=======================================================================================
京大上海センターニュースレター
250号 2009126
京都大学経済学研究科上海センター

=======================================================================================
目次

     上海センター学術セミナー「中国農業:持続的発展への諸課題」のご案内

     中国・上海ニュース 2009.1.19-2009.1.25

     「時が滲む朝」感想特集−第2回

     ある内陸都市の「2月危機」の実相

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

上海センター学術セミナー

「中国農業:持続的発展への諸課題」のご案内

 

 京都大学上海センターでは昨年度に続き、中国の農業問題についての以下のような学術セミナーを計画しました。「三農問題」といわれる現代の農業問題とともに、中国農業史の長い歴史を振り返る部分も含んだものとなっています。我々と学術協定を結ぶ中国人民大学と西安交通大学から2名ずつの専門家をお呼びして開催するものです。参加費は無料ですので、多くの参加を期待します。また、上海センター協力会の後援もいただきます。記して感謝いたします。なお、本事業は現代中国地域研究京大拠点の事業の一環として行なわれます。

 

会場はすべて京都大学経済学研究科2F大会議室です。

 

■第1セッション 2009216() 午前 10:00-12:00

山本裕美(京都大学教授)  日中農業政策の比較

高徳歩(中国人民大学教授) 農村自治:古代と現代の比較

 

■第2セッション 2009216() 午後 1:30-6:00

張思鋒(西安交通大学教授)  農村人口都市移住の問題について

(西安交通大学准教授) 農民生産技術を革新する新しい農村金融メカニズムの構想

(中国人民大学准教授) 中国農業成長段階の変化と発展方向

沈金虎(京都大学講師)     家族経営体制、経済発展と草原地域の砂漠化

−中国草原地域の砂漠化の原因と今後の対策について−

 

レセプション 2009216() 午後 6:00 

於 カンフォーラ(京大正門横)

 

■第3セッション 2009217() 午前 10:00-12:30

大西広(京都大学教授)      中国農業史研究におけるチベット農奴制研究の意義について

安部治平(青海民族学院講師) アムド=チベットの土地家畜所有について

宮崎卓(京都大学准教授)   中国の地域間経済格差問題と財政分権化

 

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

中国・上海ニュース 1.19−1.25

ヘッドライン

■ 中国:08年GDP成長率9%、第4四半期は6.8%

■ 中国:鳥インフルで連続死者4人

■ 中国:「経済成長率8%維持」には輸出の伸び10%必要か

■ 中国:「医薬衛生体制改革方案」通過、8500億元投入

■ 貿易:08年、中国・アフリカ間貿易額は史上最高

■ 電信:3Gネットワーク建設、09年は1700億元投入

■ 中国:各地で猛烈な寒波、北京は最高気温マイナス7度

■ 山西:国際誘拐事件発生、3人の容疑者を逮捕

■ 北京:外国人の住宅購入規制が一時解除

■ 上海:結婚平均年齢は男性32歳、女性29.6歳

=============================================================================

「時が滲む朝」感想特集−第2回

                              19.JAN.09

小島正憲

 

 今回は、20代の日本人男性(父親が中国生まれ)、20代の日本人女性、30代の日本人女性(中国生まれで日本に帰化)の3人の感想文をお届けする。

                                                            

≪時が滲む朝を読んで≫

                     20代 日本人男性(父親が中国生まれ、日本在住)

