国際貿易と環境問題(International Trade and Environmental Problems

 貿易が環境に及ぼす影響はけっして小さくないが、この問題がGATTやOECDなどの国際協議の場でさかんに取り上げられるようになったのは1990年代に入ってからである。自由貿易の原則と地球環境保全のために必要とされる各種環境規制の強化とをいかに調和させるのかが大きな焦点になってきたことがその背景にある。だが、貿易はたんに国家間の経済関係として一括することのできない複雑な要素を含んでいる。以下では、南北間の経済格差の問題、多国籍企業による独占的な市場支配の問題、多国籍企業と国家・国際機関との関係の問題などに留意しながら、各事項の解説を行う。

【1.貿易と環境(trade and environment)】
 自由貿易と環境保全との両立可能性が問題の焦点となっている。そもそも、自由貿易は環境にマイナスの影響を及ぼす商品や経済活動の世界的拡大を助長する可能性が大きく、絶滅の恐れのある野生動植物を保護するためにその国際取引の規制を求めたワシントン条約や有害廃棄物の越境移動を規制したバーゼル条約などの国際環境条約はもちろん、自由貿易を原則とするGATTの第20条でも人間の健康や動植物保護のための貿易制限(環境目的の貿易措置)を許容してきた。だが、貿易措置のあり方は当該国の経済的利害に直接関係する問題であり、各国の環境基準格差が国際競争力に影響を及ぼすこともあるため、近年は各種環境規制を技術的障壁とみなす議論が先行しがちである。他方、南北間の経済格差と環境基準格差とが重なる場合、環境目的の貿易措置が途上国の経済発展を阻害しかねないなど、たんに「自由貿易か環境保全か」という対立軸では解決できない側面もある。この問題はGATTの紛争解決パネルでもたびたび取り上げられてきたが、いまだ合意形成と国際ルールの策定には至っていない。WTOに設置された「貿易と環境に関する委員会」が引き続き利害調整の場となるだろうが、それが従来の貿易交渉の延長線にとどまらないためにも、環境と開発にかかわる国際NGOの役割が期待されている。

【2.自由貿易と保護貿易(free trade and protective trade)】
 自由貿易とは、各国が比較優位を有する商品に特化した貿易を行うことによってすべての国が利益を得るとする比較優位原理を論拠に主張される貿易形態である。そこでは、政府の介入を極力排除し、自由な企業活動に委ねることが望ましいとされる。しかし、自由で独立した経済主体が対等に競争しうるという完全競争経済を前提とする自由貿易論は、いわゆる「市場の失敗」の現実を見落としており、南北間の経済格差や独占的企業による市場支配が構造化した貿易実態からも乖離した議論である。これに対し、保護貿易とは、国内産業の保護や雇用・景気の安定のため貿易活動に政府が介入するのを積極的に認める貿易形態で、管理貿易ともいう。だが、保護対象や介入方法によっては必ずしも「市場の失敗」の是正には結びつかないこともある。「自由か保護か」という議論にとどまるかぎり、貿易の実態は一面的にしかとらえられない。貿易の大半を担っている経済主体=多国籍企業と、いずれの形態をとるにせよ政策主体として貿易を媒介する国家および国際機関との関係をおさえる必要がある。そのような問題意識から、現代資本主義における貿易のあり方を「独占的自由貿易」と規定する議論もある。

