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京大上海センターニュースレター

279号 2009817
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

OMA ベトナム・カンボジア視察研修交流の旅へのご案内

○ 中国・上海ニュース 2009.8.10-2009.8.16

   「時が滲む朝」 感想文特集 第3回

   【中国経済最新統計】(試行版)

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当上海センター協力会の法人会員である(社)大阪能率協会 アジア・中国事業支援室より、恒例の海外視察旅行のご案内が来ていますので、掲載させて頂きます。

当協会の大森經コ副会長が団長でもあり、ご希望の方は821日(金)までにお申込み下さい。(連絡先:大阪能率協会事務局 E-mail:oma@crux.ocn.ne.jp またはTel:06-6941-2709Fax:06-6947-4369 先着25名様まで)

 

OMA ベトナム・カンボジア視察

研修交流の旅へのご案内

 

 

企画運営:(社)大阪能率協会

アジア・中国事業支援室

 

私たちの(社)大阪能率協会(OMA)アジア・中国事業支援室は、これまで7回、沿岸部から青海省・チベットまで中国各地の視察を行い、昨年は初の試みとしてインド・ネパール両国の視察交流も行いました。 本年はドイモイ(開放)政策によって近年目覚しい経済成長を遂げ活気があふれているベトナムと古い文化と微笑みの国・カンボジア王国の二カ国の視察を企画しました。

ベトナムの首都ハノイでは日本大使館、JETRO及び現地日系工場を訪れ、経済発展の現状や日系企業の活動状況を探ります。中部最大の都市ダナンでは、市外務局、現地企業2社の訪問や、日本商工会ダナンの主要メンバーとの懇談会を計画、更に御朱印船が訪れた東西交易の地ホイアンとベトナム最後の王朝の都として栄えたフエの町を巡ります。

南部の大都市ホーチミンの市内観光の後、カンボジア王国で世界三大遺跡のひとつであるアンコールワット・アンコールトムを訪れ、いにしえの華麗なクメール文化に触れて頂きます。

 是非、この機会に多数の皆様のご参加をお誘いいたします。

 

日 程 :  2009105()11() 7日間

/

  行   程 

宿 泊

10/ 5()

関空発(11:00)―ハノイ着(18:30)

ハノイ泊

10/ 6()

日本大使館・JETRO・日系企業訪問 

 〃

10/ 7(水)

ハノイよりダナンへ

「ダナン市外務局」

現地企業2社訪問、日本商工会メンバーと夕食  

ダナン泊

10/ 8()

世界遺産ホイアン及びフエ観光     

   

10/ 9()

ダナンよりホーチミンへ

市内観光

夕刻 シュムリアップヘ

 

シュムリアップ泊

10/10()

世界遺産 アンコールワット・アンコールトム観光

深夜 ホーチミンへ

機内泊

 

10/11()

ホーチミン発(0:10)―関空着(7:20)

 

○参加費用:189,000円(ホテル:四つ星、シュムリアップは五つ星、二人部屋)、一人部屋追加料金

24,000円。

その他に、空港税、燃料サーチャージ、カンボジア査証費用等約20,000円必要。

以上

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中国・上海ニュース 8.10−8.16

ヘッドライン

■ 中国・国家統計局:7月の工業生産動向

■ 中国:民間企業総数、前年と比べて5.31%増

■ 輸出:1−7月中国紡績・衣料品の累計輸出額、10%減

■ 投資:1−7月の固定資産投資動向

■ 産業:湖南製鉄会社、豪鉄鉱採掘大手FMGの第2の株主に

      鉄道:中国、鉄道建設に3年間で2兆1000億元超

■ 四川:大地震の義援金、大部分は政府収入に=市民社会の未成熟あらわに

      台湾:人民元を外貨準備システムに導入することを検討

      広州:国宝クラスをこの機会に、歴代皇室の高倣品展開催

     新疆:大空高くプロの技を披露、空のスポーツイベント開催

 

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「時が滲む朝」 感想文特集 第3回

美朋有限公司董事長

   中小企業家同友会上海倶楽部代表

上海センター外部研究員   小島正憲

 

回は、はらだおさむ先生と、30代日本人男女、そして30代中国人女性2人の計5名の感想文をお届けする。

                                                                     『時が滲む朝』の、父と子たち                        はらだ おさむ

 

