2006PCカンファレンス企画

立命館大学の衣笠キャンパスで夏の8月3日から5日まで開催されるPCカンファレンスの企画検討の会議がありました。

PCカンファレンスは、CIEC(コンピュータ利用教育協議会)と全国大学生協連合会の共催で開催されるもので、コンピュータ、ネットワークを活用した新たな教育を学び発表し交流する場です。



今年の目玉はこの4月から立命館小学校副校長・立命館大学教授に転出された陰山英男先生です。3日午前は陰山先生に講演が予定されています。



午後は私が司会を担当している「自由な学びか トレーニングか」というテーマでのシンポジウムが陰山先生も含めて行われます。



陰山先生は百マス計算など基本基礎の徹底で有名です。さらに家庭での生活態度の確立なしに学びの意欲は出てこないこと。基本基礎の徹底なしに、自発的な学びは広がらないことを主張しています(『学力はこうして伸ばす!』学習研究社)。



他方で、学ぶというのは私たちの日々の実践の中で普遍的なことで、私たちはつねに学び続けている、学習主体です。自らの意思で、自らをとりまく環境の中で、自らを含む共同体の一員として学習のプロセスが進行していく、これが本来の学びですし、自由な学びを自ら実現できる能力こそを形成しはぐくむ必要があります。



僕自身、大学や大学院の教育実践の中で、学び合う共同体を形成し、その中で学生たち自身が相互に学び研鑽するようにするということを重視しつつ、他方で、基本基礎の徹底のために宿題を出したり、細かく点検したりもします。



単純に対立するものではないのでしょうが、しかし、2つの教育=学習論、トレーニング・ドリル・反復VS自由な学び・学び合う共同体・コミュニケーション、はまったく異なるもののように思われます。



教育におけるICT(情報コミュニケーション技術)の活用についても、2つの方向性があります。飽きさせないような工夫をこらしたドリル・演習を実現するモノVS自分との、他者とのコミュニケーション、気づきを大事にした学習支援システムというように。



こんなことを考えてみる機会をつくろうということで、いま準備中です。



詳しくはhttp://www.ciec.or.jp/を参照してください。

06/02/04 : Comment(0) : TrackBack(0)

京都迎賓館

京都府の紹介で京都御所に開設された京都迎賓館を見学する。



残念ながら木造伝統建築ではなく、地下1階に駐車場や厨房、1階に宿舎や会議室という平屋建てで、まるで木造のように見える。

イメージとしては、現代に光源氏が生きていたら、彼の邸宅はこういうものだったのではというような連想が生まれるぐらい、一つの古典的世界が広がっていた。

白い手袋に、白い靴下にスリッパをはいての見学には驚いたが、壁にさわることも禁じられていて、施設の保全に最大限の注意が払われていた。



各部屋の調度品は伝統的工芸の技術の粋を集めたものであり、高貴な美しさを示していた。各部屋から見えるお庭も、池や滝など変化に富むものとなっていた。

そう、完全なセットのようであった。

別の世界、別次元にワープしたような気さえする。

伝統産業の技術・製品の価値も、このような演出、世界の中に置かれてはじめて伝わるものがあるのだということを感じた。



そう、技術・製品は世界と切り離しては価値は伝わらないのである。

06/01/31 : Comment(0) : TrackBack(0)

大掃除

年末に始めた研究室の大掃除が終わらなくて、7日になんとかやり遂げた。

結局、足かけ3日間、徹底して大掃除に取り組んだ。



元々の状況がとにかくひどかった。床に段ボール箱がいくつも並べられており、その中に本や資料が入っていた。一応、箱ごとに分類はしているのだが、段ボールは破れ、ゴミがついてきれいではなかった。ミーティング用の長机も上に資料や雑誌がいつも載っている状態であった。



