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京大上海センターニュースレター
236号 20081020
京都大学経済学研究科上海センター

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目次

     上海センター・シンポジウムのご案内

     中国・上海ニュース 10.6-10.12

     新疆ウイグル自治区のデモ/テロ現場を調査して

     「日本は米国の軛を外せるか?」

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上海センター・シンポジウムのご案内

 

 中国自動車産業発展に関するシンポジウムは下記の要領で開催されることになりました。ご多忙のことと存じますが、万障を繰り合わせの上ご参加くださるようよろしくお願いいたします。

 なお、シンポジウム終了後、懇親会を予定されていますので、合わせご参加いただければ幸いです。

 

 

持続的成長は可能か

――サステイナビリティと製品開発力,輸出競争力――

 

主催:京都大学上海センター

共催:京都大学上海センター協力会

 

2008111() 13

京都大学百周年時計台記念館百周年記念ホール

 

総合司会 京都大学大学院経済学研究科教授 大西 広

 

13:00-13:10

挨拶 京都大学総長 松本 紘

 

 

13:10-13:30

京都大学大学院経済学研究科 教授        塩地 洋       持続的成長のための課題

                                                       ―全体テーマと報告構成―

 

 

 

 [第1部 サステイナビリティから見た中国自動車産業]

 

13:30-13:50

関西学院大学産業研究所 准教授         ブングシェ・ボルガー  環境・燃費・事故・渋滞

 

 

13:50-14:10

フォーイン第一調査部 部長                周 政毅       次世代低公害車の技術開発動向を探る

 

 

14:10-14:30

桜美林大学リベラルアーツ学群 講師           平岩 幸弘           廃車リサイクルの現状と課題

 

 

14:30-14:50

野村総合研究所グローバル戦略コンサルティング部 部長  北川 史和           地域所得格差と需要の偏在性

 

 

14:50-15:10

東京海上日動火災保険上海支店 総経理助理     八木 健一      自動車保険の現状と課題

 

 

 [第2部 製品開発力と輸出競争力]

 

15:30-15:50

元本田技研工業                       山口 安彦            海関統計から輸出の実相を解明する

 

 

15:50-16:10

京都大学大学院経済学研究科                   李 澤建            奇瑞における製品開発組織の進化

 

 

16:10-16:30

事業創造大学大学院 准教授                        富山 栄子            なぜロシアで中国車が売れるのか

 

 

16:30-16:50

豊田汽車(中国)上海分公司 主査                 東 和男            中国自動車産業の持続的成長の道

 

 

16:50-17:00

総括

 

17:10-18:30

懇親会 法経総合研究棟大会議室  司会 京都大学大学院経済学研究科 教授 八木紀一郎

御挨拶 京都大学大学院経済学研究科長 森棟公夫

  京都大学上海センター協力会副会長 大森經徳

 

入場無料

参加希望者は塩地(shioji@econ.kyoto-u.ac.jp)まで御連絡ください

 

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中国上海ニュース 10.13−10.19

ヘッドライン

■ 中国:大都市が住宅販売不況に相次ぎてこ入れ策

■ 中国:三中全会が閉幕、農業改革景気支援に政策重点

■ 中国:世界第2位の「糖尿病大国」に、男性患者急増

■ 中露関係:ロシア、大ウスリー島の半分を中国に返還 

■ 中国:日本文化センターが北京に設立

■ 上海:浦東のオフィスビル賃貸料、4年ぶり7%下落

■ 北京:自動車規制再度実施で路上車両数80万台減

■ 黒龍江:ハルビン、警官6人を傷害致死で逮捕

■ 天津:港の汚水処理能力を3倍に増強

■ 上海:スーパーのカート75%からカビ菌

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新疆ウイグル自治区のデモ/テロ現場を調査して

大西広

 

 今年九月中旬、西安であった統計学関係の学会に参加後、新疆ウイグル自治区のホータンとクチャを訪問、小島正憲氏よろしく報道されたデモや爆弾テロの事実確認を行なった。永年私は新疆ウイグル自治区の経済研究を行なってきたので教え子など知り合いが多く、そのコネクションを使って信頼できるウイグル族に同行を願い、彼らから現地ウイグル族に事実を聞いてもらうという方法によるものである。