【3.GATT(General Agreement on Tariff and Trade)】
 正式名称を「関税及び貿易に関する一般協定」といい、戦後のブレトンウッズ体制を補完するものとして構想された国際貿易機関(ITO)の不成立にともなって、暫定的な措置として1948年に発効した多国間条約である。関税その他の貿易障壁を軽減し、国際通商における差別待遇を除去することによって自由貿易を実現するのがその目的であり、これまでに8回の多角的貿易交渉(ラウンド)が開かれた。条項のなかには、条件つき農産物輸出入制限、輸出補助金の容認、緊急輸入制限(セーフガード)など自由貿易原則の例外規定が多く盛り込まれていたが、先のウルグアイ・ラウンド交渉の過程で自由貿易原則がより強化され、「1994年GATT」としてWTO協定のなかに引き継がれることになった。ウルグアイ・ラウンドは1986年のGATT閣僚会議で採択された「プンタ・デル・エステ宣言」に基づいて開始された。本ラウンドではこれまで例外扱いとされてきた農業や繊維が交渉議題に組み入れられ、農業合意の結果、日本はコメのミニマムアクセスを受け入れることになった。さらに、従来のラウンドでは商品貿易を対象に関税引き下げや非関税障壁の削減・撤廃が協議されてきたが、本ラウンドではサービス貿易や知的所有権、貿易関連投資措置などの新しい分野が交渉議題として取り上げられた。19944月、WTO設立を謳ったマラケシュ協定を含め、交渉成果を添付した「最終文書」の調印をもって幕を閉じた。なお、1992年にGATT事務局が「貿易と環境」と題する報告書を作成し、経済成長と自由貿易の推進が環境保護をもたらすとの見解を示したが、GATT交渉のなかでは実質的な審議が行われることはなかった。

【4.WTO(World Trade Organization)】
 世界貿易機関。19944月のマラケシュ閣僚会議で合意されたWTO協定を親条約とし、商品貿易に関する多角的協定、サービス貿易に関する一般協定(GATS)、知的所有権の貿易関連側面に関する協定(TRIP)、紛争解決関連事項、貿易政策検討制度などの付属文書を子条約として発足した。WTOは協定上の設置根拠をもたなかったGATTと異なり、明確な法人格を有する国際機関としての権限が与えられた。例えば、WTO加盟国は国内法令や行政手続きを各協定に定められた義務に整合化させなければならないが、仮に各国・各自治体の産業保護法制や環境規制がWTO協定義務に合致しないとされた場合には、当該国・自治体はその法制度を修正しなければならない。また、紛争解決機能も格段に強化され、仮に協定違反を理由に提訴された国が何らかの是正措置を講じなかった場合、「ネガティブ・コンセンサス方式」などの採用によって対抗措置を発動することが容易になった。自由貿易を促進するための強権的ともいえるWTO協定の枠組みは、個々の主権国家や地方自治のあり方を根底から揺るがすだけでなく、国家間および企業間に存在する隔絶たる経済力格差構造をさらに助長するおそれがある。

【5.環境目的の貿易措置(environmental trade measures)】
 貿易措置には国内外の環境法制に基づく直接的な輸出入制限のほかに、国内的な製品基準やエコラベリング制度の強制適用による輸入品の差別的扱い、低い環境基準下で生産された低価格(環境ダンピング)品に対する対抗課徴金などが含まれる。だが、GATTにおける自由貿易原則の強化によって、これらを非関税障壁とする議論が強まっている。例えば、メキシコのキハダマグロに対するアメリカの輸入禁止措置は、アメリカ海洋哺乳動物保護法に依拠してメキシコのマグロ漁業によるイルカ混獲を問題にしたものだったが、GATT紛争解決パネルは1991年、製品の生産過程・生産方法、あるいは輸入国の管轄圏外にある問題を理由に貿易措置をとることはGATT違反であると裁定した。また、オーストリアが熱帯林保護を目的として、熱帯木材に関する強制的ラベリングと持続可能な管理を行っている熱帯木材に関する自主的ラベリングとを実施しようとしたことをめぐっても、ASEAN諸国から貿易差別であるとして反発を招き、GATT理事会での非公式協議を通じて前者のラベリング制度は廃止されることになった。

【6.環境ダンピング(eco-dumping)】
 市場は社会的費用を内部化する自動的メカニズムを有しておらず、自由な取引に委ねているかぎり環境に対する社会的費用を商品の価格に反映させることは難しい。環境コストを内部化させるのは各国・各地域の環境規制である。だが、環境基準の異なる二つの国が貿易をする場合、環境基準の相対的に低い国の商品はそれだけ低コストとなり、比較優位すなわち国際競争力をもつことができる。このように、環境コストを内部化せずに価格を低く設定することを、それを意図するか否かにかかわらず、環境ダンピングという。これは、環境基準の相対的に低い国が環境コスト分の補助金を与えていることと同義とみなすことができるが、自由貿易原則を貫くGATTおよびWTOのもとでは、こうした環境ダンピングに対する歯止めは設けられていない。この問題は、自由貿易に内在する「市場の失敗」の典型例である。

