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コラム連載 電力取引市場がもつ3つの効果-再エネ大量導入のために-

電力取引市場がもつ3つの効果-再エネ大量導入のために-

2017年6月22日 山家公雄 京都大学大学院経済学研究科特任教授

【再エネ大量導入への課題と解決策】
 資源エネルギ-庁において「再エネ大量導入研究会」が開催されている。コスト低下、自立、系統制約対策に係る論点整理が目的のようである。取引所を利用する取引が整備・拡大すれば、これらの課題の多くは解決される。周回遅れに早期に追い付く自信がない、時間がかかるでは済まない重要事項である。少なくとも市場がもつ効用を認識・整理し、早期に過渡的対策(ブリッジソリューション)を導入し、本格的な取引所整備に繋げる必要がある。

 取引所の機能は競争の場を提供し、誰もが公平に参画することで透明性、流動性、情報提供等の機能を通して効率的に需給を調整するところにある。取引所には先渡、前日、当日の中長期から短期におよぶ3つの市場が存在するが、送電会社(TSO)と連携することで、送電網の効率的な利用を実現するシステムでもある。

 筆者は、4月に代表的な電力取引所であるノルドプール(以下NP)を訪問した。ここは取引所の草分け的な存在であり、標準的な機能を有し、時代の要請を先取りする形で革新を続けてきた。ノルド4ヵ国をエリアとしていたが、バルト3国、イギリスに拡大し、イギリスでは4割のシェアを占める。そして当日市場に限定されているがドイツにも2014年に進出している。以下、ノルドプールを例に、取引プロセスに焦点を当てて前日、当日市場の概要を解説する(資料1参照)。


(資料1)ノルドプールの前日、当日市場スケジュール
(資料1)ノルドプールの前日、当日市場スケジュール
(資料)Nord-Pool  (和訳)筆者

【前日市場:取引所取引の基礎】
 前日市場は、「ザ取引所」であり、最も重要な市場である。市場そのものと言っても過言ではない。翌日の取引についての場であり、前日の8時から正午の12時までに入札が実施される。会員は2週間前からオファーできる。NPは、まずは、送電会社より提供された情報を基に、翌日の送電網(ゾーン間連系線)の空き具合を検証し、10時に公表する。入札者は、送電線の状況をも勘案しながら12時までに数量を決める(入札の締め)。NPは、入札に間違いはないか、系統混雑状況等の検証を経た後、入札者の希望する価格・数量が確保され、社会厚生が最大になるような取引(潮流)を自動計算する。連系線に空きがある場合は当該ゾーンの価格は一致し、空きがないない場合は乖離する。このように連系線を利用してゾーン間で調整することはマーケットカップリングと称される。

 12時42分に取引結果が会員に伝えられる。同時に欧州の他の取引所との間で、それぞれの取引結果や連系線空き状況等の情報交換をし、共通の計算方式(アルゴリズム)を用いて計算し、広域取引を成立させる。この広域調整は(広域価格)カップリングと称され、欧州取引量の9割がカバーされる。これらのプロセスと検証を経て、13時に市場価格が公表される。ここまでは、NPでは、女性担当者が一人で狭いスペースで対応していた。

【前日取引の修正場である当日取引】
 その後14時までに、前日取引を織り込んだ後の送電網空き容量が試算、公表され、この容量の範囲で当日取引が開始される。当日取引は、前日取引でいったん約定した発電および需要のスケジュールを、その後時々刻々変化する需要や発電の状況に合わせて見直すプロセスになる。例えば、発電事業者あるいはその取り纏め事業者(アグリゲーター)は、日照や風況の予測が変るに合わせて売り買いを行い、前日オファーした数字になるように調整していく。乖離に対して課せられるペナルティ(インバランス料金)を避けるためである。

 当日取引は、短期間で大量の売り買いの注文が入り、価格変動も激しくなる。取引は1時間取引が基本であるが、30分、15分取引等を選択することができる。また、実需給のどの程度前まで取引できるか(ゲートクローズ時間)は、ゾーンや広域の状況により異なる。NPの場合は、地域のニーズに応じて60分、30分、20分前であるが、ドイツでは送電会社内では1秒前まで可能な設計としている。これは殆ど送電会社が募集するバランシング取引と遜色がなくなる。

 以上の情報を参考に、市場の効果を考えてみる。大きく3つの効果が考えられる。

【市場効果その1:価格低下効果】
 まずは、コスト低下効果である。送電事業(インフラ)の中立化と並んで、自由化を支える最も重要なシステムである。自由化そのものと言ってもいい。その典型は、前日取引市場である。前日市場は、限界費用(主に燃料費)の低い電源から高い電源が右肩上がりに並ぶ供給曲線と需要曲線との交差する点が市場で決まる価格と数量になり、当価格が全落札量に適用される。これが時間帯ごとに決まる。これはメリットオーダーシステムと称される。

 前日市場が厚みを増し市場が機能する状況では、低コスト電源が選択され、高コスト電源が市場から退出していき、全体の効率が上がる。燃料を要さない再エネ電源は最初に落札され、再エネ発電量の増加は均衡価格低下を助長することになる。再エネ以外の電源は押し出される形でより燃料費の低い設備が均衡価格対象(限界設備)となるからだ。これがメリットオーダー効果である。前日市場は市場取引の主役であり、市場価格とは一般に前日市場の価格を指す。当日市場は、前日市場を修正するプロセスであり、需要側と供給側との条件が最適で合致したものから順次取引が決まる方式である。