昨秋 ある会合のテーブルスピーチで、在日中国人作家・楊 逸さんの芥川賞受賞作「時が滲む朝」の読後感を述べたことがある。その要旨は、間もなく発刊される「2008 ひょうご講座講演集」(竹内 実+関西日中関係学会編)に収録の、小文の末尾につぎのように綴っている。

 「在日中国人楊逸さんの小説『時が滲む朝』に芥川賞が授与された。

 すばらしい快挙、日本語でここまで表現できたその能力に敬服する。

 天安門事件をはさむそのストーリーの、とくに後半はシナリオのプロットのようなところが多くて、その表現の密度、内面描写の不足が見られ、終りになるほど感動は薄れるきらいがあったが、それはテーマが大きすぎるせいでもあろう。『ワイルドスワン』ほどのボリュームがほしい内容を含んでいる。

 わたしの好みからこの作品を分断すると、父と子、どちらかいえば父の側から主人公の行動を見る描き方もおもしろいのでは、とも思う(以下略)」

この父と子たちのことをもう少しお話してみたい。この小説は19887月の大学統一試験の話から始まる。

 

 主人公・梁 浩遠の家は県城にほど近い東林鎮にあり、友人の謝 志強はその隣の南福村に住んでいる。ふたりは県城に二つしかない高校の、名門高校の方に通学、そこでもいつも上位にランクされているライバル同志であった。

 浩遠の父は、北京大学で哲学専攻のエリートであったが、1957年の「反右派運動」に巻き込まれ、卒業直前に西北の農村に下放されて数年、のち地元の小学校の教師となり、貧農・文盲の娘と結婚する。浩遠が小学校に上がるころ、村から100キロ離れたいまの東林鎮の中学の英語教師に招かれた。その後「名誉回復」もされたが、もうこの地を離れる気は無い。

 志強は農家の長男で、4人の弟がいる。

 秦都(西安の設定か?)の、秦漢大学への合格に胸を躍らせる志強に、父親は進学に反対するが、母親は「この無学の家系から状元(注)が出たのよ。・・・たとえ鍋を売って、ご飯を食べられなくなっても、お前を大学に行かせてやるから」と息子を励ます(注:状元・・・中国の科挙の試験で、進士の首席合格者)。

 88年の秋から冬にかけて、秦漢大学の構内でふたりは「説是寂寞的秋的清愁 説是遥遠的海的相思・・・」と吟じながら青春の学生生活を謳歌していたが、春節明けから学内が次第に騒がしくなる。ふたりが所属する文学サロンで、若手教授の甘 凌洲先生が二年生を率いて市政府前の広場で集会を開いたことが話題になり、やがてふたりもその仲間に加わる。集会、デモ行進、時には座り込み、ハンスト。

 「5月の終わり頃、甘先生は学生の希望者からなる応援団を率いて、首都に行くことになった。北京。・・・天安門広場は全国から集まってきた学生で埋めつくされている。自由に憧れる学生たちの思いを象徴して人民英雄記念碑の傍に自由の女神が立てられた。・・・あっという間の二日間であった。秦都に帰る列車に乗り込み・・・」

 そして、64日の朝。

 「装甲部隊が天安門広場に突入した」

 浩遠や志強たちは町の食堂で、67度の「老白干」(パイチュー)をあふってタクシー運転手たちと激論の果てに乱闘、傷害罪と器物破損罪で逮捕され、大学は退学処分、三ヶ月の勾留となった。

 「兄の浩鷹に付き添われ、父もわが子に会いに拘置所まで来た。浩遠の泣き顔を見つめ、父の濁った涙が皺くちゃの頬に流れ落ちた。『お前にとって良い教訓になるよ。自分に負けるな』、てっきり叱られるものとばかり思っていたから、自分を気遣う父の言葉を耳にして、浩遠は涙が益々止まらなくなった」

 

 9771日。

 香港は中国に返還された。

 浩遠は残留子女と結婚して、日本で働いている。

 すでに子供も二人、妻は知人の餃子館で働いているが、浩遠がいつまでも中国民主同志会日本支局のアクティブであるのが気がかりだ。きょうもアメリカに亡命中の機関紙「月刊民主論」編集長の張 北松さんとの懇談会で遅くなるとか。日本人の上司に香港返還反対署名を求めて、きみは中国人か、嬉しくないのかとまで問い詰められている。

