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コラム連載 PtoGについて

PtoGについて

2018年12月20日 内藤克彦 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 PtoGの話に入る前に、12月13日付けの日経新聞一面トップで報道された日立のABB買収について一言触れておきたい。記事の概要は、「ITを用いた高度な情報技術を活用したグリッド管理による再エネ対応、スマ-トグリッドへの対応、これらと連携したIoT事業の展開のために、ABBの送配電ビジネスを8000億円で買収する」というものである。筆者がこのコラム等で指摘してきたように欧米のグリッド管理システムは20年前から、分散型電源に対応すべく、最新のIT技術を用いてリアルタイムの送電オペレ-ションを行うため、技術の改善を続けてきている。その成果として、米国のように我が国より脆弱なグリッドと言われるところにおいても相応の再エネが立地できているわけである。この欧米型の送電オペレ-ションシステムの市場は、ABBとジ-メンスにより概ね世界が二分されていると言われており、ABBは、北米・豪州・中国・韓国・フィリピン等とノルドプ-ル等の一部欧州の送電管理システムを扱っている。日立が今回ABBの送配電ビジネスを買収するということは、我が国の重電業界にも漸く欧米の最新のグリッドオペレ-ション技術が導入されることを意味しており、大変歓迎すべきことである。我が国の企業経営トップや監督官庁等は、一般にバブル期最後の20年前の時点で頭が固定され、我が国の技術はあらゆる分野で世界最先端であると思い込んだままで、激動の世界の情勢を把握していないのではないかと思われる節が見受けられる。この20年間の間に欧米、中韓等では技術の分野でも格段の進化を遂げている分野が多く、一方で我が国においてはヘッドが技術世界一の観念に安住し、チャレンジを忘れている間に、世界の流れから取り残されてきている技術開発の分野が多くなってきているのではないかと思われる。送電オペレ-ションの分野もその一つであろう。今回の日立のABB買収は、裏返せば、買収しないと短期間では技術レベルが追い付けないし、世界の市場も掴めないということを認識したからこそ行い得た英断であると思う。今後、日立の得意とするAI技術等とも組み合わせて、この分野で世界最先端に躍り出ることを期待したい。

 PtoGの話についても、実は、似たような我が国の状況が色濃く影響していることをまだ関係者は認識していないのではないかと思われる。一般的なPtoGは、再エネ発電ピ-ク時の余剰電力を用いて水素を作り、再エネ発電ピ-ク時のグリッドの負担を軽減し、また、再エネ電力を出力抑制することなく100%利用しようとするものである。ここで作られた水素は、欧米では一般に熱として利用される。できた水素を用いて燃料電池。ガスタ-ビン等でもう一度発電すると、発電効率が40%ならここで60%のエネルギ-ロスが生じてしまうため、エネルギ-利用効率が著しく悪化してしまうためである。我が国の場合、バイオガスのプラントに見られるように、発生したガスを利用しようとするとONサイトで、そのまま熱なり、電気に変えて利用せざるを得ず、また、安定的に利用するためにはバッファ-として巨大なガスタンクを設置する必要がある。流通のために液化などしていてはコストが高すぎて話にならない。

 ところが、欧米においては、一般にPtoGで作られた水素等は、ガスパイプラインに受け入れられ、全国的な流通ル-トに乗せられる。ここにおいても実は、我が国がとても先進国とは言えない程に欧米より立ち遅れているという現実がある。

 我が国においては、ほとんど認識されていないことであるが、欧米等では、一般にガスパイプラインは、井戸元接続ライン、TSOライン、DSOラインの三種類のパイプラインから構成されている。これは、電力グリッドで言うところの、発電所接続線、TSOグリッド、DSOグリッドにそれぞれ対応している。欧米では、電力システム改革に先行して行われたガスシステム改革において、電力同様に送ガス管理者と配ガス管理者が分離され、送ガス事業を行う者はガスTSO、配ガス事業を行う者はガスDSOとされている。欧州では、電力分野のTSOの連合組織としてENTSO-eというのがあることは、我が国でも最近知られるようになってきたが、実はガス分野ではENTSO-gという組織があり、各国域内のTSOパイプラインを超えた国際間の接続パイプライン整備の方針等について常時検討している。欧米では、発電事業者や熱供給事業者、工場等及びガスDSOは、ガスTSOのパイプラインからガスを直接供給され、一般家庭等の中小エンドユ-ザ-はガスDSOからガスを供給される。

 ガスTSOのガス卸市場における取引は、生ガスがガスの成分等によらずカロリ-ベ-スで取引が行われる。一方でガスDSOがエンドユ-ザ-に供給するガスは、必要に応じてカロリ-調整や「付臭」が行われる。そして、ガスTSOのパイプラインは、電力TSOの送電網と同様に全国グリッドが整備され、全国ベ-スでのガスの流通を可能としている。PtoGで作られた水素やバイオプラントで作られたバイオメタン(S分等の妨害成分を除去しガスTSOの受け入れ基準に合致したバイオガス)は、カロリ-ベ-スで価値を図られ、ガスTSOパイプラインに投入され、全国市場で利用されるわけである。欧州の場合、さらに欧州全体で広域利用されることになる。この辺は電力と同じである。

 ここまで説明すると皆さんお気づきになると思うが、要するに我が国に存在するガス会社は全て欧米流の定義によれば、ガスDSOでしかない。我が国には、ガスTSOは存在せず、インペックス等が井戸元ライン類似のパイプラインをわずかに持っているだけである。したがって全国TSOパイプラインネットワ-クも我が国には存在しない。このため、ガスの全国ベ-スでの流通はもちろんできないし、エンドユ-ザ-と直結しているDSOパイプラインでは、カロリ-調整や「付臭」が必要となるので我が国の既存のガスパイプには水素やバイオメタンは基本的にはそのまま入れることができない。カロリ-調整しようとするとプロパンタンクを設置し、プロパンを購入しガス工場の許認可が必要となる。

 実は、ガスシステム後進国としての我が国のこの実態がネックとなって、我が国においては、欧米のように現実的なPtoGを直ぐには行うことができないわけである。経済産業省の強い指導力の下に、我が国にもガスTSOが設立される日のある事を期待したい。

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