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コラム連載 勉強しなくなった日本人

No.129

勉強しなくなった日本人

2019年5月23日 内藤克彦 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 コネクト&マネ-ジの議論を側聞していて感じることは、どうやら議論している本人たちが、欧米でどのようなオペレ-ションを実施しているのかほとんど勉強せずに議論しているように見受けられることである。例えば、米国のファ-ムやノンファ-ムの意味を全く理解せずに、ファ-ムやノンファ-ムの議論をしている。これは、まだ良い方で、そもそも欧米においてなぜ発送電分離を行ったかを理解していない。欧米で発送電分離が行われたのは、垂直統合のユ-ティリティが送配電の管理を通じて「見えにくい所」で「差別」を行い、「既存の発電施設に有利で新規のIPPや分散電源に対して不利」となるような送配電線の利用をさせることが、アンフェアで公正な競争を阻害し電力業界の進歩を妨げるものであると認識されたことが、そもそもの制度改革の原点である。そこで、送配電の利用から発電所の「差別」を無くし公平な管理を担保するための手段として発送電の分離が実施されたわけである。したがって、欧米の電力システム改革の出発点は、「差別」を厳格に禁止することから始まる。

 ところが、我が国では発送電の分離を先に決めていながら、接続の段階から「既存」と「新規」を「差別」することを前提として色々な議論が行われている。先の「ファ-ムやノンファ-ム」の議論と同様に議論に参加している人は、欧米で実際にどのようなオペレ-ションが行われているかを全く知らされずにこれらの議論が行われているということであろうか。委員会の資料には、「欧米には接続の段階での類似の制度は無かった」とされているが、これは当たり前で、欧米の制度は、接続の段階も含め、このような「差別」を無くすことを目的とした制度であるからである。ところが、欧米に参考となる制度が無いとして、欧米で実際にどのような運営が行われているかを客観的に説明する資料を事務局は提出せず、また、議論に参加している方も自ら勉強をせず、周りの外野席のNGO等も自ら情報収集せずに、事務局配布の資料だけを見て是非の議論をしている。正に「群盲象を撫でる」である。

 このような議論から生まれるものは、世界の潮流から大きく外れたガラパゴスの典型のようなものであろう。世界は狭くなり、世界のほとんどの地域では、良い技術、ノウハウはドンドン取り入れられ、加速度的にイノベ-ションが進んでいく中で、我が国のみ急速に力を無くしつつある原因の一つは、この辺にあるような気がする。

 別の機会にもう60代半ばのソフトウェアの専門家と議論したことがある。彼の会社は最高齢70代、ほとんど60代で構成される、オ-ルドソフトウェアマンの集まりである。彼らはCPUの機械語を駆使しながら最新のAI技術に対応したソフトを作っている。彼らは後世代のソフトウェア技術者の作るソフトウェアより格段に早く動くソフトウェアを作ることができるそうであるが、その理由は、彼らが、CPUを動かす機械語まで駆使することができるからであるそうである。彼らに言わせると後世代のソフトウェア技術者にとって、CPUを動かす機械語は、ブラックボックスの世界で、従って、彼らは、そのさらに上位にあるソフトウェア言語の領域からしかソフトウェアを組むことができない。オ-ルドソフトウェア技術者には、ブラックボックスがないのでどのレベルでも対応できる。この差が、製品の差となって現れることになる。後世代の人間は、結局、表面を浚っただけで深い原理まで勉強していない。オ-ルドソフトウェア技術者が、完全に実務から退場したら我が国はどうなるのであろうか?

 先のコネクト&マネ-ジの議論に戻ると、欧米の送電オペレ-ションは、言わば20年前のICT時代の幕開けと同時に当時の最新のソフトウェア技術を駆使して従来の枠を破って登場し、新しい送電オペレ-ション体系として形成されてきたものである。米国ISO・RTOや欧州Nordpool等のソフトウェアを供給してきたスイスの重電メ-カ-ABBの幹部によれば、米国の一握りの天才的なソフトウェアエンジニアによって作られたシステムだそうである。このようなイノベ-ションの結果のシステムは、当然、従来の日本の送電キャパシティ当てはめや、接続の考え方の延長線上にはない。しかしながら、欧米のシステムの考え方は、情報公開の進んだ米国では、各ISO・RTOがマニュアルを公開しているので、ソフトウェアの細部はさておいて、システムの原理はこれを読めば理解できるようになっている。電力会社の幹部の中にも少数派ではあるが、このマニュアルを勉強している者もいるが、彼らに言わせると「そんなに難しくないので読めばわかるんだけど、日本では誰もISOマニュアルを読まないんだよね」とのことである。筆者が聴いた範囲ではプロたるメ-カ-、コンサル等も読んでいないようである。

 先のオ-ルドソフトウェア技術者の言ではないが、きちんとシステムの原理を理解していないで、欧米システムに関する表面的情報だけで、かつ、従来の日本の送電キャパシティ当てはめや接続の考え方の延長線上で議論しても、どんどん進歩する世界からは、益々取り残されるだけなのではないかと危惧する次第である。令和の時代を新たに迎えたところで、政策担当者は、「日本は技術先進国」という昭和の現実、平成の神話から脱却し、明治の初心に帰って、学ぶべきものは真摯に勉強する必要があるのではないか。

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