節分おばけ後祭

2003年の7月にスタートしたプロジェクト、楽洛まちぶら会はとても楽しい会です。

その新しさ、楽しさの訳はまた別の機会に考察するとして、今回は2月6日に開かれた「節分おばけ景色」の報告です。



節分に「お化け」というのは、愛知県出身の僕はまったく知りませんでした。みなさんは知っていましたか?

昔は京都の各家庭でやられていて、今は花街で続いているようですが、要するに仮装です。

節分の夜に仮装して、鬼を驚かして追い払うという厄よけの行事なんですね。



節分に厄よけで、幸を招くというのも縁起がいいし。

マスカレードみたいだし、ハロウィーンみたいだし、とにかく楽しめます。



これは面白い行事だからこれを京都の都心部で大々的に広げようというコンセプトで、とにかく関わることに。



具体的には、2月6日は後祭ということで、昼、祭援隊・節分のおばけ実行委員会主催で三条通などを仮装行列。鎧武者姿の人たち、新撰組のみなさん、クレオパトラ、バスガイド、いろんなおばけが歩きました。



夕方には、楽洛まちぶら会主催、新風館で、仮装コンテスト「紅白化け合戦」を開催し、優勝はカワイイ男の子が仮装した牛若丸でした。キャッツも可愛かったんだけどね。田中神社の祢宜・宮司による招福祈願もあって、これはとてもまじめな気持ちで取り組めたのが良かったです。前進座の丸山貴子さんによるメイクの手ほどきも驚きの話術と技術でした。文化博物館前での歌と踊りもさわなかな風が吹くような感じでした。来年1月には南座で井上ひさし原作、いずみたく作曲の「たいこどんどん」という江戸風歌舞芝居を公演するということで、その中からの歌でした。豆まきもしました。



その後で、文化博物館でライトアップ「節分お化け景色」、松下電工の方のご協力を得てLEDでライトアップしました。大型のLEDでとてもきれいにすっきりした色がはっきりと出ていましたし、色の変化はプログラミングできるのでその変化も楽しかったです。



今回時間も短く、宣伝も準備も声かけも十分にできたわけではないのですが、やはりやってみたのは正解でした。

やることで、体験することで、こういうものだというコアのイメージが確立し、そしてそこからどういうものに発展していけるか、というイメージが広がり、そのためにはどんな仕掛けやサポートが必要かという課題も明らかになります。

福を招き、仮装を楽しむ、市民参加のお祭りとして育っていくイメージが広がりました。

そしてそれが京都のまちの価値を高める新しい仕掛け・風習となっていく、冬の名物の1つになるといいなあと夢見ています。



みなさんもぜひ来年の節分おばけ、ぜひ思い思いの仮装で参加してみませんか。

僕も今年は出張と重なって仮装はパスしたのですが、来年こそは仮装で楽しみたいと思います。



★節分お化け公式サイト http://www.obake.tv

★楽洛まちぶら会サイト http://www.do-kyoto.jp/machi/index.htm

★祭援隊WEBサイト http://saientai.net/



★京都新聞記事 http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2005020600075&genre=K1&area=K10

05/02/07 : Comment(0) : TrackBack(0)

学部ゼミプロジェクト発表会(4)

1月14日に行われた学部ゼミのプロジェクト発表会報告の続きです。



僕のゼミのプロジェクトは学生たち(3年)が企画し2年と一緒にチームをつくって1年間取り組んで発表というもので、テーマは自由。

毎年いろんなテーマが取り上げられます。一応、マーケティングのゼミなので、マーケティング・リサーチをやるということぐらいが共通項。



3つのプロジェクトに分かれているので、3つめを今日は紹介します。

「自己分析セミナー」



このプロジェクトの特徴はなんといっても、調査ではなく、自分たちでビジネスをやるというのが目標というところにありました。

ですから4月の段階では山のようなアイデアはあるものの、なにも決まっていませんでしたし、前期はあるテーマでのビジネスプランを具体化しようとしていましたが、その困難さが明らかになり、今回は断念することにもなりました。

