〔問い〕

 話題になっている「遺伝子組み換え食品」とはどういうものでしょうか。安全性の問題が心配されますが、その点はどうなっているのでしょうか。あわせて、バイオテクノロジーの現状と今後のあり方についても教えて下さい。

〔答え〕

 遺伝子組換え技術が確立されたのは一九七〇年代前半ですが、実用化段階を迎えた七〇年代末から八〇年代半ばにかけて世界中で「バイテク・ブーム」が巻き起こりました。医薬品分野が先行していましたが、ここ数年、農業分野での実用化が急速に進展しています。これまでにも、チーズ製造用酵素(キモシン)やウシ成長ホルモン(bST)などが商品化されていましたが、直接口にする食品では九四年にアメリカで商品化された日持ち性トマトが有名です。
 日本でも、昨年八月に厚生省食品衛生調査会が安全性を確認したとして厚生大臣に答申し、除草剤耐性ダイズや害虫抵抗性トウモロコシなど四作物七品種の遺伝子組換え作物の輸入が認可されました。さらに引きつづく四作物八品種と酵素一品目の安全性の確認作業が進められています。また、農水省が一般栽培を許可した組換え作物の安全性評価も着々と進められています(四月現在で四品種八系統)。このような商品化攻勢を前にして、消費者だけではなく、農業生産者や一部研究者の間からも懸念の声があがっています。

 遺伝子組換え技術
 生物体を構成する基本単位は細胞ですが、細胞の核のなかに遺伝子の集合体である染色体(ゲノム)があります。染色体はさらに四種の塩基が二重らせん構造状に結合したDNA(デオキシリボ核酸)という単位に還元できます。DNAの塩基配列がすべての生命現象の情報源になっているというのが、細胞をもつすべての生物に共通した仕組みです。遺伝子組換え技術はこの仕組みを利用して、特定の物質を生成したり抑制したりするDNAの一単位を見つけだし、他の生物体のDNAのなかに組み込む技術であり、バイオテクノロジーの中核に位置づけられています。
 例えば、先の日持ち性トマト(カルジーン社)は、トマトを熟成させる酵素の働きを抑制する遺伝子を組み込んだものです。また、モンサント社などが開発している除草剤耐性品種は特定の除草剤の作用を抑制する遺伝子をアグロバクテリウムなどの微生物から、害虫抵抗性品種は特定の害虫を阻害するタンパク質を産生する遺伝子をバチルス・チューリンゲンシス(BT)などの微生物から、それぞれ当該作物に組み込んだものです。
 遺伝子組換え技術の安全性について当初は「未知のリスク」を想定し、一九七四年の全米科学アカデミーへの安全性検討委員会の設置、科学者の自主規制を提唱した七五年のアシロマ会議を経て、七六年にはNIH(アメリカ国立衛生研究所)が実験ガイドラインを制定しました。その後、当該技術に関する研究実績と科学的知見の蓄積にともなってガイドラインの見直しが行われてきました。とくに八二年の第五次改訂ではそれまでの「原則禁止」から「原則自由」へと大幅に緩和されました。この頃には「遺伝子組換え技術に固有の危険性はない」という認識が専門家のなかに徐々に形成され、八七年に出された全米科学アカデミー報告、八八年のアメリカ議会技術評価局報告などがそれを確認することになります。
 欧州諸国を含むOECDでも安全性をめぐる議論がなされてきました。八三年〜八六年に開催された専門家会合の第一ラウンドでは閉鎖系(大規模工業利用)についての、八八年〜九三年の第二ラウンドでは開放系についての安全性評価基準が確認されています。
 以上のような経過のなかで、当初の懸念―SFに登場するような未知の生物が生まれるかもしれないという不安―はかなり払拭されたと言えるでしょう。もちろん、仮に安全性の問題がクリアされたとしても、宗教上・倫理上の理由で受け入れられないといった事態も想定されるわけですから、表示問題などでの配慮が必要になってくることは言うまでもありません。しかし、そうした理由を別にしても、今日商品化が進められている遺伝子組換え作物を無条件に受け入れるわけにはいかない理由があります。

