ケンブリッジ便り

5月分

5月の研究活動のまとめ
@執筆:和文草稿、英文草稿の続き。
A読書:西洋封建制、西洋中世史に関する読書、ミルトンの著作、ホッブズの著作、アカデミック・ライティング関係書籍(531日)。

ギョーザ・パーティ
今日は、論文が一つ完成したお祝いに、ギョーザ・パーティをしました。簡単に手に入る小麦粉を練り上げて皮から妻が作り上げた力作です。中身のひき肉も、牛、豚、鳥、ターキーのどれでも三大スーパーへ行けば簡単に手に入ります(但し、数量が少ないので、商品が並ぶ時間にすぐに買う必要があります)ので、葱や生姜などを加えればできあがりです。水餃子と焼き餃子にして食べました。中国人が見たら「なんちゃって」の餃子まがいかもしれませんし、また、日本では餃子を余り食べたいと思わなかったのですが、大変おいしくいただきました。妻に感謝です(530日)。

自学自習を支えるもの(5)
前回は自学自習と文献リストとの関係を議論しましたが、そこでも重要なのが、専門家の共同作業によって学問の標準化と共通化とが進められることでした。今回は、その作業の基盤ともいうべき、ケンブリッジ大学内部の二種類の研究者群について考えてみたいと思います。
 ケンブリッジには、大まかに言って、二種類の研究者がいます。大学の教員(teaching staff)ポストと同時にどこかのカレッジのフェローシップをもつ人と、カレッジのフェローシップだけの人がいます。これに対して、フェローシップを持たない大学の教員は、ごく一部の例外(チュートリアルでトラブルなどを起こした場合)を除いて存在しません。
 まず若手の研究者は、Research Fellowなどの形で、カレッジに雇用されます。主たる仕事は、自分の研究に加えて、自分の専門分野(科目)を専攻するカレッジの学生に、チュートリアル(個人指導)を提供することです。また、フェローは、歴史学、経済学、政治学などの分野毎に採用されますので、自分の研究テーマ以外で当該分野に含まれる内容を、学部生に対して指導する学識が要求されます。基本的にはチュートリアルだけが職務上の義務ですが、多くの人は、自分自身の教育暦を作るために、任意で、自分の研究テーマに関する学部の講義を、通常の講義回数の半分(half paper)で提供します。
 そして空きポストがあり、かつ、業績が認められると、大学から教員として採用され、自分の専門分野を包括する、もう少し大きなテーマに関する講義を提供します。
 つまり、教員でありフェローである人は、それぞれの職務を果たすように求められ、給与も大学からとカレッジからそれぞれ受け取ります。給与が二箇所から出ないことを除けば、日本の大学教員がゼミと講義とを担当するのに似ています。また学生は、学部とカレッジのそれぞれの場所で、複数の教員と知り合う機会があり、その結果として、自分の学問関心を追及するために、フォーマル、インフォーマルを問わず様々な関係を利用することができます。こうして、「手ごわい」学生ができあがります。
 指導教員だけとしか関係を持たない(あるいは、持たせない?)ような閉じた教育体制ではなく、この豊かな人的リソースの恩恵を受け、様々な助言を利用しながら、自学自習を効果的に進めることができます(524日)。


自学自習を支えるもの(4)
今回は、自学自習と文献リストの提供との関係です。ケンブリッジ大学では、授業科目群ごとに、文献リストが作成され、誰でも学部事務室へ行けば、コピーを受け取ることができます。
 私の専門とする思想史では、思想家別の編(アリストテレスから始まって、20世紀の思想家まで)と、時系列的な出来事の編(古典期ポリスの思想状況からポスト・モダンまで)とからなる文献リストがあります。このリストは、その科目群に関係する部局内の教員が集まり議論をすることによって作成され、数年毎に、改定作業を行います。
 このリストは、個々の教員が自分ひとりで作成し、自分の担当する授業だけで配布するものとは異なり、複数の教員の共同作業を通して作成され、授業参加者に限定されず公開される点が大きな特徴です。つまり、ひとつのリストを作成するために、ある先生が基本だと見做した事項と他の先生のそれとのズレを話し合いによって埋める努力が必要になり、その結果として、その分野の知識を整理し、かつ、基礎→応用or発展という段階別に把握することができます。ですから、一見、作業効率のためだけに行われている文献リストの協働作成は、実は、その科目群で重要な文献の選択を通して、その科目郡で学習すべき知識やスキルを、同僚教員との議論と合意とによって標準化・共通化する作業でもあるのです。こうして、出来上がった文献リストを使えば、基礎から応用・発展への積み上げや、通説的解釈と例外的解釈の違いなどを意識しながら、自学自習をスムーズに進めることができます(520日)。