 実のところ、クチャであった爆弾テロの真相確認は完全なものにはならなかったが、それでも当地にコネクションのないマスコミ記者の報道よりは数倍信頼のできる情報がえられた。このため、以下にその結果を報告したい。

 

323日発生のホータンの「デモ」について

 調査対象のひとつは323日に南部のホータンであったウイグル女性たちの「デモ」についてである。私は少数者による爆弾テロより多数者が参加するデモや暴動の方が事件としてより大きいと考えているので、特にこの動きには注目しており、他方の一般マスコミも、これがラサ暴動の直後にあったこと、独立派プラカードが明確に掲げられていたことから注目していが、現実の「デモ」は「デモ」と言えるほどのものではなかった。

 例えば、この「デモ」で逮捕された者が500名に上るとの報道もあったが、現場の絨毯取引所はそれほどの人数が入るところではなく、大目に見て200名が限界と見えた。また、聞くところでは現場でプラカードを掲げたのも場合に選れば数名、大目に見ても十数名ということであった。

 ただ、それでもそうした少数者の行動がなぜ多数者のものと見えたかと言うと、日曜日ということで農村家庭で絨毯を作った主婦たちが販売目的でここに集まって来ていたからである。普段は男性の取引業者のみが集まるこの場所に、日曜日だけは農村家庭の女性たちが直接販売を目的に来るということとなっており、独立派がその群集に紛れて一斉にプラカードを掲げたということである。これが真相であった。

 但し、この行動は開始後五分ですべて鎮圧されたという。そして、その理由は、この隣りに丁度警察署があったためである。逆に言うと、多くの女性たちはそれほど強力に警察に抵抗しなかったものと思われる。この地ホータンでは、四年前にモクスに集まった群衆が人民政府前までデモ行進をし、人民政府ビルに投石したということがあった。現地のウイグル族はこの四年前の行動をしっかりと記憶しているが、それに比べると今回の行動は「大したことではない」との理解であった。

 

810日に発生したクチャでの爆弾テロについて

 もうひとつの調査対象はオリンピック開会直後の810日未明に発生したクチャでの「爆弾テロ」であるが、現地情報では犯人たちが全員射殺されるか自爆しており(報道では逃走した犯人がいることとなっている)、また以下に述べるように現地情報には不自然なところがあり、正直言って警察によってコントロールされた情報である可能性を全面的に否定できない。しかし、それでも、現地の人々が知る情報でこそ真相に迫れるものもある。そして、この事件の場合には、犯人たちが犯行の数ヶ月前にこの地に入り、エイズの撲滅運動をしていたということである。13人と現地では言われている犯人たちの大部分は若い女性で、大学生や卒業したての若者であって、その内1人は留学経験もあったという。また、三人が現地クチャの人間で他はカシュガルから来たのだということであった。

 実際、クチャには風俗店が多く、このためエイズ患者も多いという。また、私自身も長距離バスターミナルで人民政府によるエイズ撲滅の看板を見た。

 また、事件の実際も中東で起こっている「爆弾テロ」とはほど遠いものであった。犯人たちは事前に多数の爆弾を作っていたが、最初の爆破ポイントであるスーパーマーケットでは事前に人々にアナウンスをして爆発時には誰にも危害が加えられないようにしている。また、その他の数箇所での爆破も深夜で人のいない道路わきに借りたタクシーから投げたものだという。この「事件」では犯人と誤認された二人の市民が射殺されてしまい、犯人の内の二人も射殺。残った11名の犯人たちはその後一ヶ所に集まって自爆したということである。 

 しかし、それにしても、こうしたエイズ撲滅の活動のためになぜ爆弾が必要になるのかはもうひとつはっきりしない。あるいは、何故全員が最後に自爆しなければならなかったのかも、はっきりしない。現地の説明では、捕まれば拷問によって死ぬ以上の苦痛を味わうからとなっているが、それならなぜエイズ撲滅のキャンペーンをこのような形でしなければならないかが分からない。現地では犯人たちの主張が「共産党の政策は一般に正しいがエイズ対策だけは不十分」というものだったということとなっているから、なおさらそうである。殆どが若い女性たちを中心とした男女混合のグループだったということで、ひょっとするとエイズ患者であった可能性もあるが、これはただ私の推測にすぎない。

