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京大上海センターニュースレター
第71号　2005年8月21日
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

○ 中国・上海情報　8.15 -8.21

○1985年以来の教育改革政策を問う

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中国・上海ニュース　8.15－8.21

ヘッドライン

■ 上海：長江デルタ経済発展推進で貨物取扱１１％増

■ 中国：自動車貿易分野の外資参入を許可へ

■ 中国：１－７月固定資産投資２７.２％増

■ 中国：７月工業増加値１６％増、乗用車５５％増

■ 中国：１－７月対中直接投資３．４２％減の３３０億ドル

■ 中国：「ミャンマー・雲南・重慶パイプライン構想」実現性高まる

■ 中国：電子企業トップ１００の利益率が大幅減

■ 上海：元・ドルの銀行間先物取引開始、１年物が7.8140元

■ 深圳：通信、郵政など公共事業を香港資本に開放

■ ＡＴ＆Ｔ：中国エリア本社を香港から上海に移転

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1985年以来の教育改革政策を問う

－中国における都市・農村間教育格差拡大の原因と対策－

京都大学農学研究科生物資源経済学専攻　沈金虎

１．問題の提起

近年、好調な経済成長を背景に中国の教育は順調な発展を見せているが、教育格差拡大の問題も深刻化している。特に「義務教育法」を実施してからすでに十数年、いまなお数百万人規模の農村少年、少女が経済的な理由で小中学校に通えず、農村小中学校教職員給与の長期未給問題も全国各地で発生している。農村教育投資の著しい不足と都市・農村間の教育条件・教育水準の不均衡はすでに現代中国の最重要な社会問題の一つになっている。

２．従来の教育管理体制と1985年の教育改革

かつて社会主義時期の中国は国民に平等な教育機会を提供したことで世界的にも定評があった。その当時、大学や高等専門学校は全て国有化され、中央政府か、省レベル政府の管理下に置かれた。大学の必要な教育経費は全部中央或いは省レベル政府の財政から優先的に配分され、その反面、大学の経営・管理に関して自主裁量権はあまりなかった。

一方、初等・中等学校は主に地方政府(都市)と人民公社(農村)によって設立されたが、都市部では小中高校の必要教育経費は全部政府財政から支出され、教員も全部「公弁教師」であったのに対して、農村の小中高校は「人民公社が主体となって運営し、政府がそれを助成する」意味での「民弁公助」学校に位置づけられ、その教育経費は県レベル政府が一部助成するのみ、残りは人民公社が負担していた。特に純農村の小中学校において、政府財政から給与を支給する「公弁教師」は少数であり、多くの教員は人民公社から給与を貰う「民弁教師」であった。政府はこれを「農村の教育は農民自身が行う」といい、農民の「主人公」意識を利用し、彼らの力を借りて農村教育の発展を図ろうとしていた。

しかし1980年代に生産責任制が普及するにつれ、旧来人民公社が設立してきた農村小中高校の教育経費の調達は段々難しくなった。そこて、80年代初期にまず教育質の悪さを理由に農村小中学校、特に高校について大々的な整理・合併が行われ、1977年に13.1万校、5.1万校あった農村中学校と高校数は84年にそれぞれ6.5万校と6691校に激減した。

さらに84年に人民公社が解散すると、農村小中高校を運営し、教育経費を負担するものはいなくなった。その苦境に対処するため、政府はまず84年の暮れに『農村学校教育経費の調達に関する通知』を出し、今後政府財政から支出する教育予算に関して総額請負制を実施すること、農民、郷鎮企業に対して「教育附加費」を徴収することを決定した。

しかしそれは応急措置に過ぎず、85年5月に共産党中央が『教育体制改革に関する決定』(以下、「決定」と略す)を下し、①基礎教育の責任を地方政府に委譲し、段階的に義務教育を実施する、②中等教育構造を調整し、職業技術教育を大々的に発展させる、③大学生の募集と就業配分制度を改革し、大学の自主権限を拡大する、など３つの改革方向を示した。これらは、中国の教育改革の基本方向として、今も効力を発揮し続けている。

３．「基礎教育地方責任制」改革の内容とその矛盾

さて、これらの教育改革方針は理論的な根拠、中国社会との相性等に問題はないのだろうか。ここでは、基礎教育地方責任制の改革を中心に、その問題について検討する。

まず「決定」では、基礎教育の改革について、こう位置づけた。「９年制義務教育を遂行することと、基礎教育の地方責任制と分級管理の原則を実施することは、我が国の教育事業を発展させ、教育体制を改革するための基本制度である」と。

しかし問題は基礎教育の実施・管理責任を地方政府に委譲した後、その公共教育投資について誰が責任を負うのかである。これについて、「決定」だけでなく、後の『義務教育法』、『義務教育法実施細則』、『中国教育改革と発展綱要』なども義務教育の実施主体である末端政府の責任をより詳細に規定したものの、実施主体でない省、市、そして中央政府の教育投資の責任を曖昧なままにして置かれた。要するに、中央政府は基礎教育の実施運営責任だけではなく、それに必要な公財政投資の責任をも全部地方政府に丸投げし、中央財政が必要に応じて適切に助成すればいいという立場に引き込もうとしている。

