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京大上海センターニュースレター
248号 2009112
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

     上海センター学術セミナー「中国農業:持続的発展への諸課題」のご案内

     中国・上海ニュース 2009.1.5-2009.1.11

     2月危機を2月起機に!

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上海センター学術セミナー

「中国農業:持続的発展への諸課題」のご案内

 

 京都大学上海センターでは昨年度に続き、中国の農業問題についての以下のような学術セミナーを計画しました。「三農問題」といわれる現代の農業問題とともに、中国農業史の長い歴史を振り返る部分も含んだものとなっています。我々と学術協定を結ぶ中国人民大学と西安交通大学から2名ずつの専門家をお呼びして開催するものです。参加費は無料ですので、多くの参加を期待します。また、上海センター協力会の後援もいただきます。記して感謝いたします。

 

■第1セッション 2009216() 午前 10:00-12:00

山本裕美(京都大学教授) 日中農業政策の比較

高徳歩(中国人民大学教授) 農村自治:古代と現代の比較

 

■第2セッション 2009216() 午後 1:30-6:00

張思鋒(西安交通大学教授) 農村人口都市移住の問題について

(西安交通大学准教授) 農民生産技術を革新する新しい農村金融メカニズムの構想

(中国人民大学准教授) 中国農業成長段階の変化と発展方向

沈金虎(京都大学講師)    家族経営体制、経済発展と草原地域の砂漠化

−中国草原地域の砂漠化の原因と今後の対策について−

 

レセプション 2009216() 午後 6:00 於 カンフォーラ(京大正門横)

 

■第3セッション 2009217() 午前 10:00-12:30

大西広(京都大学教授) 中国農業史研究におけるチベット農奴制研究の意義について

安部治平(青海民族学院講師) アムド=チベットの土地家畜所有について

宮崎卓(京都大学准講師)  中国農業に対する日本の支援問題について

 

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中国・上海ニュース 1.5−1.11

ヘッドライン

■ 中国人民銀行:「適度に緩和した通貨政策」を具体化

■ 中国:09年の鉄道固定資産投資額は7007億元に

■ 中国:08年財政収入は6兆元を突破、09年の歳入が大幅減か

■ 中国:元旦連休の小売額13%増

■ 産業:レノボ、2500人をリストラへ

■ 自動車:上汽集団、傘下の韓国Ssangyong自動車に1960万米ドルの援助

■ 重慶:武装警察千名出動、4地下銃器工場を取り締まり

■ 上海:コンビニ売上不振、金融危機が影響か

■ 上海:地下鉄9、11号線工事現場で事故、2人死亡

■ 北京:鳥インフルで死者、家禽類の緊急検査が強化

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2月危機を2月起機に!

13.JAN.09

小島正憲

 

≪1.中国に失業・農民問題はなかった。 2.失業と農民問題のW浮上。 3.大寨・小崗・華西を見て。 4.産業再配置政策の提言。≫ 

 

今、中国では2月危機が叫ばれている。世界的金融恐慌のあおりを受け、沿岸部で失業した出稼ぎ労働者が旧正月で続々と帰郷する結果、内陸の農村部で大量の失業者が発生し、従来から危惧されていた三農問題がさらに深刻化すると予測されているからである。しかし私はこの状況を好機到来と考え、2月起機と呼びたい。なぜならこれは沿岸部で企業経営に携わった者や熟練労働者が大量に帰郷し、内陸部に一大起業ブームを巻き起こし、三農問題そのものも同時解決する絶好の機会だと考えるからである。まさに「災い転じて福と為す」ことが可能だからである。

それでもそれを成功させるには、思い切った政府主導の産業再配置政策が必要だと考える。中国政府は、今こそ、社会主義市場経済の強みを発揮して、産業再配置政策を断行すべきである。米国もオバマ流ニューディール政策つまり市場主義を制限して計画経済を導入する。皮肉な表現を使えばそれは「市場主義社会経済」とも呼べる。他の資本主義国もいっせいに社会主義顔負けの政府主導の計画的経済振興政策を行うわけだから、本家の中国は胸を張ってそれを行なえばよい。

