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コラム連載 消費者を置き去りにした市場は誰のものか?

消費者を置き去りにした市場は誰のものか?

2016年12月28日 安田 陽 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 経済産業省の「電力システム改革貫徹のための小委員会」(以下、貫徹委員会)は2016年12月16日の第4回委員会で「中間取りまとめ(案)」が事務局より提出され、当初案がほぼそのまま採用される結果となりました。この中間取りまとめは、現在パブリックコメントが募集されていますが、同時に中間取りまとめの提案事項の一部が閣議決定されるなど、行政手続き論的にも問題のある意思決定が行われようとしています。時既に遅しかもしれませんが、本稿では引き続き、貫徹委員会の提案する市場設計(図1)の何が問題なのかについて議論を続けたいと思います。今回は、「非化石価値取引市場」です。


貫徹委員会で提案された「問題解決に向けて整備すべき市場」

図1 貫徹委員会で提案された「問題解決に向けて整備すべき市場」
(出典)経済産業省 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 電力システム改革貫徹のための政策小委員会: 第4回配布資料3-2「中間取りまとめ(案)」, 2016年12月16日


 「非化石価値」とはなんでしょうか? 非化石価値とは、現在の電力市場で取引される電気のエネルギー(電力量 (kWh))としての価値だけでなく、CO2削減などの「環境価値」を明示化し分離したものです。そもそもこのような議論は今突然始まったものではなく、再エネの環境価値を取引する市場はすでに存在しています。問題は、今回の新しく提案された市場により、再エネの価値と原子力の価値が混ぜられて区別できなくなってしまう可能性があることです。

 再エネの環境価値を取引可能な証書(証券)として売買し市場経済の中に組み入れる仕組みとしては、「グリーン電力証書」が既に存在しています。グリーン電力証書の仕組みにより、証書の購入者(小売事業者や大口電力消費企業など)は実際には再エネ発電設備を所有していなくても環境価値を保有することができ、再エネによって発電された電力を使用していると正当に表示することが可能になります。

 ただし、日本の現在の制度では、環境価値もFIT賦課金に組み込まれて既に国民に分配されているため、このグリーン電力証書はFITとは併用ができません。グリーン電力証書で購入した場合は「再エネ由来」が表示できるのに対し、FITの電気を購入した場合、小売事業者が「再エネ由来」をアピールできないことになっています。「中間取りまとめ」でも、非化石価値市場の創設の理由に「FIT法改正により、一般送配電事業者によるFIT電源の買取及び取引所経由の販売が来年度から開始される結果、同電源が持つ非化石価値が埋没してしまうことが懸念されている」(同文書 p.29) と挙げられているのは確かに一理あります。事実、グリーン電力証書は2012年のFIT法施行以降流通が減っており、両者の関係をどう改善するかについては経産省でも既に議論されています

 再エネ由来の電気を望む消費者の声は少なくなく、再エネの導入が進むドイツなどでは、電気料金が高くても、敢えて再エネ由来電気を扱う小売会社を選択するという消費者行動も見られています。このような消費者行動は、フィリップ・コトラーが提唱する「マーケティング4.0」にも通じます。マーケティング4.0とは、製品中心志向の1.0や顧客の機能的満足を志向する2.0、顧客の価値や精神的満足を志向する3.0という形で消費者意識が高まり購買行動が変化する中、さらに顧客が享受する商品サービスを利用して自己実現(例えば地球環境への貢献など)を達成できるように、商品開発や販売戦略を構築するマーケティング方法です。

 このような再エネ表示の議論を踏まえると、「非化石価値電源市場」の創設の唐突性や不自然性が自ずと明らかになります。中間取りまとめでは、「今後ベースロード電源市場を通じて、非化石電源(一般水力、原子力等)により発電された電気が取引された場合、現行の取引所取引同様、非化石価値が埋没してしまう」(p.7, 傍点筆者)とも明記されており、やはりベースロード電源ありきの本音が透けて見えます。つまり原子力の価値をなんとしてでも捻出したいという生産者(もしくは規制者)の強い意志が働いており、(仮に原子力の価値を好んで購入したい消費者がいたとしても)再エネの価値を購入したいという消費者の要求は完全に黙殺された形となっています。このような不自然な市場の創設は、せっかく既存の先渡市場があるのに特定の電源のための「ベースロード電源市場」が創設されたのと全く同様のパターンと言えます。

 前述のマーケティング4.0の概念は現在ではすっかり流行り言葉になり今更感もありますが、消費者は確実に賢くなっており、単に「安い」ものを求めるだけでなく、環境配慮や搾取防止など倫理観に基づく消費者行動(不買運動など)も当たり前の時代になっています。一方、電力ビジネスは相変わらず1.0の段階に留まっており、生産者(時には規制者)の都合ばかりが押し付けられ、顧客のニーズが置き去りにされがちのようです。このような官製市場を一体どのような市場プレーヤーが好んで利用するようになるのでしょうか? そのような市場プレーヤー(小売会社)を一体どの消費者が好んで選択するでしょうか? 一部の市場プレーヤーだけを優遇する市場設計は、いずれ消費者の厳しい目に晒され、厳しい審判を下されるでしょう。それが本来、健全な市場機能にほかなりません。

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