日本学術振興会特別研究員評価書の作成
私もかつてお世話になった学振特別研究員の応募シーズンが今年も来ました。近年、書類や応募様式が微妙に修正されています。今年の変化は、PDのカテゴリーで応募する場合の所見(評価書)が、二通に増えたことです。多くの人は、現在の指導教員とPDとしての受け入れ教員に依頼するようです。
 複数の評価書を求めることは、多面的に人物を評価する試みとして大変良いと思います。つまり、PDは、研究上の人間関係の構築を含めて博士課程を修了するのであり、いつまでも、あらかじめセットされた制度上の人間関係(指導教員との)だけに依存するべきではないと思うからです。自律した研究者への第一歩を踏み出しているかどうかが問われているのでしょう。
 わたしはまだ博士課程の学生を持ちませんし、教員・研究者としてのキャリアも始まったばかりですが、評価書をいくつか作成しました。私自身は、この作業を単なる負担だとは思っていません。なぜなら、前途有望な研究者の卵を応援できるだけでなく、(ちょっと不謹慎かもしれませんが)自分自身にとっても外部資金獲得の際に問われる能力の養成、つまり、簡潔かつ説得的な文章を書く練習にもなるからです。わたしが扱う応募者たちは、いろいろなことに悩みながらも一生懸命研究しています。吉報が届くのを願っています(515日)。

ハッピー・バースディ
用事を済ませた帰りにキングス・カレッジの中を通って裏門(Backs)から出ると、昨日まで卵を温めていた白鳥が雛を抱えています。卵がかえったようです。この白鳥に気づいて観察しているのは私たちだけではなく、他の人たちも門を通るたびに注目していたようで、白鳥の周りには、ちょっとした人だかりができていました。きちんと確認できませんでしたが、全部で8羽くらい生まれたようです。厳しい気候の中で元気に成長して欲しいと思いました。ハッピー・バースディ!(514日)。

議会の開会式
労働党(356議席)と保守党(198議席)の伝統的な二大政党に加えて、自由民主党(62議席)の伸張が著しかった今回の総選挙でした。その結果を受けて、今日は、議会の開会式が行われます。BBC2時間の特集番組を組んで、式典の様子を放送します。この国の成り立ちを反映した、大変興味深い儀式なので、歴史家の端くれとして、DVDで録画したものを夕食後にじっくりと見ました。
 一連の儀式は、まず女王(君主)が、イングランド、スコットランドなどから構成される、連合(した)王国の主権者であり、同時に、英国国教会のトップだということを私たちに再認識させる文物=聖俗の権威を象徴する王冠や王錫などが、紋章院総裁(Lord Marshall)によって議事堂(ウェストミンスター・パレス)へ運ばれるところから始まります。続いて、女王とエディンバラ公が宮殿から馬車でやってきて、State Roomと呼ばれる控えの間に入ります。時間が来ると、両者は、大法官(Lord Chancellor)の先導で、サンタクロースのような白と赤のローブを纏った正装の貴族院議員たちが着座している貴族院の議場に入ります。
 こうして全員が着席すると、伝令が、正面玄関ホールを挟んで貴族院の対極に位置する庶民院へ向かいます。庶民院議長をはじめ庶民院議員に対して、貴族院の議場へ来るようにとの女王の命令を伝達するためです。このときも、伝令が来る直前に庶民院の議場はわざわざ閉鎖され、伝令は議場の入り口で庶民院議長の許可によって扉が再び開けられるまで待たなければなりません。庶民院の独立性を象徴する儀礼です。
 あとは庶民院のメンバーが、雑談をしながら貴族院までの直線廊下を歩き、貴族院の議場内に入ったところで、開会式が始まります。日本では首相が行う施政方針演説は、この国の統治権の主体である女王によって読み上げられます。それは「My government...」という特徴的なフレーズで始まります。この間、首相を含む庶民院議員は、立ったまま演説を聴きます。首相の伝統的な序列は、一般に思われているほど高くないのです。
 BBCはこの儀式の様子を逐一放送するだけでなく、歴史学者や貴族院議員などを報道スタジオに呼んで、儀式の解説や、施政方針演説の内容の検討などをおこなっていました。おまけに、議会の歴史に関するクイズまで出題され、正解者には、貴族院の紋章入りのピクニック・バスケット・セットが用意されていました。この「荘重な」バスケットを持ってどこへ行くのが相応しいのかちょっとわかりませんが、議会の開会式を番組に仕立ててもさまになるのが印象深かったです(512日)。