 「浩遠は、何となく実家の電話番号を押し、『父さんっ』・・・

電話を持つ手が震えだし、じっと我慢していた涙が大きな声とともに溢れ出た。

 『よしよし、泣きな、父さんも若い頃に何度泣いたろうか。夜中に布団を被って狼が吠えるように泣いてさ、すっきりしたら、翌朝の朝日が凄くきれいに見えた』」

 志強と連絡がとれた。

 秦都の「二狼工房」の経営が軌道に乗り、一緒に働くデザイナーと結婚、近く日本企業と提携するために東京へ行くという。

 アメリカの、張北松からメールが入る。

 「俺は独裁家長になっちゃったよ。暴れた娘を押さえようとしたら、腕を怪我させちゃって、学校に隔離させられた。“何もしないでお酒を飲んで、中国の悪口ばっかり言うパパこそ、独裁者だ、世界一の悪人だ”とみんなの前で娘に言われて、ショックを受けた父親の気持ちがわかるか。児童虐待する中国人の独裁家長になってしまった気持ちがわかるか?」

 20009月、志強が一週間の予定で東京へやってきた。

 「あれから11年、最近やけに懐かしくて・・・」

 「ところで甘先生はいま、どうしているの?」

 「この間、東欧からフランスに戻って、詩を送ってくれたよ。・・・年末に帰国すると言い出してさ・・・」

 年末、1230日に甘先生は日本で一泊、翌日北京へ帰ると連絡が入った。

 浩遠は早々と成田空港に着いた。

 到着ゲートの真正面に場所を構え、・・・2時間を過ぎたところで、やっとパリからのフライト到着のアナウンス。・・・あ、似ている人だ!厚手の濃紺のコートに赤いマフラーを巻いた紳士が現れた。・・・長き十年、短き十年、もろもろと何もかもが涙に溶かされ込み上げてくる。

 「先生、帰ってからどうするつもりですか?」

 「辺鄙な田舎にでも行って、小学校の先生になる覚悟だ」

 「君のお父さんを見習ってさ。長年理屈ばかりで生きてきたけど、所詮一介の書生だ。・・・林林(息子)からの手紙だ。もう大学生だよ。妻は過労とストレスで去年亡くなった」

   「父さん、昨夜母さんは息を引き取った。目尻に涙を一つ残した

    ままだった。きっと僕が責任のある父親に恵まれることがない

    のを最後まで悔やんだ涙だと思います。妻も息子も顧みること

が出来ない、そんな人は国を愛せるだろうか。これは僕からの

最後の手紙です。 林林 」

 

主人公・浩遠を含む、この小説にプロットのように書き込まれた四組の父と

子の物語は、それぞれがもっと深く書き込まれ、あるいは独立したストーリーになればと思う。

 あの日から間もなく20年が来る。 天安門広場の自由の女神は倒されたが、世界に飛び火してベルリンの壁を突き崩し、ソ連や東欧の社会主義国は解体した。

 あれから20年、中国は改革開放の道を歩み、いま世界の大国に伍している。

 この小説の提起した、テーマと問題点は鋭く、意味深い。

                      (2009121日 記)   

 

≪時が滲む朝の感想文≫                     30代 日本人男性(中国在住)

 

 私は1970年代に日本で生まれ、天安門事件当時、中学生であった私は当時の状況がTVの報道などから薄らと記憶に残っているが、詳しい状況はよく知らず、インターネットなどの情報を元に想像できる程度であるが、主人公である浩遠達が天安門で起こしたデモ行為に対して、私は理解も同感もできない。浩遠達は学費、生活費を両親に出してもらい養われの身分でありながら、学業を疎かにするだけならまだしも、周囲の迷惑を顧みずデモ抗議を行った。彼らは具体的な意見や主張を持たず、甘先生というカリスマ指導者と多くの仲間達と共に集団心理に囚われた行為であり、民主主義や愛国心をうたっているが、その行為はただの憂さ晴らしである。もし中国の民主化を訴えたいのであれば、自分が政治を動かせる立場になるか、もしくは上層部の人間との人脈を広げていくべきで、そのために何をすれば良いか考えるべきであり、デモ抗議を行うことは本末転倒である。結局彼らたちは大学を中退し、両親や家族を裏切る結果となっている。