時が滲む朝の中心人物の浩遠と志強の二人は天安門事件が起きた年代を生き抜いた生粋の強さを持った人たちだというのがもっとも強く印象に残った。心のどこかで虚しさを感じながらも中国民主化のために学生運動に没頭する。でも学生運動で培われた信念のために大学から追い出され、どん底の生活からスタートする。その中各々の悩みを持って生きていく。学生運動が果たして正しかったのか、なぜそんな活動をしたのか。ただ一度はじめてしまった事をやめられなくなっただけなのか。いろんな不安を持ちながらも努力し、人生を歩む。傍から見ればたいした成功をしなかった人生かもしれないけれど。私の父も彼らと同じような環境を生きてきた。父は中国に生まれ彼らと同じように学生運動に参加し、その後日本に渡り今でも日本で生活しています。そんな父を持つ私はこの本の中の桜や民生と同じような立場だと感じました。私の父とおじは天安門事件の時北京で大学に通っていました。二人とも北京の天安門広場に行って浩遠や志強と同じように叫んだそうです。まだ幼児だった私も連れて行って騒然とする天安門広場を見せてくれました。小さい頃の事なので記憶にはないのですが、同じ場に行ったことがあると言う事ですごく共感をもてました。あの時代なぜ中国人学生が学生運動をし、自由を唱えたか、この本の中には克明に書かれていて理解することができました。最初は皆情熱を持って参加した学生運動も、変わらない国の圧力に負けだんだんとその熱を失っていく。参加してた結束もいつの間にかなくなり、ただ利益のためだけに参加する者も増えていく。そしていつの間にかはじめた理由を忘れ、ただ生活する。その傍らで時間が過ぎるごとに国は変わる。学生運動をしたから変わったのではなく、ただ時間が国を変えていく。時間の流れが人の意思よりも強く、人はそれを簡単には変えられない。そして最後の場面で民生が、「中国ってどこ?」「故郷は日本。」と父に答える。私も小さい頃親に同じ事を言った事があったが、この本を読んで始めてなぜ親はあんなにもつらそうな顔をしたのかがわかった気がしました。自分たちがあれだけ愛した国を、その気持ちを次世代に伝える事もできず、異国に住み、異国の人として生きていく。それなりの虚しさを伴う事だと思いました。その一方で努力したことによって得た生活は愛した国の生活より格段に良く、矛盾の中で生きていく。同じ環境ですごした父を持つ私としては、華僑の心理を良く描いた作品だと思います。

 

 

≪時が滲む朝を読んで≫

                                        20代 日本人女性

以前、北京大学で日本語を学んでいるという学生に会う機会があった。彼女と何かの話の流れで天安門事件の話題になった。しかし、彼女はその事件についてほとんど知らない、だから反対に教えてほしいといった。またある時、他の学生とその話になったとき、彼は、そのような事件があったことは知っている、しかしそれは無知な学生の暴動だったのだと語った。話を聞いていると政治のことにはほとんど興味なく、好きなものといえばアニメや、音楽などだ。彼らに共通しているのは80年以降生まれといわれる現代っ子である。心配ごとといえば、卒業後の就職先だ。今の学生に中国に民主化が必要かと聞くと、口を揃えて答えるのは、「必要だけど、中国は大きいし、いろいろな民族がいるから西洋の言っている民主化は無理なんだよ。中国式の民主化でいいと思うよ。」ほとんど中国政府の話と同じだ。

「時が滲む朝」、この本では天安門事件の時代の学生達が悩み、求めたものを彼らの日常の生活の中からあらわしている。そして、ここから分かるのは、学生運動に参加した多くの学生が本当にこの活動の意義、意味が分かっていたのかというと疑問点が残ることである。本の中で学食のコックさんが言った、「学生さんよ、文学か何かわからなんけど、若さだけで血が騒いでいるんじゃないか。」この言葉が心にひっかかった。

北京オリンピック開催が決定、その時、中国は以前より明らかに豊かになった。人権問題、共産党の独裁、民族問題、何か中国で問題があるごとに外国のメディアは騒いでいる。グローバル化が進み、インターネット、携帯が普及した今、政府ですら全ての情報をコントロールするのは難しい時代である。学生達も、中国の抱える問題を認識している。しかし、国の問題より、就職、留学などの個人の問題の方が彼らにとってもっと重要な問題なのだ。逆に言えば、国に対する問題はもっとクールに見ることができているのかもしれない。

今、天安門事件の時運動に参加していた年代の学生が、中国の指導者にたつ時代になった。ある研究会で一人の人が発言した。

「今、中国で民主化運動を一番恐れている人、それは以前自分が民主化運動に参加していた人なのです。」

 

 

≪「時が滲む朝」感想文≫

                                         30代日本人女性(中国生まれ日本に帰化)

   この小説が主題として、取り上げているのは激しい受験勉強の後に無事大学に入学した 二人の若者が学生寮の中で過ごした僅か一年に満たない‘青春時代’のなかで体験する 愛国、希望、悲壮、挫折、失恋、そしてそれらを引きずりながら世間知らずのまま、周囲の環境変化に馴染めず、いつしか孤立して中年になって行く青春追憶の小説です。