危機を起機に変える原動力は無数の中小企業である。ケ小平の南巡講話以来の劇的かつ急速な経済成長を成し遂げるには、大企業に期待してはいけない。大企業のスピードではこの起機に乗れず、危機に飲み込まれてしまうからである。08年度、中国から夜逃げ外資の続出する中で、中国で操業を続け絶大な信用を築いた日本の中小企業にも、これは千載一遇のチャンスである。

 

1.中国に失業・農民問題はなかった。 

 

@中国における失業・農民問題は、日本における道路問題に酷似している。

日本では、道路はすでにかなり地方まで整備が進み、今後の建設続行の是非が問われている。道路族議

員はいろいろな統計や地方の道路不足の惨状を持ち出してその必要性を力説しているが、統計数値や実情そのものが捏造されているとの指摘も多く、道路族議員や関係官僚そして関係土建業者たちが、道路建設を続行することによって、既得権益を守ろうとしているとの批判が強い。確かに日本の地方では、地元住民でさえめったに通らないようなところに立派な道路が通っていることが多い。

中国では、過去の政府の重要な大会で、必ず失業と農民問題が取り上げられ、その対策のために多額の

予算が計上され続けてきた。しかしながら昨今では、企業は人手不足に苦しんでおり、逆にどんな田舎に行っても農民は家を持っているし、家庭内にはテレビを始めとした電化製品もそろっており、改革開放の果実を着実に手にしている。つまり10年前ならばいざ知らず、現在の中国では失業と農民対策は焦眉の問題ではないのである。それにもかかわらず既得権益の確保組が現実を無視して、失業・農民問題を大きな看板として掲げ続けているというのが真相である。ところが不思議なことに、日本では親中派も反中派もこぞってこの政府決定を持ち出し、中国における失業・農民問題の重要性を主張している。ここであえて私は、この数年間、中国では失業・農民問題が現実の社会を大きく揺るがしたことはなかったと断言する。

以下にその論拠を示す。

A失業問題はなかった。

わが社は1990年に中国の湖北省黄石市に企業進出した。そのとき労働者を募集したら、100人の枠に10倍の1000人が応募してきた。ところが2000年ごろから様子が変わり始め、募集しても定員割れするようになった。その結果、1万人に及ぶ工場を維持していくために、労務担当者が地方へ出かけ求人活動を展開したり、各地の職業訓練学校などと提携し、人手の確保に努力した。それでもますます労働者を採用することが困難となり、とうとう人手不足による企業規模縮小という事態に至った。当時、このような状況はわが社のみならず、中国全土の同業他社の共通現象でもあった。

2004年8月、日経新聞に「深圳で労働者不足」という記事が掲載された。私はこの記事を読んで、人手不足は中国全土・全産業を通じての共通現象ではないかと考え、「中国で、なぜ、今、人手不足なのか」という小論を発表した(詳しくは、拙著「中国ありのまま仕事事情」 P.168〜を参照)。またこの珍現象をより多くの人に知ってもらうために、共同通信の記者と大学の先生を招いて、東京でパネルディスカッションを開催した。ところが当時、いくら人手不足現象を力説しても、「お前の会社の給料が安いからだ」と冷やかされるだけだった。それでも数年後には「民工荒」という言葉まで出現し、日本でも「中国が人手不足である」ということが一般に認識され始めた。

私は多くの国で縫製工場の経営に携わってきた。縫製工場は労働集約型産業の典型であるから、人手が潤沢な土地でなければ工場経営は成り立たない。多くの国で立地条件を研究した結果、私はその国に人手が豊富であるかどうかの独自の簡便な判断基準を身に着けた。私はまずその街の飲食店や小売店の店頭をウオッチすることにしている。店頭に従業員や店員募集という広告が張ってあったら、間違いなくその街は人手不足である。そんな場所で工場を構えたら、絶対に人手は集まらず、すぐに立ち往生する。この方法で中国を見た場合、昨年末までならばどんな田舎まで行っても、その街の飲食店や商店の店頭には募集広告がのきなみ張ってあった。つまり中国全土が人手不足だったのである。それでも失業問題が政府の主要な議題となり、その救済のためという理由で多額の資金が費やされているのが現状である。

