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コラム連載 《続》米国が「パリ協定」から離脱するとき 〜世界が一斉批判、EUは再交渉を拒否

《続》米国が「パリ協定」から離脱するとき 〜世界が一斉批判、EUは再交渉を拒否

2017年6月8日 竹内敬二 エネルギー戦略研究所株式会社 シニアフェロー

 トランプ米大統領が6月1日の演説で、「パリ協定からの離脱(脱退)」を表明した。大きな問題だけに判断には時間を要するとみられていたが、イタリアで開かれたG7が終わった直後、さっさと表明した。これに対して世界は一斉に反発し、欧州連合(EU)主要国はトランプ政権が求める「パリ協定の再交渉」をはねつけた。今後、どうなるかは不透明だが、米国に対する国際社会の目は相当に冷たい。

 政権内はパリ協定の「離脱派」と「残留派」に分裂していた。離脱派は、バノン首席戦略官、プルイット環境保護局(EPA)長官ら。残留派は、トランプ氏長女のイバンカさん(大統領補佐官)、ティラーソン国務長官ら。

◇ 最後に離脱派が押し切る
 前者は「経済ナショナリスト」、後者は「グローバリスト」とよばれていた。名前は大きいが、議論の枠組みは「家族会議を大きくしたもの」だったのだろうか。

 米国内の報道によれば、残留派が優勢だったが、最終盤で離脱派が逆転した。離脱派は「残留したまま国内の温室効果ガス削減目標を切り下げれば、政権は訴訟リスクに直面する」と大統領を説得し、押し切ったという。

 演説の内容は明確だ。(表を参考)主要な主張は「米国はパリ協定から脱退し、米国にとって公平な条件での加入を再交渉する」である。再交渉という言葉が登場したことに注目したい。

表 トランプ大統領の演説要旨(6月1日、ホワイトハウス)
  • 米国はパリ協定から脱退(離脱)する。
  • 米国にとって公平な条件での加入の再交渉を開始する。
  • 米国は国連の「緑の気候基金」への拠出を含め、パリ協定の実施を止める。
  • パリ協定は米国にとって不利なもの。雇用を奪い、賃金を下げ、工場を閉鎖し、経済生産を縮小させる。
  • トランプ政権は世界で最もクリーンで環境に配慮し続ける国であり続けるが、ビジネスを犠牲にしない。
  • パリ協定は米国でのクリーン・コールの開発を実質的に止めるもの。一方、中国、インドあるいは欧州でさえ、パリ協定の下でも石炭火力発電所建設が継続可能。
  • パリ協定は、気候変動のためというより、他の国が米国より資金的な優位を得るもの。米国から雇用を奪って海外に分配するもの。
  • パリ協定からの脱退は米国の主権を再確立するもの。残留すれば、大きな訴訟上のリスクに直面する。

 パリ協定の評価はさんざんだ。「パリ協定は米国に不利なもの。雇用を奪い、賃金を下げ、工場を閉鎖し、経済生産を縮小する」。「パリ協定は米国から雇用を奪って海外に分配するもの」。米国が直面している経済的な苦境を、さらに悪化させるものとして描いている。

 具体的には石炭業界への配慮がはっきりとでている。「パリ協定は米国でのクリーン・コールの開発を実質的に止めるもの。一方、中国、インドあるいは欧州でさえ、石炭火力発電所建設が継続可能」

 結局のところ、「温暖化対策は国内経済に悪影響を与える」「先進国と途上国のやるべきことが不公平だ」という内容だ。こうしたテーマは、気候変動枠組み条約(1992年に採択)の交渉以来、延々と議論されてきたものだ。その中で「共通だが差異ある責任」という考えが広がり、その考えにもとづく負担の分配が模索され、パリ協定でやっと「先進国のリーダーである米国」と「途上国のリーダーである中国」が協力する形ができたものだ。

 トランプ氏の主張はこうした議論の歴史を踏まえていない。歴史の歯車が強引に逆に回されたように感じる。

◇ 世界は一斉に批判
 トランプ大統領は「再交渉」を求めるが、ドイツ、フランス、イタリアの3か国首脳はすぐさま、「パリ協定のモメンタムは不可逆なもの(後退しない)。再交渉はできない」とする共同声明を発表した。

 またフランスのマクロン大統領は、批判演説をする中で、トランプ大統領の「米国を再び偉大にする」の言葉をもじって、わざわざ英語で「地球を再び偉大にする」と皮肉を込めて呼びかけた。中国の李克強首相も「中国は発展途上の大国として、パリ協定の約束を堅持する」と述べるなど、批判が噴出した。

 とりわけ辛辣なのが、日本の麻生太郎副総理の「その程度の国だと思っていますけどね」というコメントだった。米国が第一次大戦後に国際連盟創設を主導しながら、自らは参加しなかった歴史などを重ねてしゃべったものだが、日本の首脳が米国をこれほど酷評した例を知らない。

◇ 今後どうなるかは予測不能
 演説で「言及されていないこと」にも注目したい。まず、パリ協定をいつやめるかについての言及はない。パリ協定の親条約である気候変動枠組み条約からの離脱についても言ってない。また「温暖化はでっちあげ」発言のような、科学論争についても意見を言わず、論争を避けた感じだ。

 ここから今後の展開をどう読むか。パリ協定では、「離脱の表明は発効から3年後にならないとできない」となっている。正式の離脱までには時間があるが、おそらく国内的には、温室効果ガスの排出目標を緩和、後退させる政策変更をするだろう。また国際交渉には、気候変動枠組み条約のメンバー国として顔を出すだろう。

 米国が削減計画を緩くすれば、「米国がやらないのであれば世界全体での効果があいまいになる。うちもあまりやりたくない」という国が出てくるだろう。これがどのくらいでてくるか、そしてどこの国がそうなるか、日本はどうするかが問題になる。

 もう一つ予想されるのは、米国内で「パリ協定からの離脱は米国のビジネスにとって得策なのか」という議論がおきることだ。

 米国が京都議定書を離脱した16年前は、温室効果ガスの削減%が大きいほど、国内経済には痛手だという考えが主流だった。しかし今世界は、温室効果ガスを減らす中で、自然エネ開発、省エネなど脱炭素の技術開発を競い、世界市場の獲得競争をしている。

 オバマ前大統領は声明を出した。「米国では風力や太陽光発電など再生可能エネルギーへの投資が盛んになり、雇用を生み出している。企業はすでに低炭素社会への道を選んでいる。米国はその前線にいるべきと考える」。トランプ氏とは逆の「パリ協定を離脱しない方がいい」という考えだ。

 今は「トランプ政権の孤立」が目立つが、今後、世界と米国自身がどう動くのか。まだわからない。

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