偏在するエネルギ-資源
2016年12月22日 内藤克彦 京都大学大学院経済学研究科特任教授
再生可能エネルギ-は、資源が偏在しているので火力発電のように消費地との地理的関係を考慮しながら立地できないという話を最近聞いた。再生可能エネルギーが「偏在」していることは確かである。しかし良く考えると、我が国の場合、火力燃料は偏在しているどころか、我が国には「ほとんど存在していない」ということで、「燃料受け入れ港」が需要地に近いところに作れるということでしかない。
さらに言えば、火力の燃料や原子力の燃料は偏在していないのかというとそんなことは全くなく、むしろ再生可能エネルギ-の方こそ、世界のあらゆるところに普遍的に存在しているように思える。我が国においても火力・原子力中心の時代が来るまでは、国内資源たる水力発電開発を必死になって全国で展開し、大規模な水力資源は、あらかた開発してしまった。
水力発電の開発の場合は、遠隔地の水力資源から長距離送電線で需要地までつないでいる。原子力発電に至っては、もっと極端で、本州の北端から遥々と関東の需要地まで送電するようなことを考えている。水力以外の再生可能エネルギ-の場合、「偏在している」ので利用できないとして、需要地と繋ぐことを考えないのはバランスを欠いた思考といえるであろう。
EUの再生可能エネルギ-政策を見ると、2050年に発電部門では60%程度以上は、再生可能エネルギ-で賄うとしており、国別に見るとデンマ-クの100%、ドイツの80%などさらに意欲的な目標を掲げている。EUがこのように再生可能エネルギ-導入に熱心な理由として、地球温暖化対策より先に掲げているのは、エネルギ-セキュリティと燃料代としてEU域外に流出していた富のEU域内還流である。
再生可能エネルギ-は、どの国にとっても貴重な国内資源であり、しかも国内技術で開発して行けるものである。今までは利用できなかった国内資源が技術の進歩により実用可能となった以上は、エネルギ-のEU域内自給率を高めるためにこれを利用しないという手はないという認識と見受けられる。
今までの多くの深刻な国際間の紛争の原因に「エネルギ-の奪い合い」があることは、「戦いの近世史」を生き抜いてきたEU諸国は良く承知しており、また、歴史の証明するところでもある。我が国の歴史を見ても、第二次世界大戦に我が国が巻き込まれる直接原因は、化石燃料の問題であった。先に述べた水力開発も、戦後、高度成長を担った「戦中世代」が社会のトップにいた時代に盛んに行われているが、戦中世代の胸の内には「エネルギ-セキュリティ」の考えがあったのではないかと思う。さらに加えると、第二次大戦中も発電所やダムを狙って爆撃が行われたように、在来型の集中発電は安全保障の観点からは脆弱な面がある。
現在、世界を席巻しているインタ-ネットも元をたどれば米国の軍の集中型情報システムの脆弱性を補うために、集中型情報システムから分散型情報システムに変更するために開発されたものと聞く。集中型の発電技術しかなかった時代ならいざ知らず、分散型の様々な技術が開発された現在では、発電システムを分散型にすることは安全保障の面でも重要であることが理解できる。我が国は、米国の核の傘の下で安定的な世界に安住するうちに、「平和ボケ」してしまって、EUが第一に掲げる安全保障的観点は「想定外の事態」として視野の外に置き忘れているのではないかと思う。
EUが掲げる「マネ-フロ-を域内に留める」という効果も我が国からは抜け落ちている。今まで世界の経済は、偏在する石油・ガス資源の国際企業による集中管理を基盤に置いてきた。ところが、欧米で進む分散型エネルギ-への転換が進むと、世界の経済の底辺を構成するエネルギ-に大変革がもたらされることになる。
今年の春のロイタ-電で、スタンダ-ドオイルの創業一族であるロックフェラ-家がエクソンモービルを始めとするすべての化石燃料株を手放すという記事が報道されている。恐らくは、EU等の脱化石、再生エネルギ-化の動きに対応して投資の対象を変えたのではないかと思われる。今までオイルメジャ-等を介して中東・ロシア等を経由して回っていたマネ-フロ-が、EUや米国の域内で循環する流れになり、その分、域内経済が活性化するわけである。
これはある意味で石油燃料文明の終焉であり、我が国が考えている以上の大変革が粛々と進んでいる可能性がある。我が国で、相変わらず燃料輸入システムに依存した古い体制にしがみついている内に「想定外の事態」として、世界の経済の基底の構造が地殻変動してしまうかもしれない。
欧米は、長期の戦略的観点から再生可能エネルギ-を位置づけており、また、「将来の基盤をなす新技術」として捉えている。技術の歴史の浅い新技術ではあるが、それ故に、将来を見据えて、戦略的布石としてこれを使いこなせる体制に切り替えるべくハ-ド・ソフト・制度の全ての面で意欲的に取り組んでいる。我が国の再生可能エネルギ-政策にも、欧米のような多角的な議論が必要ではないだろうか。