【7.国連貿易開発会議と新国際経済秩序(United Nations Conference on Trade and Development, and New International Economic Order)】
 1961年の第16回国連総会で採択された「国連開発の10年計画」を受けて1964年に第1回国連貿易開発会議(UNCTAD)が開催され、発展途上国の経済的自立をめぐる問題としての「南北問題」が世界的な中心課題として浮上するきっかけとなった。だが、「援助より貿易を」をスローガンとしたプレビッシュ報告をはじめ、途上国側が求めた経済開発の促進と南北間経済格差の解消のための具体的方策は、いずれもGATTの自由貿易原則に抵触するとして先進国側からの反発を受けた。その後も発展途上国の経済的・社会的自立をめざす運動は続けられ、1974年には国連資源特別総会で「新国際経済秩序樹立のための宣言」や「諸国家間の経済権利義務憲章」などが採択された。新国際経済秩序(NIEO)とは、国家主権の平等と民族自決、天然資源と経済活動に対する恒久主権、南北間の不公正な交易条件の改善、多国籍企業に対する規制、国際商品協定の積極的評価などを通じて実現をめざした公正・平等な経済秩序である。しかし、先進国側の強い抵抗と途上国側の階層分化などによって運動のさらなる発展が見込めず、なお従来の国際経済関係を転換するには至っていない。

【8.国際商品協定(International Commodity Agreement)】
 一次産品の需給調整と価格安定を図る商品別の国際協定。戦後の国際商品協定は、植民地諸国の独立や世界市場の安定化、開発・援助戦略の展開などを背景に締結され、先進国および一次産品取引を握る多国籍企業の主導によって運営されてきた。これに対し、発展途上国の経済的自立の実現をめざす国連貿易開発会議も1964年の第1回総会で国際商品協定を積極的に位置づけ、1974年には新国際経済秩序の一環として「一次産品総合計画」を打ち出した。しかし、これまでに締結された小麦(1949年)、砂糖(54年)、コーヒー(63年)、ココア(73年)、天然ゴム(80年)、熱帯木材(83年)、ジュート(84年)などの協定のうち、「一次産品総合計画」に基づいて発足し、緩衝在庫の操作を通じて市場価格の過度の変動を調整する機能を有しているのは国際天然ゴム協定のみである。国際コーヒー協定は輸出割当を1989年に停止し、国際ココア協定も資金不足のため経済条項を失っており、総じて一次産品貿易の安定を通じた発展途上国の経済的発展という目的は達成されていない。

【9.多国籍企業(multi/transnational corporation)】
 多国籍企業は積極的な海外直接投資を通じて複数国に生産設備や営業施設を所有し、国境を越えた事業展開を行うに至った資本制企業の現代的形態であるが、本質において独占資本である点で資本制企業一般とは区別される。多国籍企業はたんに在外子会社ごとに利潤の極大化を図るだけでなく、一体的な経営戦略のもとで企業内部資金の極大化を追求する国際的企業グループを形成している。例えば、企業内貿易におけるトランスファー・プライシング(調達価格や販売価格の意図的操作)や所得の費用化(手数料や特許料への転化による本社への送金)、タックス・ヘイブン(租税回避地)の活用といった方法を駆使することによって、各国の貿易障壁や為替レート変動にともなう企業リスクの緩和を実現している。さらに国際的事業展開の法制度的障壁を取り除くために、ロビー活動や人的交流を通じた政策形成過程への直接間接の働きかけも行っている。GATTやWTOの自由貿易原則が、多国籍企業のための「独占的自由貿易」にすぎないと批判されるのもそのためである。多国籍企業の国際貿易に占める位置は極めて大きく、こうした一連の利益操作は一国の国際収支や貿易収支、ひいては世界経済の動向を攪乱する要因にもなっているため、多国籍企業の事業活動に対する規制が早急に求められている。

