喫煙・禁煙の経済学
Smoking Economics

問い合わせが多いので、喫煙・禁煙の経済学関係の資料を一括しました。

2011年2月16日 「コメント:たばこラプソディー」
2010年10月1日のたばこ増税から、4か月が経ちました。直前の買いだめ、直後の買い控えなど、消費者行動を理解する上で、大変貴重な観察事例となりました。さて、私はたばこ研究を離れていたので、その後のフォローを怠っていました。先日、久しぶりに、この問題について、新聞社からコメントを求められ、「総括」しないといけないなと思った次第です。この間、いくつかの民間調査機関がフォローアップ調査をしていたようです。そこで、我々の2010年1月調査「たばこ税引き上げに関する最新調査(2010.9.28)」(喫煙サンプル数1,643)と比較し、現状について簡単にコメントしたいと思います。
2010年10月18日の楽天リサーチ(喫煙サンプル数1,110)の調査によれば、増税を理由に禁煙を開始した人は4%、禁煙を検討している人は24%。2010年12月7日のジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社の調査(喫煙サンプル数316)によれば、増税前に禁煙意志を持っていた人は58%、実際に禁煙にチャレンジした人は36%とのことでした。
私の研究チームが2010年1月に行った調査では、タバコ増税論をきっかけに禁煙を検討するかという問に52%が「する」と回答しました。より精緻なコンジョイント分析によれば、400円で17%、500円で35%、600円で58%、700円で78%、800円で91%が禁煙を検討すると弾き出されています。たばこ1箱440円ならば禁煙検討率は24%です。
面白いのが、楽天リサーチによれば、喫煙者の65%が平均2か月分の買いだめをしたこと。買いだめと買い控えの短期的攪乱要因を均して考えないと、本当の禁煙効果、増税効果が出てきません。したがって、来年2011年度になって、今般のたばこ増税の社会的効果が初めて明らかになることでしょう。また、ジョンソン・エンド・ジョンソンによれば、禁煙挑戦者のうち、既に57%が禁煙に失敗したとのこと。禁煙成功率は、禁煙の定義に依存します。まだ肉体的なニコチン依存の残る1週間中に、多くの禁煙者が失敗します。したがって、我々は研究するとき、禁煙開始1週間未満の禁煙者を区別して考えます。1週間の山場を超えた人に限れば、50%以上が半年程度の禁煙に成功していると言われます。そう考えると、短期禁煙者も含んだジョンソン・エンド・ジョンソンの禁煙継続率43%は決して悪い数字ではありません。
たばこ増税には、相反する2つの目的があります。一つは喫煙率を大幅に下げること。これは、私たちの研究でも明らかなように、大幅に喫煙率を引き下げるためには、たばこを1箱600〜700円程度まで引き上げる必要があります。今回のたばこ増税は一つのマイルストーンとして、数年後に今一度、大きなたばこ増税が必要になるでしょう。私は毎年、たばこ増税をする必要はないと思います。喫煙者の方に、ゆっくりと身の振り方を考える時間を与えてやってもよいのではないでしょうか。(そもそも、その前に、正々堂々と、日本政府はたばこ事業法の目的改正をするべきです。)
もう一つは、たばこ増税に伴う税収の増減です。今回の喫煙率の推移から、私たちの研究のシミュレーション前提がおおよそ有効なことがわかりました。したがって、禁煙成功率50%を前提とした計算結果である5千億円〜1兆円程度の増収効果が成り立つと考えています。したがって、一時的ですが、たばこ税収は現在の2兆円水準から3兆円水準まで増えるでしょう。たばこ価格を600円程度に値上げた場合でも、禁煙成功率が劇的に上昇しない限り、ほぼ3兆円水準に留まると考えられます。ただし、その場合、ごく少数の(絶対に止めたくないあるいは止めたくても止められない)喫煙者だけが狙い撃ちされたたばこ税政策ということになります。(私はたばこを吸いませんが、そこまで喫煙者に納税負担を要求するのが良いのかどうかは議論の余地があります。自動車事故による社会的損失の方が数字的には大きいと考えられますから、飲酒運転禁止装置を義務付けた方が良いでしょう。)