 大事な安全性評価
 第一に、「未知のリスク」がなくなったわけではありません。医薬品製造に用いられる大腸菌等の微生物についてはDNAの配列と機能がかなり解明されていますし、商品化に際しては目的とする産生物質が厳密に精製されます。これに対して、動植物のDNAについては未解明の部分の方が圧倒的です。しかも、組換え体が開放系利用される場合、生態系のなかでどのような振る舞いをするのかについても十分には解明されていません。
 リスクの可能性が残されている以上、従来もしくはそれ以上の安全性評価が求められます。ところが、慢性毒性(長期微量摂取による影響)や複合摂取による相乗効果などについての試験は義務づけられていません。その背景に、プロダクト・ベースの考え方と、OECDで合意された「実質的同等」なる概念があります。これは前述したように、遺伝子組換え技術固有のリスクを否定し、遺伝子組換え作物・食品にとくに毒性がなく、伝統的な方法で改良された既存の作物・食品と比較して基本的な形質に変化がない場合、既存作物・食品と同程度の安全性評価で十分であるとするものです。新奇の作物・食品ではないから食品衛生法の対象にもならず、食品添加物や医化学物質とは比べようもないほど簡略化された安全性評価しか課されません。厚生省の『組み換えDNA技術応用食品・食品添加物の安全性評価指針』では細かなチェック項目が規定されていますが、相当部分が省略されているのが実状です。仮にこれまでの試験研究の結果から「実質的同等」概念を正当化できたとしても、「これまでなかった」ことが「これからもない」ことにはなりません。
 なるほど、今回日本で認可された遺伝子組換え作物は、アメリカのFDA(食品医薬品局)が食品としての安全性を確認したものですが、だからといって、日本でのスピード審議が正当化されるわけではありません。しかも、次に見るようにアメリカでの安全性評価に問題がないわけではありません。

 アメリカの評価基準の緩和
 第二に、開発元であるアメリカでは、当初慎重を期して制定された諸規制が次々に緩和されてきています。先のNIHガイドラインが実験段階における規制政策であるとすれば、産業利用段階におけるバイオ政策は一九八六年の科学技術政策局勧告『バイオテクノロジー規制の調整フレームワーク』に始まります。これは人間や環境に影響を及ぼす可能性のある政策措置に関する影響評価を連邦諸機関に義務づけた連邦環境政策法を根拠としています。遺伝子組換え作物・製品に対して新たな規制の必要性も謳っていましたが、関連省庁の役割分担を規定したにとどまり、政策の具体化は先送りされました。その後、政策形成の主導権が科学技術政策局から大統領競争力評議会に移されるとともに、同評議会が九一年二月に出した『バイオテクノロジー連邦政策に関する報告書』によってバイオ政策の路線が確定することになります。
 競争力評議会というのは「国際競争力を維持向上させて合衆国の継続的経済発展を図る」ためにブッシュ政権が八九年に設置したものです。そのため、同報告書で提示されたバイオテクノロジー規制のあり方も、「公衆衛生と福祉は保護しつつも、規制による負担は最小限にとどめる内容にすべき」「バイオテクノロジーが社会に与える利益を減殺するような過剰な制約を回避するよう慎重に構成され見直されること」といったように、国際競争力確保が最優先される内容となりました。この緩和方針はその後の関連省庁による監督行政にも強く反映することになります。
 例えば、USDA(農務省)は遺伝子組換え作物の輸入や州間移動、環境放出(野外試験)に関する許認可を監督していますが、九二年一一月には認可制度の大幅緩和案が告示され、翌年四月に発効しました。これを契機に開発件数が急増しています。また、それまで規制指針をもたなかったために安全性評価(したがって許認可)を実施していなかったFDAとEPA(環境保護局)も、それぞれ九二年五月と一二月に緩やかな規制指針を発表しました。FDAは当初から「新たな制度は必要ない」との立場を表明してきましたが、この規制指針で「従来食品と実質的に同等と見なせる場合は新たな規制も、その旨のラベル表示も必要としない」ことが確定しました。とくにFDAの認可手続きは「自発的上市前諮問手続き」と呼ばれ、予期せぬ影響、栄養レベルの有意な変化、生成可能性のある新規物質、アレルギー誘発性のあるタンパク質等に関しては安全性評価を要求するとしているものの、開発企業の自発的な申請に委ねている点が懸念されます。
 このような一連の政策形成=規制緩和の結果、短期間に数多くの遺伝子組換え作物が市場に出されることになりました。九七年三月現在、USDAは二四品種の遺伝子組換え作物を「もはや何らの規制も要しないもの」として最終認可しています。また、FDAが認可した遺伝子組換え作物は二七品種、EPA認可も併せて最終的に商品化が承認されたものは九四年五月の初認可以来一五品種となっています。