したがって、夏休みぐらいを転機にした再挑戦プロジェクトでもありました。



そこでやることになったのが、学生自身が企画して実行する「自己分析セミナー」でした。

就職活動を支援する既存の事業をいろいろと調査分析する中で、埋められていないニーズ、課題を見出して、それを事業化したのです。



・就職活動ノウハウではなく、自分自身を見つめる機会をつくる

・短時間の聞く中心ではなく、自分で考え、ワークシートに記入し自己分析をすすめる

・専門的な社会人アドバイザーにより、自己分析を深める

・友人らの見方というのも事前に集めて、他者評価も活かす

・自分の自己分析を他のグループメンバーに語り合うなかで深める



自分たちでウェブやメールで募集し、大学外で会場を借り、社会人の方の応援を依頼し、自分たちでシナリオ、ワークシートをつくり、司会、運営を行って、完全な手作りの有料の自己分析セミナーを成功させました。

セミナーは2日間にわたって行われました。

参加者の満足度で普通がなく、5点尺度で4以上という高満足度を獲得しています。

また、アドバイザーとして関わっていただいた社会人の方からも、これを実際に事業として展開しようという申し出もいただき、一定のクオリティを実現しているという評価をいただきました。



このセミナーの最大の成功のカギだと僕が評価するのは、ねらい、メッセージの明確さです。

この「自己分析セミナー」では、「自分の理想」を描くことが目標でした。

つまり、このセミナーの背後にある価値観は、自分の理想をもって、それに向かってすすむ生き方が素晴らしいというものです。

ですから、そのために、自分の過去、自分の強みや弱み、自分の好き嫌い、価値観などを掘り下げることを通じて、自分の理想、そのためになにをやるべきか(アクションプラン)を設定することを熱く!要求しました。

メッセージを明確にして、それに従って、首尾一貫したプログラムをつくったということが、良かったのだと思います。

強力でシンプルなメッセージを確立すること、これがクリエイトするときに重要なことだということをあらためて学びました。

05/02/05 : Comment(0) : TrackBack(0)

あたりまえだけど、とても大切なこと

『あたりまえだけど、とても大切なこと 子どものためのルールブック』



ロン・クラークさんというアメリカの小学校の教員が書いた本。

亀井よし子訳で草思社から出版。



本書は、子どもに守らせる50のルールが示されている。

そしてそのルールの意味や、実際の授業での経験が説明されている。



これを読んで思ったことは、情けないことだが、基本を徹底することの重要さである。

なんとなくわかっているけれど、ちゃんとやりきれていない、そういう自分の姿勢の甘さというものに気づかせてくれる。

子どものときに徹底して教育されることで、自分を大事にし、他人を大事にし、いっしょに気持ちよく生きていくための基本を身につけることができる。

それはとても具体的なことだし、その意味も明確である。適当にやるというものではない。



僕がこの人、素敵だな、いい判断・行動がジャスト・タイミングで出るなと思うとき、実はその内容はこの本で書かれていることの延長線上のことであったりする。

もっと言うと、僕が、こいついやなヤツだな、いっしょにいると気分が悪くなるな、なんて失礼なヤツだろう、とか思う場合、実はこの本のルールを破っているからだったりする。



読む人によっては、当たり前すぎてくだらないと思うかもしれないし、つまんないことが書いてあると思うかもしれない。

しかし、大人がこういうあたりまえのことをちゃんと意味を理解してちゃんとやらないから、子どももなにが正しいのか、どう判断したら自分と他人を大事にしていけるのか、ということがわからなくなってしまうのではないだろうか。



いま、大学の教師をやっているけれども、学生に対して専門の授業だけを教えるだけでいいとは思えない。

授業やその他の時間を通じて、こういう基本を伝えていくことが大事だと思う。

専門知識を身につけるより、よっぽど生きていく上で大事なことなのだから。

05/02/03 : Comment(0) : TrackBack(0)