しからばなぜ、13億の中国で人手不足なのか。政府が根拠とするデータは真っ赤なうそなのか。私もしばらくその事態を解析不能だった。しかし最近では「もぐり企業の激増とそこへの労働者の吸引」という仮説を立て、それを説明するようにしている。わが社の周辺でも、もぐり企業がたいへん多いことに気がついたからである。中国では多くの地場企業が税金や社会保険などを逃れるために、もぐり営業をしている。当然のことながら、これらは統計数値のどこにも現れてこない。したがって13億の民を正規の企業の収容人数で計算すれば、失業者が巷にあふれていることになり、これが政府が力説する失業者問題の根拠数字となる。ところが正規の企業数の数倍のもぐり企業があり、それを加えた企業の収容人数で計算すれば人手不足となる。これが失業問題マジックの種明かしである。

この「もぐり企業仮説」を証明する絶好のデータがある。昨年、山西省ではレンガ工場で誘拐された労働者や未成年者が虐待されていた事件を受け、政府の調査チームが省内のレンガ工場をしらみつぶしにした結果、4861か所のうち、65.5%にあたる3186か所が無許可営業つまり「もぐり工場」で、そこに8万1千人余りが不法雇用されていたと発表した。このような状況が中国全土、全産業にわたって展開されていると考えればよいのである。現在にいたっても、だれも中国全土の「もぐり企業」現象を真剣に調査し問題提起をしていない。中国政府も日本のチャイナウオッチャーたちも、この「もぐり企業」の存在を認識していないところに、失業問題の誤判断の根源があるのである。

B農民問題はなかった。

中国の農村は貧しくない。現在の中国のどこを探しても、少なくとも農民が餓死寸前などという村はない。これがこの20年間、私が見てきた結論である。かつて多くのチャイナウオッチャーたちは、無責任にも「沿岸部が人手不足になっても、内陸部に移動すれば貧しい農民がたくさんいる」と言った。私は彼らの言に従って、人手を求めて内陸部に行ってみた。ところがどこまで行っても農村部は貧しくはなく、人手はいないということがわかった。だから内陸部に進出することはあきらめた。また同業他社にも内陸部に進出することを断念するようにアドバイスしてきた。

一昨年、中国最北端の黒龍江省佳木斯市に行ったときのことである。市政府の人と話をしていて、市周辺地域の人件費が沿岸部とあまりかわらないということがわかったし、彼らがこの地の若者たちは働かなくて遊んでばかりいると嘆き、ここで縫製工場をやっても人は集まらないだろうというのを聞いて驚いた。すでにこの地域の農業は機械化されていて一部の農民に専門化されており、若者は農業なんてやらないし、またとうもろこし相場が高くなり農村は結構裕福になってきたので、若者はきれいな仕事はするけれども汗をかく仕事ははやらないというのだ。確かに市内各所にトラクターやコンバインの大きな農機具市場があり、その話を裏付けていた。

昨年、四川省の奥地の毛児蓋に長征研究のために出かけたとき、人家のない山奥で交通事故に会い、車が大破し立ち往生した。そこは携帯電話も通じないほどの山奥であったので、やむなく通りかかったチベット族青年のオートバイの後ろに乗せてもらって、いちばん近い民家までたどりついた。そこで迎えの車が来るまで3時間ほど待たせてもらうことになり一安心したが、今度は腹が減ってきた。部屋の中を見回していると、ストーブの上に大きな鍋がのせてあり、そこから蒸気とともにおいしそうな匂いが噴きだしていた。こっそり中をのぞいてみると、小さなじゃがいもが煮てあった。さっそくこれを食べさせてもらおう思い、チベット族のおばさんに頼んだ。ところがおばさんは怪訝な顔をして、「これは豚の餌だが、こんなものを食うのか」という。これを聞いて私は、「この村では豚がじゃがいもを食うのか、これが寒村か」とびっくりした。この地域の豚は「ブランド豚」で非常に高く売れるのだそうである。

