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コラム連載 送電インフラへの投資が進む欧州

送電インフラへの投資が進む欧州

2017年1月26日 安田 陽 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 日本に伝わってくる最近の欧州からのニュースと言えば、テロや移民問題や英国のEU離脱問題など、ネガティブな情報が多く、まるで明日にでも欧州が沈没してしまうような印象すら覚えます。もちろん、このような問題を抱えていることも情報の一つとして怜悧に観察しなければなりませんが、一方で他人の抱える問題ばかりを上げ連ねて溜飲を下げるだけでは、日本も混迷の21世紀を生き抜くことはできません。本稿では、あまり日本語のニュースやネット情報では流れない、「前向きでポジティブな」欧州の情報をご紹介したいと思います。

 欧州の送電会社の連盟である欧州送電事業者ネットワーク (ENTSO-E) は、欧州連合 (EU) の法令により、2年に1度「系統開発10ヶ年計画 (TYNDP)」を公表することが義務づけられており、昨年2016年がその年にあたっていました。筆者は国際会議や国際委員会などでENTSO-Eの関係者からこのTYNDPの進捗状況や途中経過報告をしばしば聞いており、「もうすぐ出る」「ちょっと遅れている」などという情報も耳にしながらやきもきしていたのですが、年末も押し迫った12月20日にようやく「2016年版」が公表されました。

 この報告書、この情報を初めて聞く日本人であればおそらく誰もが驚愕するかもしれない「前向きでポジティブな」プランが提案されています。すなわち、欧州(EUに加え、スイス、ノルウェーなど)全域で2030年までに国際送電線だけで200ものプロジェクトが計画され、1500億ユーロ(≒18兆円)の投資が必要である、ということです。仮にこの部分だけ切り取って日本でニュースに流すと、「そんなにコストがかかるのか!」「どうやってそれを回収するのか?」「電気料金が上がってしまう!」という反応が起こるかもしれません。実際、同資料では、将来ネットワークコストは上昇する、とはっきり明言されています。

 しかしながら、同報告書を更に読み進めると、その巨額の投資によるネットワークの上昇は、今後15年間で1.5〜2 €/MWh(≒0.18〜0.25円/kWh)、すなわち電力価格の2%に相当するに過ぎず、電力価格全体としては1.5〜5 €/MWh(≒0.18〜0.61円/kWh)低減すると試算されています。なぜ、ネットワークコストが上昇するのに、電力価格全体は低減するのでしょうか? それは、今回のENTSO-Eの報告書では2030年の電源構成として4つのシナリオが想定されており、いずれも再生可能エネルギーが欧州の年間消費電力量の45〜60%を占めるという予想の元、系統計画が練られているからです。さらにこれにより、CO2が1990年比で –50〜–80%削減可能となります。注目すべきは、このような予想が再エネ業界からではなく、送電会社の連盟から発表されているという点です。

 日本では、「再エネのせいで系統コストがかかる」というネガティブな文脈で語られることが多いですが、同じコストをかけるにしても欧州では180度見方が変わり、「再エネのおかげで投資ができる」という状況です。事実、国際送電線の計画が200にも昇り、投資が活況で製造も流通もフル回転し、雇用が生まれ、経済が回っています。欧州はテロや移民の問題も確かに抱えていますが、ドイツや北欧を中心に経済が活況なのは日本のニュースではあまり紹介されません。しかも、一部の大企業が儲かるだけでなく、気候変動緩和でEUが国際的イニシアティブを取り、この分野の技術力で世界をリードし、かつ将来の国民(EU市民)に便益をもたらすことが明らかになっているため、多くのEU市民も納得するのです。

 日本の電力系統の規模は欧州の約3分の1です。単純計算すると、60〜70近くの送電線建設計画が日本中で起こっていてもおかしくないはずですが、なぜ日本の電力産業はこのような状況を志向しないのでしょうか? 「再エネのせいで・・・」と投資を控えるとしたら、それはデフレマインドに他なりません。必ずしも欧州を追従する必要はありませんが、経済を活性化させる一つの選択肢として、最初からカードを捨てるにはあまりにももったいなさ過ぎます。地球の裏側では再エネを中心にインフラ投資が活況であるというポジティブなニュースがあることを(もう一つの裏側では環境問題に関心のない大統領が就任したというニュースにかき消されがちですが)、日本の産業界にも一般の方にも、是非知ってもらいたいと思います。

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