 

ふたつの事件の共通点

 こうして二つの事件を並べてみると、やはりマスコミ報道との距離を感じざるを得ない。これは小島正憲氏の多くのレポート(http://www.shanghai-doyu.net/report/onsyu.dochttp://www.shanghai-doyu.net/report/ kishubodo.doc など参照)と一致する結論である。この種のマスコミ報道には気をつけなければならない。

 しかし、この点に加えて私はあえてあと2点、以下のような共通点があるのではないかと考えている。そのひとつは、これらの事件が自治区南半分の「南新疆」と呼ばれる地域で生じていることであり(クチャの事件に参加した10名の出身地カシュガルもまた南新疆の都市である)、もっと言うと97年のイリ暴動や89年や99年のウルムチでのデモや暴動など以前は「北新疆」で生じていたものが南下している、ということである。そして、私はこの「南下」は、以前には「北」で開発と漢族の進出が進んでいたものが、今では「南」でもそれが始まったためであると考えている。

 今回のチベット暴動もその典型であるが、チベット鉄道(青蔵鉄路)の開通で開発と漢族の進出に拍車がかかったのは「南」と同じである。私自身も今回その一方を通ることができたが、この「南新疆」の地ではタクラマカン砂漠を南北にまたぐ2本の「砂漠公路」が完成し、ヒト・モノの流通はこの間急速に増大している。「北」ではそれを以前に体験し、よって当時には厳しい民族紛争を多発させた状態となっている。今回のチベットの事件、南新疆での紛争の頻発自身がこうした法則性を示していると思うのである。

 さらに第二に、「エイズ」に関わるクチャの事件も含めて、これらはやはり漢族に対する反感を背景としていると思われることである。

 たとえば、前者のホータンのケースであるが、一部報道が示唆したように、農村から絨毯を販売に来た女性たちの「工賃」は非常に低く、一ヶ月休みなく働いても月に400(6000)になるかならないかのレベルであることが分かった(三箇所の作業所での調査の結果)。この取引所で購入していく商人の多くは漢族であるから、ウイグル族の伝統工芸でもうけ、かつ安く買い叩く彼らに反感があることは十分に考えられる。ここは完全に経済問題である。

 また、もうひとつのクチャの事件も漢族と関わっている可能性がある。一般に美人のウイグル女性の性をここで買い求める者の多くは漢族であり、特に現在は近くの油田や石油化学工場で高級で働く漢族が急増中である。性を市場化する「改革開放」思想を持ち込んだのも漢族であるからである。

 こうして、この一見別々に見えるふたつの事件にも民族問題の本質に関わる問題が表現されているというのが私の結論である。

 

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「日本は米国の軛を外せるか?」

上海センターシンポジウム講演メモ、2008630

 本山美彦 

大阪産業大学経済学部教授、元京都大学経済学部教授

 

1 朝鮮人民民主主義共和国、テロ支援国家から外される。

 ●ペリーノ米大統領報道官が、2008623日、朝鮮の核計画申告が同月26日に行われるとの見通しを示した(AFP通信)。●6か国協議で米首席代表を務めるヒル国務次官補は、同じく23日、北京で記者団に「(朝鮮から)申告を得られれば、ほぼ同時に(米朝)2国間の義務履行に移るだろう」と述べ、申告書提出後速やかにブッシュ米大統領が議会に指定解除を通告し、対敵国通商法の適用除外を決定することを表明した。

 

