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コラム連載 ドイツの熱の脱炭素化戦略

ドイツの熱の脱炭素化戦略

2019年4月11日 西村健佑 ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳

 ドイツにとって熱の脱炭素化は頭の痛い問題である。

 ドイツの最終エネルギー消費に占める熱(冷熱含む)の割合は49.6%と最も大きい。ドイツの目標は2020年までに熱エネルギー消費を2008年比20%削減、再エネ比率を14%とすることである。その後は2050年までに消費量を20%まで削減する方針だが中間目標に再エネ比率は書かれていない。政府機関のドイツエネルギーエージェンシー(DENA)によれば、2050年までに建築セクターをほぼ気候中立にする必要がある。

ドイツ国内の熱分野における再エネの成長

【進まない熱の脱炭素化】
 実績はといえば、2016年(確報値)は2008年比でわずか4%しか削減できていない。2018年の熱における再エネの割合(推定)は13.9%で前年とほぼ同じ水準だが、実際は2012年以降比率を高められていない。熱分野での再エネはほぼバイオマスであり、木質や廃棄物を燃焼させる固形バイオマスが多く、高い割合で家庭用または小型の設備である。

 ドイツは1977年に断熱政令を施行し、建物の省エネ性能の底上げを図ってきたが、既存ストックの62%は規制がかかる1979年以前の建物であり、エネルギー性能の低い建物が多いことも課題だ。

 ドイツの抱える問題は明白だ。再エネ導入よりも前に熱需要を引き下げなければならない。そのためには既存建築の省エネ改修が必須だが、改修率は年間で既存ストックの1%と必要なペースとされる最低1.4%に届いていない。

【連立政権の基本対策】
 現在の大連立政権は、連立協約において次のような対策を謳っている。
電力・熱・交通のセクターカップリング
街区レベルにおける蓄熱技術の導入支援
コジェネを用いた電力の柔軟性と地域熱の供給構造の整備と効率化
エネルギー転換に資する形で、コスト効率的にセクターカップリングが進むことが可能となる多様なエネルギーインフラ(特にガスと熱のインフラ)の計画策定と資金の協調的な調達


 以下の囲みは、各対策の取り組み事例である。
ドイツ政府の考える熱の脱炭素化の取り組みの例
・電力・熱・交通のセクターカップリング
 セクターカップリングとは、再エネの余剰電力を熱に変換したりEVの充電に用いる、逆にEVから電気を家庭に戻したりというようなエネルギーセクターを行き来する取り組みである。

・街区レベルにおける蓄熱技術の導入支援
 パワートゥヒートのような余剰電力を熱に変える技術と組み合わせる大型の蓄熱タンクにより、熱需要だけではなく再エネの発電量に合わせた柔軟な仕組みが可能となる。

・コジェネを用いた電力の柔軟性と地域熱の供給構造の整備と効率化
 天然ガス発電の持つ柔軟性は大きなメリットだが発電効率の低さが問題であるが、熱も活用することでエネルギー効率を大幅に向上させることができる。ガスコジェネをコスト効率的に導入していくには個人の住宅ごとではなく地域や街区レベルで導入し、地域熱供給事業者がまとめて管理したほうが良い。ここでは自治体所有のインフラ事業者であるシュタットベルケの役割が期待されている。

・エネルギー転換に資する形で、コスト効率的にセクターカップリングが進むことが可能となる多様なエネルギーインフラ(特にガスと熱のインフラ)の計画策定と資金の協調的な調達
 セクターカップリングの推進の際は、コスト効率的に行うためにも既存のインフラを出来る限り活用し、新規技術普及にかかる投資を抑制する必要がある。ドイツはすでに十分な天然ガスのインフラが整備されており、ガスコジェネと再エネの組み合わせが現時点で最も効率的だと考えられる。そのため、再エネへの投資と天然ガスインフラへの投資は協調的に足並みをそろえて行うことが求められる。

 政府は新築、既存建物ともに省エネ政令の手続きを簡素化しつつも現在の省エネ規制は維持する方針だ。また、建物分野でのエネルギー効率と再エネの活用の推進においては建物ごとではなく街区レベルの開発に力を入れる。それらを近代的な建築エネルギー法としてまとめ、EUが求める建築エネルギー基準の要求を満たしていくつもりである。