コンタクトレンズ

淡路のウェスティンホテルで、研究会合宿が土日であり、その帰りにコンタクトのお店に寄った。

コンタクトレンズをするのは初めてである。

なんだか不安でやっていないことがいろいろあるのだが、その1つがコンタクトだった。



コンタクトのお店に行くと、隣に眼科医があって、協力関係になっていることを知った。

コンタクトをする人ならみんな知っている常識なのだろうが、メガネを買うときにはそういうことはないので、少し緊張する。



眼科医のアシスタントのアドバイスを受けていろいろ勉強する。

花粉症のせいか、目が充血していると眼科医の診断。



で苦労してコンタクトをとにかく入れてみて、はずしてみて、また入れてみた。

自分でやるのはなかなか大変である。

コツがいる。

でも入れた直後少し涙ぐむものの、すぐにあまり気にならなくなったので、これはいいかもと思う。

ハードは違和感が続くらしいですが、ソフトは本当になじみやすいですね。



そして何よりも大きな驚きは・・・

初めて自分の顔に出会った・・・

もう大学以来ずっとメガネなしでは自分の顔は見ていないので、自分の顔、目、というものに本当に出会ったという感じ。

これが結構おもしろい感覚で、これから自分の顔というものをもっと意識しよう、目に力を入れてみよう、などというようなことを考えてしまう。



コンタクトは世界を変えるのかもしれませんね。

05/02/01 : Comment(0) : TrackBack(0)

千家十職中村宗哲

美しい生き方、こんな言葉が似合う人に会うとはっとする。

恥ずかしい気持ちにもなるし、そうなりたいという自分の中に希望が芽生える。



京都市伝統産業活性化検討委員会の委員になっていただいている千家十職の第12代宗哲さん(中村弘子さん)のお宅を訪問する。



お部屋に通されてお話を伺う一つひとつの空気がおだやかででも退屈させない感じがする。



まず漆器の世界があり、それとは別に茶の世界の漆器があること。

いま、私たちはメーカーがつくったものを小売店で選んで買うというスタイルが一般的である。

また工芸の世界では、造り手の表現というようにとらえられており、いわゆる「作家」という見方が広がっている。

しかし、古来に目を当てるとそれは違う。あくまでも使い手の発案、使い手がその使われる目的、場、用法などを考え、使い手の美意識を活かした企画、そして意匠が考えられる。発案者の美意識にしたがって造り手がそれにこたえるものなのである。



利休居士の好まれた道具の形と寸法を「利休形」としてまとめたこと。

最初見せていただいたなにかの物差しというような印象を持ったのだが、一枚の板きれがあり、これが棗(なつめ)の形を残すものとなっている。これを「切り型」と言う。



こうして不易の型として「利休形」が確立する。



利休以後の宗匠の方々も自ら茶具を創案しており、これをその宗匠の「好み」と呼ぶ。



使い手の感性が茶の湯のなかで磨かれたことがあって、造り手がそれにこたえてさまざまな創意工夫のあるものが生み出されてきたのである。



これをふまえて、宗哲さんは、現代の若い人が、若い人なりのお茶を楽しむという生活をしていだけるような、そういうものを提示していくことが求められると言う。

陶磁器の飯碗が普及する前は、汁椀だけでなく飯椀も漆器だったそうです。現代に漆器の椀を復興させようという提案「私のお椀」も色とりどり(5色)美しいものでした。



型を継承するとともに、その自由でやわらかい発想に驚いてしまう。境界をやすやすととびこえてしまう軽やかさがある。

それは着物の着こなしにもあらわれている。

ファッションの先駆者は自らの美意識に合うものを創造するのだということを教えられた。



美意識を大事にしていますか?



参考 中村宗哲『漆うるはし 塗り物かたり』淡交社 2001年

05/01/29 : Comment(0) : TrackBack(0)