残念ながらもっとも肝心ななぜ学業を放棄してまで、愛国の為に‘座り込み’やデモを行うのか。その意義や効果に対する説得力の有る主張もなく、状況説明と経緯のみが書かれている為、個人的には、主人公たちの‘英雄気取り思い’や‘愛国無罪’の主張(2年前の上海でも起きた‘反日行動‘のスローガン:国の為ならルール破りも許されるし、多少の犠牲者はしかたがない)がこっけいです。純粋で無垢な若者が一部の‘知識人’に洗脳され、師と仰ぎ、暴徒化していく図式はかつての文化大革命、イランのホメー二師、オウム真理教、アルカイダなど枚挙にいとまがないでしょう。

 ただただ‘熱’に取り付かれた若者が国の為?民の為?に個を犠牲にしてがんばる ‘ドンキホーテ’の話です。

30年前に起きた文化大革命のときでも学生が中心的な活動をし、多くの犠牲を生み

だしました。同じように、この‘天安門’でも多くの未成年が巻き込まれています。

情報開示がない現状の中で一部の情報のみが‘鵜呑み’をされていくパターンです。

知識人と大学生が中国を改革してきたという‘思い上がり’は愚民政策と一致しどちらの方法も解決にはならないでしょう。

民主主義の代表と言われるアメリカに真の民主主義があるのかどうか?なぜ黒人の大統領がニュースになるのか?なぜ日本に二大政党制が育っていないのか?「日本の首相として誰がもっともふさわしいか?」とのアンケートでなぜ民主党の小沢代表が不人気な麻生首相に大きく水をあけられ支持を勝ち取れないのか? 

各国の歴史では民主主義は血を流しながら‘勝ち取って’きたものでありますが、日本のみアメリカから与えられた国家です。中国はどうするのかわかりませんが、でも日本よりももっと真剣に努力しているはずです。

 

第2回分 以上

                         

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

ある内陸都市の「2月危機」の実相

                              26.JAN.09

小島正憲

2年ほど前から日本の本屋の店頭で、「中国NEWS」という月刊誌が販売されている。表紙にはわざわざ「中国政府公認誌」とうたってある。だから、どうせちょうちん記事が多いのだろうと思い、今まであまり注目していなかった。今回たまたま店頭で09年2月号を手に取ってみたら、そこに「不景気で農村に舞い戻る農民工−農村での再定着支援で行政は大わらわ」と題した記事が載っていた。私は出稼ぎ農民工の帰郷情報を具体的につかみたかったので、すぐに買って開いてみた。

驚いたことに、そこに描かれていたのは湖北省潜江市の実態であった。湖北省は私の地盤だが、恥ずかしながら私は潜江市についてはまったく無知であった。ことに「潜江市の中の高石碑鎮は伝統的な裁縫の町であり、改革開放後、大量の裁縫職人が深圳地域に出稼ぎに出て行っており、彼らが今回続々と戻ってきている」と書いてあるのを読んで、まさに「灯台下暗し」だったと思った。  

また記事の中には、潜江市政府関係者の言として次のように書いている。「潜江市では08年の1月から10月にかけて全市から出稼ぎに出た労働者は16万人。現時点で市に戻ってきた農民工は、記録上3592人となっている。これはあくまでも初歩段階の数字。実際の数はこれをはるかに上回る可能性もある。農民工逆流の原因は、沿海地域の企業が金融危機の結果倒産が続出し、そこで労働者が大量にはじき出されていることである。戻ってきた農民工のうち、職をみつけたのは1169人にとどまる。2423人は再就職先が決まっていない。農民工の就職不安は11月に入って空前の規模に達している」

また潜江市技工学校高石碑鎮訓練センターの責任者の次のような言葉を紹介している。「このセンターでは縫製作業員の育成を行っている。地元に戻った農民工の応募が引きも切らず、先月だけで200人以上の申し込みがあった。地元企業が操業を続けているとはいえ、仕事にありつけるのはごく少数だ」

私はその記事を読み進むうちに、もしその記事に書かれていることが本当だとするならば、この潜江市で縫製工場を開始すれば、続々と帰郷してくる熟練縫製技術者の確保ができるので、大儲けができるのではないかと考えた。そこで私はすぐに現地に飛んで、この記事の真偽と潜江市の詳しい投資条件を調べることにした。さっそく地図を開いて場所を調べてみると、潜江市は武漢から西方へ車で3時間ぐらい走れば行けそうなところだった。

1月21日、私は潜江市政府を訪ね、投資をするための立地調査という名目で、担当部署の責任者に会った。彼らは旧正月前の多忙な時期にもかかわらず親切に応対をしてくれ、1月15日現在のデータとして下記のような詳しい数字と市の帰郷農民工対策を教えてくれた。