 多国籍企業の支配強化
 第三に、こうした規制緩和にともなう商品化攻勢が産業界の意向を反映したものだということです。遺伝子組換え作物の開発は、モンサント社、チバガイギー社(サンド社と合併後はノヴァルティス社)、アグレボ社(ヘキスト社)、デュポン社、ゼネカ社など化学・農薬部門を中心とする巨大多国籍企業によって独占されています。これら多国籍企業は、カルジーン社やデカルブ社、アスグロウ社などのバイオ・種子企業を次々に買収することによって研究開発力を高めるとともに、農薬・種子・動物医薬・営農支援など資材サービス部門における水平的インテグレーション(統合化)を指向するモンサント社、品種開発→種子→集荷・貯蔵・輸送→加工といった垂直的インテグレーションを指向するカーギル社などの例に見られるように、農業関連市場に対する支配力の強化を狙っています。
 アメリカには業界団体としてバイオインダストリー機構(BIO、前身の二団体が九三年に統合)があり、強力な圧力団体として政策決定過程に対する影響力を行使しています。九一年には日米欧加の業界団体が国際バイオインダストリー協会を結成し、OECDやEC委員会への働きかけも行なっています。安全性基準の緩和に加え、産官学共同の推進やガット・ウルグアイ・ラウンドでも焦点となった知的所有権の強化など、国際的なバイオ政策の形成過程で果たした産業界の役割を無視することはできません。

 求められる民主的規制
 以上のような技術的・社会経済的なリスクを伴う恐れのある遺伝子組換え技術に対して、世界各国で反対運動が取り組まれ、徐々に広がりをみせています。ヨーロッパでは、暫定的な輸入禁止措置をとったり、ラベル表示を義務づける国もみられます。日本でも消費者団体が中心となって反対キャンペーンやラベル表示を求める運動を進めています。
 もとより、バイオテクノロジーという技術そのもの、その農業への応用自体は否定されるべきではないでしょう。しかし、バイオテクノロジーはあくまでも化学依存型の農業から脱却し、食糧増産と環境保全とを同時的に追求する農業を、たんなる経験ではなく科学的知見に基づきながら効果的にとりおこなうための汎用的な基礎技術となるべきものです。一握りの多国籍企業が知的所有権を後ろ盾に独占する資材商品として囲い込まれるべきではありません。しかも食糧問題や環境問題などの課題は、南北間格差や農産物市場構造、多国籍アグリビジネスによる農業・食糧支配など多様な社会経済的諸関係に内在する問題を一つ一つ解決してはじめて達成されるものです。バイオテクノロジーという技術、その研究開発と応用のために必要な人的・物的資源を、そうした課題達成の一助とするべく、人類共有の財産として管理していくための民主的規制が強く求められます。