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コラム連載 電力システム改革貫徹委員会は何を貫徹するのか

電力システム改革貫徹委員会は何を貫徹するのか

2016年10月27日 安田 陽 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 古いOS(オペレーティングシステム)にいくらパッチ(修正プログラム)をあてても、OSのバージョンアップにはなりません。暫定的なパッチをあてればあてるほど、OSは重鈍になりいずれ限界を迎えます。新しいOSを構築するには、(旧バージョンのOSとの互換性は考慮しなければならないものの)古いOSとは根本的に異なる発想で作り直した方がよほど効率的でしょう。

 このほど、経済産業省に設置された「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」(以下、貫徹委員会)で提示された提案は、まさに我々がパソコンの世界で体験していることを如実に彷彿とさせるものでした。この小委員会で提案された市場改革案(図1参照)には、学術的に見ても国際的観点からみても、いくつか(いくつも?)首をひねるような提案(パッチ?)が散見します。いろいろツッコミどころは満載ですが、とり急ぎ本稿では「ベースロード電源市場」なるものを俎上に乗せてみたいと思います。

貫徹委員会で提案された「問題解決に向けて整備すべき市場」
図1 貫徹委員会で提案された「問題解決に向けて整備すべき市場」
(出典)経済産業省 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 電力システム改革貫徹のための政策小委員会: 第1回配布資料6「電力システム改革貫徹に向けた取組の方向性」, 2016年9月27日

 「ベースロード電源市場」・・・という言葉を聞いたとき、筆者は耳を疑いました。実際、海外のこの分野の研究者に「日本で『ベースロード電源市場』というものが検討されているけど、どう思う?」と早速聞いたところ、「そんなものは聞いたことがない」「電力市場が適切に設計されたらそもそもベースロードはなくなるけど、なぜ?」「ブラックジョークか?」という反応ばかりでした。

 筆者もいくつかのコラムや著作で論考していますが 注1), 注2)、電力自由化が進み電力市場が適切に機能している地域では、再生可能エネルギーの導入が進むとベースロード的な運用が徐々に消滅するということが理論的に明らかになっています。また、現実にそのような傾向を示す国や地域が複数出現しているということも統計データからはっきりと得られています。日本ではあまり知られていませんが、ドイツやフランスでは原子力発電も出力制御を行っています。石炭火力を一定運転させている国は欧州ではもはやほとんどありません。我が国では「ベースロード電源は電力の安定供給には必要だ」と当然のように受け止められていますが(これは電力工学の専門家ほどそう信じている傾向があります)、それは20世紀の話であり、21世紀の現在、ベースロードなる発想は「古い時代の古い概念」でしかありません。ベースロードは、電力市場の出現によって消えゆく運命にあると言えるでしょう。これが世界の潮流です。

注1) 安田陽: ベースロード電源は21世紀にふさわしいか?, シノドス, 2015年5月30日掲載
    http://synodos.jp/science/14188

注2) 安田陽:「再生可能エネルギー時代の送電網のあり方: ベースロード電源は21世紀にふさわしいか?」,
    諸富徹編著:『電力システム改革と再生可能エネルギー』, 第2章, 日本評論社 (2015, 9)

 このような世界的潮流の中で、ベースロードなる古い概念を「延命」するための市場設計を提案するということは、既存技術(特に原子力と石炭)の露骨な優遇にすぎず、新規技術(特に再生可能エネルギー)に対する参入障壁にほかなりません。しかも本来、市場の公平性が失われた場合に規制という形で介入すべき政府が、自ら率先して既存技術を温存して参入障壁をつくりかねない提案をしていることになってしまいます。さらに、このように市場の公平性や効率性を損う可能性のあるシステムに対して「市場」という名前をつけるということは、グローバルな常識からはまさにブラックジョークでしかありません。まさに日本の常識は世界の非常識、世界の常識は日本の非常識なのです。

 貫徹委員会は、一体何を貫徹することを目的としているのでしょうか? 仮に「電力システム改革」の目的が公平で透明性のある市場の創出であれば、このような「ベースロード電源市場」なる旧態依然の発想こそ、真っ先に否定されるべき対象でしょう。また、現状では2020年までに「法的分離」をすることになっている歩みの遅い発送電分離をできるだけ前倒しにするよう促したり、速やかに「所有権分離」にまで発展させたりすることこそ、世界的潮流の観点から見た「貫徹」ではないでしょうか。公平な市場設計をできるだけ骨抜きにして古い概念や古い方法を温存することが目的で、それを貫徹するための議論だと世界中から誤解されないためにも、是非日本でも21世紀のグローバル社会に胸を張って主張できる「新しいOS」にバージョンアップするための議論を行わなければなりません。

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