浩遠はいつまで経っても自分の立場や環境に納得できておらず、袁利が新華僑実業団になった際も、自分の立場との比較に絶望している。日本の長い滞在生活でようやく、自分が行ってきた事の無意味さに後悔しつつも、今までの自分を否定し新たな道へ踏み出すこともできず、ズルズルと中国民主同志会日本支局の幹事長を務めている。甘先生宛ての林林の手紙でようやく本当に大事なものに気付けたのであろうか。

私は浩遠達と近い世代ではあるが、平和な日本で幼少時代を過ごしている。日本の平和を築きあげた日本国や諸先輩方に感謝している。しかしながら一千兆円という大きな借金を私達世代に残した事、高齢化社会など多くの問題を残した事を恨んでいる。日本という国が今後、赤字国債、年金、社会保障など、ありとあらゆる問題で混乱状態になった時、浩遠と同じく国に対してデモ抗議を行う人もでてくるであろうが、私は国の状況に左右されない生き方を取りたいと考える。たとえ母国が滅びようとも私個人は生き延びる。この本はその上で教訓の一つとして頭の中に留めておきたい。

 

 

「時が滲む朝」の感想                     30代 日本人女性(中国在住)

 

この本を読み終えて、私は《六四天安門事件》という事件の大きさを感じることができました。

貧しい田舎から出てきたばかりの主人公「梁浩遠」とその友人「謝志強」が秦漢大学に入学して勉学に励み将来は中国に役立つ人間になると決めていたのに、やがて知り合う地方出身者と話しをすることで沢山の角度で物事を考えるようになり、甘先生の話をきっかけに、中国もアメリカと同じ民主主義になった方が中国のためになると考えていく。デモ行進・座込み・ハンストをして学生は1ヶ月以上も政府に対して抗議し戦い抜くパワーは本当に恐ろしい力となるように感じとれました。装甲部隊が突入して民主運動していた人達を死傷させることで戦いが終ったかのように感じましたが、沢山の指導者的存在の人々は中国国外に亡命したり行方不明になったりして海外にいる中国人が中国民主同士をしていることが分かりました。

しかし、そんな彼らがなぜ「香港返還」や「北京オリンピック開催決定」を抗議する署名運動したのかよくわかりません。本来は、中国を良い国にするためには民主主義になるべきと考え立ち上がった民主運動の人達が、なぜここで反対しているのでしょうか。これは、中国にとってとても良いことなのに、民主運動がいつしか政府反対運動をしているようにみえました。

しかし、そんな彼らも家庭を持つことや海外で移住することを考える生活プランが出来てくることによって民主運動をしていたころの考えが少しずつ変化しているように感じ取れました。家族ができ、家庭と生活を守る大切さが心に一つ一つずっしりと重い責任が圧し掛かり、親がお金を出してくれた大学時代での民主運動の頃のままの考えでは食べていけない現実を叩きつけられ、他の大学時代の友人達も同様少しずつ少しずつ考え方が変わり、自分の生活を守ることが全てとなっていく。民主運動をしていた頃の気持ちだけでは、現実の世界では生きてゆけず、過去の思い出になってしまうことを認めざるを得ないその気持ちが辛く寂しいお話の結末であると感じ取れました。私はこれほど母国を愛し母国を純粋に良くしようと考えられるのか自信がありません。しかし、この本を読み終えて私ももっと愛国心を抱くよう考えさせられました。

 

「時が滲む朝」の感想文                     30代 中国人女性(中国在住)

 

中国人(楊逸)は、日本語で<時が滲む朝>という本を書き、そしてそれが日本で芥川賞を受賞したそうです。ちょうど日本語を勉強している最中の私も、好奇心をもって<時が滲む朝>を読み始めました。日本語の使い方が上手かどうかは判断できませんが、日本語で中国人物の心理状態を上手に書いていると思いました。その反面、やっぱり中国人が書いた文章だと思う部分がありました。中国人にしかわからないような表現が使ってあったからです。

