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コラム連載 原発廃炉・賠償費用は託送料に上乗せすべきか?

原発廃炉・賠償費用は託送料に上乗せすべきか?

2017年1月12日 諸富 徹 京都大学大学院経済学研究科教授

【問題の背景】
  • 経済産業省は、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の下に、「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」を置き、福島第一原発事故にともなう廃炉費用と賠償費用を、新たに「託送料金への上乗せ」の形で電力消費者全員に負担させる案を、昨年12月16日に「中間とりまとめ(案)」の形で公表した。
  • 背景には、福島事故に関わって見積もられていた費用11兆円(賠償5.4兆円、除染2.5兆円、中間貯蔵施設1.1兆円、廃炉費用2兆円)が、ほぼ倍増の21兆円超へと膨らむ見通しが出てきたこと、そしてそれを東京電力に負わせれば債務超過となり、東電が破綻してしまうという事情がある。
  • 福島第一原発事故後、原発事故を起こした事業者に対して無制限の賠償責任を課す「原子力損害の賠償に関する法律」に基づいて、東京電力に被害者への賠償費用の負担が課された。一時は東電の法的整理も検討されたが、結局、東京電力を生き残らせ、その利潤の中から廃炉・賠償費用を賄っていくことになった。しかし、2016年10月の新潟知事選挙で柏崎刈羽原発の再稼働を認めない米山隆一氏が当選したことにより、原発の再稼働によって収益を確保し、廃炉・賠償費用に充てるシナリオは崩れた。
  • 他方、経産省の有識者会合では、福島第一原発以外の原発の廃炉費用についても、今後廃炉が本格化していく中で、その廃炉費用を誰がどのように負担すべきかという問題が提示され、議論された。これは、これまでは原子力事業者である電力会社が担うことになっていた。それを今回、新電力にも負わせるという議論が出てきた背景には、電力システム改革がある。小売全面自由化以降、電力会社の新電力への顧客流出が起きており、これから膨張する廃炉費用を電力会社のみが負い、新電力が負わない状況下では、電力会社が競争上不利になるという事情がある。また、新電力に移った顧客は、これまで電力会社の顧客として原子力で発電された電力を享受してきたにもかかわらず、その廃炉費用を負担しないまま新電力に移り、費用負担を免れるのは不公平だという論拠も持ち出されている。


  • 【福島第一原発事故にともなう費用負担問題】
  • 以下、この問題を、(1)福島第一原発事故の廃炉・賠償費用問題、(2)それ以外の原発廃炉問題、の2点に分けて論じたい。第1は、東電と福島第一原発事故にともなう廃炉・賠償費用問題である。こうした費用を誰が負うべきかを論じる際の大原則は、「原因者負担原則」である。日本の公害問題にともなう伝統的な費用負担原則に立脚するならば、福島第一原発事故にも「原因者負担原則」が適用されなければならない。つまり、事故原因者である東電が費用を負う第一義的な責任をもつ。その上で、資本主義の原則からいえば、東電の株主と東電への貸し手(金融機関)責任が次に問われるべきである。今回の議論では、いきなり消費者の負担増という話に一足飛びしているが、まずは株主と貸し手責任が問われるべきであり、議論の順序が逆になっていないだろうか。それでも足りない場合に初めて、国民負担の議論が出てくる。
  • 具体的には、株主責任を問うて東京電力の原資を行った上で、現在54.69%の株式を保有する国(「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」)に対して増資を行い、国の東電株保有率を引き上げることが考えられる。貸し手責任については、金融機関に対し、債権放棄を求めることになる。その上で、東電をいったん完全国有化したうえで、発電事業を入札によって他の民間事業者に売却する。小売事業についても、エリアごとに配電事業とセットで売却する(買い手としては、自治体や地元資本が共同出資する「シュタットベルケ」が想定される)。つまり、東電解体である。ただし、東電は送電事業者としては存続することになる。こうした事業売却で得た資金を、廃炉・賠償費用にまず優先的に充てる。こうすることで、少なくとも東電エリアで送配電の分離は、現在想定されている「法的分離」ではなく、「所有分離」となり、もっとも徹底した形となる。
  • 配電・小売事業を売却することで、配電網が送電事業から分離され、配電/小売会社としての「シュタットベルケ」の管理下に入る。これは、必ずしも夢想とはいえない。戦前の日本では、1941年(昭和16年)の配電統制令公布まで、500近くの地域配電会社がしのぎを削っていたのである。これは、まさに900近くのシュタットベルケがしのぎを削る現在のドイツの姿ときわめて近似している。再エネの増加にともなって電力システムが「集中型」から「分散型」に移行するのであれば、その担い手としてのシュタットベルケを創出するのは、地域で最適なエネルギー管理を行う主体の創出という点で重要なステップとなる。以上の改革を行えば、エネルギーシステムの改革は徹底され、主体も入れ替わることで、様々なイノベーションの芽が生まれてくるであろう。
  • 以上のように、株主と金融機関が責任を果たし、東電が解体された後に、それでもなお費用を賄えない場合、初めて国民負担の議論が出てくる。そうでなければ、国民に費用負担を納得してもらうのはきわめて困難であろう。さて、その具体的な方法としては、託送料金への上乗せではなく、東日本大震災の復興費用を捻出するために時限的に導入された「復興特別税」の時限的な再設が考えられる。具体的には、法人税と所得税への上乗せ課税という方法で財源を捻出する。託送料という「裏口」ではなく、租税とすることでその必要性を正面から問い、国会で国民負担のあり方を公開で議論することの意義は大きい。


