのサービス産業が苦境に陥っているという。ところが広東省政府関係からは、倒産ブームは珠三角経済を揺るがすほどの状況ではないという情報が一貫して公表され続けている。

これらの相反する情報に接して、一般中国人の間にも自らの目で事態を確かめようとする人間が現れるようになった。先週の上海の東方早報では、上海の1人の証券マンが直接東莞を訪れ、自らの目と足で経済状況を調査した結果を、下記のようになまなましく報告している。

 

1.上海証券マンの東莞視察報告。

東莞の労働人口は昨年より20〜30%減っている。玩具・繊維・靴・時計などの企業のリストラ幅がもっとも大きく、その影響で飲食業や小売業の売上は昨年対比で30%ほど下落している。賃金は依然として高く、労働契約法などの影響による上昇傾向が続いている。企業経営者は、受注の大幅減少と人件費上昇との間に挟まれ、四苦八苦しており、これ以上の苦境が続けば、賃金の未払いをしてでも最後までがんばり、それでもだめならば夜逃げをする覚悟をしている。

実際にそのような夜逃げ企業の例が後を絶たず、その大半を占める香港や台湾の企業の信用は地に落ちている。彼らが夜逃げした場合、その工場に勤務していた従業員たちは、その企業が操業していた工場の家主の所に押しかけ、賃金の支払いを求める。東莞の中小零細企業の場合、工場を借りて操業している場合が多いからである。したがって現在、ほとんどの工場の家主が自分の持っている物件を貸さなくなってきているし、貸す場合でも高額の担保金を設定するようになっている。これは銀行の金融引き締めと同じく、企業の資金繰りを大きく圧迫するようになっている。

家主が未払い賃金を支払わなければ、労働者は大挙して所轄の政府に押しかける。政府は恐れをなして、その賃金を立替払いする。先日倒産した玩具工場のような6000人規模の工場が倒産した場合、未払い賃金額は所轄政府の一年分の財政規模に匹敵するという。地元政府は、生き残っている企業の夜逃げが、今後激増することを想定して、あらかじめ企業に2か月分の給与総額を政府へ保証金として納付するように要求したり、あるいは夜逃げ対策基金を設置するために企業から資金を提供させたりして、防衛するようになった。これらの資金も企業を圧迫している。

税関員によれば、現在寄せられる破産通報は以前の3倍になっているという。情報を受け取った場合、税関員はただちに現場に駆けつけるが、そのときには現場にはすでになにも残されていない。製品や資材はもとより大型設備まで、資材を供給していた納入業者や債権者・従業員などの手によってきれいさっぱり持ち去られていることが多いからである。税関の収入にも大きな変化が出ている。以前はたくさんの密輸があり、それを摘発すればたくさんの収入を得ることができた。今では密輸そのものが激減し、臨時収入の道が閉ざされてしまったという。

かつて銀行がそれらの企業に融資したときは、業績が順調で信用貸しが多く、担保を取っていることが少なかった。仮に土地を担保に取っていた場合でも、その土地の価格が現在では40%ほど下落してしまっている。したがって現在、銀行は大きな不良債権を抱えることになってしまっている。

景気低迷のおかげで東莞市の交通渋滞が緩和された。道路を走る車は明らかに減少しており、現状ならば交通に関する問題はない。ところがこのような状況になっても、東莞市政府は「市内のオートバイ禁止」を予定通り来年から実施しようとしている。オートバイは市民の重要な交通手段になっている。これを禁止することは、東莞市経済に新たなマイナス効果を与えることになることは明白である。市政府は現場の実状をまったく把握していない。

東莞市には汪洋書記が、1000億元をかけて開設した「松山湖高新科術園区」=ハイテク工業園がある。そこを車で走ってみたが、人工景勝地の中には素晴らしい道路が延々と続くだけで、工場はほとんどなかった。人影も清掃員を除けばほとんど見当たらなかった。この工業園区の年間維持費は60億元だと言われている。このままでは大赤字となり、その結果清掃員すら雇うことができなくなり、数年後には荒地と化すだろう。

さすがに汪洋書記もこの苦境を前に、当初の予定を変更して、ハイテク企業だけにこだわらず化学工場などの汚染企業の入居も認めることにしたという。このハイテク工業園区の周辺のマンションを見回ったところ、立派な建物が林立していた。ところが入居者がほとんどないため、価格がすでに30%ほど下落しているという。一戸建ての別荘は40%下落。建設途中で工事がストップしているマンションも数棟見られた。

 