2 北東アジア安保体制へ

 ●ライス国務長官は618日に米ヘリテージ財団での講演の中で、指定解除は、6か国協議の合意による決定である明言していた(http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601101&sid=aHFWo.Vc9a5A)。●ブッシュ政権は、日本や米議会の意向を無視して、朝鮮をリストから外すことになりそうだ。●ライスは、6月末、日、韓、中を訪問し、自分が中国にいる間に北京で6か国協議が開かれるように設定している。●朝鮮は同じ626日に、中国政府に核事業の全容についての報告書を手渡し、月末に、寧辺原子炉の冷却塔を爆破する予定になっている(http://timesofindia.indiatimes.com/World/USA/Rice_heads_for_Asia_could_mark_new_N_Korea_milestone/articleshow/3155173.cms)。●2005年の6か国協議では、朝鮮の核問題が解決したら、米と日本は朝鮮との国交を正常化することが決められている。●ただし、621日には、朝鮮が米政府渡した資料から、高濃度のウランの痕跡が見つかったとする報道が出て、まだ土壇場で米政府が翻心して協議再開が見送られる可能性もなくはない(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/ article/2008/06/20/AR2008062002499.html http://www. atimes.com/atimes/Middle_East/JF19Ak01.html)。●自民党の山崎拓・元副総裁が率いる「日朝国交正常化推進議員連盟」が、早期の朝鮮訪問と、国交正常化に向けて動き出している(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a= 20080621-00000081-mai-pol)。●核問題が解決したら、日米中韓朝露の6か国協議は、同じメンバーのまま、北東アジアの集団安全保障のメカニズム(a Northeast Asian Peace and Security Mechanism)へと発展することになっている。ライス国務長官は最近の論文で、それを改めて宣言した(Condoleezza Rice,"Rethinking the National Interest American Realism for a New World,"     Foreign Affairs, July/August 2008)。●これは、米国との2か国的安保の枠組みの修正を意味する。米国は、6か国協議を中国に主導させ、協議成功後は新安保体制を作る構想を進めてきたのは米政府自身である。米政府は、日米同盟の終焉につながる6か国協議を進展させ、朝鮮と中国に対する譲歩を重ねてきた(http://www.tanakanews.com/f1129japan.htm)。

 

3 朝鮮経済開発ファンド

 ●英フィナンシャルタイムズ(FT)紙は、2005912日、英国系ファンドのアングローシノ・キャピタルが5000万ドル規模の「朝鮮(Chosun)開発投資ファンド」を設立することにした、と報じた。このファンドは主に鉱山・鉱物質などに投資される予定。●英国の投資会社は、朝鮮のビジネスへの投資を2000年から計画していた。そして、その計画が出て直ぐに2001年には朝鮮と英国は国交を回復して、朝鮮の鉱山を買い占めている。アングロ−シノ・キャピタルには米国系ファンドも参加している。英国のコンサルタント会社などでつくる経済団体BCBは、政府支援を受けた初の英投資調査団を20011016日に朝鮮に派遣した。調査団は、石油大手のBP、シェルやコンサルタント会社、リスク管理会社の代表で構成(共同、200110月)。

 