農民問題が取沙汰されるとき、いつも沿岸部労働者との収入格差が問題になる。しかしこの統計数値自体があまり信用できない。先月、国務院を「統計法」の修正版が通過し、2010年から施行される見通しとなった。この法律には、地方政府の幹部らによる統計数字の加工や修正などの虚偽の報告を違法とし、処分や処罰も盛り込まれている。このように中央政府ですら、正しい統計数値をつかむのに苦慮しているのである。今年に入って、中央政府幹部が総出でしばしば地方の現場へ足を運んで、事態を直接つかむようにしている。まさにこのことは中央政府の幹部が、各地方からの報告では事態を正確につかむことができないと認識しているということの証明である。

中国の統計数値がいかにでたらめなものかを証明するのに、よい材料がある。四川省大地震のときに、中国政府は、200万張のテントが必要であると訴え、各国にテントの援助を頼んだ。私はこのニュースを聞いたとき、日本の過去の地震被害と比較して、この数字はオーバーで、多くても50万張で十分なのではないかと考えた。その後、世界中から続々とテントが届いたが、中国政府の国内調達分を含めても合計数字は50万張に満たなかった。ところが中国政府からは不足分150万張の援助要請がなかった。つまり50万張で足りたのである。大地震から2か月後、私は四川省成都市から南方へ車で3時間ほどの町に行った。不思議なことにそこは地震の被害をまったく受けていなかった。ところが立派な家の中庭や道路脇に、たくさんの緊急災害用のテントがたててあった。200万張という数字はこのような街からの水増し要請も含めた結果であったのである。

仮に政府発表の統計数値が正しいとしても、農村からの出稼ぎ労働者の給与はどこに、あるいは彼らの仕送り分はどこにカウントされているのだろうか。あるいはもぐり労働者の収入などはどのように評価されているのだろうか。これらの解析がない限り、現状の統計数値を鵜呑みにするわけにはいかない。たとえば最近の調査では農民一人当たりの年収は4700元ほどつまり月収400元弱で、沿岸部の出稼ぎ労働者の月収は3000元を下回ることはないといわれている。これをそのまま比較すれば、収入格差は2600元である。しかしながら出稼ぎ労働者が1000元を仕送りし、かつ生活費に1000元を費やすとすれば、3000−1000−1000=1000となり、手元に残るのは1000元となる。かたや農民は1000元の仕送り分を加え、持ち家で物価も安いので生活費を500元と計算すれば、400+1000−500=900となり、残りは900元となる。つまり出稼ぎ労働者と農民との手持ち現金の差はわずか100元となるのである。出稼ぎ労働者にとって、沿岸部での住問題は深刻で物価もかなり高く、彼らの生活は楽ではない。衣食住は圧倒的に農村居住者が有利であり、発表さている収入格差ほど双方に実感的生活格差はないのが実状である。

最近では広東省から香港やマカオへの移民が激減しているという。本土出身者にとって移住後の生活は楽ではなく、金融恐慌の結果、香港も不景気となり仕事が激減しているので、本土に残っていた方がはるかに就職チャンスが多く、手元に残る現金も多いからだという。これと同様の現象が中国の沿岸部と内陸部に起こりつつあるのである。

農民の失地問題についても、それを「虐げられた農民と腐敗と汚職にまみれた為政者」という構図で語ることは間違っている。「農地を少しでも高く売りつけようとする農民と安く買おうとする購入者側の金銭をめぐる意地汚いバトル」と捉えるべきである。それが証拠に、高く農地を売ったお金で、工業団地の横に寮を立てて、工業団地の労働者たちに賃貸して結構優雅な生活をしている農民もいる。また数年前に売った価格が安過ぎたといって、不法な訴えを起こし騒ぎ立てている農民もいる。また四川省大地震の結果、家屋が崩壊していないのに政府からの支援金で豪邸を建てている農民もいる。このような例は中国全土に無数にある。

 

2.失業と農民問題のダブル浮上。

しかし上記は、沿岸部の発展があってこその状況である。沿岸部でもぐり企業の倒産が相次ぎ、そこに吸収されていた膨大な数の出稼ぎ労働者が旧正月に続々と帰郷するという事態になれば、今まで覆い隠されていた失業と農民問題が同時に浮上してくる。ついに大問題が噴出するわけである。中国全土で失業者の大群が大暴動を起こすかもしれない。すでにそれはマスコミでも「2月危機」として騒がれている。

