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コラム連載 バイオマスエネルギーの炭素中立のリアリティ?

No.130

バイオマスエネルギーの炭素中立のリアリティ?

2019年5月30日 加藤修一 京都大学大学院経済学研究科特任教授

バイオマスといえば ― 炭素中立
 気候変動政策に再生可能エネルギーの導入が加速的であるが、優位な定義(炭素中立)のバイオマスは決して無視できない存在と言われてきたが、定義が単純化すぎるとの議論がEUを中心に続いてきた。森林バイオマスが豊富な日本にとっても大きな関心事である。10数年間取り組んできたのが、後述するEASAC(図-1)という世界的な研究機関であるが、威信をかけた内容である。と同時にこれは、“科学は一体なにを社会にもたらすか”を克明に示した研究成果でもある。結論を先にいうならば、特に単純な炭素中立の定義について十分な検討結果は、科学的な正当性に根拠を置く定義に変えなければならないということだ。

EASACの科学的成果
 本コラムでは、ヨーロッパ科学諮問評議会EASAC(図-1)の議論などを参考に最近のバイオマスの炭素中立の定義に関する議論と研究成果に触れる。EUの再生可能エネルギーの指令は“炭素中立”を定義しているが、EASACが成果公表したことに注目しなければならない。というのもこの研究機関はEUにおいて科学的権威として最高位であり、そこが取り上げ成果として“単純な炭素中立”は、気候変動の削減過程に深刻な事態を引き起こすことになりかねない、ことに注目しなければならない。

図-1 EASACとは?

カーボンペイバック期間 - EASACの注目すべき成果は“図-2”
 エネルギーの特性を指標の一つに温室効果ガスの排出程度を評価する「カーボンペイバック期間」がある。発電のライフサイクルの全過程、バイオマスならば、栽培・製造・輸送・廃棄の全過程におけるCO2の排出量を考え、その排出した排出量を回収できる期間のことである。産業総合研究所によると、太陽光発電は、2~3年、風力発電が2年程度である(図-2:パリティを使用)。バイオマスにはペイバックが10年程度の森林残渣利用(図-2)があるが、バイオマス全体として炭素排出量の動きは単純ではない。図-2にあるように100年(西暦2110年)を超すものや石炭火力と比較して大量のCO2を排出するものがある。100年を超すならば、2050年、2100年内に“中立”にならずに排出し続ける。しかし現行の炭素中立の定義に従うならば、これらの森林バイオマスを扱う事業者は、実際の炭素排出が減少していないにもかかわらず。国に排出量ゼロを報告し、国はNDC報告の当該部分がゼロで埋まる。額面上は削減が進み世界のCO2削減見通しに大きい狂いが生じる。この様なBECCSが気候変動の世界シナリオに少なくないことが指摘されている。

図-2 森林バイオマスの類型別の石炭、天然ガスに代替する場合の年数

バイオマスのカーボンニュートラル?
 もう少し説明すると、EUの再生可能エネルギー指令(RED:Renewables Energy Directive)の下では、バイオマスは「カーボンニュートラル」は燃やされたときの排出量は中立としてカウントされると定義しているが、化石燃料からバイオマスへの切り替えは排出量の削減が前提となっている。しかし排出量の相互比較は、特に森林バイオマスエネルギーについては、現行定義は単純化しすぎである(図-3左図)。森林バイオマスの開発における炭素の動きは、非常に複雑な過程を経ており、「中立性」の程度は、森林の種類、使用されているバイオマスの種類、およびその利用方法などによって異なる(図-3右図)。炭素中立はケース固有の概念であるため、森林利用を増加させる一般的な正当性をもつことができない。即ち、現行のGHG削減に関する測定方法は、化石燃料の燃焼からの排出量を「同量」のエネルギー生産量を有するバイオマスの栽培、加工および輸送からの排出量と比較しているが、この測定は燃焼時のバイオマスに含まれる(生物起源の)炭素排出量、更に森林を育成してきた炭素ストック(の削減)の二次的影響も含まれていない。従って、より本質的にはバイオマスエネルギーの低密度と低燃焼効率は、“生産されたエネルギーの単位当たり”の二酸化炭素排出量について石炭、軽油、天然ガスとそれぞれ比較すると、1.2、1.5、2倍と大きいことが、IPCCからも示されている。このことは、同量のエネルギーを生産するために化石燃料から森林バイオマスに切り替えたことが、必然的に二酸化炭素の排出量を増やすことを意味している(図-2)。敢えて確認するならば、EUのバイオ経済政策は、エネルギー生産における森林の利用を大きく後押ししていながらも、その利用と森林の炭素貯蔵における役割との間のいかなるバランスの達成について精査していないことから過ちを生んだことになる。ここの議論を深めて成果を得たのがEASACである。