4 北東アジアの輸送路

 ●国営ロシア鉄道は、2030年までに10兆ルーブルを鉄道近代化に投資する計画をまとめた。それには、2015年までにサンクトペテルブルク−モスクワ間を高速鉄道で整備し、30年までにニジニーノブゴロドまで延伸することや、エカテリンブルグ(ウラル地方)−チェリャビンスク(西シベリア)間の高速鉄道の敷設などが含まれている。06年、サンクトペテルブルク−モスクワ−ニジニーノブゴロド間の高速鉄道車両は、ドイツのジーメンス社が受注した。20073月に来日した国営ロシア鉄道のヤクーニン社長は、JR東日本の関連施設を視察し、ロシアでの高速鉄道建設に向け日本の新幹線の技術を導入する考えを明らかにした。さらに、シベリア鉄道を通じ、日本からロシア、欧州方面への貨物輸送拡大に向けた交渉に意欲を示したと伝えられている。まずは2007年春から、シベリア鉄道と朝鮮北東部の鉄道を連結する試験事業を開始する予定。国境付近のハサンと朝鮮の羅津を結ぶ区間が対象となる。ヤクーニン社長は、来日中、物流会社等民間企業とも会談を行い、コンテナ輸送会社への出資や輸送用車両製造会社の設立を提案した。同社長は、プーチンの有力後継候補であるイワノフ、メドベージェフに続く有力な候補の一人とされている(『北海道新聞』2007328日)。●2007517日。韓国統一部はこれまで南北鉄道開通に投入した費用の総額が5454億ウォン(約713億円)に達すると明らかにした。韓国側に投入された費用は京義線区間に914億ウォン(約119億円)、東海線に1143億ウォン(約149億円)、京義線出入事務所(CIQ)整備に259億ウォン(約34億円)など、計3645億ウォン(約476億円)。朝鮮側の工事には借款として資材や装備に1523億ウォン(約199億円)が支援され、輸送費などを含むと1809億ウォン(約236億円)を要したという。2007517日の試験運行区間が京義線27.3キロメートル(汶山−開城)、東海線25.5キロメートル(金剛山−猪津)など計52.8キロメートルなので1キロあたり103億ウォン(約13億円)の費用を投入したことになる。(http://www.chosunonline.com/article/20070517000019)。●南北間の鉄道が運行されることで、韓国から北朝鮮を通ってロシアと中国に物資を鉄道輸送できるようになる。シベリア鉄道はヨーロッパとつながり、28か国を通る8万キロの鉄道網になっている。中国からは中央アジア、イラン方面に鉄道がつながっている。韓国にとって、南北間の鉄道運行は、自国製品をユーラシア大陸の全域に鉄道で送り出すことを可能にし、輸送ルートの拡大になる。ロシア極東地域には、ビジネスチャンスを狙って中国から多数の移民が流入し、最近の約10年間で、農業や林業、商業、建設業、不動産業などの利権が、中国人の手に握られ始めている(Bertil Lintner," The Chinese are coming ... to Russia," Asia Times, May 27, 2006)。●プーチンは、極東地域の経済を復活するため、財政資金を投入することを決めている。2007年はじめに、2012年のAPECサミットをウラジオストク沖のルスキー島で開催する構想を発表し、1000億ルーブル(約5000億円)の財政を投じて会場のルスキー島をリゾート地として開発する計画を立てた("Kuril development program to boost population, output - Gref," http://en.rian.ru/russia/ 20060803/52220304.html)。プーチンは、日中韓などアジア諸国からの投資も受けてシベリアや極東地域にある石油や天然ガスを開発してアジア諸国に売るとともに産業を起こし、今後の世界経済を牽引していきそうな東アジア諸国の経済活性を、ロシア極東に波及させ、ロシアを東アジアでも「大国」にすることを目標にしている(http://www.tanakanews.com/070515railway.htm)。●ロシアは朝鮮を安定化させるための6か国協議の推進にも積極的だが、その理由の一つは、中国、韓国とロシアの間に挟まっている朝鮮の安定化が、ロシア極東の発展に不可欠だからである。6か国協議の進展は、在韓米軍の撤退にもつながり、ロシアにとっては軍事的にも緊張緩和になる(田中宇、上記ウェブ)。●日本政府はこれまで、北方領土問題の未解決を楯に、ロシアの鉄道計画には冷淡だった。しかし、2007年に入って、6か国協議で米国政府が、朝鮮に対する譲歩を頻発するようになり、拉致問題を理由に朝鮮への敵視をゆるめない日本に対する風当たりを強くした。ブッシュ大統領に対する20074月の訪米時の安倍首相の懇願もむなしく、米国政府は、拉致問題を、朝鮮に対するテロ支援国家指定の枠から切り離す方針を採るようになっていた。米国覇権の低下に、日本に対する冷淡さが加わった結果、日本は、米国に頼らない外交を開始しつつある。ベーリング海峡トンネル構想への関心もその現れである(田中宇)。

 