【10.多国籍企業の社会的責任(social responsibility of multi/transnational corporation)】
 1992年の地球サミットで採択された「アジェンダ21」では、「多国籍企業を含めた商業および工業」と表現しながらも、それが持続可能な開発において重要な役割を果たすべきとした。だが、利潤追求という資本の本性と環境保全の実現とがどこまで両立可能なのかという疑問が残る。多国籍企業の生産活動を環境保全型に転換させるためには、たんに各企業の自主性に任せるだけでなく、公共の立場から企業活動を規制・指導しうる立場にある行政の役割が重要となる。多国籍企業の国際的な行動基準の制定を提起した1972年の国連貿易開発会議(UNCTAD)もそうした考えに立っていた。だが、OECDが1976年に発表した「国際投資および多国籍企業に関する宣言ならびに決定」は、受入国政府にとっては数少ない規制手段としての意味をもつものの、企業の自主規制を前提としている点で限界をもっている。また、1975年に国連事務局の独立組織として設置された多国籍企業センターは経済社会理事会の多国籍企業委員会事務局も兼ねながら、情報収集や調査・研究とともに「多国籍企業行動綱領」の起草作業を行ってきたが、19923月に国連の機構縮小の一環として開発行政部に統廃合された。1994年には多国籍企業委員会も、多国籍企業の監視ではなく途上国への投資・技術移転の促進を図るための機関として貿易開発部門に改組され、名称も「国際投資と多国籍企業」委員会となった。「行動綱領」の実現性は低くなったが、地球サミットで別途採択されたNGO条約で明確に指摘されているように、法的拘束力をもった「民主的規制」の実施が早急に求められている。

【11.アグリビジネスと農産物貿易(Agribusiness and Agri-Food Trading)】
 GATTウルグアイ・ラウンド農業合意に如実に示されたように、自由貿易の名の下に目指されている国際貿易ルールは輸出国(ただし途上国一次産品は除く)の論理に主導されている。輸入国側の非関税障壁が一様に撤廃されたにもかかわらず、輸出国側の農業保護は最小限度の削減にとどまり、輸出振興策についてはむしろ強化されたものもある。だが、実際に農産物貿易を担っているのは少数の巨大企業=多国籍アグリビジネスである。上位5社が世界穀物貿易の7割以上を、上位3社が世界バナナ貿易の8割を、上位3社が世界ココア貿易の8割を独占しているとの報告もある。これらの多国籍アグリビジネスは輸出国政府から輸出補助金を獲得するだけでなく、世界大での自由な企業活動の妨げとなる関税制度や安全性規準などの非関税障壁を撤廃するために、各国政府および国際機関への直接・間接の働きかけを強めてきた。ウルグアイ・ラウンド農業交渉で中心的な役割を果たしたアムスタッツがカーギル社の元副社長であったことは有名である。国際貿易に携わっている商社系多国籍アグリビジネスだけでなく、コーデックス委員会に名を連ねているネスレ社やペプシコ社など食品加工メーカーの影響力も無視できない。さらに農産物貿易の自由化は輸入国の生産者や消費者に否定的影響を及ぼすだけでなく、輸出国においても市場競争の激化によって中小家族農業経営の淘汰をもたらしている。自由貿易至上主義は輸出国の論理ではなく、むしろ多国籍企業の論理と表現した方が妥当といえよう。

【12.開発輸入(Development Import)】
従来は現地で生産されていなかったものを輸入側の主導で導入・生産させる方法。通常は製品の品質、規格、生産方法などの仕様にもとづいて契約生産しており、食料品や衣料品などで広くみられる。とくに日本の食料輸入は穀物や油糧作物などを除けばほとんどが開発輸入であり、輸入元の食品メーカーや大型小売店、外食チェーンなどが総合商社や専門商社を媒介にして現地業者と契約し、さらに現地業者が地元の農家に委託するケースが一般的である。開発輸入は、競合する製品を生産する国内産地と生産者に大きな打撃を与える。他方、輸入側がもっている生産技術や経営ノウハウを現地に移転する手段としては積極的に評価できる面もあるが、そもそも開発輸入のねらいは調達コスト(人件費や原材料費)の削減にある。そのため、生産拠点の安易な移動や細かな仕様の強要など輸入側の都合に現地生産者が左右されることが多く、現地に深刻な環境問題を引き起こすことも少なくない。