私は昨年末、中国政府の「労働契約法強制実施」と「貸しはがし同然の金融引き締め実施」に、「こんな馬鹿げた政策で中小企業をつぶしたら、中国経済は未曾有の危機に陥る」と予告した。この予言はぴったり当たった。むしろ中国経済の減速は私の予想をはるかに超えて早く進行し、五輪開催前に赤信号が灯った。私が考えていた以上に、外資の夜逃げや倒産が激増し、また地場もぐり企業が急減したからである。その現象は月を追うごとに激しくなり、驚いた中国首脳は地方の現場に直接入って事情聴取に努め、経済の建て直しのために矢継ぎ早に救済政策を実施した。しかし不幸にも自然災害や金融恐慌に見舞われ、小手先の政策打ち出しだけでは事態の打開は不可能となった。そこで政府はなりふりかまわず、400兆円を超える超大型経済刺激策(地方政府の独自政策を含む)を打ち出すと発表した。

これだけの資金を湯水のように使えば、おそらく「2月危機」は回避できるし、当分の間、景気は持ち直すにちがいない。しかしこの資金が今まで同様に沿岸部優先で使われると、その効果は半減する。現在必要なことは、中国全土ことに内陸部に、とにかく起業ブームを作り出し内需を振興することである。かつて沿岸部では、猫も杓子も一攫千金を狙い起業した。内陸部からの出稼ぎ労働者も、目先の利く連中は親戚一党から資金を借り集め、素早くもぐり営業を開始した。この熱狂こそが中国経済大躍進の原動力だったのである。

しかしその結果の成功者はごく少数でほとんどが没落した。にわか経営者の多くは失望し、今、「故郷に錦を飾れなかった傷心の思い」を胸に、内陸部に帰ろうとしている。だから内陸部で再度、彼らの胸に希望の灯をともし、熱狂的起業ブームを再来させるために、400兆円が使われるべきなのである。マスコミを総動員してでも、「2月危機」の冷風を「2月起機」の熱風に転換させることが必要なのである。

 

3.大寨・小崗・華西から学ぶ。

中国政府にとって、農民問題は建国以来の最重要課題であった。それを解決するために、毛沢東は大寨というモデルを示し、ケ小平は小崗を取り上げ、江沢民は華西を賞賛した。私は今後の農民問題を考えるために、それらの現状を見てみることが重要だと思い、現地に足を運んでみた。

 

≪毛沢東の大寨≫                                       <大寨村の入り口>

1964年、毛沢東は「農業は大寨に学べ」と大号令をかけた。それから山西省昔陽県大寨村は全国の農村の模範となった。たしかに1960年初期の中国全土の自然災害のとき、大寨村の共産党書記:陳永貴は艱難辛苦をおそれず、大寨人民公社の中の生産大隊の村民を率いて石ころだらけの禿山を開墾し田を作り、自然災害に打ち勝ち、政府から食料と現金による救済を求めなかったばかりか、国家に食料を提供した。この功績で陳書記は中央政府に移動し、その後に「鉄姑娘」

と呼ばれた郭風蓮が書記の重責を務めた。しかしその後の政争の中で、左の誤りを犯したと批判され彼女がその座を去ると同時に、大寨もその存在を社会から忘れられた。

その後の大寨は大きく変化を遂げ、今では全村の総生産額に占める農業の割合は1%前後となった。村の主な産業は、工業・商業・サービス業になり、ことに大寨へのノスタルジアからか、全国から「大寨ブランド」への引き合いが非常に多く、すでにタバコ・酒・ウール衣料・胡桃飲料などが全国ブランドとして展開されているという。また観光地としても注目されるようになり、記念館には年間30万人が訪れるという。

 