5 ここ数年の米国指導者の論調

 ●アーミテージ前米国務副長官は2005429日、朝日新聞社のインタビューに応じ、日本政府が積極的に進める東アジア共同体構想について「米国がアジアで歓迎されていないと主張するのとほとんど変わりない」として、反対する考えを示した。同構想に中国が熱心であることに警戒感を示す一方、中国の台頭には「国際社会で有益な国になるよう、日米が支援しなければならない」と語り、望ましい方向に進むよう日本とともに働きかけることの重要性を強調した。米国抜きで設立準備が進められている東アジア共同体は、「深刻な誤りだ」と批判。「そういう方向性が出ること自体が問題だ」と懸念を表明した。さらに、「中国は積極姿勢を見せている。米国を除いた協議に加わることには、非常に意欲的だ」などと語った。日本で論議されている朝鮮に対する経済制裁をめぐっては「6者協議を通じて核問題の解決を模索している現状では、制裁は非常に多くの国が参加しない限り最良の選択とはいえない」と慎重な姿勢を示した(http://www.asahi.com/international/update/0501/001.html?t5)。●フランシス・フクヤマは、「東アジアに新しい安全保障構造をつくり上げる」というブッシュ政権の課題は、6か国協議という「予期せぬ形で北東アジアに出現した」枠組みを活用することによって解決されると提案している。「北朝鮮の核開発危機が収拾へと向かえば、これを中国、日本、韓国、ロシア、米国の5か国間の協議のためのチャンネル、5か国フォーラムとして活用すればよい。」フクヤマは明らかに米国をはずす「東アジア共同体」の動きに対抗的に米国の入る「東北アジア」を主張していた(Francis Fukuyama,"Re-Envisioning Asia," Foreign Affairs, January/February, 2005)。●参考;「フクヤマの言うように、北朝鮮の核危機が解決しないうちに、5か国だけで、地域協力を進める可能性はない。6か国協議をなんとしてもまとめて、そのまま6か国の首脳会談を開き、ANEAN(東北アジア諸国連合)の結成へ進めばいいのである。ともあれ、「東アジア」には米が入れないのだが、「東北アジア」という地域を考えれば、米はすでに入っているのである。東北アジアの安全保障協力体制はこの地域での米国の単独行動、日米安保条約による米日共同行動というものを地域協力の枠の中に収めるものになるのである。もとより、北朝鮮の不安を解消すれば、北朝鮮の冒険主義の可能性を消すことにもなる。中国と台湾との間の問題にもコントロールを及ぼせるのである。日米安保体制は東北アジアの安全保障枠組みと調整することになり、今度は別の方向へ再定義されることになるだろう」(和田春樹「東アジア共同体と東北アジア共同の家」;http://www.wadaharuki.com/newpaper.html)。●中曽根康弘が会長をつとめる「東アジア共同体評議会」の20057月に政策報告書「東アジア共同体構想の現状,背景と日本の国家戦略」を採択した。その内容を報告書の執筆者自身が一般向けにリライトした『東アジア共同体と日本の針路』は,アメリカの東アジア共同体に対する態度の変化を次のようにまとめている。「1990年の東アジア経済協議体(EAEG)構想や、1997年のアジア通貨基金(AMF)構想への反対が見られたように、米国は東アジア独自の枠組み作りに対して、懸念を表明してきた経緯がある。今回の東アジア共同体の形成に向けた機運の高まりについても、米国でいくつかの懸念が表明されている」。「同時に米国内では,東アジア共同体が米国の利益とも合致するという見方も生まれている。20052月の「日米安全保障協議委員会(22」』共同声明においては、『地域メカニズムの開放性、包含性及び透明性の重要さを強調しつつ、様々な形態の地域協力の発展を歓迎する』ことが確認され、米側でも東アジア協力に関する一定の理解が浸透しつつある」。「日本の目指す東アジア共同体構想は、米国の東アジアへの関与、及び日米関係をさらに発展させるものとして構想されなければならない。東アジアが開かれた枠組みとして繁栄し平和であり続けることは、米国のこの地域における貿易・投資関係を促進するものである」、「米アジア関係(トランス・パシィフィック関係)が安定した東アジア地域の形成と両立する秩序構想が求められている」(伊藤憲一・田中明彦監修『東アジア共同体と日本の針路NHK出版、2005年)。引用部分の執筆は神保謙(日本国際問題研究所研究員、日本国際フォーラム研究主幹)。●ただし、米国は、日本に対して、米国抜きの東アジア秩序づくりを許可したわけではない。