主人公粱浩遠と謝志強二人は、有名大学に入ったものの、天安門民主運動に巻き込まれました。二人とも退学させられ上に、先生をはじめとして、出場人物達はほとんど外国へ逃げ、バラバラになってしまいました。確かに強者の権力の下では弱者はどうすることもできなかったのでしょう。孤立した彼らは孤独感にとらわれたことでしょう。

世界を揺るがした中国革命歴史上の大学運動「五、四大学運動」と「六、四天安門大学生運動」の違いは後者を国家安定、国家繁栄を望む中国民衆が心から応援しなかったところにあるのではないでしょうか。今から見れば、民主化を訴えたあの騒動は、青春期衝動的無知な学生の暴動に過ぎなかったのでは無いでしょうか。彼たちは、本当に中国アメリカのような国になったらよいと思っていたのでしょうか。

粱浩遠はなかなか青春時代無知から抜けきれず、10年の時間を無駄に過ごしてしまいました。いい悪い別にして、本土中国人として、香港返還に反対する運動までやっていますが、我を忘れるほどのやりがいがあったのでしょうか。粱浩遠の愛国心は何処に現れたのでしょうか。結局、10年経って、大学民主運動の発起の一主謀者としての甘先生は民主運動を再認識しましたが、先生に影響された大学民主運動に参加した粱浩遠は最後まであやふやでした。

<時が滲む朝>の作者としての楊逸は、中国人の立場の読者には何を伝えようとしているのでしょうか。それまで育ててくれた祖国と社会を批判するだけなのでしょうか。貢献をしようとは考えないのでしょうか。

この小説はただ現実を離れて漠然と理想を追いかけているだけのような気がします。だから現実に中国で生活している私たちにはあまり勉強にならないと思います。

以上

 

「時が滲む朝」の感想文                          30代中国人女性(日本に帰化、日本在住)

 

とてもすばらしい文章を読ませていただきました。気持ちは複雑で整理しきれないほどのものでした。本当に何回もよみたいぐらいで、また何回もよまないと文章の真髄を理解してあげられないとも思います。文章の主題などはきっと大きな意味があると思いますが、私の浅見では作者に失礼にあたるかもしれないので、避けておきます。ただ、一般の読者として、一番感じたことを書かせていただきます。

一番感動されたのは文章のリアルなところです。会話もありのまま、主人公の運命、頑張りぶり、感情の変化もとてもリアルで本当にそのものという感じです。

1、会話が人々の本当の心情を教えてくれました。

e.g.居酒屋で喧嘩したときの会話

私は当時中学生だったので、よく分からなかったです。いま思えば、当時の人々はそのような思いだったでしょうね。素朴な話ですが意外にも力強く、心を打たれたような感じでした。

e.g.日本での集会の時の黄さんたち中国人の会話

私も在日中国人なので、そのような会話はよく耳にし、本当にありのままです。

2、主人公たちの運命

浩遠、志強の「大学」に受かるための勉強ぶりは中国その時代の数千万人の学生さんの姿そのままでした。十人に一人の難関、また教育の遅れている農村の学生はいかに苦労をしたのか、外国の方が想像もつかないでしょう。

退学された後、「農民工」になり、どん底から頑張る姿もそうでしたし、その後、浩遠が日本で頑張る姿もその時代の青年のそのものでした。きっといまの四十代、三十代の人はみんな共鳴すると思います。

3、浩遠、甘先生の心情の変化も印象深い。

浩遠は退学されたあとでも「民主」への思いを忘れず、日本でも「民主」運動を続けようとしました。しかし時代、環境の変化などで、以前の行動の幼さに気づき、苦しみながら、迷いながらも理想を諦めないその心情はとてもリアルでした。ときとき、「I LOVE YOU」のTシャツを登場させ、人々により悲しみを感じさせます。

甘先生に対しての描写もとてもリアルです。特に最後に場面に出てきた林林の手紙、浩遠が思い出したデモの時に奥さんと林林がきてくれた場面、読むに耐えないほど悲しかった。甘先生の理想を諦めない姿勢を否定できないです。しかし、どなたも理想だけでは生きていられない。「理想」と「いきる」ことを両立することの難しさを考えさせられました。

 以上

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中国経済最新統計】(試行版)

 