≪ケ小平の小崗≫

                                                 <小崗村役場>

 1978年、安徽省鳳陽県小崗村の18人の農民はいちはやく個別請負制に移行し、その1年目に早くも過去15年間分の食糧生産に匹敵する収穫量を達成した。そしてこの村はケ小平から農村改革第1村と賞され、全国農村のモデルになった。しかしながら現在の農民一人当たりの年間収入は6000元ほどで、若者たちは村から出稼ぎに出て行く状況だという。                     

村政府幹部によれば、今後、農業を主としながら、ブドウやしいたけ栽培、米国投資による甜葉菊研究、           

広州資本による野菜基地、地元企業による黒豆栽培、天津企業による養豚とその糞利用のメタンガス発電

事業などが企画されているという。

 

≪江沢民の華西≫

                                               <華西村の偉容>

2008年10月、江蘇省江陰市華西村は、第1回国際観光祭りを開催し、貧困農村から「中国一の金持ち村」として経済発展したことを全国にPRした。

前書記の4男である呉協恩共産党村書記は「中央政府が1979年に農地請負制を奨励した際も、農民の意見を聞いてそれを導入しなかったことが今日につながった」とその歩みを振り返った。華西村は集団体制を維持しながら郷鎮企業を発展させ、現在では8つの大手企業と60の中小企業を持っており、主な産業は鋼鉄建材・繊維工業などで世界的な著名企

業も存在し、江沢民が誇る「天下第1村」となっており、観光地や別荘地としてもその名が全国に轟いている。

☆三村を比較してみると、

@いずれも農業単独では大きな発展が期待できないことがわかる。やはり農村に事業を興すことが必要なのである。かつて中国でも全土の農村に郷鎮企業と称する事業を興す運動があった。しかしながらそれらのほとんどが失敗した。中心がアマチュア集団であったからである。今度は沿岸部で鍛えられたプロ集団が農村に戻り、それを指導するわけだから、内陸部にも事業が根付き成功する確率は高い。

Aさらにそれぞれのモデルにおいてリーダーが、時代の先端を切っているか、それとも逆行しているかの違いはあるが、いずれにせよ異端児であることに注目すべきである。今、中国に必要とされているのは、このような異端の発想である。そして全土に多種多様なモデルを作り上げることが喫緊の課題なのである。

Bその上で、その事業自体が観光化し、サービス産業などと上手にからんでくれば最高である。

 

4.提言:中国各地に起業ブームを。 「災い転じて福と為せ」。

 

≪緊急対策提言≫

@沿岸部の労働集約型産業を守れ。

・広東省などは労働集約型産業を追い出し、ハイテク産業を誘致しようとしているが、一時的にその政策を棚 上げして、これ以上沿岸部から労働集約型産業が減らないようにすべきである。労働集約型産業が内陸部 に移動してUターンした出稼ぎ労働者の受け皿になるまで、いましばらくの時間が必要だからである。また 現状の政策のまま推移すれば、外資系の労働集約型産業は倒産するか中国から逃げ出すだけで、内陸 部には移動しない。そのために沿岸部では、各種の優遇政策などを復活させ、金融を緩和し、労働契約法などの執行を緩やかにすべきである。

・このほど国家発展改革委員会は珠江デルタ地区の2020年までの発展計画の全容を発表した。それによれば、広東省をサービス産業の開放政策の実験場と位置づけている。しかし従来のように外需頼みの経済復興では現状を打破できないことは事実であり、内需振興がその死命を決するわけであるから、ソフトウェア産業などは内陸部を優先すべきである。

A内陸部に起業ブームを巻き起こせ。 

・政府の全面的援助。沿岸部から帰郷する経営に熟達した経営幹部や熟練技術者の起業のため、政府は全面的に援助すべきである。金融、労務対策、税制、環境面など、あらゆる側面で政府当局は起業を支援するべきである。重慶市政府は「内陸開放経済」を発展させるために、担当職員が積極的な起業支援をするかぎり、多少のミスがあっても許容するとの態度を打ち出した。安徽省でも帰郷した出稼ぎ労働者の起業や地元再就職の支援策を相次いで打ち出している。各地政府もこのような柔軟かつ積極的な対応を学ぶべきである。

