1. HOME
  2.  > コラム連載 米国の送電混雑管理

コラム連載 米国の送電混雑管理

米国の送電混雑管理

2019年2月21日 内藤克彦 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 今回は少し専門的な話です。

 我が国の電力システム改革においては、欧米で用いられている専門用語が転用されることが多い。例えば、「キャパシティ市場」とか「ファ-ム、ノンファ-ム」といった用語である。しかし、欧米で一般に使われているこれらの用語の意味と我が国において用いられるときの意味が異なることがあることに注意する必要がある。

 先の例の「ファ-ム、ノンファ-ム」という用語は、米国においては送電契約の方法の違いを示している。我が国ではグリッドに接続する時点で「ファ-ム、ノンファ-ム」の区別をするということが検討されている。我が国の方式であると先着組は全てファ-ムの接続となり、後発組は「ノンファ-ム」接続を余儀なくされることがあるということになるが、公平性の確保に厳格な米国においては、接続に当たってのこのような差別は「厳格に禁止」されている。

 米国の「ファ-ム、ノンファ-ム」の違いは、ISO・RTOと交わす送電契約の違いである。米国においては送電契約の都度、「ファ-ム、ノンファ-ム」を切り替えることができるし、ノンファ-ムの送電契約が前日市場において優先順位が低いために約定されなかった場合は、リアルタイム市場の開始前の前日市場の調整時間にファ-ムに変更し、再度、約定されるかどうかトライすることも可能となっている(ISO等は修正潮流計算を行う)。つまり、発電施設の接続段階で優先度が固定されることはないわけである。このような米国のシステムを理解するには、米国で行われているノ-ダルプライシングの仕組みについて理解する必要がある。

 我が国においては、送電線のキャパシティを割り振るに当たって、送電線が混雑するような「一定の不利な状況」を想定して「想定潮流」を設定し、このような条件下での「キャパシティ余裕分」を新規参入者に割り振るというようなことが検討されている。米国においては、ハ-バ-ド大学のホ-ガン教授が、20年以上も前にこのような一定の潮流を人為的に想定して固定的に送電キャパシティを割り振るのは公平性・効率性の点から問題があると指摘し、これに基づきFERCは新たな方法を導入している。

 送電線は、いつも「想定」されているような不利な混雑状態にあるわけではないので、「想定」された不利な状況ではない他の多くの場合には、送電線の余裕はもっと大きくなる。そもそも、電力は想定したような潮流でいつも同じように流れるわけでもなく、エネルギ-最小化の物理法則に従って、その時々の需要分布や供給分布、送電線全体の状況に応じて潮流を時々刻々と変化させているので、「一定の想定」に基づいてキャパシティを割り振っても意味がないというのがホ-ガン教授の主張である。では米国ではどのようにしているのであろうか。

 米国では送電線のキャパシティの割り振りは、ある時刻の送電線網全体に対する「全ての供給点・量」と「全ての需要点・量」を揃えた上で、「N-1基準」等の一定の条件の下に送電線網全体で一挙に潮流計算を行い、その時刻の「全ての供給点・量」と「全ての需要点・量」の組み合わせが、送電線網に収まるか収まらないかを判定し、収まればOKとなる。つまり、個別の送電線毎に判定するようなことはしないわけである。送電混雑がどこかで発生して潮流計算で送電線網に収まらなかった場合には、一部の「供給点・量」等を微修正し、いわゆるリディスパッチ(必要があれば出力抑制)を行ったうえで潮流計算を再度行い、収まるように調整する。

 送電混雑が無い場合には、送電線網全体でほぼ同一の電力市場価格となる(送電損失の分だけ価格差が若干発生する)が、送電混雑が一部の送電区間で発生すると、送電混雑の需要側の地点では本来の市場原理での価格決定で用いられている一連の電源セットが全て使えず、一部の電源が先のリディスパッチにより、より高価な電源と入れ替わることになる。このため、送電混雑の前後で異なる価格となり、需要側の地点は高い電力価格(ノ-ド価格)となる。この電力の価格差のことを米国では「混雑料」と称している。

 相対契約で結ばれている需要と供給の間はどのようになるのであろうか。相対契約が成立すると、契約当事者はISO等に対して対応した送電契約を行うことになる。ISO等は送電契約を「供給点・量」と「需要点・量」に分解して前日市場の潮流計算にインプットするのであるが、ここで、送電契約が「ファ-ム」か「ノンファ-ム」かで、取扱いが異なる。先に述べたように送電混雑があると需要地点の電力市場価格は高くなるが、これは当該地点の需要を全て満たすためには近傍の価格の高い電源の電力にリディスパッチしなければならないためである。相対契約の当事者が、このようなリディスパッチにより需要地点の価格が高くなっても良いから振替給電で契約電力の供給をして欲しい場合の送電契約が「ファ-ムの送電契約」である。つまり「混雑料」を払うことを了解するかわりに電力の供給を確保するのが「ファ-ムの送電契約」となる。「混雑料」を払うことを相対契約の当事者が拒否する場合には、「ノンファ-ムの送電契約」となり、この場合は、前日市場、当日市場がクロ-ズされた後で送電線が空いていたら送電されることになる。つまり、送電混雑が発生したら送電は打ち切られるわけである。

 米国のやり方は、送電混雑が発生した場合のリディスパッチのコストを受け入れる相対契約の送電は行い、リディスパッチのコストを受け入れない相対契約は送電線が空いている時にしか送電しないという極めて合理的なやり方で、しかも全ての電源に対して公平なやり方となっている。

 ちなみに、リアルタイム市場では5分毎に潮流計算の修正がISO等により行われ、リアルタイム市場の約定による需給の変化は5分毎に潮流計算に取り入れられて、これに対応する送電キャパシティの状況も公表されている。つまり米国では5分毎に潮流計算に基づく送電キャパシティの配分を行っているのと同等であり、「想定潮流」などという概念自体が既に遠い過去の遺物となっていることが理解できよう。コンピ-タ-の時代に相応しいシステムである。

このページの先頭に戻る