2.小島正憲の深圳・東莞・広州視察報告

私は11/30・12/01・02の3日間、深圳・東莞・広州に入って、上記の上海の証券マンの視察報告や各種マスコミの情報を自分の目で確かめてみた。

                                             ≪深圳空港前の中古建設重機置き場≫

深圳空港に着いて、まずびっくりしたことは空港から3分ほど車で走ったところに、約3千台の中古建設重機が集められていたことである。右の写真のような場所が数か所あったのである。深圳地域での開発が一段落したので、それらは西部大開発該当地域に移送されるのだという。これを見ただけでも、この地方の開発ブームの終焉がはっきりわかる。

次に深圳市内の同業者を訪ねた。彼の工場は下町工場地域にあり、雑然とした工場が多かったが、ひっきりなしにトラックやコンテナが行き交い、それらの工場は活発に稼動しているように見え、街中には労働者も覆った。しかし彼に景況を聞くと、深圳でも企業の倒産や閉鎖が多いと話してくれた。彼自身も先日、仕事を10年来の付き合いのある下請工場に出したところ、数日後経営者が行方不明となり、資材や商品を取り戻すのにたいへん苦労したという。さらに彼は不況の実態は労働保障局に行けばわかると教えてくれた。

                                             ≪労働保障局前の光景≫

さっそくその街(宝安区石岩鎮)の労働保障局に行ってみた。そこには200人ほどの労働者が集まっていた。係官の話によれば、10月から相談に来る労働者が激増し、相談の中身は企業への残業代や退職金の請求が多いという。労働者は、この地域で多くの企業の夜逃げや倒産が相次いでいるので、現在勤務している企業の先行きを心配して、早めに給与などをもらって退職し帰省しようとしている。そこで少しでも多くの金銭をもらおうと相談に来るという。もちろん解雇などの相談も多く、その事務所だけでも現在200件の紛争案件を抱え、これを処理するには早くても来年の1月末までかかると係官がぼやいていた。なお、その事務所の前には、50代ぐらいの男性が2〜3人待ち構えており、次々と訪れる労働者にしきりにやさしく声をかけている。近寄って見てみると、事務所での書類の書き方や労務紛争の早期解決方法の手ほどき、そして弁護士の斡旋などを有料で行なっていた。つまり街角コンサルティングをやっていたのである。こんな商売が成立するほど、紛争案件が多いということである。なお、すぐ隣が職業紹介所であったが、人影はまばらであった。

                                                   ≪フォークリフトの貸出広告≫

翌日、東莞市樟木頭鎮の玩具工場「合俊集団」の倒産現場に足を運んだ。1700人が勤務していたという工場内にはすでにまったく人影はなく、ゴミが散乱しているだけだった。門前に数十人の労働者が集まって張り紙を見ていた。それは労働仲裁所が、412人の労働者の会社に対して総額923万元の給与の支払い申請を受け付けたというものであり、数日後に判決が出ると記載されてあった。

周辺の工場は稼動しているところも多く、その一帯がゴーストタウンという感じではなかった。しかし私はおもしろいものをみつけた。フォークリフトとクレーンの短期貸し出し広告がいたるところに張ってあったのである。夜逃げ前にこっそり設備を移動させることもあろうし、倒産直後に債権者が設備を債権がわりに持ち出すこともあろう。つまりこんな商売が成り立つほど設備や機械の移動がきわめて多いということである。近所のレストランで食事をして、最近の景気を聞いてみたところ、その街の食堂は30%ぐらいがすでに閉店しているし、その店も売上が半減しており閉店を検討しているという。理由は工場が倒産し、労働者が激減しているからだという。  

 

 

                          

     ≪社会保険退出手続き説明書≫

 翌日、東莞市厚街区の社会保障局分局に行ってみた。

広東省では外来人が帰省するときに、社会保障局で労働者がそれまでに積み立てた年金を返却していると聞いていたので、その現場を見てみたいと思ったからである。分局内には数百人の労働者が整理券をもらうために、朝早くから並んでいた。最近では1日に約1000人が詰め掛けるようで、混雑を緩和するために整理券を発行して処理しているのだという。中央に数台のパソコンが並べてあり、たくさんの人が群がって見ていた。そのパソコンに勤務先と個人の名前を打ち込むと、年金額がわかる仕組みとなっていた。当然のことながらモグリ工場に勤めていた労働者がパソコンを叩いてもその氏名は出てこない。だから払戻金を手に入れることはできない。つまりこの社会保障局に詰めかけている労働者たちは、まだ恵まれた人たちなのである。また多くの人たちが手にパンフレットを持っているので、それを見せてもらったところ、社会保険金の退出・払い戻し手続きをイラスト入りで説明したものであった。ここに集まっているほとんどの労働者がそのマニュアルどおりに手続きを行い、保険金を払い戻してもらって故郷に帰るという。東莞市にはこのような分局が32か所ある。つまり1日に3万2千人が保険金を払い戻してもらっているということになる。

