日本農業新聞(1997年11月24日)

 日本では遺伝子組換え食品の安全性と表示問題をめぐる議論が依然続いている。一方、遺伝子組換え農作物の開発及び生産元であるアメリカでは作付面積が急速に増えている。一九九六年に数%だった除草剤耐性大豆の作付面積は九七年に全作付面積の一四〜一八%に達し、来年は五〇%にまで拡大すると見込まれている。
 七〇年代初頭に遺伝子組換え技術が登場した当初は「未知のリスク」を想定していた。科学者の自主規制を提唱したアシロマ会議等の結果を受けて、七六年にはNIH(国立衛生研究所)が実験ガイドラインを制定したが、科学的知見の蓄積にともなってガイドラインのトーンも「原則禁止」から「原則自由」へと緩和されてきた。すなわち「遺伝子組換え技術に固有の危険性はない」との科学的コンセンサスが形成された。
 だが「固有の危険性」の否定がもつ意味は、実験段階と産業利用段階とでは大きく異なる。人体への慢性的影響や大規模栽培による生態系への影響は複雑かつ多様であるからだ。にもかかわらず産業利用を前に規制緩和を急がせた背景に、当該技術を新たな利潤獲得の手段に位置づけた多国籍化学企業の戦略と、産業競争力の回復・強化を至上命題とするアメリカ政府の国家戦略の介在をみないわけにはいかないだろう。
 産業利用段階におけるバイオ政策は八六年の「バイオテクノロジー規制の調整フレームワーク」に始まる。規制トーンの強かった同フレームワークのもとでは政策を具体化するには至らず、「国際競争力を維持向上させて合衆国の継続的経済発展を図る」ために設置された競争力評議会が「バイオテクノロジー連邦政策に関する報告書」を九一年二月に発表するに及んで、漸くバイオ政策の基本路線が確定することとなった。
 同報告書は、@産学共同研究等の技術移転の推進や関連予算の充実による科学研究基盤の強化、A知的所有権の整備・強化や関連税制の整備・拡充による社会的基盤の強化に加え、B国際競争力の維持強化のために障害となる規制の緩和・除去を柱としている。要するに規制政策の産業競争力政策への従属である。この政策形成の過程で産業界の執拗なロビー活動があったことはいうまでもない。
 遺伝子組換え農作物の環境放出を認可するUSDA(農務省)と、その食品としての安全性を評価するFDA(食品医薬品局)とが主な監督省庁であるが、いずれも前述の報告書を受けて後、次々に規制措置の簡略化を進めてきた。とりわけFDAが九二年に発表した規制指針は「バイオ食品が従来の食品と実質的に同等と見なせる場合は新たな規制もその旨のラベル表示も必要としない」という内容であった。これまでUSDAは二七品種、FDAは三〇品種を最終認可している。
 いかなる技術でも絶対的な安全を保障することはできない。「実質的同等」という言葉によって「未知のリスク」を否定することは無意味である。バイオテクノロジーの有する人類史的な可能性を強調するのであればなおさら、その安全性評価の制度的保障は、企業の論理・国家の論理に優先されてしかるべきであろう。(久野)