資料一覧
2014.2.15 「喫煙と禁煙の行動経済学 ーIER論文とその後の発展ー
2011.3.16 「たばこ増税で喫煙者を禁煙に向かわせる

2010.9.28「たばこ税引き上げに関する最新調査
2010.9.18
日本経済学会パネル資料
2009.2.25「禁煙成功の経済心理学的研究」(追加資料)
2008.6.29「たばこ1000円に関する試算」(私の考え)
2007.5.21「喫煙の行動経済学的研究」(追加資料論文)

文献一覧

和文 単著
[1] 依田高典 (2010) 『行動経済学:感情に揺れる経済心理』中公新書 242pp 2010年2月.

和文 共著
[2] 依田高典、後藤励、西村周三 (2009) 『行動健康経済学』日本評論社 192pp 2009年3月.

和文査読付き学術論文
[1] 後藤励、西村周三、依田高典 (2007) 「禁煙意思に関するコンジョイント分析」厚生の指標54.10: 38-43.
[2] 依田高典、後藤励 (2007) 「時間選好、危険選好ならびに喫煙習慣」応用経済学研究1:1-14.

[3] 依田高典、高橋裕子、後藤励「日本の禁煙強化政策に対する喫煙者の反応」厚生の指標、近刊.

和文 その他の学術論文
[1] 依田高典、後藤励、西村周三(2009) 「クロスアディクションと時間/危険選好」京都大学経済論叢 182.1:1-26.
[2] 後藤励、依田高典、西村周三(2009) 「禁煙意思と時間・危険選好率」京都大学経済論叢 182.1:56-70.

和文 一般向け論文
[1] 依田高典 (2007) 「行動経済学: 進化と応用」日本経済新聞「経済教室」2007.12.27.
[2] 依田高典 (2008) 「たばこ一箱1000円:大幅な税収効果は見込めない」Voice10月号(PHP研究所社): 152-155.
[3] 依田高典 (2008) 「たばこ1箱1000円で税収は本当に増えるのか?」imidas解体新書: 近刊.
[4] 依田高典 (2009) 「人間の健康と経済心理(全8回)」日本経済新聞「やさしい経済学」2009.5.
[5] 依田高典 (2009) 「時間割引率」プレジデント2009.10.15: 88-89.
[6] 依田高典 (2010) 「行動経済学は経済学を変えるか」世界 2010.10: 189-198.
[7] 依田高典 (2011) 「たばこ増税で喫煙者を禁煙に向かわせる」週間エコノミスト 2011.3.22: 85-86.

英文 査読付き学術論文
[1] Goto, R., S. Nishimura, and T. Ida (2007) "Discrete Choice Experiment of Smoking Cessation Behaviour in Japan," Tobacco Control vol.16.5: 336-343.
[2] Ida, T. and R. Goto (2009) "Simultaneous Measurement of Time and Risk Preferences: Stated Preference Discrete Choice Modeling Analysis Depending on Smoking Behavior," International Economic Review vol. 50.4: 1169-1182.
[3] Goto, R., Y. Takahashi, S. Nishimura, and T. Ida (2009) "A Cohort Study to Examine Whether Time and Risk Preference Is Related to the Smoking Cessation Success," Addiction vol.104.6: 1018-1024.
[4] Ida, T. and R. Goto (2009) "Interdependency among Addictive Behaviors and Time/Risk Preferences: Discrete Choice Model Analysis of Smoking, Drinking, and Gambling," Journal of Economic Psychology vol.30.4: 608-621.
[5] Ida, T. (2010) "Anomaly, Impulsivity, and Addiction," Journal of Socio-Economics vol.39.2: 194-203.
[6] Goto, R., Y. Takahashi, and T. Ida (2011) "Changes of Smokers' Attitudes to Intended Cessation Attempts in Japan," Value in Health vol.14.5: 785-791..
[7] Ida, T., R. Goto, Y. Takahashi, and S. Nishimura (2011) "Can Economic-Psychological Parameters Predict Successful Smoking Cessation?," Journal of Socio-Economics vol.40.3 285-295.
[8] Ida, T. (2014) "A Quasi-Hyperbolic Discounting Approach To Smoking Behavior," Health Economics Review (in press).


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