・設備の買い上げ。沿岸部の経営者の手持ち設備を買い上げ、内陸部で起業する資金にせよ。かつて日本では輸出企業を内需に転換させるために設備廃棄事業が行われた。輸出生産を行っていた会社の中古機械を新品同様の価格で買い上げ、見事に内需生産に切り替えさせた実績がある。中国はこれを見習うべきである。

・物流費補助。企業が内陸部に移動しない最大の理由は物流費の増大にある。したがって内陸部に移動する企業には一定の期間、物流費補助を行うべきである。

・建物の優先的貸し出し。内陸部にも多数の未使用物件がある。これを起業家に優先的に無料か低料金で貸し出すべきである。上海楊浦地区は遊休施設を利用して、大卒の起業家のため、創業エリアが確保し、無料でオフィスデスク・電話・空調・ブロードバンドなどのオフィス施設を提供し、総合サービスホールを設立

し、創業指導専門家コンサルティング・創業政策サポート受理・企業登録登記・企業求人などのサービスを提供している。このような施設を内陸部に無数に作るべきである。

・内需指向型企業には、無料で販売拠点の提供などを行い、適時催事などを行わせる。現在行われている家電製品の内需刺激策のような政策をどんどん打ち出すべきである。

・内陸部起業のアイディアを大々的に募集せよ。とにかく内陸部に一大起業ブームを巻き起こすことが重要である。懸賞金つき起業アイディア募集して、一大起業ブームを演出すべきである。13億人を含め、世界中から英知を結集すれば、きっと奇想天外のアイディアが集まるに違いない。

※たとえば、日本海横断航路でも、中国政府主導で新船を建造し就航させたらどうかと思う。日本海は冬季にはかなり荒れるので小さな船では難しい。また日本海側の各港は地元振興のために航路誘致に熱心であるが、各港別では荷物量が少なく大きな船が寄港しても採算が取れない。そこでそれらの矛盾を一度に解決できる新しい船のアイディアがある。小さな船をそのまま取り込める大きな船を建造し、日本の近海まで大きな船で行きそこで囲いを開き、内蔵していた小船を各港に仕向けたらどうだろうか。なおこのアイディアは10年以上前に日本と上海を結び、狭い長江を武漢まで遡上する物流船として考案されたものである。

・そして全国各地に特色ある地域を作り上げ、それ自身が観光産業として成り立つように仕組むべきである。そのためには各地政府が競って天下の奇才や異端児を集め、その意見に耳を傾けることである。

B≪産業再配置提言≫ 

・社会主義市場経済の強みを発揮し、構造特区などをつくり、強権的に産業再配置を行うべきである。

・ソフトウエア産業・軽薄短小型産業・内陸部需要型産業は内陸部に配置する。

※世界屈指のソフト産業集積地のインドのバンガロールは内陸部である。ソフトウエア産業には物流を考慮する必 要がないので内陸部最適産業であり、沿岸部に立地しなければならないという経済的合理性のない産業であるから、政府決定で沿岸部では禁止産業にするか高額の課税をするべきである。内陸部、ことに青海省などあの難解なチベット哲学を学んでいる人材の多い地域や、吉林・黒龍江省のように日本語に堪能な人材が多い地域に、ソフトウエア産業は最適である。そのために内陸部へのITインフラの整備を最優先すべきでもある。

・重厚長大(資材輸入)型産業、労働集約型輸出産業などは沿岸部に配置すべきである。

・アイディア別構造特区を設置する。   

Cその他。

・外資などが撤退する大きな原因となっている労働契約法などを、その執行と適用を柔軟化する。すでに一部地域では社会保険料の一部減額などが進行しているが、それを全面的に減額するような構造特区を作ることも有効である。

・沿岸部や工業団地周辺に低額マンションを大量に建設する。

・国境貿易を盛んにする。チベット、新疆、モンゴル、吉林、黒竜江、雲南省など。

Dただし工業団地造成は実施してはならない。すでに中国全土には工業団地があり余っている。新たに工場を建設する必要はまったくない。資金の無駄遣いをしてはならない。私は2005年3月にこの異常事態に気づき、「激安!中国の工場レンタル料」という小論を発表しておいた。(前掲拙著P.106〜)

以上