1. HOME
  2.  > コラム連載 出力抑制「狂想曲」再考

コラム連載 出力抑制「狂想曲」再考

出力抑制「狂想曲」再考

2018年11月29日 安田 陽 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 2018年10月13日に、日本では事実上初めての再生可能エネルギーの出力抑制(出力制御)が発生し、いくつかの新聞では一面トップで取り上げられました。筆者はちょうど海外出張中で地球の裏側にいたということもあり、この「狂想曲」とも言える過熱報道に対してやや冷めた目線で(今時の言葉を使えば「生温かく」)見守っていました。結論を先取りすると、日本全体で出力抑制に関して大きな誤解があり、「見たこともない幽霊」に対して見たことがない故に不安や疑心暗鬼を煽る言説が流布しているように思えます。

 そもそも、出力抑制とは何のためにあるのでしょうか? どのような得失があり海外ではどう議論されているのでしょうか? 出力抑制は11月に入っても週末に散発的に続いていますが、過熱報道の「狂想曲」もやや少し落ち着いたこの時期に、本稿で再考します。

そもそも出力抑制はなんのためにあるのか?
 再生可能エネルギーの出力抑制は、風力や太陽光などの発電所が一般送配電事業者の要請を受け、一時的に出力を低下させる行為を示します。風力や太陽光からの無料のエネルギーを捨ててしまうことになるため、「もったいない」という印象がありますが、ここでは単なる印象論や目先の損益ではなく、より広い視野で冷静に考える必要があります。

 風力や太陽光の発電所で作られた電気を「絶対捨ててはいけない」という硬直的なルールにしたとすると(そんなことは現実的にはありませんが)、 1年間のある瞬間に風力や太陽光の出力が需要よりも少しでも超えてしまうことが見込まれる場合それ以上風力や太陽光の発電所を接続できなくなってしまい、図1の(a)の部分しか再エネでは発電できません。しかし、「少しであれば捨ててもOK」(すなわち、図1の(b)の部分を捨ててもOK)というルールにすると、 より多くの風力・太陽光発電所を電力システムに接続して、結果的により多くの年間発電電力量(図1の(c)の部分に相当)を得ることができます。

 しかも、(b)の部分が「ほんの少し」の場合、仮に蓄電池のようなコストの高い新規デバイスを用いてこの分を回収しようとすると、却って無駄にコストが増えてしまいます。出力抑制は蓄電池などの他の手段より安価に実施できるので、この部分を捨てるのは一見もったいないように見えて実は経済合理性のある選択肢になり得ます。このように、「絶対捨ててはいけない」ではなく「少しであれば捨ててもOK」というのが本来の出力抑制の考え方であり、それ自体決してネガティブな意味を持つわけではありません。

図1  出力抑制の本来の意義(筆者作成)

なぜ出力抑制がネガティブな問題になるのか?
 もちろん、ここで「少し」とはどれくらいか?という疑問が発生します。出力抑制は海外でも発生しています。再生可能エネルギーの大量導入が進む欧州の事例を見てみると、図2左図の通り各国ともいずれも概ね5%以下の値を推移しています。図2左図は横軸が風力+太陽光の導入率(発電電力量(kWh)ベース)、縦軸に風力+太陽光の出力抑制率(風力+太陽光の年間発電電力量に対する逸失電力量の割合)の相関を取っており、各国とも導入率が増えるに従って徐々に抑制率が増える傾向にあります。同じ欧州内といっても、連系線が豊富なドイツと島国であるアイルランドや英国など電力システムの構成環境は様々ですが、いずれも「概ね5%以下」という数値は先行事例から得られた貴重な指標であると言えます。


 ところが日本では、2015年2月に開催された経済産業省の系統ワーキンググループ(系統WG)において、10%以上の(発電所の建設時期によっては30%以上の)出力抑制の可能性があることが各電力会社から試算されました(図2右図は筆者による集計グラフ)。このような試算は再エネ事業者の事業リスクを無用に押し上げ、「もしかしたら出力抑制は「少し」ではないかもしれない」という疑心暗鬼が再エネ事業者や市民の間で広まる遠因となっています。

出力抑制が「あるか/ないか」ではなく、数値に基づく冷静な議論を
 さて、このような状況で2018年10月に日本初の出力抑制が実施されました。先に提示した図2右図のグラフに2018年6月末時点での日本(北海道、東北、九州)の状況をプロットすると、図3のようになります。九州の年間出力抑制率は、正確なデータは年末にならないと集計できませんが、おそらく1%にも満たないと予想されます。北海道、東北エリアでは出力抑制は未だゼロです。一方、北海道、東北、九州のエリアは太陽光・風力の導入が進み、2018年上半期の導入率(kWhベース)はそれぞれ7.7%、9.7%、12.1%(ISEP Energy Chartのデータから筆者集計)に到達しています。

図3 日本の出力抑制率の予測(2015年時点)と現状(筆者作成)

 このように図3から分かることは、2015年の段階で大きな出力抑制率が一旦予想されたものの、その後各エリアで運用の工夫が進み(電力会社の「努力の結果」と見てよいでしょう)、2018年上半期時点での実績は「とても優秀」であることがわかります。これは図2左図の欧州の各国先行事例と比較しても「優秀」です。ちなみに、風力+太陽光導入率が10%を超えた段階で出力抑制が発生していない国はポルトガルとデンマークしかありません。風力+太陽光の導入率が10%前後導入された電力システムで、今まで一度も出力抑制を発生さていない(いなかった)ということは、非難されるどころか、国際水準から見てもむしろ賞賛されるべきことなのです。

 事実、前述の系統WG自体も最新の2018年11月12日の資料で、地域間連系線の適切な活用により出力抑制率は4%台に収まるという新しい試算結果を公表しています。この数値は、日本でも図2左図の海外の先行事例と同等の柔軟な系統運用が可能になったことを示唆しています。

 出力抑制を議論する際に注意すべきなのは、単に「出力抑制があるか/ないか」で過剰反応になったり、誰が儲かる/損するという表面的で感情的な問題に矮小化しないことです。議論すべきは、抑制率が年間で何%であったのか? それが風力+太陽光導入率と比べてどのような相関を持つか? 過去数年の履歴に対してどのような傾向で推移しているのか? という点です。そもそも社会コストを最小化しながら再エネ大量導入を実現するにはどのような手段があるのかという観点や、国際動向を念頭に置きながら、冷静で定量的な議論が望まれます。

このページの先頭に戻る