政府は、かかる基礎教育地方責任制を打ち出したことについて、政府財政力の弱さなど幾つかの理由をつけたが、どれも説得力に欠けている。

第１に経済発展水準の制約を受け、教育財政投資が限られた時こそ、有限の財源を公益性のより高い基礎教育に投入すべきだが、中国の優先順序は全く逆である。第２に、教育を早く発展させるため、地方政府、民間団体の力を借りるのは良いが、中央政府が義務教育に投資責任を持たなくていいということにはならない。世界各国の状況はそれを教えてくれる。第３に特に中国は地域間に経済発展と地方財政力の格差は非常に大きくい。それでも、地域間の財政力格差を是正する仕組みがあれば、見かけ上基礎教育投資の地方責任制を実施できるが、実際中国の財政制度にはそのような仕組みは存在していない。

４．「基礎教育地方責任制」実施後の諸問題と中央政府の対応

実際に、基礎教育の地方責任制を実施した後、農村教育投資の不足と教育資源配分の地域不均衡の拡大など様々な問題が生じている。

まず、1986年以降、国全体の教育予算配分には何の変化も起きなかった。中央政府の教育投資は、これまでと同様、国立大学などの高等教育機関に重点投入され続けている。一方、小学校から高校までの学校管理と教育投資は地方政府の責任とされたが、実際は、①省、市政府は義務教育に対する責任感も投資意欲もない、②上位政府からみれば、下位政府への財政支援はすでに財政の請負制度に組み込まれている。結局、小中高校の運営管理と教育投資の責任はもっぱら市、県以下の末端政府に押しつけられた。

特に農村地域では県自身の財政力が弱いこと、以前から郷、村集団組織が学校教育費を負担してきたこと、県・郷政府間にすでに財政請負制度を実施していることなどにより、県政府は実質的に域内の高校教育のみに責任を持ち、小中学校の運営管理責任は更に下の郷政府と村民自治組織に転嫁し、いわゆる「３級弁学」、「２級管理」の教育体制を形成した。

それでも、何とか地方財政を運営できれば、義務教育の負担問題はまだ水面下に抑えられる。しかしその「平穏な」状況も、1994年の分税制改革と学校教職員を含む公務員の給与改善計画等の実施によって打ち壊わされた。分税制実施後、総財政収入に占める中央財政の比重は急上昇し、地方財政のそれは激減した。にもかかわらず、中央と地方政府間の財政支出の責任範囲は一切調整しなかった。却って、中央政府の様々な新政策により、地方財政の支出負担は急増した。その典型は1995年以降の農村「民弁教師」の正規教員への置き換えと公務員給与の全面的な引き上げである。

結局、多くの県、郷地方行政体はバンク寸前に追いやられた。制度内の予算収入は人件費や日常的な行政経費など、基本的な予算支出項目を賄いきれないから、①他の予算項目や予算外収入(教育附加費収入等)、或いは村民自治組織の預かり金からの資金流用、②教育集資等による農民への法外徴収、③銀行や企業、個人からの高利貸し債務の増大、④学校教職員を含む地方公務員給与の長期滞給、などの問題は全国各地で多発している。

そして、当然ながら、国民に公平に提供すべき義務教育に深刻な影響を受けた。生徒１人当たりの教育経費の格差は年々拡大し、何よりも、多くの中・高学校が農村地域から姿を消し、子供の進学機会が奪われてしまった。実際、農村中学校と高校の数は80年代前半にすでに激減したが、85年以降はさらに減少し、2001年現在の中学校数は1977年に比べて7割減、普通高校数は95.5%も減った。当然、若者の進学率の格差も広がった。

以上のように、基礎教育地方責任制を実施して十九年、それによって持たされた県、郷財政の破綻状況と都市・農村間の教育資源配分の格差は目にあまるほどとなったが、同制度を根本から改正する兆しは未だに見えてこない。近年、農村地域への教育投資を増やす努力は若干行われたが、これらの改革によって解決できるのは、せいぜい今問題になっている農村教職員給与の未給問題ぐらいで、農村教育投資の慢性的な不足と都市・農村間の教育格差の問題は根本から解決しないだろう。

５．今後の改革方向

現行の基礎教育地方責任制と他の関連制度は問題だらけである以上、一刻も早く改変すべきである。具体的には、以下の４点を提案したい。①教育財政投資の対GDP比率を現状の3%台から5％以上に引き上げる。②高等教育重視、基礎教育軽視の教育予算配分方法を改め、教育投資の増加分を義務教育、普通高校に重点配分する。③財政力の地域格差を是正する財政移転交付制度の確立に先駆けて、まず小中高校在学年齢層の人口当たり教育財政投資が平準化するよう、義務教育と普通高校教育の専用交付金制度を先に設立し、④同時に基礎教育、中等教育の責任主体を県レベル政府から市レベル政府までに引き上げる。