図-3 単純なBECCS事例(A)―リアリティのある事例(B)

リアリティに欠けるBECCS
 BECCSを取り入れたIPCCシナリオ(図-4)の基本的な仮定にリアリティが欠いている。例えば、広大な面積で非常に高収量のバイオ作物や広範囲で経済的なCCSを仮定。サプライチェーンの排出量を低くしていることや土地利用変化の排出がゼロまたは低く仮定。言うまでもなく、BECCSの効果はケース固有のものであり、CO2の固定(褐色)が予定通り進まず反対の効果をもたらす可能性があり、特に森林がバイオ作物に転換される場合には、逆に炭素排出量が増加し図-4の赤線(ネットの排出量)が、低下が鈍る。即ち気候変動を悪化させることになる。

図-4 IPCCの2℃目標のシナリオ分析

EASACの成果 - 改定に向かう政策
 EASACは、バイオマスにとって優位な炭素中立の基本的定義が、あまりに単純化された中で正当性を持っていることに異議を発し反証を明確にして来た。即ち「将来の気候シナリオにおいてBECCSに与えられた巨大な排出削減能力は最近の分析では支持されていない、そして政策立案者はBECCSのような単一技術を支持する早期の決定を避けるべきである」と結論づけている。

 バイオマス資源を短期間の回収期間に限定する義務がない場合は、(IPCCは11-33年以内に1.5℃を上回る予測しているが)パリ協定の目標の達成と両立しないことを意味している。即ち炭素中立などのインセンティブは、逆に大気中のCO2レベルを上昇させ、数10年の長期間にわたって温暖化のペースを減速どころか、加速させる。バイオマスペレットの輸入は、実質的に排出量を増加させている。にもかかわらず現行は、ある国が排出量の削減(炭素中立)を主張することを可能にしている。純然たる残渣、廃棄物等に制限するなどを行い、原料が10年以内に正味のCO2排出量を減少させる条件を前提にしない限り、現在のバイオマス利用は「再生可能エネルギー」として認めないことだ。この様なEASACの結論は、最近の政策に影響を与えつつある。バイオマスの定義における単純な炭素中立の改訂である。2018年の改訂再エネ指令(REDII:revised Renewable Energy Directive II)は、CHP(熱電併給)に該当しない新しいバイオマスエネルギーを除外した。また、英国の気候変動委員会は、既存のバイオマスの持続可能評価基準ではなく、①CCSとの関連のみ、②原料の持続可能性と検証、の両者に関して一層の厳格な管理でなければならないことを確認した。更に英国政府は、サプライチェーンCO2排出量の許容量を200kgから29kgCO2/MWhに削減した。この許容制限は現在の輸入ペレットが適合できない数値である。この様にバイオマスへの政策的な対応が厳しくなり始めた。

日本政府の姿勢 ― 豊かなリアリティを
 以上の動きに対応するかの様に「バイオマス持続可能性ワーキンググループ」による審議が始まった(4月18日)が、バイオマス燃料の持続可能性や新規燃料のFIT対象の是非等の議論を行うことになっている。再エネの「主力電源化」の中でバイオマスは、燃料の安定的な調達と持続可能性の確保は、深刻な課題である。政府は、バイオマスは現状において石炭や石油よりもGHG排出量が少ないと提案しているが、複数の委員から疑問の声がでている。政府はEASACの成果を取り入れてバイオマス燃料のライフサイクルを通じたGHGの排出量を検証すべきである。またその過程でEBPM(エビデンスに基づく政策)の具体例としても精査すべきである。

 キーワード    炭素中立 BECCS バイオマス

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