「潜江市は人口100万人ほどで、石油産業(中国10大油田の一つ)、機械・鉱山産業、繊維産業、農業、化学工業などが盛んである。ことに繊維産業は古くから綿花の栽培が盛んであり、その関係で衣服生産の伝統を持ち、裁縫技術者の多くを輩出してきた。「潜江裁縫」のブランドを取得しており、ことに高石碑鎮には職人さんが集中している。この村では若い娘は裁縫技術を身につけ、結婚するときにはミシンを持参し、嫁ぎ先でも裁縫の仕事を続けるのが誇りであったという。改革開放後、この村からは10万人以上が深圳地方に出て行き、そこで事業を成功させ、今では500人以上の従業員を擁する会社が80社以上に存在するという。その成功者のうちで、4社が潜江市に戻ってきており、それぞれ1000人規模の工場になっている。

08年度、農村には25.9万人の余剰人口があり、そのうち21.9万人が農村から出て行っている。内訳は市外へ16.3万人、市内へ5.6万人。09年1月15日現在、沿岸部から帰郷してきた人は2.5万人であり、そのうち自己の意思で帰郷したものが1.3万人、リストラなどの理由で帰郷したものは1.2万人。職業別で見ると縫製関係は1.5万人、その他1万人。地域別で見ると、広東省から1.5万人、長江デルタから7千人、その他3千人。旧正月まで(約10日間)に、さらに1万人ほどの帰郷者を予測しているが、これからの人たちは自己都合組が多く、リストラ組ではないので心配はしていない。

現在までの帰郷者の今後については、2.1万人が再び市外へ出ていく意思を表明しており、4千人が市内に残留予定。そのうち勉強をしたいという意思のある人は960人。したがって残りの約3千人を市内の企業で収容できればよいことになる。彼らについては、すでに市内の有力企業に就職がほとんど決まった。それらの企業では、今まで人手不足だったので、充足できてちょうどよかったといっている。したがって現在、この市に過剰人員はいない。つまり失業者はいないということである」

私は彼らの話に注意深く耳を傾けていたが、最後の結論を聞いてがっかりした。せっかくこの潜江市に工場を開き、熟練技術者を大量雇用し、大儲けしようと企んでいたのだが、その夢が空しく費えたからである。しかし私は政府関係者が実に細かいところまでよくつかんでいることにいささか驚いた。さらに彼らは、「省政府の指示で、当該上級機関に2週間に1回のペースで報告しており、下級組織からは週報を出させている」と付け加えた。このことは中央政府が農民工の帰郷動向について、危機感を持ち、必死になって情報を収集している現れであると推察できる。

もちろんこれらの情報が、どこかの段階で誇張されたり捏造されたりするかもしれないが、中央政府がこれらの情報に基づき、ただちに大胆な政策を打ち出せば、農民工帰郷問題がソフトランディングし、「2月危機」は起きないだろう。しかし金融恐慌の影響の本格的な不況はこれからである。さらなる大量帰郷農民工が発生した場合、従来の企業だけではそれらを吸収できず、失業者が5月ぐらいから激増し始め、帰郷農民工問題が再燃、深刻化するかもしれない。「2月危機」は一時先送りされただけと考えた方がよいかもしれない。

私は高石碑鎮の訓練センターまで足を延ばしてみた。それは市内から40分ほどのところにあった。途中で道を聞いた若者が、ちょうど深圳のアパレル会社から帰ってきたばかりだという。旧正月明けにはまた戻るそうだ。        ≪高石碑鎮訓練センター≫

彼によると、深圳では夫婦で縫製会社に勤め一生懸命稼げば、二人の年収は10万元を超えるという。確かに倒産した会社も多いが、まだまだ勤め先があるので、彼の友人たちもほとんどが沿岸部に戻るらしい。

彼の道案内でやっと訓練センターに着いたが、旧正月前で休みに入っていたので、責任者に会うことはできなかった。訓練センターは倒産した映画館を改装したものでみすぼらしく、「伝統的な裁縫の町」の訓練センターとはとても思えなかった。その鎮を見回ってみたが、店頭や電柱に求人広告が張ってあり、街角に人影も少なく、現状ではこの地もやはり人手不足であることがよくわかった。私は中国NEWSの記事が少々オーバーであることを確認し、この地に企業進出することを断念し、武漢空港に向かった。

 

 

以上