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コラム連載 次世代の電力システムに脱皮する世界の潮流

次世代の電力システムに脱皮する世界の潮流

2016年11月10日 内藤克彦 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 米国の大統領選挙の結果ももう少しで明らかになりますが、夏頃に民主党、共和党の各候補に対してブリ-フィングが行われたというニュ-スが流れました。「インテリジェント」の大国である米国は、大統領候補にも内外情勢のブリィ-フィングを行うのかと感心をいたしました。

 オバマ大統領の二期目の就任の時にも「Global Trends 2030」という、米国情報当局が取りまとめた資料のブリ-フィングが行われたので、これの改訂版がそろそろできているのではないかとネットを探してみたところ、米国の資料はまだ作成中のようですが、「Global Europe 2050」というEUで作成した類似の資料を思いがけず発見することとなりました。これは、2050年までの世界の趨勢を分析し、EUの長期戦略を記述したものです。

 我が国のこの手のものは、各省の既存政策の延長線の政策を「ホッチキス」したものばかりで、読む前から内容の想像の着くものばかりですが、欧米のものは「インテリジェンス」の総力を挙げて編集されているので、中々興味深いところがあります。ここには、「EU Renaissance」シナリオというものが掲げられています。

 現在では、途上国に旅行しても世界中の都市が見た目は同じような外観を呈してきています。このように地球全体として生活水準が上がるに伴い、人間活動が種々の面から地球のキャパシティの限界に近づく一方で、欧州は我が国同様に高齢化、労働人口の減少に直面するという環境の中でのEUの生き残り戦略が「EU Renaissance」シナリオです。

 この中で産業については、ICT技術・情報システムの進歩が、今後の数十年の間で、製品の製造方法を劇的に変え、産業構造を激変させると予想しています。「知識経済」と彼らが呼ぶこの構造の激変は、特に面的なインフラ分布を伴う、エネルギ-、住宅、健康、教育等の分散型インフラの世界で先行して進み、柔軟な知的活動による分散型の「プロジェクト経済」に産業構造を変え、「価値創造の在り方」すら変えてしまうと予想しています。

 エネルギ-分野では、資源利用と経済成長のデカップリングは必須とされ、脱資源・脱炭素型の社会・空間設計・ライフスタイルへの移行を行う戦略として、The EU Roadmap for moving to competitive low carbon economy in 2050(2050年における競争的低炭素経済への移行のためのEUロードマップ)がこの中でも位置づけられています。このロ-ドマップについては、筆者は既に、あちこちでご紹介しているので、ここでは詳細には触れませんが、この一連の記述から読み取れることは、単に資源安全保障や気候変動対応ということだけではなく、エネルギ-システムも来たるべき「知識経済」型社会に適合すべく変革させるということであると思います。

 Global Europe 2050の別のところに、厳しい国際競争の環境下で来たるべき高齢化・労働人口減少社会で生活水準向上を実現するには、「“work harder”(よりハードに働く), “work longer”(より長く働く) or “work smarter”(よりスマートに働く)」の三つの選択肢のどれかによらなければならず、当然、「スマ-トに働く」という選択肢を取らざるを得ず、電力システムも脱炭素かつ分散・情報社会適合型のスマ-トなシステムにする必要があるというわけです。一業界の目先のコストカットや経済効率を考えているのではなく、社会の長期生き残り戦略を考えているわけです。

 一方、米国についても同様な動きが見られます。ニュ-ヨ-ク州で最近取り組み始めた州の電力改革「Reforming the Energy Vision (REV)」にも類似の考え方が見られます。REVを見ると、経済はデジタル化の深化に伴い益々電力への依存度を高めていますが、一方で経済の厳しい国際競争の環境下で、電力システムの非効率は許されず、また、より高い信頼性が求められているとされています。

 さらに、ICT・EV普及等の新たな技術の展開や信頼性確保のための分散自家発化の動き、気候の極端化に起因しする低炭素化の要請という時代の要請に応えられるように電力システムは変革する必要があるとされています。

 ここで言う「非効率」の例として、ピ-ク需要対応で建設した大規模発電施設の利用率が50%程度しかないことを挙げ、これは様々なDER(グリッド内の分散エネルギ-資源)技術やそのグリッドコントロ-ル技術の無かった時代の「過去の産物」と切り捨てています。これからは、情報とエネルギ-がリンクしたイノベ-ションにより、社会システムを進化させる必要があり、このためには、電力システムを「インテリジェント ネットワ-ク プラットフォ-ム」化しなければならないとしています。

 ここに垣間見えるのは、EUと同様に将来の社会のICT化を見据え、「知識経済」への対応としての電力システムの改革という考え方でしょう。

 以上のように欧米ともに、将来の産業構造の変化を見据え、また、気候の極端化に対応して、電力システムを次世代型に脱皮しようとして舵を大きく切り、真剣に動き出しているわけです。既に出遅れ気味の我が国にもこのような議論が必要なのではないでしょうか。

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