【13.フェアトレード(fair trade)】
 途上国の生産者と先進国の消費者を結び、貿易に伴う環境への負荷が生じていないことや生産者が正当な利益を得ていることなどを保証する貿易形態で、民衆交易ないしオルタナティブ・トレードとも呼ばれる。イギリスのNGO組織「オックスファム」が1965年に飢餓救済活動の一環として途上国の提携団体から手工芸品や食料品を買い入れ販売する活動を開始したのはその先駆的事例であり、80年代以降は国内外の数多くのNGOがフェアトレードに取り組んでいる。従来型の一方的な援助ではなく、双方の経済的利益を確保しながら、同時に途上国生産者の経済的・社会的自立を促すことを目指している点に特徴がある。しかし、取り引きされる商品は、中間マージンを削減したとしても通常の大規模流通に比べてコストがかかり、環境保全などにともなう社会的コストも内部化せざるをえないため、近年の価格破壊や景気低迷のあおりを受けて、いずれの取り組みも経営的には厳しい状況におかれている。南北間の経済的格差を前提とした多国籍企業主導の「不公正」な自由貿易に代わりうる貿易形態を実現するためには、こうしたオルタナティブ運動を拡大強化するとともに、現状の貿易枠組みをいかに規制し、より公正なものに変革していくかという長期的な視点が不可欠である。

【14.輸入農産物の安全性(Safety of Imported Foods)】
 WTO協定の付属文書1Aに組み込まれている「衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)」は、@食品の安全基準や動植物の検疫基準を国際基準へ整合させること、A原則として輸出国側の基準を輸入国に採用させること、B国際基準より高い基準を設定する場合は「科学的正当性」を説明する義務があること、C地方自治体や生協などの個別機関も国際基準への整合化が求められること、などを規定している。これらの規定は、これまで気候風土や食習慣の違いを前提に自主的に決められてきた各国・各地域の食品安全基準を否定するだけではない。輸入農産物の多くはポストハーベストや食品添加物の安全性問題が指摘されているが、コーデックス委員会が作成した基準やアメリカなど輸出国が定めた基準は一般的に日本など輸入国の基準より緩く、同協定は各国に安全基準の大幅緩和を強要するものとして大きな問題をはらんでいる。すでに日本でも食品衛生法が基準緩和の方向で改訂されている。今後は遺伝子組み換え作物の国際取引をめぐっても、輸出国と輸入国との間に利害対立が生じることが予想される。

【15.コーデックス委員会(Joint FAO/WHO Codex Alimentarius Commision)】
 正式名称をFAO/WHO合同食品規格委員会といい、1961年に発足したFAO/WHO合同食品規格計画を執行するために設置された機関である。「各国の食品立法の相違により生ずる非関税障壁」を除去し、農産物や食品の貿易を促進することを目的としている。従来、加盟国がコーデックス食品規格を受け入れるかどうかは各国の判断に任されていたが、GATTウルグアイ・ラウンドで国際的整合化の原則が導入され、WTO協定に含まれる「衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)」で、コーデックス食品規格が事実上の国際基準として位置づけられることになった。コーデックス委員会は全加盟国が参加する総会と、関心のある国やオブザーバー等が参加する部会とによって構成される。発展途上国がすべての部会に参加することは難しく、全体として欧米先進国主導によって議事が進められる傾向にある。また、安全性問題に取り組んでいるNGOの参加も可能だが、やはり資金的に余裕のある多国籍企業や業界団体の参加が圧倒的である。オブザーバーは発言権を与えられており、各国の安全性基準を非関税障壁とみなす多国籍アグリビジネスの国際食品規格策定に及ぼす影響はきわめて大きいといえる。

