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コラム連載 ハンバッハの森の伐採禁止をどう見るか

ハンバッハの森の伐採禁止をどう見るか

2018年11月8日 西村健祐 ドイツ在住エネルギー関連コンサルタント・通訳

 褐炭露天掘り用地に存在している原生林の伐採をめぐって行われたドイツ国内の闘争は州の上級行政裁判所が事業者に対し、森林伐採の一時禁止を命じることで一旦の決着を見ることとなった。
 森林の持つ環境的価値を損なうに値する意義を事業者と伐採を許可した行政官庁が示せなかったことが判断の根拠だという。
 ここ数年政治においてはエネルギー政策の停滞が見られる中、司法が気を吐いたと言えるだろう。

 ノルトライン・ヴェストファーレン州(NRW州)の上級行政裁判所は2018年10月5日、ドイツの電力会社RWEが所有しているハンバッハの森の伐採を一時禁止する措置を下した(11 B 1129/18)。上級行政裁判所は州ごとに設置されており、州法に基づく行政訴訟の判断を行う。ちなみに自然保護法は州法である。
 事の起こりは、ドイツの環境保護団体で日本の「地球の友」にあたるBUNDがRWEを相手取って褐炭露天掘り用地の森林の伐採を禁止するよう、2018年から2020年の事業計画の停止を訴えたことによる。NRW州上級行政裁判所は最終的にBUNDの訴えの判決が確定するまで事業計画の停止を決定し、結果としてハンバッハの森は当面は伐採できなくなった1。なお、RWEは訴えられている森林以外のハンバッハの褐炭露天掘りは継続することができるため、すぐに褐炭発電所が停止することはないと思われる。

 ドイツでは訴訟中の案件について、緊急を要する案件については判決の前に権利保護を行う「緊急の権利保護(Eilrechtsschutz)」があり、今回はBUNDの訴えが部分的に認められたこととなる。そのため、ハンバッハの森の保護が裁判で確定したわけではない。しかし、この決定は2018年7月31日にケルンの行政裁判所が下した森林伐採許可の判決の修正となる。

 このハンバッハの森は本来はEUの定める「生息地指令(Council Directive 92/43/EEC)」による自然保護区域には指定されていないが、希少な生物種が生存しており、「潜在的保護区域(potentielle FFH-Gebiete)」に該当する可能性があるBUNDは訴えていた。なお、森が自然保護区域に該当するかは複雑な検証が必要なため、今回の決定の中では判断はくだされていない。

 ハンバッハの森を含むRWEの事業計画は本来2040年までに合計で24億トンの褐炭を採掘するために154億トンの土砂を取り出す計画であった。褐炭の採掘は1978年から始まっており、これまでに85平方キロメートルの土地が最深部で450m削られており2、事業は新しく始まったものではない。また、これまでに採掘が終了した土地では再自然化も行われてきた。多くは森林になっているが、BUNDはこれらの再自然化による森林の価値は伐採されて喪失した原生林の持つ価値とは比較のしようがないと述べている3
 そのため、BUNDを始めとした環境保護団体が裁判所で係争する一方で、森林に入り込んで占拠する等の活動も行われてきた。
 2018年9月13日に、RWEは許可を得ている事業計画に従い、ハンバッハの森の伐採を開始したことがSNSに取り上げられるなどして、伐採に対する反対運動が全国規模で展開されるようになり、その約1ヶ月後の10月5日に一時的な伐採の中止が命令された。

 判断の理由として、裁判所はハンバッハの森が潜在的自然保護区域に該当するかの判断は保留した一方で、RWEと許可官庁がハンバッハの森を即時に伐採して褐炭を採掘することが重大で具体的な危険を回避する、または緊急の手法が公益の観点から必要だという客観的な証拠を提示できなかったことを挙げた。つまり、森林を伐採する以外に国または州のエネルギー供給が確保できないことを客観的に示すことができなかったため、EUの定める地域と種の保護にかかる公共の利害を不可逆的に損なう可能性のある活動は認められないと判断されたのだ。

 既に述べたとおり、上級行政裁判所のこの判断はこれまでの行政裁判所の判決を覆すものであったため、筆者は驚いた。
 RWEはこの判断に至る過程について、「国の支援が不十分である」と非難している4。脱炭素委員会(「成長・構造転換・雇用委員会」)の開催のために、褐炭露天掘りという地方の問題が全国の問題となってしまったことが背景にあると指摘し、国に対して「長期の国の方針を決める委員会と短期のNRW州内の事業の話は明確に区別してほしい」と訴えている。

 今回の決定はEUの管轄である自然保護区域とRWEの事業の利害衝突について、行政裁判所が正式な判断を下すのに時間を要するため、緊急の権利保護を採用して数年間の伐採を禁止したものであり、RWEの言うような長期にわたる判断ではなく、また脱炭素委員会が判断すべき内容であるかにも慎重な判断を要する。

 それよりも、上級行政裁判所の判断が下る前に森林の伐採を強行するため、RWEと行政が森林を占拠する環境保護団体に対して警官を投入するなどの措置をとったことが今回の判断の遠因にあるようにも感じられる。RWEには自治体の出資もあり、RWEの損失は自治体の財政にとってもダメージとなる可能性が高い。恐らくE.ONとの事業再編に向け、RWE内部には相当の焦りがあったのだろうと思われる。
 こうしたこともRWEが強引な手段に出ても大丈夫と判断した背景にあるかも知れない。エネルギーの安定供給に必要不可欠であることを客観的に示すことができないような開発についてなぜ強硬な手段をとってしまったのか、RWE側も説明する責任があるだろう。
 結果としてRWEは10月5日以降に株価をまた下げしまうことになった。

 もう1つの教訓は、私有地であっても司法がその利用について厳しい規制を課すことができる点である。たとえ許可が降りている私有地内であっても乱開発は認められないということが再確認された意義は大きいと考えられる。

1
2
3
同上
4
https://www.tagesschau.de/wirtschaft/rwe-hambach-103.html(2018年11月6日最終アクセス)


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