                                               ≪広州駅の混雑した様子≫

次に広州駅へ行ってみた。各種のマスコミによれば、広州駅は広東省から帰省する外来人で大混雑しているということであった。たしかに広州駅は大きな荷物をかかえ帰省する労働者でごったがえしていた。駅の関係者によれば最近では1日10万人が殺到しているという。単純計算で旧正月までに500万人が帰省することになる。東莞の外来人口が1000万人といわれているから、その半分がいなくなるわけであり、そのうちのかなりの人数が再び広東省の地を踏まないという。現在、労働保障局や社会保障局に駆けつけている労働者が給料や社会保険金を手に入れて、やがてこの広州駅に駆けつけてくれば、さらに混雑することであろう。

                                               ≪広州東駅の閑散とした様子≫

この広州駅から20分ほど離れたところに、広州東駅がある。この広州東駅には人影もまばらで、広州駅の様子とはまったく違うものであった。広州東駅は広州と東莞・香港を結ぶ汽車の発着駅で、利用客は香港とのビジネス客が主である。最近では香港からのビジネス客が激減し、平均乗車率は15〜20%ほどだという。昨年までは数日前に予約しておかなければ乗車できないほどだったようで、まさにここでも様相が一変しているのである。

「松山湖高新科術園区」はリゾート地と見間違えるような景観であった。延々と立派な道路が続き、両側にはこれまた延々と大樹が植林されており、足元は奇麗な芝生が敷き詰められていた。立派な公園があり、まさにハイテク・IT産業にとっては絶好の環境であろうと思われる。しかしこの工業園に入居している企業は少なく、道路際にときどき清掃員の人影が見え隠れするだけで、ハイテク労働者らしき人間の姿はほとんどなかった。私は車の窓からそれらの美しい景色を見ながら、1時間ぐらいドライブを楽しんだ。

東莞市内には5つ星ホテルが多く、つい数か月前まではかなり繁盛していたという。しかし最近では宿泊客が激減し、宿泊料金も30%ほど下落しており、倒産の危機に直面しているホテルもあるようだ。私が泊まったホテルも、宿泊客が少なく閑散としていた。

 

3.河南省鄭州市の人材交流大会と結論

下の写真は暴動ではない。12/04:河南省鄭州市で開催された冬季人材交流大会に、職を求めて集まった若者たちの光景である。当日、今年最後のこのジョブフェアのために、同市の人材交流センター前には数万名の求職者が押し寄せ、門扉が壊され怪我人まで出る始末となった。これは地方における求職活動のすさまじさを物語るものである。いよいよ失業問題が緊急の課題になってきたようである。

先日、私の上海の工場にも、地方の職業訓練学校から、生徒の就職を依頼する電話がかかってきたという。実に5年ぶりのことである中国社会は近年の人手不足状況から、急転直下、失業者激増という時代に突入した模様である。

 

 

≪結論≫

上海の証券マンの情報も、私の視察報告もあくまで一個人の見解であり、部分的であり、東莞や珠三角地域全体を捉えたものではないし、統計的にも明らかになっているものではない。したがって上海の証券マンや私の報告に反証することは容易にできる。それでも現在、中国で明らかに異常な     ≪河南省鄭州市:人材交流大会≫

事態が進行していることは明白である。                

中国経済はこの数年で次のような激変を経験してきた。それを労働力を中心に見ると下記のようになる。

◎沿岸部の外資工場が急激な経済成長を主導             

→モグリ工場の激増(統計にはまったく現れず)

→人手不足現象の出現(失業問題が浮上しなかった大きな要因)

→絶好調経済への幻想と過信による経済政策の失敗(五輪開催と労働契約法・金融引き締めなど)

→モグリ工場の夜逃げ・倒産・閉鎖急増 

→失業者の激増

さらに今年、下記の様な異常事態が覆いかぶさった。

◎未曾有の自然災害(華中・華南大雪害、四川省大地震、華南大洪水など)

◎100年来の全世界的金融恐慌 

→対欧米販売不振 

→沿岸部の企業の疲弊 

→夜逃げ・倒産・閉鎖激増 

→内陸部への労働者の大量移動 

→内陸部の失業問題の顕在化

今や中国中央政府と地方政府は、なりふり構わず、あらゆる手段を総動員して、この最悪の危機から脱出しようとしている。それが総額400兆円に達する景気刺激策(日経新聞:12/08)である。この策の財源は根拠がなく実現性が危ぶまれているが、掛け声だけにしても日本の予算の5年間分が総動員されるのであるから、中国経済は一時的にかなり浮揚するに違いない。しかしこれは事態の抜本的な解決策ではない。現在、先進資本主義国が一様に落ち込んでいる借金地獄への道に、より早くより大規模に、突き進んでいるだけである。宴の後には悲惨な事態が待っている。私たち中小企業経営者はその時点までを読み抜いて、経営戦略を立て実践せねばならない。

                                                            以上