AEHA


 

AEHA アメリカ経済史学会
Last Modified: Monday, January 30, 2005.

・アメリカ経済史学会12月例会

東京例会は,1217日(土)午後2時〜5時,明治大学にて開催されました。出席者は,非会員2名を含め合計で19名,忘年会の出席者は14名でした。以下に,2名の報告者の報告概要とそれに対する出席者からの質疑等を記載いたします。

1. 土屋慶之助「19世紀におけるアメリカ中西部の動産抵当金融」

・・ボウグ Allan G. Bogue 氏ら3名が執筆し,Agricultural History, Vol.77, No.3, 2003 に掲載された Oxen to Organs: Chattel Credit in Springdale Town, 1849-1900 が画期的な研究であるとして,その内容を紹介し,若干のコメントをした。これまで資料不足のゆえに本格的には研究されてこなかった動産抵当金融についての,原資料を使用しての研究は,これが最初である。この研究は,ウイスコンシン州スプリングデール・タウンの事例を取り上げ,この地域の動産抵当と農業の発展との関連を明らかにしたものである。動産抵当が高利であるとのこれまでの散発的な指摘については明確にできなかったものの,それが高利であった可能性を残しながら,「うまく交渉した動産抵当のほとんどは,生産的目的に奉仕し・・農業の機械化の速度を速める重要な要素であった」とボウグらは指摘している。土屋報告は,農民運動の高利に対する不満は動産抵当に対してであり,不動産抵当は積極的に評価してよいのではないか,とコメントした。これに対して出席者から,動産抵当は分割払いと同じようなものかという質問や不動産抵当が農民運動の不満の対象ではなかったというのは,言い過ぎではないか,との意見などが出された。 

2. 小林健一「アメリカの環境・燃費規制と自動車工業-マスキー法と石油危機の衝撃-」・・

米国では1970年大気浄化法(マスキー法)が成立し、自動車にたいして厳しい排ガス規制を定めた。また、石油危機への対策であった1975年エネルギー政策・保全法は、国内石油価格を世界価格よりも低くしつつ、自動車燃費を1978年から85年に段階的に高める規制を定めた。しかるに、ビッグスリーはマスキー法実施に強硬に反対しその実施を遅らせた。また、石油危機と燃費規制にたいしてはダウンサイジングで対応し、本格的な小型車開発は遅く小規模であった。それは大型車の利益が大きく、小型車は利益の出ないようなコスト・価格構造をもっていたからである。他方、排ガス規制、燃費規制をクリアする小型車を多く持つ日本メーカーが高い評価をえた。石油価格が低く抑制された米国では、1976年から大型車ブームが復活しビッグスリーも業績回復した。しかし、第2次石油危機後日本車の輸入が急増し、ビッグスリーは経営危機に陥り規制緩和を強く要求することになった。これに対して,以下のような質疑が出された。

(1)環境・燃費対応技術における前進を勝ち取るには、政府規制と自由競争の果たす役割についてもっと正確なスタンスが必要ではないか?

a)経済的規制と社会的規制を明確に分けることはできないのではないか?

b)環境分野では、環境保護規制がない場合、目標を達成することはできないのではないか。自由競争を評価しすぎているのではないか。

c)報告では自由競争重視というけれども、やはり、環境規制が重要であり、競争も一部利用しながら目標を達成するというのが正確ではないか?

(2)石油価格統制について、より正確な記述と解釈が必要ではないか?

(3)アメリカの消費者は大型車を好むのか、それとも小型車を好むのか? 環境・燃費対応車を好むのか、そうではないのか?

(4)日本では排気量などで自動車のカテゴリーを分類しているが、アメリカでは重量によって分類しているようだが、重量だけでは不十分であり、税制上どうなっているのか、その点正確なカテゴリー分類も必要ではないか?

(5)ピックアップ・トラック、バン、SUVを総称してlight truckと呼んでいるが、これに「軽トラック」という訳語を当てているが、誤解を与えるのではないか。

(6)燃費規制のガロン当たりマイル数から、リットル当たりキロメートル数への換算に誤りがある。  

以上です。会場や忘年会の手配をされた,明治大学の須藤功氏に感謝申し上げます。

ホーム