 そしてドイツの抱えるもう1つの課題に家賃上昇がある。そのため、家賃上昇を抑えながら二酸化炭素排出を削減する方法を検証し、2023年1月1日までの制度改正を目指すこととしている。

 かなり大掛かりに思えるが、そうまでしないとドイツの熱分野での気候保全はままならないのである。

【著名シンクタンクが挙げる4つの課題】
 エネルギー政策のシンクタンクAgora EnergiewendeがFranhofer ISWEに依頼して作成した報告『Wärmewende 2030』の中で、以下の4点を課題として挙げた。

  • 熱分門は脱石油が必要である。2030年の気候、経済性を考えた熱エネルギーミックスはガス40%、ヒートポンプ25%、地域熱が20%である。(2015年の割合は石油25%、ガス45%、バイオマス20%、地域熱9%、ヒートポンプ1%)
  • 効率性が決定的に重要である。2030年には2015年比で建物分野のエネルギー消費を25%削減しなければならない。そのためには、省エネ改修の比率を既存ストックの2%まで高める必要がある。
  • ヒートポンプの導入促進が重要である。現在のトレンドからの予測では2030年までには200万台のヒートポンプが導入されると考えられるが、500-600万台必要である。
  • ヒートポンプには再エネをできる限り利用する。2030年の再エネ比率の目標はグロス(発電所内での利用や送電ロスを含む発電量)の電力消費の60%とすべきである。

 ヒートポンプに期待がかかる理由は電力と熱の間のセクターカップリングのポテンシャルが大きいことである。ドイツにはヒートポンプよりも効率で劣る夜間蓄熱暖房という古い機器もまだ使用されており、電気と熱のセクターカップリングのポテンシャルは84TWhとDENAは見積もっている。

【具体策に寄せられる批判】
 ところが、今年に入ってドイツ政府が連立協約を受けてまとめた建物エネルギー法が自ら掲げる目標を満たすには全く不十分だと批判を浴びている。

 ドイツの暖房関連業界団体BDHのトップは政府予算案に省エネ建築に関する租税インセンティブが盛り込まれなかったことを痛烈に批判した。

 他にも省エネ建築、省エネ改修は中長期では経済合理的な投資であるにもかかわらず、その事実が十分に認知されていないといった批判がされている。

 実際ヒートポンプ等の省エネ機器の購入に対する補助金に申請が集まるのは冬の特に気温が寒い時であり、夏場や暖冬だと申請が少ないという傾向が見られる。これは建物への投資判断の際に再エネが十分に検討されていない証左だろう。合理的に投資判断をすれば省エネ建築、再エネ熱が選択肢となるはずが、初期投資を抑えることを優先する人がいるということである。

 こうした場合には建物のライフサイクルコストで考えたアドバイスが必要である。DENAが提供している、建物のエネルギー効率に関する専門的な知識があるエネルギーアドバイザーのリストには、現在14,000人が登録されている。政府の支援を受けるにはこうした専門家の鑑定結果が必要であり、こうした仕組みも大きな支えではあるが、結果的に書類仕事が増えて煩雑になり、消費者に敬遠されては元も子もない。政府が書類手続きの簡素化を掲げる背景にこれがある。ドイツの熱分野の脱炭素化はやることは明白、政府の方針も筋道が通っているが実現手段となると道のりは遠いのが現状である。

 しかし、学生が学校をサボって気候変動を訴えるために毎週金曜日に行うでデモ『Friday for Future』に見られるように、次世代の訴えが世論を変えつつある。長期で利用する建物への正しい投資はこうした将来世代の希望をどう汲み取るかにかかっている。大人の投資判断は世界中の子供達から批判的な眼差しで見られている。

 参考文献
DENA (2018): dena-GEBÄUDEREPORT KOMPAKT 2018.
Fraunhofer IWES/IBP (2017): Wärmewende 2030. Schlüsseltechnologien zur Erreichung der mittel- und langfristigen Klimaschutzziele im Gebäudesektor. Studie im Auftrag von Agora Energiewende

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