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コラム連載 米国が「パリ協定」から離脱するとき~トランプ政権の温暖化対策

米国が「パリ協定」から離脱するとき~トランプ政権の温暖化対策

2017年6月1日 竹内敬二 エネルギー戦略研究所株式会社 シニアフェロー

 米国は温暖化の国際的枠組み「パリ協定」を離脱するのか?トランプ米大統領は就任以来、オバマ前大統領が決めた温暖化対策を否定する方針を示してきた。今や大統領選挙中に公約した「パリ協定からの離脱」を本当に実行するのかどうかに注目が集まっている。

 「離脱」については政権内で意見が割れているらしく、また「ロシア疑惑」など政権の足元が揺らぐ中で先を見通すのは難しい。ただ政権の姿勢は米国ブッシュ政権が突然に京都議定書から離脱した16年前に似ているともいえ、離脱が現実味をもって語られている。

 5月末、イタリアのシチリア島でG7サミットが開かれた。首脳宣言の中の地球温暖化に関する部分では、「米国が政策を見直している途中であることを理解する」という表現になり、米国が合意に賛成しないことを明記した。異例の事態だ。

 そしてサミット最終日の5月27日、トランプ米大統領はツイッターで「パリ協定に関しては来週(28日からの週)に最終決断を示す」と表明した。離脱か残留か。これから世界中がはらはらしながらトランプ政権を見守ることになる。

◇オバマの否定、くっきり
 トランプ大統領の温暖化への消極姿勢ははっきりしている。まず就任直後、環境保護局(EPA)長官には温暖化対策に否定的な元オクラホマ州司法長官のプルイット氏をつけた。もう一つは、3月28日に署名した環境関係の大統領令だ。

 この「エネルギーの独立と経済成長促進に関する大統領令」は、オバマ大統領が決めた、多くのエネルギーと気候問題に関係する規制の廃止を求めている。とくに、州政府に発電所からのCO2排出削減を義務付けた「クリーンパワー計画」の撤回・見直しも行う。これは米国のCO2削減計画の根幹をなすものだ。本当に廃止されれば米国のCO2削減計画は頓挫する。

 一方で石油や石炭業界からは、「厳しい規制がなくなって雇用拡大につながる」と歓迎の声が上がっている。

 しかし、大統領令は、最大の関心事である「パリ協定離脱?」については言及していない。

 即断するにはテーマが大きすぎること、また米国内の報道などからみると、離脱、残留については政権内部で意見が割れていることが原因らしい。

 「離脱派」は大統領本人、プルイット環境保護局(EPA)長官、バノン首席戦略官ら。対して、離脱反対派(残留派)はティラーソン国務長官、そして大統領の娘のイバンカ氏(大統領補佐官)といわれる。

◇パリ協定への残留は「イバンカさん頼り」
 離脱派の主張は、「離脱は公約」というもの。トランプ氏は石炭業界へのテコ入れや雇用安定など、従来型エネルギー産業への約束をしており、公約を満足させる国内政策を展開するには、パリ協定から脱退し、CO2削減など国内政策の足枷をはずすべきだというものだ。パリ協定離脱は結果が明白で「公約実現」というPR効果も大きいとみている。

 一方、残留派は、離脱はこれまで積み上げた外交努力を無にし、米国が国際的な信用を失うことを懸念している。「残留したうえで、国内の二酸化炭素の削減目標を下げればいい」という意見が強い。

 残留派は「イバンカさん頼み」に近い状況であるといわれる。国家が長期間蓄積した外交的な努力が、今や親族の個人の意向に左右されるような状況になっている。

 しかし、その残留派が主張する「残留して削減値を修正する」も、本当は簡単なことではない。

 パリ協定では各国は自分の国でできる目標を作成し、条約事務局に提出することになっているが、同時に「各国の次の目標は、そのときのその国の目標を超えるものでなければならず、その国ができる最も高い削減水準でなければならない」という規定がある。「後戻り禁止規定」とよばれる。

 つまり、米国は「2015年の二酸化炭素排出を26~28%削減(2005年比)する」を国の目標として提出しているが、協定に残ったまま目標を下げるのは簡単ではないということだ。

2025年・2030年温暖化目標
図 各国の温室効果ガス削減目標(高村ゆかり氏による)


◇16年前の悪夢、京都議定書から離脱
 米国はすでにパリ協定を受け入れており、トランプ氏は「離脱」を公約している。どちらを選ぶにも障壁があり、大きな政治的混乱を呼ぶ。トランプ政権は近く、温暖化問題の大方針を決める会議を開くとみられている。次のような選択肢がささやかれている。

  1. 公約通り「パリ協定」を離脱し、国内のCO2昨年計画を破棄する。
  2. 残留し、すでに届け出た削減計画を実行する。
  3. 残留も離脱も決めない。CO2削減の実行をあいまいにする。

 ただここにきて、FBIへ圧力をかけた疑惑やロシア疑惑などが政権の足元を揺るがせている。これらの事件で政権が追い詰められたときに、わかりやすい「公約実現」として離脱を選ぶ可能性もある。

 現在の状態に16年前の悪夢を思い出す人も多いだろう。2001年春、就任したばかりのブッシュ(息子)大統領は、京都議定書から離脱したのである。

 その半年後の9・11には貿易センタービルへのテロが発生し、アフガニスタン、イラクという戦争の時代に入った。ブッシュ政権の政治課題から温暖化が消え、ホワイトハウス内では「気候変動」「京都議定書」という単語を使うことさえはばかられる時期になった。

 その後、米国は長い間、温暖化の国際交渉と手を切り、最近やっと復帰したのである。その重みを最も知るのは、オバマ政権で長い間、温暖化交渉の米国代表を務めたトッド・スターン氏だろう。同氏は「削減目標を下げても残留すべきだ」と言っている。「削減目標の切り下げは大きな不幸で、世界に対する悪いシグナルになる。しかし協定にとどまることの方が離脱よりも絶対的にいいことだ。」

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