  • 【福島第一以外の原発の廃炉費用問題】
  • 第2の論点だが、福島第1以外の廃炉費用の負担問題についても大きな問題がある。国はこれまで、エネルギー政策の立案にあたって、電源ごとのコスト比較を行い、原発については廃炉費用を含めてコストが安いことを示し、福島第一原発事故後も原発を推進する根拠としてきた(経産省「発電コスト検証WG」〔2015年5月〕で、原発のコストは10.1円/kWhと、再エネはおろか火力・水力と比べても安く、圧倒的に競争力のある電源とされていた)。そうであれば、引き続き電力会社が廃炉費用を負担しても十分、電力事業として成り立つはずではないか。しかも、原発を稼働させれば大きな利益を電力会社に生むことは、よく知られている通りである。そもそも「託送料」とは、送電にかかる費用を賄うための料金システムである。これに対して原発廃炉費用は、発電にかかる費用の一部である。したがって廃炉費用はあくまでも、発電費用に算入されるべきである。その上で、廃炉費用を含めた原発にかかる「発電総費用」を組み込んだ供給費用で、競争的な卸電力市場で売りに出されるべきであろう。卸電力市場では、「メリットオーダー」と呼ばれるように、再エネ、化石燃料、原子力などの電源が並べられ、限界費用の小さい順に電源が選択されていく。均衡市場価格は、最後に選択された電源の限界費用に等しく決定される。原発のコストが真に安いのであれば、廃炉費用を組み込んだ供給費用で勝負しても、市場で勝ち抜けるはずである。なぜ、こうしたシンプルな論理ではなく、廃炉費用を外して新電力にも負担させようとするのであろうか。廃炉費用をまともに電力会社が負担すれば、新電力との競争に敗れるから、というのがその真の理由だと疑われても致し方あるまい。
  • 原子力事業を営んでいないものに、原子力事業費用の負担を課すことは、市場競争を歪めることになる。電力システム改革の精神は、国民が市場を通じてより安い電源を選ぶメカニズムが働くことで、電力コストを最小化し、国民負担を引き下げる点にあった。しかし、原発の事業費用の一部である廃炉費用を、原子力事業を営まないもの(新電力)に転嫁することが許されれば、市場において真の発電コストが反映されず、市場競争にゆがみが生じて最適な資源配分が実現しない。上述したように、「メリットオーダー」の下では、限界費用の小さい電源から選択され、逆に限界費用の高い電源は市場から排除されることで、総費用を最小化するというメカニズムが働く。だが原発のコストが正確に反映されないことで、こうしたメカニズムが正常に働かなくなってしまう。
  • たしかに電力システム改革以前は、料金システムも地域独占に裏づけられた「総括原価方式」だったため、競争で不利になることを心配せずに安心して費用を料金転嫁することができた。それが、電力システム改革でこれらの条件が崩れたため、廃炉費用を電力会社だけで負担するのが苦しくなったという背景事情がある。だが他方で、原発を動かすことで生み出される収益は、これまでは電力会社が占有してきたのではないだろうか。しかも、今後も引き続き、それは電力会社の収益となる。新電力は、原発事業を営んでいないのでその収益を得られないにもかかわらず、費用負担だけ負わされることになる。新規参入者が、そのような不条理な競争条件を押し付けられる産業が他にあるだろうか。これに対する補償、あるいはバーター取引として持ち出されているのが、「グロスビディング(電力の切り出し)」である。つまり、原発で発電された安い電力を市場に売りに出してもらうことで、新電力が安い電力を調達することが可能になるというものである。「グロスビディング」は電力システム改革を貫徹するならば、卸電力市場の活性化を促すためにも、いずれにせよ実行しなければならない政策であり、本来はバーター取引の対象とすべきではなかった。しかし現実には、それを実行する法的根拠や強制力に乏しく、電力会社を説得するには、このバーター取引を持ち出すしか、経産省には手がなかったのかもしれない。
  • 経産省がもっとも強調している論拠は、電力会社に残っている顧客と、新電力に移った顧客との間の費用負担の公平性の確保である。新電力に移った顧客は、電力システム改革前に電力会社を通じて原発の廃炉費用を負担しないまま新電力に移り、その負担を免れることになるのは不公平だというわけである。だが、この論理は筋が通らない。「原子力発電設備解体引当金」という形で、電力会社は将来の廃炉費用を毎年定額積立てることになっており、それを電気料金に上乗せして電力消費者から回収する仕組みがあるからだ。この仕組みに基づき、電力会社の顧客はみな、過去の原発利用について廃炉費用の負担をちゃんと行っていたはずである。問題があるとすれば、適切な水準の引き当てが行われていなかったという点にあると思われる。だが適切な水準の引き当てを行っていなかったのだとすれば、それは電力会社側の瑕疵で合って、顧客の瑕疵とはいえない。しっかりとした費用認識を行っていなかったために、事後的に判明した費用(「取りはぐれた費用」)を、別会社に移ってしまった過去の顧客に遡及的に請求するのは、果たして合法的な商行為といえるのだろうか。
  • 別の論拠も議論されている。つまり、本来は50年間で引き当てることになっていた費用が、電力システム改革を契機として引当期間が40年間に短縮されてしまった。したがって引き当てしきれなかった費用分を、旧顧客から費用回収する必要が発生したという説明もなされている。こうした予期せぬ政策変更による論拠(「ストランデッド・コストの発生」)であれば、託送料で費用回収することも一理あるといえよう。この場合、費用発生は電力会社の瑕疵では必ずしもないからだ。ただ、その場合は「過去に未回収に終わった費用」とはいったいどれくらいの規模になるのかを確定し、その金額に限って時限的に託送料に上乗せすべきである。費用回収が終われば託送料による費用回収の仕組みを廃止させるべきであろう。電力システム改革をゆがめる「託送料による廃炉費用回収」という仕組みを、半永久的で無制限のATMにしてしまってはならない。

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