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コラム連載 電気自動車と電力グリッド

電気自動車と電力グリッド

2017年9月8日 内藤克彦 京都大学大学院経済学研究科特任教授

 2010年前後に三菱自工のアイミーブと日産のリーフが世界に先駆けて、主力製品の一つとして相次いで本格的に販売開始された時に、両社の開発担当者は、当然のことながら、エネルギー端末としての別次元の自動車の将来を予見して、電力グリッド、家庭内配線との接続による新たな自動車搭載電池の利用システムの構築に取り組んでいた。将来、日本国内に7000万台ある自動車が平均して30 kWhの蓄電池を搭載すると仮定すると、全国では 2100 GWhの膨大な蓄電量となる。

 しかも電気自動車用の電池は、自動車に必要とされる動力特性を確保するために瞬発力もあり、瞬間的に大電流を充放電することができるように設計されている。放電側では、例えば、右折発進がモタモタしていては危険なので、瞬時に加速できる電流が流せる必要があり、充電側では減速時に回生される100 A近くの大電流や急速充電時の大電流を蓄電できるだけの性能を持つ必要がある。このために、蓄電池の冷却についても設計段階から良く考慮されている。

 つまり家庭内配線に繋いでも各戸のブレーカーの限度程度の電力は瞬時に流せるわけである。自動車は実際に移動している時間は短く、9割以上の時間は駐車場に止まっているので、このような能力を活かさない手はないというわけである。

 ところが、日本の自動車各社のEVシステム開発者は、例によって、某業界の高い障壁の前に敢え無く挫折することになる。結局、EVの車庫充電器は冷蔵庫等の家電製品と同じ「負荷」としてしか認められなかった。当初の数年間、新しいシステムを作るべく熱心に取り組んでいた自動車各社のEV電力グリッド連系システムチ-ムは、結局、我が国では、縮小・解散という道をたどる。

 一方で、世界経済はグローバル化しているので、我が国から提起されたEV電力グリッド連系システムの新たなビジネスモデルは、世界では大きく注目され、世界的なイノベーションの発端となっていく。欧米や中国には、我が国と異なり、技術やイノベーションの可能性の本質的な価値を見る目のある人が経営幹部や政策決定者に多く、本格的に取り組んでいく。これに比べて、我が国では、開発担当者は世界の先端を行き良くわかっていても、社会システムの変革につながるようなイノベーションが理解できる経営幹部、経済団体幹部や政策決定者はほとんどいないため、多くの場合、守旧派に新しい芽は潰されていく。

 我が国の動きに刺激を受けた世界の自動車各社やベンチャービジネス、政策担当者が、全力でEV本体開発を行う中で、我が国では「タブー」として「アンタッチャブル」の世界に押し込められていた電力グリッドとの連系についても同時に精力的に取り組んで行き、約10年経った現在では、我が国を凌ぐEV電力グリッド連系システムを構築している。

 我が国が先陣を切っていたはずのEV本体についても、既に、世界の自動車各社は、主力商品として複数モデルを展開し始め、EVのネックとされていた一充電走行距離についても、米国テスラを先頭に400 kmの水準が標準となりつつある。電力グリッドとの関係も、欧州では、街灯の電柱にEV用充電コンセントが組み込まれているといった段階から、電力グリッドのDER(分散型エネルギー資源)の一つとしてエネルギーシステムに組み込む体制がEU指令などとして法的にも整いつつある。ちなみに、EU指令では、EVの電力グリッドへの組み込みを妨げてはならない旨が規定されている。

 欧州においては、EVは自動車の化石燃料からの脱却の切り札として、また、再エネを主力電源と位置付ける欧州においては将来の調整力として電力グリッドに組み込むことを規定の路線として着実に進んでいる。このことの表れとして、先般のフランス、英国の化石燃料乗用車からの脱却宣言があるのであろう。米国においても、テスラやグーグルといった新興勢力が、自動車をエネルギー情報端末として再定義し、全く新しいビジネスモデルを展開しつつある。米国の政策担当者もこれらの動きを新たなイノベ-ションの種として、電力グリッドに差別なく受け入れられるように既に多くの手当てをしている。

 先行していたはずの我が国は、現時点では、日産等の先行社もEV本体では横並びに追いつかれ、EVは主力製品に成り得ないと消極的であった他社とEV電力グリッド連系システムに関しては完全に世界に後れを取っている状態といって良いであろう。世界の自動車業界は、今やイノベーションの先頭を走るテスラの動向に注目することはあっても、我が国の状況にはさほど関心を示さない。

 世界では以上のようなシステムのイノベーションがどんどん進んでおり、ロックフェラー一族は化石燃料に見切りを付け、一方で、これに熱心に取り組む関連する産業界は活況を呈しているといって良いであろう。このまま行くと、さらに10年後には、先進国のエネルギー情勢は激変しているかもしれない。我が国は、このような世界の流れからも次第に取り残されつつある。

 EV本体の開発が進んでいても、様々な付加価値を生むエネルギー情報端末としての多様なEV利用の道が「タブー」として閉ざされているようでは、商品としてのEVの開発にも支障が生じることになり、いずれ競争力を失っていくことになる。あるいは、実際の市場のフィードバックを受けながら開発のできる欧米に商品開発の本居や本社機能を移さざるを得なくなり、日本の産業構造はますます空洞化し、我が国にマネーフローが循環しなくなるかもしれない。今こそ我が国のこの分野でのガラパゴス化を止める最後のチャンスではなかろうか。

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