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コラム連載 電力グリッドの運用で立ち遅れる我が国

電力グリッドの運用で立ち遅れる我が国

2017年5月25日 内藤克彦 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 我が国においては、再エネの導入の議論となると、素人にも分かり易いので直ぐに会社間連系線の話になる傾向がある。欧州の状況を見てみると、TSO(送電会社)レベルの設備増強も行われているが、DSO(配電会社)レベルの設備増強経費の方が数倍の大きさで、電力グリッド増強は主にDSOレベルで行われていることがわかる。

【再エネ接続は本来配電網が主】
 我が国に限らず一般に人口の少ない僻地に自然エネルギーの適地が多いが、このようなところでは電力需要が小さいので、従来の型の給電システムでは、変電所や配電線の能力は電力需要に見合った小さなものになっている。一方で、洋上風力クラスのよほど大規模再エネでない限り、再エネ接続に適するのは一般にDSOレベルの電力グリッドとなる。ドイツでは配電線の増強義務があるので、再エネ接続の都度、関連する配電線や変電所のキャパシティ(容量)が自動的に増加され、上位グリッドに接続する変電所の双方向化が行われる。このため、DSOの設備増強経費はTSOの数倍となっているわけである。

 我が国の場合はどのようになっているだろうか。再エネ開発事業者が接続しようとする場合、末端の配電線のキャパシティが足りないと、①さらに上位の高圧の送電線レベルまで接続線を引き接続させる、②配電線レベルの設備増強費を電力会社が適当に見積もって再エネ事業者に請求書を回す、ということが一般に行われている。①の場合は再エネ事業者が長い接続線と高圧への変電設備の負担を強いられ、②の場合はグリッド側の設備費の負担を再エネ事業者が負わなければならない。いずれにしても強い経済的な抑制効果を生じることとなる。

【ドイツの系統増強費用はインフラ側が負担】
 ドイツの場合には、EEG(再生可能エネルギー法)における「適切な電圧の地点に接続」させる義務により、①は法律で禁じられ、②はDSO側の一般負担で整備されるので、再エネ事業者には負担が生じない。EEGの解説によるとグリッドの増強はグリッドを熟知するグリッド側の負担とすることによって最も経済効率的なグリッド増強が期待できるとされている。

 我が国のようにグリッド側が見積り他人に負担させるシステムでは、経済合理性が働くことは期待できない。英仏のように一部発電負担(5~50%)を求める場合であっても、全ての発電事業者全体からkWhあたりの公平な負担を求めるシステムとなっている。我が国の場合は、最初の一歩を踏み出そうとする事業者にグリッド側の言い値で全て負担させてしまうわけであるから、発電負担にしても公平性を欠き、かつ、「最初の一歩の出足を挫く」強い抑制効果を持つシステムとなっていると言える。

【欧州の系統運用は市場取引を基礎に広域・実潮流で】
 グリッドの運用においても、欧州は既に遥か先へ行っている。ドイツに限らず欧州のTSOでは、前日市場を正午に閉じると同時に、前日市場の落札結果としての電源配置と需要予測に基づき送配電グリッド上で「実潮流ベース」の送電計算を実施し、市場価格を決定する。ここで市場の選択による電源配置が計算上電力グリッドに収まれば(予め空きグリッドキャパシティを帳簿上設定しているわけではない)、TSOは残存送電キャパシティを算出して、当日市場の参加者に公表し、15:00からの当日市場の運営に備えることになる。

 送電ネックの存在等によりうまく収まらない場合は、Re-dispatch(再給電)を行いう。これは、送電ネック前後の一部火力発電等の発電割当を再調整し、送電ネックの回避を図るものであり、この結果を当日市場用の残存送電キャパシティを実潮流ベースで再度計算する基礎とする。Re-dispatchでもうまく行かない場合に出力抑制を行う。

 市場の落札結果と送電キャパシティとの整合を取る計算は、ひとつのTSOの管内だけで行われるのではなく、欧州全体で同時に行われる。これが「市場のカップリング」である。この計算に際しては、TSO間のやり取りはもちろん、国境を越えた潮流計算が欧州規模で行われ、市場価格の決定も欧州規模で行われる。グリッドのネックがなければ、欧州全体で統一されたメリットオーダーに基づく単一の市場価格となるわけである。実際には送電ネックにより価格分離が多少生じるが、この場合も「実潮流ベース」のグリッド計算により価格が決定されることになる。

 このような流れを見ると、我が国のように実運用の何か月も前からグリッドキャパシティが一杯で接続ができない、というような主張は起こりえないということが理解できる。「予め満杯」と主張する人は、おそらく契約上限値を、人為的に仮定した送電ルート上に積み上げて、送電キャパシティの計算をしているのではないかと思われる。しかし、実際の潮流は人為的に仮定した送電ル-トに限って流れるわけでもないし、需要も供給も時々刻々と変化しているので、実潮流ベースで計算すると、よほど極端なケースでない限りRe-dispatchによりグリッドに収まることになる。ここでは、冒頭に出てきた「会社間連系線」を区別して特別に扱うという発想は生じようがない。

【実潮流ベースの送電容量管理が電力システム改革の根幹】
 米国やEUの電力システム改革の根幹は、実はICTを駆使したこの「実潮流ベースの計算に基づく送電キャパシティ管理」にある。米国では、ISO/RTO(独立系統運用機関・地域送電運用機関)が、このような実潮流に基づく送電キャパシティ管理を行い、EUでは、EU指令・規則にて送電混雑管理は実潮流ベースで行わなければならない旨が規定され、契約ベースの管理を規制している。

 このように欧州では、市場価格決定と送電のキャパシティ管理、送電割り振りは、ICT技術を駆使して、EU規模での実潮流計算により、同時に行っているわけである。これは、グリッド増強以前の送電線運用技術の問題であり、ICTを得意とする我が国が本来先陣を切っていても良さそうなところであるが、このようなグリッド管理技術の面でも、我が国は既にかなり遅れを取っているのではないかと思われる。

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