上海センターは、協力会会員を始めとする読者の皆様方へのサービスを充実する一環として、激動する中国経済に関する最新の統計情報を毎週お届けすることにしましたが、今後必要に応じて項目や表示方法などを見直す可能性がありますので、当面、試行版として提供し、引用を差し控えるようよろしくお願いいたします。    編集者より

 

@

実質GDP増加率

(%)

A

工業付加価値増加率(%)

B

消費財

小売総

額増加率(%)

C

消費者

物価指

数上昇率(%)

D

都市固定資産投資増加率(%)

E

貿易収支

(億j)

F

輸 出

増加率(%)

G

輸 入

増加率(%)

H

外国直

接投資

件数の増加率

(%)

I

外国直接投資金額増加率

(%)

J

貨幣供給量増加率M2(%)

K

人民元貸出残高増加率(%)

2005

10.4

 

12.9

1.8

27.2

1020

28.4

17.6

0.8

0.5

17.6

9.3

2006

11.6

 

13.7

1.5

24.3

1775

27.2

19.9

5.7

4.5

15.7

15.7

2007

13.0

18.5

16.8

4.8

25.8

2618

25.7

20.8

8.7

18.7

16.7

16.1

2008

9.0

12.9

21.6

5.9

26.1

2955

17.2

18.5

27.4

23.6

17.8

15.9

  1

 

 

21.2

7.1

 

194

26.5

27.6

13.4

109.8

18.9

16.7

 2

 

(15.4)

19.1

8.7

(24.3)

82

6.3

35.6

38.0

38.3

17.4

15.7

 3

10.6

17.8

21.5

8.3

27.3

131

30.3

24.9

28.1

39.6

16.2

14.8

 4

 

15.7

22.0

8.5

25.4

164

21.8

26.8

16.7

52.7

16.9

14.7

 5

 

16.0

21.6

7.7

25.4

198

28.2

40.7

11.0

38.0

18.0

14.9

 6

10.4

16.0

23.0

7.1

29.5

207

17.2

31.4

27.2

14.6

17.3

14.1

 7

 

14.7

23.3

6.3

29.2

252

26.7

33.7

22.2

38.5

16.3

14.6

 8

 

12.8

23.2

4.9

28.1

289

21.0

23.0

39.5

39.7

15.9

14.3

 9

9.9

11.4

23.2

4.6

29.0

294

21.4

21.2

40.3

26.0

15.2

14.5

10

 

8.2

22.0

4.0

24.4

353

19.0

15.4

26.1

0.8

15.0

14.6

11

 

5.4

20.8

2.4

23.8

402

2.2

18.0

38.3

36.5

14.7

13.2

12

9.0

5.7

19.0

1.2

22.3

390

2.8

21.3

25.8

5.7

17.8

15.9

2009

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1

 

 

 

1.0

 

391

17.5

43.1

48.7

32.7

18.7

18.6

2

 

3.8

(15.2)

1.6

(26.5)

48

25.7

24.1

13.0

15.8

20.5

24.2

3

6.1

8.3

14.7

1.2

30.3

186

17.1

25.1

▲30.4

▲9.5

25.5

29.8

4

 

7.3

14.8

1.5

30.5

131

▲22.6

▲23.0

▲33.6

▲20.0

25.9

27.1

5

 

8.9

15.2

1.4

(32.9)

134

▲22.4

▲25.2

▲32.0

▲17.8

25.7

28.0

6

7.9

10.7

15.0

1.7

35.3

83

▲21.4

▲13.2

 

 

28.5

31.9

7

 

10.8

15.2

1.8

(32.9)

106.3

▲23.0

▲14.9

 

 

 

 

 

注:1.@「実質GDP増加率」は前年同期(四半期)比、その他の増加率はいずれも前年同月比である。

2.中国では、旧正月休みは年によって月が変わるため、1月と2月の前年同月比は比較できない場合があるので注意

されたい。また、(  )内の数字は1月から当該月までの合計の前年同期に対する増加率を示している。

  3. B「消費財小売総額」は中国における「社会消費財小売総額」、C「消費者物価指数」は「住民消費価格指数」に対応している。D「都市固定資産投資」は全国総投資額の86%2007年)を占めている。E―Gはいずれもモノの貿易である。HとIは実施ベースである。

出所:@―Dは国家統計局統計、EFGは海関統計、HIは商務部統計、JKは中国人民銀行統計による。