今回、とにかくそれにメスを入れようとした。

掃除のポイントの第1は、最終完成形をはっきり思い描くことである。床にも机にもいっさい資料等が散乱していないで整理整頓されている、これを目標とした。

ポイントの第2は、いらないものを捨てる、これを徹底すること。

第3は、資料が多くて入りきらないことが根本原因の一つであったので、キャスターつきの5つのボックスが縦に並ぶ収納ケースを8つ用意した。つまり、資料や備品を入れるべき場所を確保し、決めることである。

第4は、パソコン関連のケーブルなども一度全部はずしてきれいにし直した。そうすることで配置換えを自由な発想ですることができた。



そうしたら、ここ1、2年資料が大幅に増えた関係で雑然としていた研究室が新たに生まれ変わった。

やるなら徹底してやらなきゃ意味がない。やるなら基本の徹底が大事とあらためて思った。



(後日談 2月13日)

徹底してきれいに整理整頓した結果の後日談。それから1ヶ月たっても机の上はきれいのまま。学生たちもきれいにして帰るように自然となった。

きれいにしていれば、きれいにしていようという気持ちになれる。

ニューヨークの犯罪防止作戦と同じ法則がここでも通用することに感心した。

06/01/08 : Comment(0) : TrackBack(0)

コンドルズに入りたい

ART COMPLEX1928で京都の年末恒例のコンドルズ公演があった。



コンドルズ、主宰者・近藤良平が「トップランナー」「情熱大陸」などで取り上げられたこともあり、認知度も高くなってきた。



冒頭、戦場のシーンで始まった。二人の兵士が協力して敵と武器を使用して戦う。そして死ぬ。明るく元気に戦っている姿に、戦争の意味を考えさせられる。



近藤良平のダンスはやわらかい。重力を消したり、強調したり、不思議な感覚を生み出していた。



不思議なコントの世界。わがままな男の子(王子)。マンガサークル同士の抗争で、マンガをいかに楽しみ味わうかを肉体で表現していて、個人的にはまってしまった。



観たことの人にコンドルズを紹介説明することはとにかく難しい。むちゃくちゃ笑えるというと、お笑いだと勘違いされてしまうし。でもとにかくそこに何かがあり、僕の中に何かが次々と生まれていて、僕は共鳴を覚えるのだ。

05/12/23 : Comment(0) : TrackBack(0)

京都中心部商業

今日は大雪であった。卒論審査を3件抱えていたので、とにかくがんばって駅まで歩いた。京都に来て以来初めての大雪だ。



昨日は京都市商業ビジョン推進委員会が池坊学園大学で開催された。テーマは中心部商業についてであった。本日は第5回時を超え光り輝く京都の景観づくり審議会が開催され、中間とりまとめ(案)について審議した。本審議会は、京都の景観についてきめこまかくゾーンに分けて検討してきた。



2回の会議を通じてともにとりあげたのが中心部商業である。ポイントは3つある。第1は人口である。高層マンションは町家のまちなみを破壊し、魅力ある商業空間づくりにもならない。しかし、郊外に人口が移動し、それに伴い大型商業集積が郊外・農村につくられることで、中心市街地が衰退してきたことからもわかるように、人口を増やし、若いまちをつくっていくことが中心部商業の発展には重要である。したがってまちなみに合うデザインのあり方を工夫し、1・2階部分に商業施設を入れるなどして、マンション建設を再評価すべきであろう。第2は、交通である。幹線は京都市によるLRT導入検討地域でもあり、自動車の交通規制、京都市周辺等からの公共交通の整備が課題である。まちなかに魅力的な商業が広がっており、歩いて楽しいまちが生まれてきている。これがさらに広がるためには、安心して歩けることが重要であり、一方通行の細街路の交通規制も重要課題である。第3は商業者ネットワークである。京都の中心地は東京のように大型デベロッパー等主導で開発をすすめるようなものではない状況であるから、中心地商業者、関係のある企業等によってビジョンを持つことが必要である。



京都の中心部商業を総合的かつ継続的に活性化を図る仕掛けづくりが求められる。

05/12/22 : Comment(0) : TrackBack(0)