拙宅からの眺め
少し前までは、拙宅の窓から大学図書館の塔が見えたのですが、現在は、青々とした若葉が木々を覆うようになり、すっかり見えなくなってしまいました。日本の感覚ではまだまだ早春の気候(最高気温18度くらい)なのに、こちらでは十分に、新緑の季節です。
 今年は例年に比べて、雨の日が多く、天候も安定しないので、ひどい風邪が蔓延しています。さわやかな夏が早く来てくれることを心待ちにしている今日この頃です(
510日)。



論文締め切り

今日は、3月末が本来の締め切りであった論文集原稿の新しい締め切りです。私自身は、在外研究の準備のどたばたのため、改定途中のヴァージョンを誤って送付してしまったりなど、編者に大変迷惑をかけています。まだもう少し直す時間があるそうなので、こちらへ来てからの成果を取り込みつつ、もうちょっとがんばってみたいと思います。10月くらいには出版される予定だそうです(56日)。

総選挙
ブリテンは、5年ぶりの総選挙です。主たる争点は、入国管理(移民問題)、学校給食を通した食育、治安問題などです。与党労働党が議席を減らすであろう事は予測済みなので、どれくらい減らすかが議論の中心になっています。ブレア首相は、選挙を乗り切って、ブラウン財務相にその座を禅譲すると言われています。近くの投票所の辺りでは、わたしたちのような選挙権のないものにまでマニュフェスト冊子やビラをくれました。私たちの住む選挙区では、ブレアのイラク政策には個人的に反対している労働党候補と、野党としてイラク政策に反対する自由民主党候補との一騎打ちになっています。個人の信条と所属政党の政策のズレは、日本でも郵政民営化などを巡ってこれから生ずるのかもしれません。有権者がどのように判断するのか非常に興味深いです(55日)。

船便到着
日本から送ったゆーぱっくの船便が到着しました。約50日くらいでしたので、まずまずだと思います。こちらに到着後にすぐ必要なものは、出国直前に航空便(SAL)で送りました。今回の船便の中身は、すぐに必要のない冬物や、6月くらいから使用する予定の書籍や資料などです。箱は少し破れていましたが、しっかりと梱包したので、荷物は全て無事でした。
 余り知られていないようですが、ゆーぱっくは、意外と便利でお値打ちです。例えばパッキングを済ませて最寄の郵便局に電話をすれば、回収に来てくれます。在外研究前の忙しいときには大変便利です。
 またこちらでの配達は、厳密にはRoyal Mailとは別会社の、Parcel Forceの担当です。受け取りは、タブレットに電子的にサインするだけです。配達の人によれば、受取書の事務処理が大変だったので、電子化は大変楽とのことです。
 もしも配達時に不在でも、再配達や、別の場所への配達(但し、追加料金が必要)、近くの郵便局での受け取り、配送センターでの引取りができます。
詳細は、http://www.parcelforce.com/portal/pw/jump1?catId=500187&mediaId=2600005
 留学中は、町外れの配送センターまで自転車で取りに行きましたので、随分と便利になったと感じました(54日)。