シーファー駐日大使は、200512月の東アジア・サミットにを牽制して、「誰も米国をアジアから排除しようとしない限り、たとえ米国を含まなくても,どんなフォーラムや何かにも特別な問題があると思わない」(『日本経済新聞』20051130日)と述べていた。20064月、シーファー大使はすでに日本政府内の「東アジアFTA」構想に次のようなクレームをつけていた。「シーファー米駐日大使は19日、都内で講演し、経済産業省が提案している東アジア全域で包括的な自由貿易協定(FTA)を結ぶ構想について、『米国をアジアから締め出そうとする意図を感じる』と述べ、米国排除への警戒感を示した」、「同構想は2国間が中心だった東アジアのFTAづくりの動きを、日本や中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、インドなどが参加して域内での動きに広げるもの。シーファー大使は『米国はアジアの一員で利害もある。(構想から)締め出されるのを心配している』と述べた」(『日本経済新聞』2006419日)。●クリントン政権で国防次官補代理をつとめたカート・キャンベル(米戦略国際問題研究所上級副所長)は,「小泉首相の靖国参拝問題について『今起こっていることは日本のためにならない、ということで専門家の意見は一致している』」「『ASEAN(東南アジア諸国連合)の多くの国が私に「何で米国は日本を非難しないのか」と言う。克服すべき問題だ』」(『朝日新聞』2006524日)、「靖国参拝によって『アジアでの日本の勢いが失速している。米国は日本に問題を解決するよう働きかけるべきだ、という考えに同調する』」(『毎日新聞』2006628日)と繰り返してきた。その後、ブッシュ大統領は、小泉首相の靖国神社参拝などを巡り日本と中国、韓国の関係が冷却化している点について、「小泉首相には、『(中韓との)関係を改善できるよう望む』と伝えた。われわれの友邦が他の友邦や関係国と良好な関係を持つことは、わが国にとっての国益でもある」(『読売新聞』2006711日)。●1997年から2001年まで駐日米大使特別補佐官をつとめたケント・カルダー(ジョンズ・ホプキンス大学ライシャワー東アジア研究所)は、「米軍のトランスフォーメーション(再編成)についていえば、日本の全体的な姿勢は評価します」。「しかし,それだけでは十分ではない。もっと広く、アジアに対して日本の影響力を及ぼしていくために、日本がどう行動するのかを明確にしなければ」、「すべてが靖国参拝のせいではない。しかし,靖国問題は、中国や韓国との関係を悪化させ、道義性を損なうことでアジア地域全体に対する日本のイニシアティブを低下させています」、「何より、米国から見て,アジアにおける日本のリーダーシップは重要であり、それが道義性の喪失によって損なわれるようなことになれば、日米両国、日米同盟にとってもマイナスになる、と思います。米国も困ります」、「日中関係はさまざまな点で、中国と世界の関係に影響し、それがまた日中関係にはね返ってくる。ですから、日本は転換期にある国を刺激する行動は避け、日中関係をより広い枠組みでとらえるべきでしょう」、「日本はサンフランシスコ条約以来、伝統的に日米関係を2国間でしか考えてこなかった。これからは日米関係をより広い枠組み、より深い文脈の中で考える時代になった、と思います」(ケント・E・カルダー「『米国一辺倒』だけでは米国も困ってしまう」(『週刊東洋経済』2006年7月1日号)。●CFRの会長をしているリチャード・ハースは最近、『フォーリン・アフェアーズ』に「無極化の時代」(The Age of Nonpolarity)という論文を出した。「米国の単独覇権の時代は終わりつつあるが、今後の世界は多極化ではなく、極が無数にある無極化の時代になる」という趣旨で、地域に影響力を及ぼす小覇権国としてBRIC以外のたくさんの国名を挙げるとともに、多国籍企業、民兵組織やNGO、国連機関などの国際組織などが、国際影響力を分散して持つ時代が来ると書いている(Richard N. Haass,"The Age of Nonpolarity - What Will Follow U.S. Dominance," Foreign Affairs, May/June, 2008)

 

 結語。東アジアにおいて、米国は、今後、軍事的プレゼンスを縮小するであろう。それとともに、日米安保は変質しよう。しかし、それで世界が平和になるのではない。東アジアの負担を小さくさせた米国は、いよいよ、イランとの対決姿勢を鮮明にするであろうからである。