【16.農薬の国際取引(International Trade of Pesticides)】
 農薬が人体や自然環境に対して危被害を及ぼす可能性が広く認識されるにつれて、毒性の強い農薬の製造・使用を禁止する国が増えてきた。だが、相対的に農薬規制が強い先進国と、有効な法制度が整備されていない途上国とのあいだの基準格差(ダブルスタンダード)問題は解消されていない。生産国で禁止された農薬が不正に輸出されることも少なくなく、依然として途上国を中心に農薬被害による死亡・中毒事故が多数発生している。FAO(国連食糧農業機関)は1985年の第23回総会で「農薬の流通及び使用に関する国際行動規準」を採択し、途上国に農薬取締体制の確立を促すとともに、農薬輸出国および輸出企業に対して「農薬の安全かつ適正な流通と使用」に留意するよう求めた。89年には事前告知制度(PIC)が導入され、国内法の規定がない場合でも、危険農薬の輸入を禁止する措置が可能となった。しかし、禁止対象農薬が限られており、手続きも任意となっているため、その実効性には限界がある。92年の地球サミットで採択された「アジェンダ21」でも「有害化学物質の環境上適正な管理」が掲げられ、その一手段として法的拘束力をもたせるなど事前告知制度の実効化が指摘されている。現在、FAOとUNEP(国連環境計画)が共同して策定作業を進めており、早期実施が期待されている。

【17.バイオテクノロジーの国際取引(International Trade of Biotechnological Products)】
 遺伝子組み換え技術を用いてつくり出した生物の一部がすでに商品化されているが、その人体や自然環境に及ぼす影響については十分に検証されたとはいえない。とくに生態系への影響については長期にわたるモニタリングが必要である。そこで、1993年末に発効した生物多様性条約は、95年に開催された第2回締約国会議で、遺伝子改変生物(LMO)の国際取引規制策を盛り込んだバイオセイフティ議定書の作成交渉を開始することを決め、専門家による作業部会がその任務にあたってきた。しかし、国境間移動における事前告知手続きやリスク評価・リスク管理システムの構築を議定書で取り扱うことについては合意が形成されているものの、LMOの定義と範囲、リスク評価における社会経済的考慮の必要、責任主体と補償のあり方、法的強制力の有無などをめぐって、おもに途上国と先進国とのあいだで意見の対立がみられる。対立の背景にはバイオパイラシー、すなわち生物多様性の中心地を抱える途上国から持ち出した遺伝子をもとに先進国企業が商品化し、知的所有権によって囲い込んでいるという経緯がある。議定書の策定作業がこのまま遅れると、現時点でリスク管理を行うだけの人的・資金的余裕のない途上国がLMOの広大な実験場と化すのではないかとの懸念もある。

【18.ワシントン条約(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora; CITES)】
 正式名称は「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」で、1973年にワシントンで採択されたことからワシントン条約と呼ばれている。同条約は野生動植物を地球生態系の重要な構成要素と位置づけ、その価値は「芸術上、科学上、文化上、レクリエーション上及び経済上の見地から絶えず増大するものである」との認識を示した。93年に発効した生物多様性条約が、地球上の多様な生物を生態系・生物種・遺伝資源の三つのレベルから包括的に保全し、持続的な利用に供することを目的としているのに対して、ワシントン条約はより限定的かつ具体的な国際取引の規制を目的としている。象牙やトラの毛皮、サイの角、ウミガメの甲羅など装飾品に使用されるもの、インコなどの生きた野生動物やラン、サボテンなどの植物、蝶の標本などが主な具体例である。罰則を定めた条項もあり、締約国間の取引だけでなく、非締約国との取引においても同様の措置をとることを義務づけるなど、全体として厳しい内容となっている。しかしながら、多くの野生動植物が絶滅の危機に直面しているにもかかわらず、野生生物本体またはそれを素材とした製品の売買は世界的に増える傾向にある。