シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京「ZED」

「ZED」(2010年3月7日午後3時公演)についての感想のつぶやきを以下にまとめた。

シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京「ZED」公式ホームページ→
http://www.zed.co.jp/home.php

ZEDエクスペリエンス!もう少ししばらくの間、ぼおーっとしていよう。

ZED(1) どれにも似ていない未知の体験がそこにあった。アクトを1つひとつ思い起こしながら広がるイメージを楽しんでる。事前にはなんら情報も感想もチェックしないようにしたことも正解だったかな。また行こう!

ZED(2) 似てないけど近いのはバレエ。つまりそこにはテキストがない。作品を構築する上ではもちろんテキストはあったはずだろうけど、作品そのものからは消えている。だから音楽とパフォーマンス、舞台だけ。日頃テキスト依存の強い僕にとっては、テキストフリーがすごく楽しい!

ZED(3) テキストフリーと言えば、歌もあるしクラウンもしゃべっているんだけど意味不明。「シルク・ランゲージ」と呼ばれ、演技者によるダメだしでどこの国の言葉とも聞こえないようにしてるらしい。面白い!

ZED(4) 似てないけど近いのはオリンピック。人間の肉体の持つ最大の可能性に挑戦するという精神はまったく同じと言ってもよい。体操選手がアーティスト(芸術家)に進化した。

ZED(5) 各アクトについてもつぶやきたいけど、どうしようかな…。そうそう、4月からは中休憩がなくなるらしい。これは正解だと思う。1つの作品として全体を受け取るには、あんなに長い休憩は邪魔でムダ。もともとクラウンいるから緩急ついてるんだから。

ZED(6) 専用劇場が素晴らしかった。前3列目だと近いわ、天井が真上に近いわで感激。照明も実に観たいところに光が当たりほかは隠すので集中できる。問題は今日のように雨で寒いとエントランスはきつかった。なんで一度外に出すかねえ(苦笑)

ZED(7) タイトル名を冠したキャラクタの存在がこの世界を成立させていると感じた。そういう物語。かれから目を離せないがからがなにを考えているかはわからない。あのまなざしやほほえみは謎を秘めている。

ZED(8) つぶやきが連続してるんだけど、それも実はテキストフリーだからでもある。作品を体験として受け取って、それを「詩」に置き換えているだけ。まるで自動機械のように言葉が紡ぎ出されていく。

ZED(9) もうサーカスじゃない(たとえば動物がいない)とも思うが、やはりサーカスの系譜だと思うのがクラウンの存在。その役割は「弛緩」。アクトで「緊張」を強いられるので、漬け物とか香の物のように「間」にはさまって、普通の状態に戻してくれる。それが笑いの役割。

ZED(10) クラウンは2人。はりきって威張ってるのと、なんかやる気のないいいかげんなのと。掛け合い漫才みたいなもん。狂言をイメージした。しゃべらないけど。おもしろいんだけど、なんか大きく口をあけてゲラゲラしないのは残念。笑うところやと思い過ぎかな(苦笑)

ZED(11) クラウンでなんで大きく笑わないかというと…感覚として、観客とキャッチボールしてる、間を合わせてくれてる感がなく、ストーリー通りどんどんすすんでいってしまう感じがした。「フライング・トラピス」ではアクターが拍手を要求したが、そういう盛り上げ方もあっていい。

ZED(12) キャストのみなさん、スタッフのみなさん、ありがとうございました。存分に楽しませていただきました。

ZED(13) 実はまだまだZEDつぶやきをしたくてうずうず。でも各アクトを語るにはまた行かなくてはと思ってる。だって、え、え、え、こうなって、ああなって、え〜、みたいな感じだったから(笑)

以上

10/03/08 : Comment(0) : TrackBack(0)

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