 市場に参加できる大口需要家は、この価格低下効果を直接享受できる。ノルドプールの卸価格が最も低く、ドイツの市場がそれに次ぐ。小売りレベルでは、仕入れ値となる卸価格が下がれば、タイムラグはあるにせよ、大きな料金低下要因となる。

【市場効果その2:送電線利用の効率化・公平化】
 前日市場は、物理的な需給が実現する「現在」の前日であり、需要側、供給側ともに状況が見えてくる。前述の様に、取引は前日の8時に始まるが、送電会社は実際の電力の流れ(潮流)を計算し、10時までに翌日の系統の空き状況を取引所に伝える(公表する)。それを基に12時までに取引が続く。このように取引所と送電会社は情報交換を密に行い、それは会員に伝わる。取引(入札)結果を基に潮流が計算され、各ゾーンの料金そして各取引所の料金が同時に決まる。前日取引終了後に、当日取引に向けた空き容量が公表される。

 前日取引までは、先渡し取引や相対取引にて送電線利用は予約されているが、前日市場により取引が修正されるとともに、その結果が送電線利用に反映される。これは間接オークションと称される。送電線使用を予約されていても、前日取引で落札した取引が利用する権利を持つことになり、競争力のある電源の稼働が可能となる。日本は、こうした実潮流での送電利用になっていない。先着優先方式で、契約量を積み上げた電力量が一定のルートを通るとの前提で、送電「容量」が計算され、それが潮流として扱われる。実際は空いていると言われる要因である。

【市場効果その3:短期調整力確保】
 発電事業者および需要家は、取引所の「先渡市場」を利用して中長期に及ぶ数量と価格を予め決めておくことができる。リスクヘッジ効果である。設備投資の判断にもなる。実際の取引(運用)は、その後の状況変化に対応すべき前日、当日市場での売り買いにより修正されていく。発電会社等供給側、小売会社等需要側は、前日市場が確定した時点で送電会社に数量情報を報告する義務がある。この計画値と実際の数量が乖離した場合は送電会社が補完することになるが、乖離に伴うペナルティー(インバランス料金)が発生する。これを避けるために、当日取引が存在するとも言える。

 取引形態(商品)は、時間が短いほど、終了時点(ゲートクローズ)が実際の需給時点に近いほど、予測が正確になり修正しやすくなる。特に風力、太陽光のような出力が変動する電源は、予測が難しいので、当日取引の整備・革新は重要な役割を担う。再エネ普及が著しいドイツでは15分間取引、15分前クローズが整備された。ノルドプールは、ドイツ当日市場に参入し、TSOエリア内取引では1秒前までの取引商品を提供している。

 また、こうした市場は、短時間で調整可能な柔軟な需給商品(フレキシビリティ)の開発・普及を促す。コジェネの自動運転による調整、デマンドレスポンス、ストレージの設置等である。当日市場が充実すると、送電会社がラストリゾートとして柔軟な予備力を募集する必要性が薄れ、系統運用の監視に専念できることになる。再エネ普及が著しいドイツでは当日市場が発達し、その効果が現実となってきている。多様なメンバーが会員となり公平、柔軟、透明、流動に優れた取引所による調整力の提供が進んできている。

【日本の現状と課題】
 このように、取引所の整備・拡大は、自由化そのものであり、再エネや省エネの活躍を強力にアシストする。日本では、この割合はまだ数パーセントに過ぎず、その意味で自由化は緒に就いたばかりともいえる。

 一方、日本の市場整備の議論は異質である。「ベースロード電源市場」と称する先渡市場と似て非なる官製取引の場が議論されており、また、必要性の検証が不十分なままに「容量市場」の創設が準備されつつある。自由化先進国は再エネ先進国でもあるが、活発な再エネ投資もあり、一般に電源は過剰になっており、容量確保よりも非効率な既存電源がどう退出するかが当面の課題であるように見える。先渡や前日・当日市場の整備・充実が基本であり、まずはこの整備に全力を傾注すべきであろう。

(資料2)ドイツ、日本の電力市場比較
(資料2)ドイツ、日本の電力市場比較
(出所)長山浩章京都大学教授

 再エネ普及の観点からは、上記で整理したように、市場整備はコスト低下、送電網の有効活用、変動への対応に大きな効果があることが既に判明している。「再エネ大量導入研究会」が掲げる課題は、市場取引の整備によりほぼ解決できるのである。いかに取引所取引を、特に前日、当日市場を早急に整備するかにかかっている。第2回研究会では、欧州市場の情勢が紹介されたが、参加者は周回遅れを改めて実感したようだ。どのように段階を踏んで早期に海外に追い付くか、の整理を期待したい。そこの基本線を曖昧にして小手先の対策に終わるとかえって混乱を招く。過渡的な対策としては、例えば、前日スケジュールの届け出を受けた時点で、送電会社(部門)が実潮流を計算し公表すれば、送電網の有効活用を促す効果が期待できると考える。

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